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私、乙女ゲームのモブですから、好きに生きていいですよね?!  作者: 春香奏多
B面 ~イラジャールの苦難~
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監視人

 翌朝、まだ眠っているルーにキスをしてから、起きた。自室へ戻る途中、タラとクシュナに行き会った。


「ルーは、まだ寝ているぞ」


 言外に起こすなと告げ、通り過ぎようとすると、タラが口を開いた。


「あんた、まさかルーに不埒なことしたんじゃないでしょうね?!」

「さあなあ、いずれにしろ3ヶ月後には結婚するぞ。準備をしておけ」


 3ヶ月!と2人は慌てふためいている。そりゃそうだ。普通は、1年かけて準備をするのだから。だが、3ヶ月後でも1年後でも結婚するのは決まっていたのだ。ある程度の準備は出来ているだろう?


 そう言ってにやりと笑うと、タラがむっとして言い返してきた。


「そりゃあ、準備は出来てるわ。けど、賭けても良いけど王家が口を出してくるから、予定通りにはいかないと思うわよ」

「そうよねえ。ルー様は王妃様と懇意にしていらっしゃるから、そう簡単にはねえ?」


 クシュナも相槌を打つ。確かに2人の良い分にも一理ある。脳裏に浮かぶ王妃のアルカイックスマイルと、高笑いをするイーシャ・ジャイダルの顔が浮かんだ。くそ。


「王家のことは、俺が話をつける。とにかく3ヶ月後だ。母上にもそう伝えてくれ」


 それだけ言い終えると、俺は自室に入ってデスクに地図を広げた。羊皮紙で出来たそれは、昔のヨーロッパの地図のように存在している国だけを描き、その外側は黒く塗り潰されている。シルファード王国とグランパルス公国の間には、カイカラシュ山脈とガウラッディ山脈が横たわっている。


 そして、その二つの山脈に挟まれた所に、小さな独立国が点在しており、それらをまとめてハルラール連合国としている。陛下から聞いた鉄道の建設予定地とマハシュの洞窟辺りから、地下トンネルを掘るとして、どこへ出るのか……レアメタルが出土するレズィ国ぐらいなら掘ることも可能だろう。レズィ国の南側には、妖精国がある。


 まずは、グランパルス公国の大公たちも承知の上なのか、それとも竜王の独断だったのか確認しなくてはならない。俺は、服を着替えると、グランパルス公国の宮城にある転移装置へと転移した。


 転移装置ってのは、いわゆるゲートで大きな額縁付きの鏡のようになっている。そこから抜け出ると、カバル・ザルートゥ一等書記官が待ち構えていた。カバルは、シルファード王国の文官で、グランパルス公国を立て直すため、陛下に推薦して貰った有能な事務官の1人だった。


「おはようございます。イラジャール様」

「カバル、おはよう。こんな朝早くから、どうした?」


 現在時刻は、就業時間より1時間ほど早い。カバルは王宮に住み込みで働いているとはいえ、今ここで待っていたということは、もっと前から、少なくとも20~30分は前から転移室にいたということになる。緊急の用件の場合、シルファード王国へ連絡し、陛下から俺に伝わるはず。ただ、待っていたということは、緊急ではないが面倒な話ということだろう。


「ミラティ姫が、どうしても朝一番に謁見したいとお待ちでいらっしゃいます」

「用件は?」

「はっきりとは伺っておりませんが、恐らくは、宮廷予算の話かと」


 グランパルス公国復興のために、宮廷、ひいては王族が使える予算を大幅に削った。特に、宮城内のゴールドペンキを修復するのは復興が済むまで禁止にした。そもそも、あれだけ大量のペンキを使用したことが無駄遣いだろう。例え、竜王が命じたにしろ、その竜王を大公子に任命した責任がある。


「面倒なことだが、仕方ないな。姫は、どこに?」

「自室で控えていらっしゃると思います」

「では、俺の執務室へ来るようにと」


 グランパルス公国の宮城には、一時的に使用している俺の部屋もある。幸い、竜王は大公子の部屋や謁見室など、自分と客人が来るところだけペンキで塗っていたので、普通の部屋は問題なく使用できる。ドアの外に立つ衛兵に挨拶をし、ドアを開けて中に入ると、俺の補佐役をしているバルサート・ヤートゥが既に仕事をしていた。


