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私、乙女ゲームのモブですから、好きに生きていいですよね?!  作者: 春香奏多
B面 ~イラジャールの苦難~
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追う者

 ポケットの中のスライムが動き出したのは、午前中、2コマ目の授業中だった。直ぐに早退を宣言し、誰もいない廊下で転移すると、そこは食堂の業者搬入口だった。植え込みの中でうごうごしているスライムの核を見つけた時、食堂から見張りを依頼していた騎士たちが慌てふためいて出て来た所だった。


「どうした?何があった?」

「イラジャ―ル様っ!たった今、不審な男たちが魔獣の核が入っている薬を持ち込み、たまたま出くわした学園の女生徒2人を攫って行きましたっ!」


 攫われた女生徒たちの背格好を尋ねると、どうやらルーとヴァンサントのようだった。


「逃げた男たちは追っているのか?」

「はっ、仲間の者が尾行しています。あと、中で食事に薬を混ぜようとした者も取り押さえております」


 食堂の調理室へ入ると、男が床に抑え込まれていた。


「離せよっ!俺は何にも知らねえよっ!」

「嘘をつけ、お前が瓶の中身を鍋に入れたところを見たんだ!」


 調理人たちが何事かと周囲に集まってくる。俺は、男の記憶を探り、床に倒れている男に薬を手渡した男を見つけた。誰もが騒ぎに興味を示している中、1人だけ黙々と仕事をしている奴だった。


「その奥にいる男も共犯だ。捕まえろ」


 男が暴れ出すが、そこは騎士団も手馴れたもので瞬く間に犯人2人を捕縛した。そして、核が混入された食べ物を特定する。兵士の1人が、スープの鍋に液体を混入しているところを見たと証言する。ポタージュスープの入った大鍋をみると確かに魔獣の核が確認できた。念のため、他の食材もチェックすると、業者から持ち込まれたクロワッサンにも入っていた。


「元々、食材に仕込まれていたのに、どうして追加する必要が?」

「スープの方は目くらましだ。本命のクロワッサンの方を調べられると困るということだろう。これの出所を突き止めろ。あと、こいつらはカプラ商会と繋がりがある。そっちも調べておけ」


 今現在、分かっている内容を伝え、俺はルーを追うべく外へ駆け出した。追跡班の報告は待っていられない。


「クロッ!」

「遅せえよっ!ルーは攫われちまったぞ!直ぐに転移させるからっ!!」


 クロと共に転移すると、壊れた馬車と暴れる魔獣たち、それを懸命に仕留めようとする騎士たちがいた。だが、どこにもルーの姿はなく、倒れているのはむさ苦しい格好をした男たちだけだった。


「クロ、ルーはどこだ?」

「さっきまでいたのに~っ!ちょっと捜してくるっ!」


 ルーの行方はクロに任せるとして、俺も魔獣退治に参戦する。リザードが3体、それからウルフ2体、あとはスライムやらネズミなどの雑魚ばかりだった。リザードは2体が倒され、残り1体。騎士が3人いるから、そちらは任せ、俺は、怪我をした騎士の1人から剣を借りてウルフと対峙する。


 ウルフの急所は眉間とアゴだ。例えば腕を噛まれたら、慌てて引くのではなく押し込むのが正解だ。そうすれば、口は自然と開き、牙が皮膚に食い込むことはない。そうやって相手の動きを封じ、眉間を叩きつける。ウルフは、ぎゃんと悲鳴を上げるが、口を押えられているから為すすべもなく堕ちて行った。


「イラジャール様、無茶は困りますよ」


 気絶したウルフの核を砕いた俺は、肩を竦め、ウルフの涎がついた腕を振り払った。


「今は時間が惜しいからな。それより、攫われた女生徒たちは、どこだ?」

「それが、急に馬車が止まったかと思ったら、男が生徒たちを荷台から出したんです。暴力を加えるのかと駆け寄ろうとしたところ、空からブラックドラゴンが現れ、2人を連れて飛び去って行きました」


 ブラックドラゴンという単語に、ゲームの中のキャラクターを思い出す。ルーが契約していたのもブラックドラゴンだったよな。その時、クロが現れた。


「イラジャール、やべえよっ!マハシュの奴がいやがったっ!!」


 マハシュとは、ルーの契約していたブラックドラゴンだ。マハシュならルーが危ない目にあっていたら飛んでくるだろう。ましてや自身がルーに危害を加えることもない。とりあえずは、安全と言っていいのだろうか。


 倒れている男たちの記憶を探ると、グス・クリーフたちにプロテインを渡した男たちと会っている姿が見えた。その場所は、カプラ商会だった。一年前の事件は、実行犯たちは何も知らされておらず、また、商品も正規ルートで輸入されたものではなく、何度も転売されていたから、グランパルス公国の大公家との繋がりまで証明できなかった。


 ただ、関係した商会の中にカプラ商会があったのは確かで、しかも、学園の食堂で提供される食事に薬を混入した人物とプロテインを渡した人物、そしてカプラ商会が繋がった。これが突破口になるかもしれないと思うと、居ても立ってもいられず、現場の後処理を任せ、カプラ商会へと転移していた。


