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私、乙女ゲームのモブですから、好きに生きていいですよね?!  作者: 春香奏多
B面 ~イラジャールの苦難~
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成敗する者

 俺は、ここ数年、学園で魔獣の核が持ち込まれ続けていること、そして、今日の放課後、生徒が魔獣化して殺したことを告げる。陛下とオヤジは、俺が殺したことに眉をひそめたが、何も言わない。


 それから、亡くなった生徒の記憶を辿り、グランパルス公国で製造されたプロテインを過剰に飲んだこと、怪しい風体の男が生徒にプロテインを渡したこと、更に、その男にプロテインをばらまくよう持ち込んだのは、今ここにいる使節団の一人だと話した。


「魔獣の核が増えているのは知っていたが、そのような事態が起きていようとは……」

「核開発研究所と関係があるのか?」


 俺もその考えが過ったが、関係があるとしても主犯ではない。寧ろ、隣国のグランパルス公国で良くないことが起きている気がしてならなかった。


「今回、何故、使節団が来ることになったのですか?」

「かの国の大公子に就かれた者の披露パーティーがあるので、それの招待というのが表向きの理由だ」


 オヤジが答える。表向きというからには、裏の理由もあるだろう。それが、シルファード王国に魔獣の核をバラまくことなのか?だが、オヤジの話は思わぬ方向へと向かっていく。


「その大公子が癖のあるヤツでな」

「……あの国には姫しかいなかったのでは?」


 そんなに癖のある姫がいたのかと考えていると、陛下が首を振った。


「姫ではない。先日、新たに男の大公子が養子になったのだ。なんでも、人並外れた美しい男で、大公夫妻はもとより娘たちも骨抜きにされているのだとか」

「先ほど使節団が、かの大公子の写真を持参したぞ。お前も見れば分かるさ」


 オヤジが、部屋の片隅に積まれた貢物と思しき山の中から、ひときわ大きな額縁を抱えて戻ってきた。その額縁には、流れるような黄金の髪に黄金の瞳、衣装も全身キンキラキンの目が痛くなる人物が写っていた。


「これは、竜王?」

「やっぱりお前も、そう思うか?」


 二次元の画像と三次元の写真だと、若干、雰囲気が異なる。画像では、もっと高潔な人物を想定していたが、何故だろう。写真だと意外に俗物というか、アホっぽい。


「仮に竜王だとして、どうしてグランパルス公国で大公子になっているんでしょう?」

「さあなあ、竜王が大公子になってはいかんという法律もないしな」


 それにしても、位でいうなら竜王は魔獣族の頂点に君臨する存在。対して、人族の、しかも一公国のトップなどキングスライムくらいの地位だ。目的が何かは分からないが、十中八九、シルファード王国に関係する目的があって動いているのだろうとは想像つくが、具体的に何をしたいのかさっぱり分からない。


 探ろうにも、隣国、しかも片道だけで10日はかかる場所だ。勿論、ゲーム設定の名残で、各王国の王宮内に、それぞれの国へ転移できる装置はあるし、俺自身が転移することも出来る。だが、相手国がどうなっているのか分からない段階で踏み込むのは危険だ。


「グランパルス公国には、内偵も入れているが、大公子の就任後から連絡が取れない。新たに探らせてはいるが、竜王に感づかれては面倒だから詳しいことまでは分からないだろう」

「結構です。暫くは様子をみましょう。今、プロテインの内容物と出所をクロに探らせていますから」


 言いながらも、俺は貢物の山へと近づき、魔獣の核がないか探っていく。案の定、紅茶の茶葉、キャンディ、それから葉巻に核が入っていた。いずれも口から摂取するものらしい。


「研究所で押収したのは、核を身に着けるタイプのものだったな。明らかに出所が違うという訳か」

「これもクロに調べさせます。陛下は、調査が済むまでグランパルス公国の商品を国内に出回らないように制限をかけて下さい。特に口に含むものは気を付けるよう注意喚起して下さい」


 ぱちんと指を鳴らし、世界の意志へと転移させた。


「分かった。この男は、どうするかな。人形みたいで気味が悪いが……人間なのだろう?」


 陛下が男の前に立ち、目の前で手を振った。その時、それまでじっとしていた男の口が裂け、リザードの魔獣が牙をむき出しにして襲い掛かった。


「兄上っ!!」


 オヤジが、剣を抜くが、その必要はなかった。さっき男の記憶を探った時、万が一のことを考え、男の周辺の空間を切り分けておいた。


 空間を切り分けるというか次元を異にするとか……説明しにくいが、透明な大きな幕に閉じ込めたと思ってくれれば良い。直接男の脳に命令を与えると操っている方にも感知されてしまうだろう。かつて、俺たちを襲った賊のように自爆させる訳にはいかなかった。


 しかし、男の処遇をどうするか。俺が手を下すのは面倒だ。こいつもクロへと送ってしまおう。『世界の意志』は俺のテリトリーだから竜王でさえも手が出せないだろう。もう一度、指を鳴らすと、男が忽然と消え、陛下がオヤジに助け起こされた。


