どうしてこうなったのか教えて、教えて欲しい、教えて下さいっ!
すみません、話の展開を変更しましたので、前話の最後の部分から書き直しました。お手数ですが、未読の方は前話からお読みいただけると助かります。宜しくお願いします。
結局、私は小心者のコスプレイヤーであると意味を込めて、堂々と名乗った。
「私は、シーラ(のコスプレイヤー、シーランである!)」と。
それなのに、シーラの所で「おおおおおお~っ!」と地鳴りのような怒声が響き渡り、最後まで聞いて貰えなかったのは私の責任ではない。断じて。
そして現在。私は理由も分からぬまま、お尋ね者となって路地裏に潜んでいる。先ほど、銀行(だった瓦礫の山)の前で名乗った後、何故か兵士たちは目の色を変えて襲ってきた。マハシュではなく、私に向かって。予想外の展開に頭がフリーズしていると、咄嗟に龍化したマハシュが前に出て兵士たちを蹴散らしてくれた。私は、その隙をついて足元に落ちていた布を拾って群衆を抜け出し、今に至る。
地図も分からない場所での鬼ごっこは、私にとってかなり不利な状況だ。マハシュは、兵たちを蹴散らした後、合流してくれると思うけど、それまで無事に逃げ切れらなければならない。薄暗い路地裏を伝ってここまで来たけれど、遠くで全ての路地を虱潰しに探しているであろう兵たちの声が響く。
「そもそも、なんで私が追われてるんだろ?ヨグナ国に来てやったことって銀行を壊したぐらいだけど、それだってマハシュがやったんだし……マハシュに手が出せないとばっちり?でも、私が名乗った後で襲ってきたしなぁ」
ぶつぶつ小声で悪態を吐きながら、戦闘服のポケットを漁る。シロムクヘビの汗は逃げ切れた後で使いたい。ケンディウラスの鱗も街中を霧で包むほど広範囲じゃないから逆に目立つよね。サンヴォッキーの尻尾だって、雷が落ちた所で逃げ切れないしなぁ。
とりあえず、体力回復のポーションだけ口にする。と、その時、数メートル先の錆びたドアがギイッと嫌な音を立てて開いた。隠れる所はどこにもない。体に巻き付けていた布を一層深く被り、体を竦める。薄暗い路地でゴミの塊に見えるよう祈りながら、万一のことを考え、ドラゴンソードをぎゅっと握りしめた。
「おい、こっちだ。早くっ!」
ドアから顔だけ覗かせて声を潜めて囁く男性は、水色の、ゆるくウェーブした髪を後ろで縛っている。どうしてここにいるのか、束の間、罠だろうかと不安が過ったけれど、それでも見知らぬ兵士たちを相手にするよりよっぽどマシだった。直ぐに心を決めると、学園の先輩だったアイスバーグソードの開けたドアの隙間へ身を滑り込ませる。
そこは、倉庫のような場所だった。薄暗い室内で目を凝らすと、天井まである棚に埃をかぶった箱が所狭しと置かれている。そして、その棚の間には、茶色の髪をした男性と灰色の髪をした男性が立っていた。2人ともイラジャール様のクラスメイトで、アイスバーグソードと同じく風紀委員だった。名前は確か、
「ブレイズババールにギルグルディブク……」
思わず名前が口からついて出ると、アイスバーグソードが片眉を上げ、ハッと嘲るように笑った。ブレイズババールも怪訝そうな顔をしている。2人とも私の味方ではないらしい。
「へえ、イラジャールから聞いたのか?それとも、身辺調査でもしたのか?あぁっ?!」
イラジャール様から聞いたのは間違いないので、こくんと頷く。それにしても、身辺調査ってナニ?わざわざ調査するまでもなく、お互い自己紹介をしたよね?と考えて、合点がいった。
かつて学園で出会った時、私はアニラ・シスレーで、ウィアードヴェールだったんだっけ。つまり、ルーファリス・ゴーハルバクであるシーラとは面識がないということだろう。取り敢えず、自己紹介をしておいた方が良いかもしれない。もしかしてイラジャール様が私のことを話している可能性もあるから。
私は、ゆっくりと腰を下ろし、淑女の礼をとった。シルファード王国では、私の方が爵位が上だから、淑女の礼はとらなくても良いのだけれど、ここは異国の地だし、思惑はどうあれ助けてもらったからね。
