恋する者
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『シルファード王国物語~花の香りで恋をしよう~』
最初に作った乙女ゲーだが、どうして花の香りなのか、ゲームの中では一切明かさなかった。いや、多分、最初の攻略板か何かには書いたと思うが、予想外に不評だったので封印したのだ。
それは、何かというと、相思相愛になったカップルは、お互いにだけ花の香りがするという設定だ。確か、ゲームを制作していた当時、どこかの国の大学の研究で、嗅覚から男女の好感度を認識する実験が発表された。
実験の内容は、女子生徒に男子生徒の汗や体臭がしみ込んだTシャツを袋に入れ、誰のものか分からないようにして匂いを嗅いで貰う。女子生徒が好感を持ったTシャツの持ち主のDNAを調べると女子生徒とは全く異なるDNAの配列だったという。反対に、不快感を持ったTシャツの持ち主は、その女子生徒と似たようなDNAの配列だったそうだ。
つまり、女性は、嗅覚から自分と異なる遺伝子の持ち主を選び、本能的に、子孫により良いDNAを残す選択をしているのだと言う。因みに、男はDNA関係なく誰でも構わないらしい。
その話を聞いた時、お互い恋に落ちた相手の体臭が心地よくなるということで、まさか、体臭とは書けないから花の香りがする設定を加えた。だが、いざ発売してみるとゲームで実際に香りがするわけもなく不発に終わった。ふん。
そんな愚にもつかない昔話を思い出したのは、今、保健室に、ほんのり花の香りがしているからだ。この子がルーで、俺に恋しかけていて、香りが薫っているなら良いのに……可能性はある。問題は、どうやってルー本人かを確かめるかだ。
ここで、ルーであることを問い詰めたら、簡単に白状するだろう。だが、せっかく、ルーと先輩後輩の学生生活が送れるチャンスを無駄にするのも勿体ないな。さて、どうするか。にやにやしながら考えていると、ベッドで寝ていたルーが目を覚ました。
ぼうっとした水色の瞳が俺を捉える。いつもは黒い瞳だから、水色の瞳だと見透かされているようで落ち着かない。とりあえず、喉が渇いただろうからコップに水をついで渡してやった。
上体を起こした彼女は、コップを受け取って口元へ運んだが、大半を零してしまった。リザンの毒がまだ抜け切れていないらしい。俺はコップを取り上げ、乾いたタオルを渡しながら頭を下げた。
「弾いた短剣が当たるとは思わなかった。すまない」
彼女は、不思議そうに首を傾げ、辺りをきょろきょろ見渡している。
「ミーナ・ヴァンサントは寮の自室で謹慎している。知っていると思うが、学園の規則で、校内は武器を持ち歩いてはいけない事になっている。騎士養成クラスの生徒も、授業以外で持つのは違反とされる」
俺が事の経緯を説明してやると、彼女は怪訝そうに眉を顰める。一部始終を見ていた彼女には、俺が先に剣を突き付けたと思っているのだろう。やっぱりルーだなと苦笑しつつ、タオルを受け取り、ストローをさしたコップを手渡してやった。
「俺は、剣術の授業が終わって闘技場からロッカーへ剣を戻しに行く途中だった。まあ、言い訳だな。本来は、武器を所持していない筈の相手に剣を向けたんだから」
「でも、彼女は武器を持っていました。しかも、何か塗ってありましたよね、刃に」
鋭い観察眼だと舌を巻きつつ、剣の刃にしびれ薬が塗ってあったと説明した。そして、ここが保健室で、解毒剤を打ったので問題ないが、今夜一晩は多少のしびれが残るかもしれないとも。
ルーは、何かを考えていたが、やがて窓の外に目を向けた。窓から見える景色は、とっぷり日が暮れ、時計を確認するまでもなく、授業が終わったことを示している。ごそごそベッドから起き出そうとするルーを見て、とりあえず、寝かしつける。
「無理するな。今夜はここで寝ていろ。校医の許可も取ってあるし、今回の件は学園長から親御さんへ連絡も入ると思う。それとも、学園にいるのは嫌か?親御さんにでも迎えに来てもらうか?」
「だ、大丈夫ですっ!!う、家は遠いし、私ももう平気ですっ!!」
問題ないとルーは力こぶを作ってみせる。全然、盛り上がってない筋肉だぞ。可愛いけど。
それから、焦った表情になり、青ざめ、開き直った。伊達に長年、ルーと一緒にいた訳じゃない。ルーの表情を読むのは得意中の得意だ。それにルー自身、表情を大げさにして見せることで言葉が話せないハンデをカバーしている節がある。
ああ、そういえばルーが喋ってる。最後に聞いた歌声と同じかどうかまでは分からないが、ルーの声なら何でも可愛いと思う俺は、かなりの重傷だな。ふん。
「え、えっと、ヴァンサントさんは、どうして短剣を持っていたんでしょうか?しびれ薬っていうと、リザンの短剣だったり……って、そんな訳ないですよね~っ!あははっ!」