「ありがとう、イラジャール。命拾いをしたよ」

「いえ、陛下がご無事で何よりです。使節団の処遇に関しては陛下にお任せして、俺はそろそろ学園へ戻ります」


 さしあたって、王宮で出来ることはすべて終えたので退室しようとすると、陛下に呼び止められた。


「イラジャール、少し話をしよう」

「何を、ですか?」


 自分でも冷たい口調だと感じたが、今は一刻も早く独りになりたかった。陛下は、そしてオヤジも、そんな俺を分かっていると言わんばかりに微笑んでいる。


「勿論、君が級友を殺したことについて、だよ」


 言葉の剣が胸に突き刺さるが、陛下の顔は、穏やかで、俺を責めているようには見えなかった。オヤジは、そっと席を外し、隅に置かれていたワゴンをいじって紅茶を淹れている。ワゴンには、いつでもお茶が淹れられるようランプでお湯が沸かせるのだ。


 暫くして、こぽこぽお湯が沸く音が聞こえ、荒れ狂っていた心が次第に落ち着きを取り戻していく。


「座りなさい」


 いつの間にか、陛下が床にクッションを敷き詰め、腰を下ろしていた。オヤジもお盆にお茶の入ったカップを乗せ、近くに腰を下ろす。俺も言われるがまま腰を下ろすと、お盆に乗せたカップを寄越された。


「ふむ、こうクッションが多いと日本風というより、アラビアンナイトの世界だな」

「というか、トルコ風では?我々が着ているのは、グルジアの衣装ですし……」


 オヤジたちの軽口を聞きながら、紅茶を飲む。てっきり普通の紅茶かと思ったが、ブランデーが入っているらしい。冷え切った体がじんわりと熱を持っていく。


「可能な限り、君には経験して欲しくなかったが、『世界の管理者』としてあり続けるなら、いずれは直面する問題だった。取捨選択というヤツだな」


 私自身、前世でも今世でも取捨選択をしなくてはならない立場だ。取捨選択とは、良いものを選び、悪いものを捨てること。だが、この時、間違えてはいけないことがある。『良いもの』とは『善人』のことではなく、『悪いもの』は『悪人』ではないということだ。


 誰かを導く立場にある者は、常に1人でも多くの者を導くことを念頭に置かねばならない。そのためになるものが『良いもの』であり、ためにならないものが『悪いもの』だ。時に、『善人』が群衆にとって『悪いもの』になり、『悪人』が『良いもの』にもなる。その見極めが指導者には求められるのだ。


 君は、今まで『悪いもの』である『悪人』を裁いてきただろう?それはそれで、間違いではない。ただ今回の件は、『悪いもの』が『善人』であったケースだ。いや、善人とは言い過ぎか。日頃の鍛錬を怠り、金でプロテインを求め、級友たちを出し抜こうとした人物だ。悪人ではないが、善人でもないといったところか。


 厄介なことに、人というのは、善人でも魔が差せば悪いことをするし、悪人だから善行を全くしないということもない。常に、誰もが、善行もすれば悪行もするのだ。善悪だけでは人は裁けないと知りなさい。


 それにしても、君の見極めは正しかった。悪人ではない彼らを助けるために躊躇していたら、他の生徒たちが犠牲になっただろう。挙句、原因となった彼らも助けられず、損失が広がっただけだ。私は君を誇りに思うよ。


 そういって、陛下は俺の手を取り、額突ぬかづいた。


「一方で、それは指導者の立場であり、君の個人的な立場とは異なる。取捨選択をした者が、公の場で切り捨てた者を憐れむことをしてはならない。それは、切り捨てた者への侮辱になるからだ。だが、私的な場では、級友を失ったことを悲しんでも良いのだ。自分の立場が辛いと嘆いても良いのだよ」


 顔を上げた陛下の瞳は、今にも零れ落ちそうな涙で滲んでいた。いや、それとも俺の涙なのか。陛下は言葉にしないが、前世むかし今世いまも、幾人もの友を裁いてきたのだろう。誰にも見せないところで幾度も嘆いてきたのだろう。俺の嘆きよりも深い所で。


「陛下、そのお言葉、肝に銘じておきます。ありがとうございました」


 俺は、陛下の前で土下座をして礼を述べ、退出した。




 学園では、既に、学園長による持ち物検査が行われていた。同様のプロテインを持っていた者が最上級生に3人いたが、彼らは多少、力が強くなった程度で特に身体的な変化は見られなかった。


「俺たちは、問題ないんだからプロテインを返せよ」

「お前から学園長に話してくれよ」


 図々しくも、俺にプロテインを返せと言って来たので、淡々と言い返してやる。


「言っておきますが、あのプロテインは、一定の限界を超えると魔獣化する代物です。その限界点は、前例がないので未知数です。つまり、今日は問題なくても、体内に蓄積する量が限界に達するのが、明日なのか、1か月後か、1年後か分からない、ということです。そして、限界に達してしまったら、二度と人族には戻れませんよ。それでも良ければお返しいたします」