「イラジャール様、おはようございます。既に決済して頂きたい書類が山積みですよ」

「おはよう、バルサート。それよりも、ミラティ姫から謁見の申し出があった。直ぐに来るはずだからお茶でも用意しておいてくれ」


 ミラティ姫の名を聞いて、バルサートの眉根が寄る。どうやら思い当たる節があるらしい。意見を聞こうとした時、衛兵がミラティ姫の到着を知らせた。随分早いな。全力疾走してきたのか、もしかして……俺は驚きつつも、衛兵に通すよう命じた。


「おはようございます、イラジャール様。本日もお日柄宜しゅう……」

「前置きは良いから早く話せ。俺は忙しいんだ」


 挨拶を途中でぶった切られて、ミラティのにこやかな笑顔が、すっと消えた。


「では、単刀直入に申し上げます。宮廷費の増額と、私の婿について異議がございます」

「言ってみろ」


 ミラティは、ボブカットにした青銀の髪をさっと振り、きっと俺を見つめた。一見冷たい印象だが、その燃えるようなオレンジの瞳は、意志の強さを感じさせる。


「まず宮廷費の増額ですが、倍の金額を要求いたします。このままでは、今年の収穫祭が開催できません。国民も一年に一度の祭りを楽しみにしておりますのに」

「たかだか収穫祭に、どうして2倍の宮廷費がいる?」


 隣で聞いていたバルサートが、棚に収めていた資料を探し始めた。恐らくは、例年の収穫祭の支出を調べているのだろう。そもそも宮廷費を削ったと言っても、宮城で働く人たちの人件費、維持費、大公一家の生活費など、国の規模から計算しても妥当な金額だった。


 その宮廷費と同額の感謝祭だと?


「我が国の感謝祭では、1週間の間、大公家主催でパーティが開かれます。全国民に宮城が解放され、無料で料理や飲み物が振る舞われ、更には、国民一人一人に感謝の意を表してプレゼントを渡すのです」


 なんだ、その馬鹿げた催しは……宮廷費引き上げの為のでっち上げだろうかと訝しく思っていると、バルサートがアッと声を挙げ、手にしていた資料を指さす。


「ありました。感謝祭の費用として、そうですね、ほぼ宮廷費と同額の金額が使われています」

「これは、いつから始まったのだ?昔からの恒例行事か?」


 聞けば、竜王が現れて、富める者が富を独り占めしてはいかん!と宣言して以来の行事だと言う。国庫を空にしたら国の運営が成り立たねーだろーが!あいつ、本当にロクなことしねー。


「大公子がいなくなったのだから、祭りは中止だ。やりたきゃ、宮廷費内に収めてやれ。追加予算は一切出すこと罷りならん。例え、宮廷費を全額使い切ったとしてもな」

「御意」


 ミラティは、頭を下げる間際、ほっとした表情を浮かべた。ああ、つまり彼女は、馬鹿げた感謝祭を止めて欲しかったんだな。恐らくは、貴族のアホ共から。バルサートに目をやると、彼も彼女の意図が分かったようだ。後始末は任せても大丈夫だろう。

 

「他には何だったか……婿だったか?」

「はい。私はまだ若輩者故、結婚は時期尚早かと」


 今回の騒動により、国内では大公家に対する不満や不信が高まっている。そして、この国でも女性は軽んじられている。故に、姫が大公に就任する際、信頼できる相手と結婚している方が姫にとって有利だと考えたのだが……意中の相手がいないのか、振られたのか、微妙なところだな。


