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私、乙女ゲームのモブですから、好きに生きていいですよね?!  作者: 春香奏多
B面 ~イラジャールの苦難~
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半身

魔獣の設定と話の内容に齟齬があったので訂正しました。ストーリーには変更ありません。多分。(汗)

 王都の様子も気になったが、あの女の言葉が気になった。俺の泣き顔が見たかった、だと?俺の弱点はルーだけだ。そして、ルーは今、あのクソ竜王と対峙している。直ぐに、ルーの元へ転移すると、キンキラキンの趣味の悪い部屋に、竜王とその正面にルー、近くにマハシュと知らん爺さんがいた。


「ルー……」


 直ぐにルーに駆け寄ろうとしたが、同時に竜王の体から光の玉が出て、ルーの体へと吸い込まれていった。と、ルーの体が、ぐらりとかしいで、そのまま膝から崩れ落ちる。


「ルーッ!!」


 手を伸ばすが、間に合わないと思った瞬間、ルーの元へ転移して抱きとめていた。俺の腕の中で、血の気の引いた真っ白な顔。胸に手を置くが、脈打ってはいなかった。


 ……死んだ?いや、まだ心臓が止まっているだけだ。直ぐに口を口で覆い、人工呼吸をする。


 俺の命に命じる。俺とルーの命を繋げ。もう目の前でルーが死ぬのを見るのは沢山だ。俺が死ぬまでルーは死なない。俺が死ぬ時、共に死のう。これは、未来永劫、例え俺であっても覆すこと能わん。


 俺が命じ終わると、ルーの体が光に満ち、それからゆっくりと心臓が鼓動を打ち始めた。俺の鼓動も同じく連動している。あの女は、世界の管理者が死ぬはずないと言った。それが事実なら、ルーも同じ体になっただろう。いつか、真実を知ったら、俺のやった事を知ったらルーは傷つくだろうか?それとも、いつものように笑って許してくれるだろうか。


 どうであっても構わない。俺を嫌って二度と会わなくても構わない。ただ、この世界にルーが生きていることさえ確かなら。


 眠りに入ったルーの体をそっと下す。誰にも触れないようガードをかけ、今回の騒動の全ての原因となったクソ竜王へと向き合った。


「わ、我は何もしておらぬぞ。そもそも、その娘に指一本触れられるぬように命じたのは貴様であろう?」

「黙れ。動くな」


 俺が命じると、竜王は口を開けたまま硬直した。自然現象だろうか、汗をだらだら掻いている。トカゲの癖に発汗するのか?っつーかヤローの汗なんざ触りたくねーな。そのまま、じっと竜王を睨んでいると、脳裏に竜王の記憶が再生される。だが、抵抗しているのか所々不鮮明だった。


「俺に、世界の管理者たる俺に歯向かう気か?」


 赤子の手をひねる様に、竜王の脳裏へ『恐怖』という感情を送り込む。無駄な抵抗をしていたクソ竜王も、襲い来る恐怖の概念に観念して抵抗を止めた。


 そして、俺は全てのことの経緯、竜王と共に転生した人間の記憶と、それに乗っかった竜王の悪ふざけ。同族の魔獣にすら何の感慨も持たない竜王は、面白いように魔獣の核を操り、人間を犠牲にしていったことを知った。


ルーが果敢にもクソ竜王を言い負かし、ルーの体に転生した人間の記憶を移したことも。


「さて、全てが明るみに出たぞ。何から裁こうか。そうだな、まずは魔獣の核を一掃しなくちゃな」


 俺は、グランパルス公国のみならず、この世界にある細大漏らさず全ての魔獣の核を世界の意志へ飛ばし、管理するよう命じた。今生きている魔獣の中にある核は除くが、人族の中にある核も全て除去した。それで、グランパルスの兵士がどうなろうと関知しないし、シルファード王国で核入りのサプリや化粧品を使っている人間も考慮しない。


「再び世界に告ぐ。魔獣の核は、人族、魔獣族、魔族、妖精族、何人たりとも、利用すること能わず。また、核は魔獣の中にあってこそ力を発揮し、単体では石同然とする」


 これぞ世界の理で、二度と動かすことが出来ない掟となった。まあ、とりあえずの核は全て地上から引き揚げさせたから、当面、騒ぎになることはないだろう。いや、なくなったことで騒ぎになるだろうが、それはその時に対処すればいい。