 畳みかけるように言うと、3人ともびくっとした挙句、ちっと舌打ちして去っていった。


 クロの調べによると、プロテイン、貢物の紅茶や飴、葉巻などに、細粒化した魔獣の核が含まれているという。太陽光に透かすと反射するので核だと分かるが、室内の明かり程度では判別できない。勿論、無味無臭で香りの強いものに混ぜてしまえば、まず分からないだろう。


「こんなに核を細かく砕く技術は国内にはないぞ。研究所の奴らも不可能だったからな」


 クロが、ふんっと鼻を鳴らす。


「恐らくは、竜王が一枚噛んでるはずだ。奴なら魔獣の核を利用する方法も知っているし、やろうと思えば技術も再現できる」

「けど、なんで竜王が人族に敵対する?あいつは、仲間の魔獣でさえも距離を置いている筈だろ?」


 何かのカラクリがあるだろうが、まだピースが足りない。流石のクロも、竜王相手では分が悪いからな。まずは、国内で核入りの商品を捌いている奴らを捕まえて、それから順番にグランパルス公国へのルートを手繰っていかなくてはならないだろう。直ぐに乗り込んでいけないのが歯がゆいが、それが一番確実な方法だった。


 俺は、喪章代わりに腕に巻いたバンドを触った。事件の翌日、俺と風紀委員の仲間たちは、示し合わせたように喪章をつけた。モナとサラティは髪に黒いリボン、他の奴らは腕に布を巻いていた。今ではクラスメイト全員が3人の死を悼むため喪章をつけている。


 一刻も早く、事件を解決したい思いはあるが、焦ったところで余計に失敗するだけだ。俺の管理者としての能力など知れたものなのだから。


「そういえばさ、良いニュースがあるんだけど聞きてえ?」


 それまで猫らしく毛づくろいをしていたクロが、突然、跳ね起きて尻尾をパタパタ振った。


「良いニュース?なんだ、それは?」

「にゃはははっ!今度、ルーが学園に新入生として入学するんだぁ!」

「はあっ?!」


 来年っていうとルーは、21歳だろ?学生って感じじゃあ……と思いつつ、制服を着たルーの姿が浮かぶ。すっげええエロっぽい。ってか、イメクラっぽくてダメだ!俺だけが見るなら構わないが、他の男どもには見せられないっ!


「何で、ルーが入学することになったんだ?」

「そりゃあさ、来年はヒロインが入学して乙女ゲーが始まるからだ。ヒロインがいるからには悪役令嬢も必要だろ?」

「ルーが悪役令嬢?……似合うってか、似合い過ぎてダメだっ!他の男には見せられんっ!」


 俺の脳内には、女王様のようなルーが浮かぶ。一見、怖そうだが、直ぐに素に戻るギャップが可愛いんだろーがっ!!やっぱり他の男には見せられないぞっ!!勢いあまって羽枕をバンバン殴りつけていると、クロが呆れた声で言った。


「お前、妄想のし過ぎだ。それに安心しろ。誰もルーだと気づかないからな。勿論、お前も」

「……どういう意味だ、それ」


 クロによると、最近、イーシャ・ジャイダルと王妃がルーに接近。周りも前世の記憶があり、転生する時に事情を聞かされていたことを知った。そして、自分だけ何も知らなかったって落ち込んでいたらしい。


「ちっ!ほッんとーにっ、あの兄妹はロクなことしねーなっ!」


 ルーが何も知らなかったのは、ルーが世界の中心だからだ。別に愛を叫ぶとか、ギガを叫ぶとかじゃない。例えるなら、台風の目と一緒だ。台風の目の中は、風一つなく穏やかで、周りから気にされているとは思いもしないだろう。だが、周囲にいる人間は、常に暴風雨に晒され、目の動向を気にしている。


 例えが変かもしれないが、そんな感じなのだ。誰もがルーに興味を持ち、動向に注目しているが、肝心のルーはどこ吹く風だ。だからこそ、皆がルーに興味を持つのだが。


「それで、ルーはどうした?」

「俺、いいこと思い付いちったんだぁ!学園にいる時だけ、ルーを別人に変えちゃうのさ!そしたら、誰もルーだと気づかないし、14歳にしちゃえば違和感もないだろ?それを言ったら、ルーがとっても喜んだんだぁ!」


 俺、偉いっ!と自画自賛しているクロに、良くやったと頭を撫でてやったが、次の発言で単なる悪戯好きだと思い直した。


「それでな、ルーがゲームやろうだって!お前が卒業するまでにルーを見つけられなかったら、ルーは俺たちの仲間になるんだってさ!」

「なんだ、それはっ!!」


 予想外の発言に、思わず、撫でていた手でクロの頭を叩いたのだった。


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