風紀委員 ※グロ注意
誤字脱字を訂正、分かりにくい個所も追記しました。内容に変更はありません。
それから2年ほどは、平穏な時間だった。徐々に増えていく生徒の数に、若干の不安は過ったが、それでも特に問題は起こらず過ぎて行った。
「あ~あ、イヤになるわぁ。またもや就職活動に悩まされるなんて」
今年から使われていない第二図書室を改造して、俺たち風紀委員のたまり場にしている。その部屋でモナが、うんざりした声をあげる。余談だが、他の風紀委員たちは、俺たちが入って直ぐ、魔獣の核をガンガン取り締まっていくのに恐れをなして辞めていった。
それまでは、基本的に文官養成クラスの生徒たちが風紀委員になっており、普通の学校のように派手な髪形や高価なアクセサリーなどの持ち込みを取り締まっていたようだから、肉体労働に音を上げたのも頷ける話だった。
モナの言う通り、俺たちは来年、最上級生となり、就職活動をしなくてはならない。勿論、俺のような貴族の跡取りや嫁ぎ先が決まっている女子生徒には関係ない話だが、次男や三男にもなれば、ここで職にありつけなければ、一生、実家の冷や飯食いだ。
騎士養成クラスの一番の就職先は、やはり王国の軍隊にもぐりこむことだろう。軍隊と言っても辺境警備から王族の身辺警護まで幅広い。故に、3年生の段階で青田刈りではないが、事前に目を着けられれば就職活動に有利となる。
結果、今まで適当に授業を受けてきた連中が、徐々に必死になり、焦りが目立ってくるようになった。まあ、青田刈りが落ち着けば諦めモードになり、王都の警備や自警団に入ったり、冒険者として旅立っていったりするのだが、とにかく、今はクラス全体が緊張でピリピリした雰囲気だった。
「モナは卒業したらどうするんだ?」
「私は、冒険者にでもなろうかな。軍隊に入るのは、ちょっと遠慮したいのよね」
「お前ん家の家族、山ほどいるもんな!」
ウパニの言葉に、そういえばと思い出す。モナの家は、正に軍属一族だ。父親、兄2人、伯父、叔母、祖父母……ぱっと思いつくだけでも顔と名前が出てくるほどの猛者ぞろいだった。とはいえ、既にモナも青田刈りの対象になってるはずだ。女子生徒の中では、ずば抜けて実技能力が高いのだから。
「ウパニは?」
「俺は、美人で金持ちのお嬢様を見つけて婿入りするのが夢だ。一生、遊んで暮らすんだ」
モナとサラティから失笑が漏れる。
「お前、それ、前世も言っていたよな。成長しない奴だ。けど、みんな、当然だが、将来のことを考えてるんだな……卒業したら、それぞれの道を進んで行くってわけか」
既に軍隊への入隊が決まっているチャンダムが、しんみりと口にした。確かに、一緒に何かするのは学園にいるのが最後だと思えば、ちょっとは寂しい気もしてくるが、反面、新しい世界が待っていると思えばわくわくする気持ちも否めなかった。
「チャンダム、爺臭いぞ。離れると言ったって、また、いつだって会えるさ。それに、お前は、口ではなんだかんだ言ったって同窓会で嫁と子供自慢する勝ち組タイプだろう。心配すべきは、ウパニの方だ。あっちに流されこっちに流されして、気が付いたら何も残ってないタイプだからな」
俺が軽口をたたくと、ウパニがすぐに乗っかってくる。
「イラジャール、ひでえっ!それが友達に言うべきセリフか?!」
「友達だから言ってやるんじゃないか。感謝しろよ」
俺たちの軽妙なやり取りに、湿っぽかった場が和み、笑いが起こる。その時、外から生徒たちの悲鳴が飛び込んで来た。
「なんだ?」
「闘技場の方からみたいよ?」
クロが空間から姿を現し、生徒が魔獣化したと告げた。クロは、ここ数年、俺たち風紀委員に協力することもあって突然、姿を現しても言葉を操っても誰も不思議に思わなくなっていた。