 カプラ商会は、一言で言ったら地味で小規模な商店というレベルのものだった。大通りから一本外れた場所にあるが、怪しげな店が立ち並ぶヤバい所でもない。ただ、その店を知らなければ、有り触れた街並みの風景として誰も興味を示さないような店だった。


 幸いというか、まだ騎士たちはカプラ商会に到着していないようだった。ふと自分が学園の制服を着ていることに気付き、このまま乗り込むのは不味い。ふと辺りを見ると、斜め向かいに鄙びた洋品店があった。店先に何年も飾られているのだろう色褪せたコートを掴み、購入する。店を出て、コートを纏い、カプラ商会の周辺を探索した。


 商会の間口は狭いのだが、ぐるりと回ってみると奥行きがかなりあり、それなりに大きな建物だった。だが、人の出入りがない。休みなのか、それとも元々人の出入りが少ない店なのか。なんか、段々面倒になって正面から入ることにした。俺には隠密活動は向いてない。


「お、鍵がかかってる」


 やっぱり休みなのかと思いつつも、鍵を開けて扉を押し開けた。鍵をかけるくらいなら無人樽と思ったが、驚いたことに人が大勢いた。文字通り大勢の男たちが、縦に4人、横に5人、計20人ほどが直立不動でいたのである。


「これは、なんだ?」


 以前、アラグニスの核を加工したチョーカーで意志を封じられていた人間を見たが、あれとは違う。一見したところ、体に核は身に着けていない。だが、良く見ると開いたままの瞳の瞳孔が縦になっている。まるでリザードの魔獣のように。


 目の前にいる人に触れ、記憶を探る。空っぽだった。普通、人間にはどんな些細なことでも記憶がある。生まれたばかりの赤子にだって、生まれてからそれまで目にした景色や、嗅いだ匂いなど、記憶が蓄積される。それなのに、30代半ばと思しき男性が、何一つ記憶を持っていなかった。他の人間の記憶を探っても同じだった。


「考えられる方法は2つ。記憶を全て抜かれたか、元々、記憶を持っていなかったか……」


 口にしながら人造人間という言葉が浮かぶが、魔法がなく、化学も発達していない世界で、それはあり得ないだろう。だとしたら、記憶を抜かれた方が納得できる。


 誰に?……勿論、竜王にだ。あいつは、俺と同様、精神感応が得意だ。例え、探られても問題ないよう記憶を全て抜いたに決まっている。ふん。


 俺は、店の奥へと歩を進める。奥のドアは給湯室のようで、その奥にはベッドルームやバスルームがある。だが、建物の周囲を見回った時は、もっと奥行きがあった。そう思って、力を集中させると、地下へと続く扉を見つけた。扉ではない。正確には、床板を外すと地下へ続く階段が現れたのだ。


 そのまま下りていくと、そこは倉庫になっており、段ボールが山ほど積まれていた。外から探ってみると、そのほとんどが食品関連で、しかも核入りのようだった。ここは、ただの倉庫になっているようだ。これでは竜王まで辿れない。いや、いけるか?


 俺は、段ボールの山に手を翳し、記憶を探った。そうだ、記憶があるのは生物だけじゃない。物質にも強烈な記憶は反映されるものだ。例えば、故人が大切にしていた身の回りの品に、その人の想いが残るのは良く聞く話だろう?して、これは魔獣の核、心臓部といっても良いのだから記憶は残る。


 脳裏にじわじわと映像が浮かぶ。どこか研究室のようなところで、白衣やマスクをした人間にパック詰めされている。更に遡ると、金髪の男の手が近づいてきてぐしゃりと潰れた。やっぱり竜王が噛んでいるのかと改めて認識したが、下手に手を出すと両国の友好関係にひびが入るかもしれない。どうやって追い詰めるか考えていると、背後から殺気が襲って来た。


 咄嗟に横へ飛びのくと、剣の刃先が段ボールへと突き刺さった。見ると、上階で微動だにしなかった男たちが、手に手に剣や棒など武器を持ち、詰め寄ってきているところだった。制服の内ポケットから伸縮式の剣を出し、襲ってくる相手に切りつける。


 彼らは人間だから、出来る限り殺したくはない。腕や足など致命傷にならないところを切りつけるが、男たちは怯むことなく襲ってくる。よく見ると、切りつけ、血の吹き出した傷口は、直ぐに塞がり、後には破れた服だけが残った。


 リザードは魔獣だが、傷口が塞がる能力はない。それは、傷口が塞がるのは、ナツメミグコイとか、その辺りの魔獣だった気がする。きっと、粉末にした核を何種類か混ぜ合わせたに違いない。勿論、竜王しか知らない知識だが、竜王が魔獣の命を弄ぶような真似をするのかっ?!


