探索者
「次に、生徒会から新入生へ歓迎の挨拶を」
壇上に並び立つ生徒会の面々に、新入生たちからキャアっと歓声が沸き起こった。今年は、例年の2倍も新入生がいる。クラス数も3クラスから6クラスに増設し、その半分以上が女子生徒という異例の事態だった。しかも、金髪碧眼の女生徒がわんさかいる。ついで多いのはクリーム色の髪と青い瞳。
そう、乙女ゲーのヒロインは、アバターで好きな顔やスタイルを自由に設定できるが、髪と目の色で攻略対象者が限定される。3人の王子や公爵家の子息たちと恋愛したいのであれば金髪碧眼、クリーム色の髪に青い瞳を選択すると、教師、将軍、宰相、学園長など大人な恋に発展する。
つまり、大半の女生徒たちは、転生時にヒロイン願望があったという訳だ。とはいえ、ここはゲームの世界ではないので、色による選択は全く影響ない。強制力もない。自力で頑張ってくれという感じだ。
壇上を見ると、生徒会長が板についてきた王太子がいた。以前、争奪戦で新たな交友関係を広げ、なかなか上手くやっているらしい。陛下も安心していることだろう。
「次に、風紀委員会委員長であるイラジャール・ナトゥランより……」
キャアアアアアアーッ!!
ああ、うるせー。イラっとして手を上げると、会場が静まり返った……別に、俺が人気者だからじゃないぞ。今までの風紀委員の取り締まり実績や、去年の事件のことなど、尾ひれはひれがついた結果、触らぬ神に祟りなし、という雰囲気が漂っているだけだ。ふん。
それにしても、ルーはどこだ?ざっくり、金髪とクリーム色の髪は除いて良いだろう。ルーがヒロインと同じ姿を望む筈がないからな。あと、同じ理由で騎士養成クラスの女も除外できる。残るは、花嫁養成クラスか、文官養成クラスか……恐らく文官養成クラスの方だろう。
俺が、ルーを見分けられなかった場合、世界の意志になるか、ならなかったとしても婚約をなかったことにして姿をくらますに違いない。だとすれば、手に職をつける文官養成クラスを志望するのが妥当だ。そう思って、文官養成クラスの新入生をたちをみると、1人だけ黒髪黒目の女がいた。
瞬間、ルーかと思ったが、やけに目つきが鋭く、気のせいか、俺を睨んでいるようだった。あんな女、知り合いにいたか?
まあ、いいや。1年は、まだ始まったばかりだからな。俺は、挨拶を終え、壇上を後にした。
「あらまあ、ごきげんよう。おひさしぶりですこと」
相変わらず、女帝の貫禄でイーシャ・ジャイダルが微笑んでいる。どうしてここに、と聞くまでもなく、今年から教師として赴任しているのだ。しかも、文官養成クラスに。本当に、ロクでもないな。
「お久しぶりです。最後にお会いしたのは、お兄上とデビュタントに出られていた時でしたね」
言外に、恋人もいないのかと言ってやる。案の定、ぴくりと米神を引き攣らせたかと思うと、ぐっと上半身をこちらに傾け、ハリセンのような扇子で口元を隠し、囁いてきた。
「ちょっと、ルーはどこ?あんたが隠したんでしょっ」
「人聞きの悪いことを。それより、あんたこそルーに余計なこと吹き込みやがって」
扇越しの会話に、周囲がきゃあっと色めきだつ。言葉は物騒でもお互い、表情は爽やかな笑顔を浮かべている。会話の内容が聞こえない周囲には、艶事でも交わしているように思われているのだろう。こんな女と睦言なんてまっぴらごめんだが、ルーの情報が手に入るなら我慢するしかない。
「余計なこと、っていうのは、ゲームのことかしらね。あんたこそ、ルーに何にも知らせず、囲い込む気だったんでしょ」
「色々あんだよ、事情がな」
俺たちの周辺には、いつの間にか人垣が出来ていた。その中の1人に、こちらを睨みつけている黒髪の女を見つけ、眉を顰めた。
「彼女には、気を付けた方が良いわよ。ちょっと問題児みたいだからね」
イーシャは、それだけ言うと、扇で優雅に仰ぎながら去っていった。教師になっても相変わらず、取り巻きを引き連れている。いや、学生時代より人数が増えている。人垣のうち半分は、イーシャの取り巻きだったらしい。やっぱり女帝だな。ふん。