「次はお前か。ジャグディヴィルなんて大層な名は、お前には勿体ないな。ただのクソ野郎で十分だろ」


 ジャグディヴィルは、『万物の英知』という意味でルーが名付けた。全ての知識を蓄えているいにしえのドラゴンに敬意を表した名前だったのに害を撒き散らす知識など必要ない。


「まずは、核に関するすべての知識を削除。お前が人族にもたらした知識も全てを完全に削除……最も、核は利用できないようにしたから知識があっても徒労に終わるがな」


 クソ野郎は、脳を掻きまわされる苦痛でのたうち回る。次は、何を消してやろうか。そもそも、ドラゴンでいる必要もないな。ただの蛇にでもなって魔獣に食われる最期が良いか。


 恐怖で竦んでいる竜王に、それまで傍観していたマハシュが歩み出た。


「恐れ入りますが、こんなアホでも竜王、ドラゴン族の長にございます。何卒、寛大な処置を」

「では、何とする?このまま無罪放免とはいかぬぞ」


 マハシュは、核だけを残し、本体を滅して欲しいと告げた。そうすれば、核を基礎として新しい竜王が誕生するからと。核が再生する場合、食事や生理現象など本能に司られた記憶は受け継ぐが、個人の体験した記憶はすべて抹消される。つまり、今ここにいる竜王とは別人になるということだ。


「マハシュッ!其方、我を売るつもりかっ!仮にも竜王たる我をっ!」

「竜王と名乗るならば、竜王らしくしたらどうだ?周りを見てみろ。今、お前の傍にいるのは、私とティブラしかおらぬではないか」


 竜王は、魔獣族の頂点となる存在だ。通常、竜王がいれば、ドラゴンを始め、身の回りの世話をする魔獣が現れるものだ。それは強制ではなく、自ら高貴な存在の世話をしたいと進み出る。だが、魔獣の核を興味半分で弄ぶ竜王に誰もが恐れを抱いて近寄ろうともしなかった。


 マハシュとて、呼びつけられなければ来たくはなかった。ティブラは、幼い頃から竜王の世話をしてきたので、まあ祖父のような心持なのだろう。


「そっ、そもそも、其方が我を放っておくからいけないのだっ!いつも、そこなシーラの話ばかりっ!我が求婚してもシーラがいるからと撥ねつけたではないかっ!」

「当たり前だっ!シーラはお前よりよっぽど可愛いからなっ!」


 2人、いや本性を現し、2頭となった金と黒のドラゴンは大公家を飛び出し、空中で組んず解れつの戦いを繰り広げている。全くもってくだらない。結局のところ、痴話喧嘩かよ。


「お前はどう思う?ティブラ」

「そうですな。核から竜王が復活するにも多少なりとも時間がかかります故、本来であれば受け入れがたいことではありますが、そも魔獣族が散り散りになった現状、致し方ないとも言えますな」


 要は、遠回しにマハシュの意見を受け入れるということらしい。この世界で、魔獣が生まれるには2つの方法がある。1つは核からの再生。スライムのような単純構造の魔獣は直ぐに再生するが、ドラゴンともなると血肉の元となる栄養素がふんだんに必要となる。故に、再生までに長い時間がかかるのだ。


 もう1つの方法は、胎内で卵を育てること。それには、雄と雌の結合が必要となるのだが、親の個体とは全く異なる個体となる。例えば、ジャグディヴィルとマハシュが番い、卵を産んだとして生まれるのは普通のドラゴンだ。竜王の核は竜王しか持ちえないのだから、竜王の肉体が滅びない限り新しい竜王は誕生しない。


 マハシュもティブラも、現在の竜王の存続より新しい竜王の誕生を望んでいるらしい。判決が決まったからには、とっとと施行するまでだ。 


「おい、いつまで痴話げんかしているんだ。話の途中だ。とっとと降りてこい」


 はたと2頭は喧嘩を止め、直ぐに人型となり大公家へ降りて来た。俺は、有無を言わさず、ジャグディヴィルへ手を伸ばし、体全体を膜で包み込むと彼の血肉を全て解体した。細胞レベルまで分解した後、後退させ、凝縮していった。最終的に、全長1mほどの卵となった。