「私は、ゴーハルバク侯爵が第二子、ルーファリス・ゴーハルバクと申します。イラジャール様には昔から懇意にして頂いております」
「ゴーハルバク侯爵、あの狸オヤジか。上手く取り入ったもんだな」
ええ~と……お父様、最近大分、評判が良くなってきたと思っていたのに、やっぱり一度張られたレッテルはなかなか回復できないのかも。だがしかし、お父様がどうあれ、私がズルしたように言われるのは不本意だよね。
思わず眉を顰めると、それまで沈黙していたギルグルディブクが、ぽつんと呟いた。
「ヴェール、久しぶり」
その一言で、その場にいた誰もが目を見開いた。私も含めて。だが、直ぐに立ち直り、にっこりと笑顔で挨拶を返した。
「お久しぶりでございます。ジェグ・トゥエハル様」
私たちの邂逅を目にしたアイスバーグソードとブレイズババールは、口をあんぐりと開けている。
「おい、ジェグ。お前、この女と会ったことあんのか?」
「ウパニたちも会っただろ?彼女は、ウィアード・ヴェールだ」
「えええええっ?!」
2人は驚きのあまり、素っ頓狂な声をあげたが、私も不思議だった。どうして私がヴェールだと分かったのだろう。姿形も名前も異なるのに。だが、ジェグは当然という様子で肩を竦めた。
「前世、シーラとヴェールは同じ端末からログインされていたから同一人物だと知っていたし、何よりルーファリス嬢はアニラ嬢と同じ声をしているから分かって当然だ」
「「いや、お前だけだよ。分かったのは」」
アイスバーグソードことウパニ・ジャワハールと、ブレイズバハールことカーレ・カヴが同時に突っ込みを入れた。どうやらジェグ・トゥエハルは、優れた聴覚の持ち主らしい。しかも、ログインをチェックしてたって洞察力も鋭いのだろう。
そういえば、前世もイラジャール様がシステムの構築にかけては、世界でもトップクラスの人物だと言っていた。因みに、ウパニは主にデザイン、カーレは広報担当だったからログイン情報を知らなくてもさもありなんという感じだ。
そして、2人も漸く私と面識があることに気付いたのだろう。ちょっと気まずい雰囲気になったものの、こちとら追われている身である。気にしてませんよ~というオーラを出しつつ、笑みを浮かべてお辞儀をした。
「思い出して頂けましたでしょうか?ウパニ・ジャワハール様、カーレ・カヴ様。その節は色々とお世話になりました」
よくよく考えてみなくても、私ったら賊に攫われてグランパルス公国へ行っちゃって、そのまま1年近くも眠っていたから、挨拶もせず、学園を退学になってしまったのだ。勿論、私のせいではない、不可抗力だよねと思ってはいるが、勝手に動き回ったというイラジャール様の指摘があったので、とりあえず、反省の色を見せておく。
「あー、まー、気にするな。ヴェールが動いたから事件が解決したってイラジャールから聞いていたし、まあ、なんだ。結果オーライってやつだろ」
「ありがとうございます。所で、お伺いしたいのですが、私、何故、追われているんでしょう?」
遠回しに行っても仕方がないからズバリと切り込んでみる。2人ともたじろいだものの、カーレが上着の内ポケットから畳んだ紙を取り出す。そこには、ルーファリスの顔写真と罪状が書かれていた。いつ撮られたのかと記憶を掘り起こすと、デビュタントの衣装だった。そういえば、デビュタントの記事も王室手帳に載ったんだっけ。豪奢なドレスは、戦士とかけ離れた姿なのに、女王様な雰囲気はばっちり伝わっている。むむぅ。
「なりすましによる詐欺罪……捕まえた者に報奨金10,000クルー」
クルーというのは、この世界の貨幣単位で、1クルー100円くらいだから、ざっくり100万円ってところだろう。多いか少ないかっていうと少ない気もするけど、小娘を捕まえるだけで100万円がもらえるなら楽勝なのかもしれない。
「……じゃなくて!ナニ?!この『なりすまし』って!!私が誰になりすましたって言うんですかぁっ?!」
「前世のお嬢に、だよ」
ウパニが言いづらそうに口を開いた。余談だが、前世では彼らに『お嬢』と呼ばれていた。お金持ちのお嬢様という意味と、世間知らずのお嬢様という感じだった。懐かしいなぁ……じゃなくて!