「イラジャール、あの女、どうにかしてくれよっ」
「あの女?」
放課後、アラムが教室に現れた。あの女とは、黒髪の新入生だった。
何でも、生徒会室に乗り込んでアラムを捕まえ、俺の婚約者が、どんな女か根ほり葉ほり聞き出そうとしたらしい。勿論、アラムにも会わせてないから聞かれても答えようがない。だが、女は知らないと言っても納得せず、結局、他の生徒会役員たちと揉め、仲裁するのが大変だったとか。
「俺も知らん。その女の名前も、何故、俺の婚約者を探ってるのかもな」
「どうせあれだろ?イラジャール推しで、乙女ゲーみたいに悪役令嬢を探してるんじゃないの?」
「面倒だな。いっそ学園長に話して退学にさせるか?」
ただでさえ生徒数が多いのだ。厄介な生徒1人くらい直ぐに退学処分に出来るだろう。半分本気で口にすると、アラムが慌てて俺を止めにかかった。
「冗談だ。本気にするな」
「いや、今のは、半分以上本気だったよね?!もう、油断も隙もないんだからな」
こんな性格だとは思わなかったとぶちぶちいうアラムに、悪かったなと礼を言った。
「注意しに来てくれたんだろ?助かるよ。ありがとう」
「うっ、い、いや、実際、迷惑だったから。た、大したことないよ」
「その女が、俺のところへ直に来たら話してみるさ。迷惑かけて悪かったな」
アラムは、礼を言われ慣れてないのか、真っ赤になって首を振った。
「あのさ、いつか、俺にもイラジャールの彼女に会わせてくれる?」
「いつかな。今は無理だ。俺だって何か月も会ってないんだからな。ふん」
「はは、そうだね。うん。いつかで良いよ。じゃあ、もう戻らなきゃ」
「お前も気をつけろよ。攻略対象者なんだからな」
アラムは、ありがとうと頷いて自分の教室へと戻っていった。俺は、自分で言いながらも、いつか、なんて日が来るんだろうかと思う。期限までに見つけられなければ、また、ルーが、この手からすり抜けて行ってしまうのだから。
「イラジャール・ナトゥラン!私と勝負しなさいっ!」
アラムの忠告から3日ほど経ったある日、闘技場から自分のロッカーへ向かう途中、両手を広げて通せんぼする黒髪の女がいた。くそ、戸締りの当番で他の生徒たちは既におらず、周囲には俺1人しかいなかった。
「勝負?そもそも、初対面の相手には名乗るのが礼儀じゃないか?それとも、自分は名乗らずとも知られている有名人だとでも?」
「くっ、私は、ミーナ・ヴァンサントよ。それとも、あんたにはコットンキャンディ・ルーラの方が分かり易いかしら?狂戦士のヴァニッシュ!!」
こんな真昼間から中二病ネームを叫ぶのは止めろ。恥ずかしいから……ってか、お前、恥ずかしくないのか?アバターでもやっていたよな?腰に手を当てて指さすポーズ。
ああ、そうか。ルーラね。歯について取れないコットンキャンディ。いつもいつもルーのアバターに付きまとって邪魔をしてたヤツか。
「邪魔をしたのは、あんたの方でしょっ!私が『彼の御方』に近づこうとするたびに邪魔をして!」
「邪魔した訳じゃない。お前がいつも騒ぎを引き起こすから追い出しただけだ」
「騒ぎじゃないもん!『彼の御方』を煩わせるハエどもを蹴散らかしただけじゃん!」
前世のゲームで、俺は『狂戦士のヴァニッシュ』、ルーは『黒の美女戦士シーラ』のアバターを使っていた。ゲーム制作者とパートナーのアバターだということは開示していたので、俺たちがログインするとファンが集まってくる。それもまた、宣伝の一種だったのだが、こいつは何を勘違いしたのか、ルーが困っているから助けなくては!と思ったらしい。
それとも、単にルーを独り占めしたかったのか。いずれにしても、しょっちゅう他のプレイヤーたちと衝突していたため、強制退場させたことが何度かあった。それを今だ根に持っているらしい。馬鹿らしい。俺と勝負したいなら20年は修行して来いよ。そんな細腕で俺とやり合えると思ってんのか?