「誰か添えるような男はいないのか?この国の男でも他国の男でも構わないが……」

「おりません。この国に一生添い遂げたく存じます」


 大きく出たな。しかし、それは無理な相談だ。


「今が何の問題もない平和な時代なら、それも構わないと思うが、自国の祭り一つ自身の手で止められない姫に、大公が務まるとでも?」


 ぐっと詰まった姫に畳みかける。


「結婚云々は抜きにして、信頼できる人間、心を許せる人間はいないのか?」

「乳母と侍女なら……」

「異性の話に決まってるだろうが」


 姫は、むっつり黙り込んだ後、ぼそりと呟いた。


「では、イラジャール様でお願いします」

「俺に婚約者がいるのは知っているだろう。他を当たれ」


 そもそも、姫は俺を信頼しているわけでも心を許しているわけでもない。況してや、恋愛感情など露ほども持っていないのは確認済みだった。


「しかしながらイラジャール様は、政治的配慮でご結婚されるのでしょう?であるならば、失礼ですが、公爵家より大公家の方が地位は上ですし、我が国の国民にとってもシルファード王国の庇護下になるのですから安泰です」

「ちょっと待て。なんだ、その政治的配慮ってヤツは?!誰が言った?!」


 俺とルーが政略結婚だって?!下手にルーの耳に入って、こじれたらどうしてくれるんだ!


「誰と申しますか……巷の噂にございます。イラジャール様は、前世の恋人を捨て、高位貴族とご結婚されるのだと」

「待て待て、待て~ぃ!!なんだ、そのふざけた噂はっ!!」


 激高して思わず、立ち上がる。前世の恋人ってルーだろ?!そのルーを捨てた?!ゲームを知らない奴が噂を流しているのか?!いや、だとしたら『前世の恋人』が誰かも知らない筈だ。今のルーは、見た目もゲームのアバター『美女戦士シーラ』そのものだ。シーラを知っていれば、ルーが前世の恋人だと分かるだろう……意味が分からない。


 それとも、俺を陥れるための単なる噂なのか?力を込めて、姫へと命じる。


「その噂について、知っている限りのことを話せ」


 姫は、少し首を傾げ、淡々と話し始めた。


「イラジャール様の前世で恋人であった『彼の御方』は、妖精国にいらっしゃると聞き及んでおります。それなのに、イラジャール様はアバターの見かけに騙され、偽りの愛に溺れていらっしゃると」

「……姫は、その噂を誰から聞いた?」

「竜王様からでございます」


 くそ、やっぱり速攻消せば良かった。いや、消すだけじゃ物足りない。死ぬより苦しい思いをさせて、平伏して謝らせてから消さないと。鱗を一枚一枚削ぐか、それとも尻尾から寸刻みに千切っていくか……俺は、腸が煮えくり返るように怒りが湧くのを抑え込みつつ、それは根も葉もない戯言だと告げる。


 だが、姫は相変わらず首を傾げたまま、言葉を続けた。


「ただの噂と調査もなさらず、戯言だと切り捨てるのは如何なものでしょう。彼の御方が妖精国で捕らわれていて、イラジャール様に会いに来られない可能性もございます。それとも、イラジャール様には、ご自身が間違えていらっしゃらないと絶対の確証がおありなのでしょうか?!」


 言いながら、姫の表情は険しさを増し、俺を非難の目で睨みつける。ルーがルーである確証?!本当のあいつが他にいる可能性だと?!


「……確かに、絶対の確証はないな」

「イラジャール様っ?!」


 横で控えていたバルサートが狼狽える。だが、これはチャンスだ。グランパルス公国が何をするつもりか堂々と調べられるし、ハルラール連合国の思惑も探ることが出来る。ついでに、ルーを騙る偽物がいるならとっとと捕まえて噂を鎮静化することも出来るしな。


「では、グランパルス公国は、噂の真偽を確かめるため、秘密の抜け穴を掘り進めていたのだな?」

「それはっ……仰る通りでございます」


 束の間、悔しそうな表情を見せたが、その方が問題が片付くと瞬時に判断したのだろう。大人しく恭順の姿勢を示した。


 そうして、俺は信頼できる部下たちと共にトンネル調査をしていたのだが、突然のトンネル崩落で出口を塞がれ、待ち構えていたハルラール連合国の軍隊に囲まれたのが、数時間前の話。


