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私、乙女ゲームのモブですから、好きに生きていいですよね?!  作者: 春香奏多
A面 ~ルーファリスの災難~
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放り出されました。

 黒髪黒目となった私は、妖精さまの予言した通り、屋敷から追い出された。まあ、覚悟していたことだし、しょうがない。魔女として突き出されなかっただけでも良しとしよう。しかしながら、だいぶ暖かくなったとはいえ、朝晩は冷え込むのに、文字通り、着の身着のまま、無一文だ。


「お嬢様、大丈夫ですか?!」

「嬢ちゃん、こっちへ!」


 庭師ティップと門番のスガートが、門の脇にある植え込みから手招きしている。周りを見回すと、両親も兄もとっくに屋敷へ戻ったのか、辺りには誰もいない。もはや他人の屋敷となった植え込みへこそこそ近づくと、ティップから冬の作業用に私が身に着けていたフード付きのコートを手渡された。スガートからは、いざという時の短剣を。あと、小銭が少々。


「ありがとう。2人とも、私の髪と目、怖くないの?悪魔が乗り移ってるかもしれないのに」


 悪魔の象徴でもある角を指で頭に立てると、ティップもスガートもくすくす笑った。


「私らは、黒髪と黒目が悪魔に乗っ取られただなんて、ただの迷信だって分かってまさ」

「……本当は、この国にも何人も生まれているんですよ。黒い髪や黒い目の子供が。まあ、たいていはどちらか片方で、お嬢様みたいに両方ってのは珍しいですがね」


 視線を落として呟く庭師に、王国の闇が垣間見えた。何人も生れているのに表立って見たことがないというのは、生まれて直ぐに殺されてしまうのか、隠されて育つのか、それとも他国へ売られてしまうのか、いずれにしても過酷な待遇に置かれているのは間違いない。


 それが分かっても、私は無力で、ちっぽけな子供でしかない。今は、自分のことで手いっぱいだけれど、いつか大人になって、余裕が出来たら何かしようと心に刻んだ。


 それから2人に別れを告げて、屋敷から少し歩いたところにある雑木林へ向かった。そこは、小高い丘で、木々が鬱蒼としているので人はめったに来ない場所だ。辺りを見渡して誰もいないのを確認すると、髪をまとめて結い上げた。バスケットには、食パンにかぶせておいた布巾が入っていたので、それで黒髪が見えないようきちんと覆う。


 目の方は、スカートをまくり上げ、ペチコートの端を5cmほどナイフで切り取った。ペチコートの素材は、薄い生地なので、目隠しすると、こちらの色は知られずに、薄い布を通して周囲が見える。とはいえ、遠くまで見えるわけじゃないけれど、1~2mなら問題なさそうだった。


 これで、ホームレス少女の出来上がり。盲目だと偽る気はないけれど、髪と目をそのままにしていたら、早晩、身元不明死体になるだろう。妖精さまに、大丈夫と言ったのは死ぬためではない。生きていけるから大丈夫だと約束したのだ。


 努力しないで野垂れ死、だけは避けなくてはいけない。


「よしっ!」


 手近に落ちていた小ぶりの枝を杖として、雑木林を出て街中へと向かった。布で覆った視界は思ったより狭く、杖を持って正解だった。ガードレールも何もない道は、時折、馬車が走り抜けていくだけで、轢かれるかもと不安になる。そうか。目の不自由な人は、こんな怖い思いをして生きているんだな、とよたよたしながらも歩き続け、何とか町の中心辺りまで来た。


 気のせいかもしれないが、視線を感じ、何となく居心地が悪い。結局、路地のちょっとじめっとした場所に腰を下ろした。よく考えたら、夕べからほとんど眠っていない。


 あ、野原では寝ちゃったけど、その後は、ずっと起きていて、歩き続けだった。この辺で一休み、と思い、体育座りで頭を膝に乗せると、あっという間に眠ってしまった。




『わあ、眠ってる!可愛い~っ!』


『―――――――、起きて。そして、歌ってよ!』


『歌って!歌って!』


『早く歌って!くすくす』




 誰かが傍でお喋りしているのかと目を覚ましたが、そこは薄汚れた路地で、誰も周りにはいなかった。夢だったのか。でも、ここの所、ずっと緊張していたからか、久しぶりに解放された気分だった。思わず、夢で請われたように記憶にある歌を歌ってみた。最初は、小声で、そのうち興がのって、だんだん大きな声になっていったが、気付かずに歌い続けた。


 チャリーンッ!チャリッ!


 気のすむまで歌を歌い終えると、金属がぶつかる音がした。目を開けると、足元にコインがいくつも落ちていて、目の前には数人の人がいるようだった。


「あっ、ありがとうございます!」


 自分のヘタクソな歌にお金をくれた人がいる、それが同情でも、貴重なお金を恵んでくれた人がいるんだと嬉しくなって、ぺこりとお辞儀をした。


 手探りで、ゆっくりお金を拾い集めると、サンドイッチくらいは買えそうな金額だった。えへへと顔がほころんでパン屋さんはどこだろうと見回すと、いつのまにかホームレスの子供たちに囲まれていた。私よりももっとお腹が減ってそう。


「お金が貰えたから皆で黒パンを食べようか!」


 厚切りのハムや新鮮な野菜を挟んだサンドイッチは高いけど、全粒粉で作った黒パンは安価で手に入る。全員がお腹いっぱいにはならないかもしれないけど、ここ数日は糊口を凌げるだろう。