鼻で笑ってロッカーへ向かおうとすると、逃がさないと俺の腕にしがみついてきた。
「触んなよっ!」
女を突き飛ばし、威嚇のため、手にしていた剣を抜いた。豆だらけの柔らかい手を見れば、今こいつが荒事に慣れていないのは一目で分かる。ただ、予想外のアホだというのは忘れていた。
「やるわねっ!」
アホは何を思ったか、短剣を取り出し、刃を合わせて来た。ってか、学園内で武器を携帯するのは規則違反だろうがっ!しかも、文官養成クラスの生徒がっ!カッとなって短剣を弾く。と、上空から、きゃああっと悲鳴が聞こえた。
見上げると、女生徒が4人ほど窓際にいて、その真ん中の1人と目が合った。淡い水色の瞳が、真ん丸に見開かれ、その柔らかそうな丸い頬からつうっと血がにじんだ。
「きゃっ、やだっ!」
「大丈夫っ?!アニっ?」
「ちょっと血が出てるっ、大変っ!」
俺は、舌打ちをして、女生徒たちのいる教室へと向かった。アホに、寮の部屋で謹慎するよう命じて。
幸い、2階の教室だったため、階段を駆け上ると直ぐに辿り着いた。俺が、新入生のクラスに現れると、廊下や教室にいた女生徒たちがきゃあっと黄色い声をあげる。構わず、窓際へ駆け寄ると、先ほど血を流していた女生徒が気を失っていた。
「驚かせて悪かった。俺が弾いた剣が当たったのか?」
「はい。でも、かすめただけで、急に倒れて……」
倒れている女生徒を抱きかかえている、赤銅色の髪をした女生徒が、訳が分からないという様子で答えた。まあ、普段、凶器とは縁遠い生活をしていたら、突然、自分を襲ってくる刃にショックを受けるのは当たり前だろう。
「弾いた剣はどこかな?」
「あ、あそこです」
指さされた天井を見ると、確かに、あのアホが持っていた短剣が刺さっていた。俺は、断って机に上り、剣を抜いた。刃先にぬるぬるした液体が塗ってある。これは、リザンの短剣か。本当にしょうもない奴だな。くそ。
俺は、剣を腰のベルトに差し、床に降りた。リザンの毒に当たったとしたら、早急に解毒剤を打たなければならない。抱きかかえていた女生徒から、気を失っている女生徒を受け取り、抱き上げた。
「俺の責任だから、彼女を保健室に連れて行く。恐らく、今日はもう目を覚まさないだろうから、悪いけど彼女のカバンを寮の部屋へ持って行ってくれるか?」
「「「はいっ、分かりました」」」
彼女の友達と思しき3人が、畏まって返事を返す。俺は、保健室へ行く道すがら、腕の中の後輩は、友達に慕われているんだなと思い、思わず笑みが零れた。
それから、保健室へ行き、校医に事情を話す。簡単な毒薬検査キットを使って調べると、確かにリザンの毒が使われているとのこと。直ぐに常備してある解毒剤を打ち、彼女をベッドに寝かせる。校医は学園長に報告するため保健室を出て行った。
俺は、ベッドの脇に椅子を運び、腰かけた。彼女が目覚めるのを待つために。