「ようこそ、世界の管理者!余は、妖精王である!面をあげよっ!」


 今現在、部下たちとは引き離され、真っ白な部屋で白銀の衣装に身を包んだ妖精王と対峙している。勿論、俺は跪いてもいないし、顔を伏せてもいない。気まずい沈黙が辺りを支配するが、俺のせいではないぞ。


「ごほん。本来であれば、余の連合国への領域侵犯として厳罰を与える所であるが、寛大な余は、そなたの愛に免じて今回だけは見逃してやろうぞ」


 ふと、竜王みたいに地球人の記憶が混ざっているのかと思ったが、特に問題はなかった。というか、そういえば、妖精王はナルシストのアホという設定だった。前世で妖精王のキャラを作ったルーの言葉が蘇る。


『妖精と言えば気まぐれで、感情的な生き物なんだから、その総大将はとびっきりの人物でなくちゃね!』


 ああ、確かにとびっきりのアホだ、こいつ。俺は、妖精王の周囲で、陛下ステキ~ッ!だのカッコイイです~だの騒いでいる美女妖精たちの黄色い声援を耳にしながら、ちょっとだけここにはいないルーに、もう少しマシなキャラを作れと文句を言いたくなった。


「なんだ、余の寛大さに触れて言葉も出ないのか、そうか、そうか!」

「茶番はいい加減終わりにして、お前はグランパルス公国がトンネルを掘っているのを知っていたのか?」


 脇に控えていた貴族らしき妖精たち数人が、俺の高圧的な態度に激高する。


「貴様っ、妖精王様に対して何という口の利き方をっ!」

「このような無礼な人族と対等に話をするだけ無駄ですぞっ!」


 わいわいと五月蠅いので強制的に黙らせる。


「早く答えろ。俺は忙しいんだ」

「わ、分かった……勿論、余は知っておった。ジャグディヴィルの奴、余のヨグナ国を棲み処にするつもりだったのだ」


 ヨグナ国?!あの国は確か、ハルラール連合国の1つで、温暖な気候故、一年中、食物が育ち、周辺の国々への輸出で国庫を賄っている。勿論、シルファード王国も取引国に含まれている。竜王は、本当にアホだな。ヨグナ国は妖精国の加護があるからこそ温暖なのに。


「ジャグティヴィルは、他国に干渉しないよう手を打った。無論、ヨグナ国へ攻め入ることもないし、トンネルは責任をもって使われることのないよう対処する。以上だ」


 天井も床もカーテンも何もかも白いと頭痛がしてくる。早々に引き上げようと踵を返すと、妖精王が慌てて口を開いた。


「まっ、待って!お前、恋人を見捨てるのかっ?!」

「……ああ、忘れていた。その情報はガセネタだ。以上」


 一度は止めた歩みを再び再開し、部屋の外へと向かう。と、その時、とても懐かしい声が響いだ。


「行かないでっ!私が悪かったのっ!謝るから、だから、行かないで。私を独りにしないで……」


 妖精貴族たちの間から、1人の女性が歩み出る。その耳は人間のそれと同じ。黒い髪に黒い瞳。けれど、シーラのような強さはなく、雨の日に放り出された子猫みたいに弱弱しかった。


「――――――――っ」


 俺の口から彼女の前世の名前が零れ落ちた途端、彼女は床を蹴り、走って俺の胸に飛び込んで来た。


「良かったぁ、やっと、やっと会えた。ずっと待っていたの、貴方に会える瞬間を……」


 彼女は、もう離れないとばかりに俺の服をぎゅっと握りしめ、声をあげて泣き出した。普段は泣かない彼女が、限界を迎えると子供みたいに手放しで泣くのは前世と変わらない。身長も抱き付かれた時の柔らかさも声も仕草も、前世と全く同じだった。


物語の途中ですが、『B面 ~イラジャールの苦難~』は、ここまでとなります。同じ時間経過をヒロインサイドとヒーローサイドと書き、時間が追いついたので、今後は第三者視点で物語を展開する予定。


その前に、人物紹介ページを作成中。同じ人物なのに名前がいくつもあって(主に作者が)分かり難くなって来たので整理しようと思います。年内中にUPします。頑張ります!(*^-^*)

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