今までルーと前世の話をしなかったから気付かなかったが、ゲームの知識はあるらしい。そういえば、あの女もゲームの話をしたとか言ってたな。ああ、これは使える。俺は、思わず、にやりとほくそ笑んだ。
「ご明察。ヴァンサントは、リザンの短剣を持っていた。勿論、自分で狩った訳じゃない。この世界にも、ゲームの世界同様、何でも調達する道具屋がいるからな」
「でも、リザンの短剣はドラゴンを倒すのに有効ですけど、リザンの短剣だけじゃあ倒せませんよね。かといって、リザンの短剣を単体で持っていても意味ないですし……」
打てば響くように返ってくる会話。前世もこうやって、あいつと2人で討論したっけ。思い出すと自然に笑みがこぼれる。
「お前、名前は?」
「……アニラ・シスレー、シスレー子爵の……」
「違う。ハンドルネームだ。それだけ知識が詳しければ、騎士もやってたんだろ?」
ゲームにログインするためのハンドルネーム。俺を含め、マニアックな連中はいくつかハンドルネームを使い分けているのが普通だ。勿論、ルーも複数のキャラを使っていた。SM女王も真っ青な美女剣士、怪しい風体のハゲ坊主とか。
「やっては、いましたけど、下っ端も良いとこで、きっとイラジャール様はご存じありませんよ?」
「俺は、かなり詳しいぞ。ランキングの上位者なら全員そらんじることが出来るからな。因みに、俺は、聖騎士ハクだ」
「げえっ!!狂戦士のヴァニッシュ!!」
思わずといった感じで叫んだ後、ヤバいっ!と口を塞いでいる。別にそれくらいのことで怒ったりはしないが、最初にその中二病ネームを名付けた張本人に、恐れられるのはムカついてくる。お前の、美女戦士だってハゲ坊主だってイカレたキャラなのになぁ。
「俺も白状したんだから、お前も観念しろ」
「うう、……私は、準騎士トバリです」
ビンゴ!ルーのプレイしていたハゲ坊主だ。
「ほう、ウィアードヴェールか」
やっぱり知っていたかと、がっくり落ち込むルー、いや、アニラ・シスレーに、ウィアードヴェールが、態と準騎士のままだったのは有名な話だと慰める。因みに、ウィアードヴェールという二つ名は、俺がヴァニッシュの返礼につけてやった名前だ。忘れるわけがない。
ルーの使っていた準騎士トバリは、新たな技を作り出すキャラだった。だって、魔獣を倒す技が定番になっては面白くないだろう?強い力を持った奴が強いパワーのある技を繰り出して倒すのは、どのゲームでもやっている常とう手段だ。
それより、レアアイテムを使えば、パワーがなくても敵を倒せるほうが楽しいじゃないかと、あいつと2人で新たな技を考え出し、トバリに使わせていた。目端の利くプレイヤーは、トバリが変わった技を持っているのを知って真似をし、拡散していく。すると、そのレアアイテムを求めてクエストが始まり、ゲームの人気が高まっていったのだ。
それから2人でゲームの話をした。ああ、そうだ。ルーと2人なら、どんどんアイデアが生まれて、俺たちの作ったゲームがどんどん魅力的になっていったんだ。もう、あんな時は二度とないだろう。そう考えると、チャンダムが言った爺臭いセリフも頷ける。
だからと言って、今からまたゲーム開発者になる気はないし、そんなことよりルーと学生生活を送りながらいちゃいちゃしたいぞ。うん。そうだ、ルーも風紀委員に入れれば良いのか。学年が違うから同じ授業を受けることは出来ないが、放課後、堂々と一緒にいられる口実になる。
「なあ、お前、風紀委員にならないか?」
俺の質問にも、ルーは答えず、ぼうっとしている。もしかしてリザンの毒の後遺症か?焦って肩を掴んで揺すると、はっとして目が合った。
「はっ!すっ、すみませんっ!え~と……?」
後遺症ではなく、単に妄想していただけらしい。安堵から、はあっと溜息を吐くと、ルーは焦ったように、ぺこぺこ謝り出した。まったく、いつも俺を脅かしやがって。
「じゃあ、詫びとして風紀委員に入るってことで良いな?」
「……うひゃぁあっ?!」
ニヤリと笑ってみせると、ルーの可愛い口から間の抜けた声が漏れた。その後もゲームの話で盛り上がったが、やはり疲れが出ているのか、こっくりと舟を漕ぎ始めたのでベッドに寝かせて布団をかけてやった。昔みたいに、ルーの唇にちゅっとキスを落として。
「チッ!ずりーぞ、イラジャ―ル!」
「悪いな、俺の勝ちだ。クロ」
ルーが眠った後、クロがぱっと姿を現した。クロは、俺がゲーム制作者の特権で、準騎士トバリをプレイしているのがルーだと知っていた筈だと文句を言った。
「その前から分かっていたから、HNを聞いたんだ。確信するためにな」
「嘘だっ!じゃあ、なんで分かったんだよっ!テキトー言うなっ!」
「テキトーじゃないさ。まあ、俺とルーの秘密だからクロには教えてやらん」
花の香りのことは、誰にも言わない。俺だけのアイテムだ。決して、みんなから不評でボロカス言われたからじゃないぞ。ふん。