「前世の私って言われても、私は前世も今世も私なんですけど?」
「あくまで俺たちが調べた噂だが、ルーファリス嬢は、お嬢のアバター『シーラ』の姿で転生してお嬢になりすまし、イラジャールを騙して婚約者に納まったと言われている」
ええ~?!ちょ、ちょっと待って!私は私だと思っていたけど、本当は私じゃないってこと?!私は私になりすましてイラジャール様を騙した?!……全然意味が分からないんだけどっ?!
「それはつまり、もしも私が『偽物』なら他に『本物』がいるってこと?」
「ああ、本物のお嬢は妖精国にいるらしい」
妖精国って……ああ、そうか。マハシュは知っていたんだ。イラジャール様が妖精国で『本物の私』と一緒にいるってこと。けどさ、だったら尚更、はいそうですか、なんて引っ込んでられないよね。私だって『本物』、いや私こそが『本物』なんだから偽物の好き勝手にはさせないしっ!
「じゃあ、手っ取り早く捕まった方が良いかしらね?」
私は、ウパニの前に両手をそろえて出した。ウパニは、想定外だったのだろう。ぎょっとして冷静になるよう説得してきた。しかし、元を糺せば私は妖精国へ行くつもりだったのだ。正攻法で行くために迎えを待っていたのだけれど、連れて行ってくれるというなら願ったりかなったりだよね。
「シーラは、何しに妖精国へ行くつもりだったんだ?」
カーレが眉間に皺を寄せながら尋ねる。少しの間、本当のことを話すか逡巡したが、彼らは私よりもイラジャール様との繋がりが強い。だとしたら、万一、私が捕らわれて即投獄、或いは処刑された場合に代わって彼を助けてくれるに違いない。
「イラジャール様が妖精王に捕らわれたって情報が入って、助けにいくつもりだったの」
「イラジャ―ルが捕まったってどういうことだ?」
私はざっくりと話して聞かせた。イラジャール様がグランパルス公国のトンネルを調査していたこと、竜王が捕らえられたイラジャール様を助けるように頼んで来たことなど。だが、3人は益々、難しい顔になっていった。
「俺たちはな、学園を卒業して冒険者になったんだ。だが、ご承知の通り狩る獲物がいなくて実質、開店休業状態だった。そんな時にイラジャールから密偵というか調査の依頼を受けたんだ。それ以来、まあ、あっちこっち出没しているって訳さ」
「今回、ヨグナ国に現れたのは?」
ウパニが、肩を竦めて話し始めた。イラジャール様を助けるためだと思ったのか、昔のようにすらすらと軽口を叩く。
「ハルラール連合国、特にレズィ国と妖精国に異変はないか探れと命じられた。最初にレズィ国へ行ったが、あそこは人口も少ない貧しい国で特に何も出なかった。トンネルの出口らしき場所もなかったしなぁ。そんでもって、妖精国を探ることにしたんだが、結界があって入れない。仕方なしに連合国の中で最も妖精国に近く、人族も多いヨグナ国へ来たんだ。何か分からないかと思ってね」
そしたら、シーラちゃんの手配書が出回っていて驚いたの何のって!そういってウパニは笑った。手配書が出回ったのは最近の事らしい。ただ、それまでもイラジャール様がメギツネに騙されているというような噂はあったのだとか。私がメギツネ?!ふむ、ちょっと悪女っぽくてドキドキする。そうか、メギツネならメギツネらしく己の獲物を奪還してやる。
美女戦士シーラの真っ赤な唇が、にいっと弧を描いた。さあ、作戦開始といきましょうか!