 卵は、生きているかのように明滅を繰り返し、どくりどくりと収縮している。


「卵は数日で孵るだろう。竜王の核を組み直しているから、ジャグディヴィルと同じ体になるが、記憶はすべて失っている。マハシュ、お前とティブラで、次代の竜王を育成しろ。今度こそ、真っ当な竜王となるようにな」


 ティブラは、人型では老人だが、元はドラゴンだ。軽々と卵を受け取った。


「さあ、卵を持って人族の国より去れ。そして、シーラが宣言したように1千年の間、特別な事情がない限り、魔獣族と人族が交流を持つこと能わん」


 1千年の間に、魔獣族の国を作っても良し、それぞれに暮らしても良し。人族にさえ接触しなければ何をしても構わないと告げた。


「寛大な処置、有難く存じます。お礼と言っては何ですが、シーラ殿に贈り物をしても宜しいか?」

「何を送るのだ?」


 マハシュは、腰に佩いていた剣を差し出した。マハシュの鱗を貼り合わせて作ったドラゴンソードだった。


「シーラの為に作った。シーラ以外の使い手は望まない」

「良かろう。預かっておく」


 手を伸ばすが、マハシュはさっと避けた。そして、指をパチンと鳴らすと、手にしていたドラゴンソードが消えた。


「貴殿の手を煩わせることはない。シーラの部屋へ送っておいた。シーラが目覚めたらよくよく詫びを伝えておいてくれ」


 マハシュにしては、気が利くなと思ったのが間違いだった。この時、マハシュが作った大量のシーラのコスチュームも送り付けていたと知るのは、自宅へ帰ってからのことだった。


 それから、今度こそマハシュは卵を抱えたティブラを伴い去っていった。金のペンキを塗った趣味の悪い部屋には誰もいない。俺とルーの2人っきりだ。


「ルー、ごめんな。こんな俺で」


 ルーは俺と命を繋いだ。それはつまり、体が作り変えられるということだ。自分自身に尋ねると、1年は目を覚まさないだろうと答えが返ってきた。管理者は何でも可能だという女の言葉が蘇る。その言葉は、実感を伴って理解できた。


 意識を飛ばすだけで、居ながらにして全てを把握できる。王都の様子、王宮の会話、学園の騒動、そしてグランパルス公国の大公家の様子も。だが、そんな些末なことは後回しだ。まずは、ルーを安全な場所へ連れて行かなくては。


 意識のないルーを抱きかかえると、シーラの挑発的な衣装が目に飛び込んでくる。くそ、この紐を引きさえすればルーの形の良い胸が拝めるのにという煩悩が脳裏を過るが、ぐっと堪える。あと1年の辛抱だ。当初の予定では、俺の卒業と同時に結婚しようと考えていたが、それが半年延期になっただけだ……多分。頑張れ、俺!と自分に言い聞かせ、自宅へ転移した。


「ルー様っ!」

「何があったんですかっ?!」


 ルーの部屋で掃除をしていたタラとクシュナが、突然の帰宅にも動じず、ルーを受け取る。


「ルーをベッドに。命に別状はないが、しばらくは目を覚まさない」


 何も知らないタラとクシュナに全てを説明するには時間が惜しい。俺は、それだけ言い置いてルーの部屋を出る。ちょうど通りかかった執事にオヤジの在宅を尋ねる。日中は王宮へ詰めているが、もう戻っている時刻だろう。


「先ほどお戻りになりました。何でも王都で魔獣が大量発生したとかで」


 その件で話があるから人払いを、と執事に伝え、オヤジに取り次いでもらう。家族であっても、突然、訪れるなどマナー違反だし、そもそもオヤジに何を言えば良いのかもまとまらなかった。