 半信半疑の子供たちをおいて、パン屋に入り、買えるだけの黒パンを買った。パン屋の女将さんは、広場での出来事を全て見たのだろう。手持ちのお金で買える以上の黒パンを包んでくれた。


「ありがとうございますっ!」

「いいって事さね!それより、これからも綺麗な歌声を聞かせてちょうだいね」

「はいっ!」


 私は、袋いっぱいに黒パンを抱え、店の外で待っていた子供たちに1つ1つ渡していった。ついでに、歌に興味があるか聞いてみた。すると、5人ほどの子供が興味があると頷いたので、歌のレッスンを開始してみることにした。


 自分から興味があるといった子供たちだから、あっという間に歌を覚えていった。目指すは、前世の聖歌隊だ。この国にも宗教があり、教会も存在するが、残念ながら孤児院や養護施設のような体制は確立していない。


 何というか、基本的には性善説で成り立っているのだろう。親が子供を捨てることなど滅多にないとされているし、親が事故や病気で子供を育てられなくなれば近所の人たちが面倒を見るとされている。だから、保護施設は必要ないのだ、と。


 前世では、理想的な世界だと羨ましく感じたが、実際に自分が体験すると、理想的な世界でも何でもないと知る。


 確かに、近所の大人たちが面倒を見るケースがあるものの、中には子供たちに、スリや窃盗、恐喝などの犯罪を仕込んで稼がせる悪い大人たちもいる。人の良いふりをして奴隷さながらに子供たちをこき使っている大人たちもいる。噂だが、人買いに売られた子供もいるらしい。


 そうした子供たちは、養家で我慢するか、家を飛び出して路上で暮らすか、その二択しか選ぶことが出来ない。私が歌を教えた子供達は、美味しそうに黒パンを嚙りながら色々な話を聞かせてくれた。


 子供たちと歌の練習をしながら、少しずつお金を貯めていった。そろそろ聖歌隊デビューかなと思えたので、まずは清潔感を確保した。まだ少し寒いけど、近くの小川へ行き、雑貨店で買った石鹸をつかって全身を洗い上げる。それから、古着屋の店先で売れ残っていた服を店主の好意で譲って貰い、なんとか全員が見られる格好となった。


「じゃあ行くよ?さん、はい!」


 町の広場で、澄んだ声のアカペラが響き渡る。貧乏子爵家といえど、毎週、教会へは通っていたから讃美歌は馴染みの歌だし、綺麗そうな感じが一般受けする。短くて同じ歌詞を繰り返すから、子供でも歌い易いしね。


 私の思惑は当たり、定期的に広場でミニコンサートを開くうち、段々、お客さんが定着していった。当初、町外れに打ち捨てられた廃屋に身を寄せ合って暮らしていたが、次第に町の人たちが屋根を直してくれたり、窓を修理してくれたり、要らなくなった家具やカーテン、調理道具なども寄付してくれて、子供たちの共同ハウスのようになっていった。


 私の髪と目のことは、割と早く、子供たちにバレた。四六時中、一緒にいるし、身繕いは大切だと口を酸っぱくして他の子供たちに忠告した手前、私が髪を洗わないわけにはいかなかった。でも、みんな子供だから迷信なんて知らない子もいたし、中には、生まれたばかりの弟が黒髪だったから父親がどこかへ捨てに行ったと泣きながら告白する子もいた。


 やっぱり差別ってイヤだよね、私たちだけでも差別はしないことにしようって皆で誓い合い、その日は全員で手をつないで眠った。


 ホームレスが聖歌隊をしているというのは、口コミで広まっていき、お祭りやパーティーの余興で歌ってくれと頼まれるようになった。そうした小さな成功は、嬉しさと共に不安も伴っていく。庇護する大人が不在の、子供だけの集団が注目を浴びていくのだ。悪い大人が早晩目をつけるだろう。


「アラハシャ、アラハシャ・ソワカ」


 深夜、家を抜け出し、辺りに誰もいないことを確認して、私が唯一頼れる人物の名を呟いた。


「待ってました!3つめの願いだね」


 こくんと頷き、この辺りで信頼できる大人はいないかと聞いてみた。ホームレスの子供たちを守ってくれるような。


「それなら、自警団を指揮しているイルデファン・ナードゥが最適かな」

「そう、ありがとう!」


 にこにこ笑顔で礼を言うと、アラハシャというか、例によって例のごとく黒猫が、ぎゅっと眉根を寄せた。猫に眉がないから分かりにくいけど、鼻の頭に皺が寄っているし、多分、眉を寄せたのだと思う。とにかく、不機嫌そうな顔で、尻尾をたしたしと叩いた。


「それで?そのイルデファンをどうすりゃ良いの?殺すの?それとも、叩きのめす?」

「……いや、何もしなくていいけど」


 何で、子供たちを守ってくれそうな人を殺さなければならないのか、訳が分からない。冷や汗をかきながら、懸命に首を振るとちっと舌打ちが聞こえた。


「それじゃあ、願い事にならねえよ。ったく!」

「あ、じゃ、じゃあ、イルデファンさんの好物って何かな?今度、挨拶に伺うから」

「奴は、甘いものに目がねぇ……って、違うだろうがよ!願い事ってのは、行動が伴わなきゃならねえんだ。ただの情報だけじゃあ、成就しねえ」


 あー、ごめん。知らなかったよ、と頭を下げる。黒猫は、ふんっと鼻息をならすと、そのまま姿を消した。ま、いっか。


 甘いもの、甘いもの。じゃあ、クッキーでも焼くかな?うん。材料あるし。


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