 どうしても見た目が人間なだけあって、急所を狙えない。動けないよう足を切りつけても、しばらくすれば復活し、捨て身で襲ってくる。くそっ、俺の方が分が悪いな。


「止まれっ!」


 力を使って全員をその場に動けないようにした。はあ、と一息ついたのも束の間、今度は背後の積み荷から気配を感じたかと思うと、段ボールを破って何十体、何百体もの魔獣が湧き出し、襲い掛かってきた。あまりの多さに、俺も、俺が動きを止めている男たちも魔獣の海に飲み込まれていく。


 あっという間に剣が叩き落され、次々と魔獣の牙が体に食い込み、引きちぎられていく。痛みに遠のきながらも見えた光景は、遅れて調査に入ってきた騎士たちが、俺を助けようと我が身を顧みず、魔獣に飲み込まれていく姿だった。


「止めろおおおおおおおおおおおっ!!!」


 必死に叫んだつもりだったが、もう喉も千切れて、息をすることすらあたわなかった。



 



 

「あんたさ、何やってんの?バカじゃないの?」


 辛辣な女の声がして目を開けると、白い、光の世界にいた。俺、死んだのか?


「バカねっ!世界の管理者が死ぬわけないじゃん!」


 声のする方に目を向けると、相変わらずの古代衣装にバットを持った女が腰に手を当てて立っていた。ふんと胸を逸らしているが、貧乳だった。ルーの方が触り心地が良い。


「ちょっと、あんたっ!!マジ、ムカつくんですけどっ!!」


 叫び声と共に、バチンと頬を張られた。と思ったが、女は微動だにしていなかった。なんだ?と思っていると、女がゲラゲラと笑った。


「あのさ、ちゃんと説明しなかった私も悪いけど、世界の管理者ってのは、何でも出来るのよ。文字通り、何でも!あ、いや、死んじゃったら生き返らせないけど、それ以外は何だって出来るのよ」


 だから、好きにすればいいって言ったんだけどな~と女はぶちぶち呟いている。


「つまり、魔獣が邪魔なら世界から消滅させることも出来るし、竜王を消しちゃうことだって出来る。勿論、人間から魔獣の核を取り出すことだって朝飯前だわ」

「だが、核を取り出された人間はどうなる?」

「核が深く根付いていたら死ぬわね。けど、それがなに?今やこの世界には億単位の人間がいるのよ。100人や200人死んだってどうってことないわ」


 先ほどの地獄絵図が目に焼き付いている。100人や200人、どうってことないって?彼らにも、それぞれ家族や友人がいるのに?


 女は、これだから甘ちゃんは!とため息をついた。


「人間が大切なら魔獣を絶滅させることね。そうすれば、彼らは助かったのよ。あんたのその中途半端な正義感が、死ななくても良い彼らを殺したのよ」


 女の言葉がぐっと胸に刺さる。確かに、俺の判断が甘かったかもしれない。だが、世界の管理者だからと言って、俺の一存で他者の命を奪うのは不遜な行為じゃないのか?魔獣だって竜王に一方的に核を利用されているだけだ。出来るだけ、状況を見極め、被害を最小限に抑えたいと思うのは間違いか?


「間違いじゃないけど、人間に、そこまで配慮する価値はないわ。誰しも自分のことしか考えてないからね。この世界の住民だって元は地球人なんだから、ずっと管理者やってたあたしの方が良く知ってるわ。そもそも、あんたが偉そうなこと言うのだって、結局は、自分が手を汚したくない、良い子ちゃんでいたいってことじゃない」


 ほら、みて~と女が手を振ると、何もない空間に映像が映った。店からあふれた魔獣が王都の住民を襲い、騎士や自警団が倒そうとするが、苦戦、いや、ほぼ一方的に魔獣たちに蹂躙されていた。


 ほらほら、もう一つ~と、別の場所で手を振ると、竜王と思しき金髪ヤローと、何故かシーラの衣装を身に着けたルーが映る。


「な、んで?ルーは、マハシュといたんじゃ?」

「情報が遅いわね。マハシュは所詮はドラゴンだもの。竜王の命令に逆らえるわけないじゃない。竜王は、あんたの可愛いルーちゃんに何をするかしら?魔獣化させちゃう?それとも、魔獣の餌にしちゃう?」


 くすくすと笑う女に、苛立ちが募る。情けなく蹲っていた自分を叱咤し、立ち上がった。そうだ、俺は何でも出来る、と自分に、自分の細胞の隅々にまで言い聞かせる。


「魔獣の核、および魔獣の核を持つものは、即刻、シルファード王国から退け。俺の許しなく、入ることは生涯能わず」


 俺が告げると共に、画面から魔獣が姿を消す。次は、クソ竜王だ。舐めやがって。


「竜王は、ルーに害をなすこと能わず。指一本触れるな」


 映像の中の竜王は、俺の命に気付いたようだった。だが、面白そうに片眉を持ち上げただけだった。


「あ~あ、ほんと、甘ちゃんだね、あんた」

「うるせーよっ!お前こそ、勝手に人の世界に入ってくんな!俺が管理している俺の世界だ。俺が甘ちゃんだろうが何だろうが、俺のもんだ。好き勝手にさせてもらうさ」


 そうだ、誰にも邪魔はさせない。例え地球の管理者だろうともな。


「いいね、その顔。良い面になったよ。ま、甘ちゃんのあんたが泣く顔も見たかったけど、これが潮時かね」


 女はけらけら笑って空へと消えた。


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