「イラジャール様、シャヒール様がお待ちです」


 執事が呼びに来た。俺は、緊張しながらオヤジの部屋へ入る。


「やあ、イラジャールがここへ来たってことは、事件に方がついたと思って良いのかな?」

「はい。全ての魔獣と核は、人族の国から一掃しました。仕組んだのは竜王で、彼も追放しました」


 オヤジは、一つ頷き、大変だったねと微笑んだ。


「大したことはありません。元々、俺の考えが甘かったからです。最初に被害が出た時に、対処しておくべきでした」


 甘ちゃんという女の声が過る。だが、オヤジは、それで良いんじゃないかなと首を傾げた。


「あの時点では、魔獣の核がどれほどの脅威を持つのか、背後に竜王の存在があるかなど、漠然としか判明していなかった。そんな状態で核を殲滅させてしまっては、商人や他の者たちから憤懣が上がり、陛下がやり玉に挙げられただろう」


 オヤジは、ふうっとため息をついて続けた。


「今回の被害は大きかった。家屋の破壊、商人や騎士たちも死傷者を合わせれば100人以上の犠牲者が出た。国民にも十分に魔獣と核の恐ろしさが伝わっただろう」


 今では魔獣も核もなくなったことで、陛下への信頼が高まっているのだという。いや、オヤジたちが、そういう流れを作っているのだろう。


「私はね、イラジャール。取り返しのつかない失敗などないと思っているよ。どんなことでも、本気で取り組んでいたら、例え結果が失敗であったとしても、それは必ず挽回できるものだ。もしも、挽回できないとしたら、それは本心から望むものではないということ」

「でも、多大な犠牲が出ました。もう少し何か出来たかもしれないのに」


 俺は、世界の管理者なのに。忸怩たる思いが沸き起こる。


「確かに世界の管理者はお前かも知れないけど、陛下や他国の王、むろん私も世界を形作る国を支えるべき立場なんだよ。お前1人が気負う必要はない。今度の事が、もしもお前に責任があるというなら、私たちも同じく責任がある」


 決して1人で全てを対処できると思うなと諫められた。


「誰か1人の犠牲で世界が成り立つなんて、絶対にあってはダメなんだ。そんな世界は、その1人が倒れれば崩壊するしかないからね。そうならないために、陛下や私も平等に責を負わなくてはならないんだよ」


 オヤジや陛下は、いつだって俺を助けてくれる。大丈夫だと進む道を教えてくれる。それは、前世むかしも今も変わらない。いつか、俺はこの人たちを超えて進んで行く。果たして自分に出来るだろうかと不安になるが、やるしかないのだ。俺は、この先もずっと世界を管理していかなくてはならないのだから。


「父上、ありがとうございます。これから先もお力をお借りするかと思いますが、宜しくお願い致します」


 尊敬者に対する礼儀として頭を下げた後、グランパルス公国の処遇をどうするか、父上と遅くまで話し合った。世界の管理者たる俺がやるべきこと、国と国との交流のために陛下がなすべきこと、陛下をサポートするために父上がすべきことを何度も何度も話し合った。俺一人では、決して解決できなかったであろうことを何度も。






 それから俺は陛下の名代で幾度もグランパルス公国へ足を運んだ。本当は、隣国に滞在すれば楽だったろうが、眠ったままのルーから離れる気はなかった。だから、陛下に王宮の転移装置を使う許可をもらった。実際に転移装置を使う訳ではない。俺自身、どこへでも転移できるのだから。


 ただ、グランパルス公国に俺が世界の管理者だと知らせるつもりはなく、シルファード王国の一使者という立場で対処した。まあ、どうしても目に余る部分は管理者の能力を使ったが、基本的にはグランパルス公国の人たちで立ち直らないと意味がないからだ。


 まずは、農業や酪農の改良を行った。幸い、シルファード王国に前世むかしで、そういった職業に就いていた人たちがいたので協力を仰いだ。同時に、大公家や周辺貴族の改革も行う。大公は目先の利益に捕らわれる人物だったので、今回の責を取って生涯、離宮での蟄居を命じた。


 後継は4人の姫たちから選んだ。三女のミラティ姫が一番まともだったので、彼女を大公に任命した。というか、他の3人は竜王に骨抜きにされており、俺にもしな垂れかかってきたので、速攻、排斥した。ミラティ姫が統制できなければ、それはそれだ。次回、同じことが起こればシルファード王国、つまり陛下が介入すると通達してある。


 そうやって忙しい日々を過ごし、気が付けばルーが眠った季節が巡って来ていた。そんなある日、


「おい、ルーが目覚めたぞ!」


 クロが空中に現れ、にんまりと笑った。


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