「魔獣化ってどういうことだ?」
「兎に角、急げよ。俺が転移させてやるから!」
言うなり、空間が歪み、気付いたら闘技場の更衣室にいた。誰もが騒ぎに夢中で、俺たちが来たことに気付いていない。そのまま回廊を駆け出し、すり鉢状の観客席へと向かった。今は放課後で、闘技場では自主訓練する生徒たち、そして彼らを見守る警備兵がいるだけだ。
「うわ、あれっ!」
ウパニが指をさす。見ると、眼下に見える闘技場の真ん中で3人の生徒たちが頭を抱え、のたうち回り、獣のような咆哮をあげている。だが、その姿は人とは思えぬほど異様だった。背を丸めているから正確ではないが、恐らく3m近く膨らみ、体の内で何かが暴れているように皮膚の下でボコボコと何かが蠢いている。
直ぐ様、闘技場へ降り、近くにいた女子生徒に何があったか尋ねる。
「さっきあの3人が、やってきて剣技の練習をしていたかと思ったら、突然、苦しみだして……」
「あれは、誰だか分かるか?」
「カバリ・ハーンとルキ・ガイミー、あとグス・クリーフです」
首を振る女生徒の代わりに、近くにいた男子生徒が答えた。いずれも俺たちのクラスメイトで、さっき話していた青田刈りに切羽詰まっている奴らだった。
その時、ミスターシッタールや他の教師らも駆けつけ、事態の異様さに驚愕していた。
「何が、あった?」
「よく分かりません。ただ、生徒の3人が魔獣化をしていると……」
「魔獣化?」
誰もが何があったのか事態を掴みきれないでいる中、一層大きな、苦痛をともなう咆哮が闘技場に響き渡った。全員が遠巻きに3人を注目していると、彼らの体は膨らみ続け、とうとう風船が割れるように弾けた。近くにいた生徒たちは、もろに血飛沫をかぶり、悲鳴をあげて逃げ惑う。
3人の中から現れたのは、リザードの魔獣だった。リザードは、ドラゴンより小型のトカゲ型の魔獣だ。小型とはいえ、大きいもので5mを超え、その形は恐竜に近く、獰猛な魔獣だ。しかも、良く見ると、彼らには目が1つしかなかったり、熊のような手をしたり、皮膚の一部が魚の鱗のようになっているものなど、明らかに異形な姿をしていた。
いずれにしても獰猛な性格は確かなようで、近くの生徒たちを捕まえようと鋭いカギ爪のある前足を振り回している。
「下がって!警護兵、生徒たちを闘技場の外へ!」
ミスターシッタールが動揺している警備兵へ声をかける。だが、生徒たちがパニックになって我先へと出口へ詰めかけ、押し合いへし合いの騒動になっていた。
「落ち着け!魔獣は足止めしておくから大丈夫だ。順番に外へ出ろっ!」
声に力を乗せ、生徒たちを落ち着かせる。この程度であれば記憶を消す必要もなく、対処できる術を学んだ。騒動になっていた生徒たちが落ち着き、警備兵も冷静になり、順次、生徒たちを連れだしていく。
「おお~、すげええ!」
「キモッ!けど、スクープ間違いなしじゃん!」
一瞬、闘技場が静かになった所へ、男子生徒の間抜けな声が聞こえた。見ると、2人の男子生徒が、魔獣化した生徒たちへと近づき、パシャパシャ写真を撮っているところだった。
「あンの馬鹿ッ!」
カメラのフラッシュに、魔獣化した1人が反応し、雄たけびを上げて腕を振り下ろした。写真を撮っていた生徒たちは、カメラごと腕が切り裂かれ、のけぞった拍子に腰を抜かす。
「ぎゃあああああっ!痛てえっ!」
「助けてくれ~っ!」
パニックで騒然とする最中、武器を持ってきた!とクロの声が響く。見ると、直ぐ横に剣だの槍だの武器が積まれている。俺は、自分の愛用する剣を見つけると、おっとり刀でかけだした。すぐ後ろにチャンダムも続き、2人で腰を抜かしている生徒たちを引きずってリザードから引き離す。
その間に、追いついたシッタールやウパニがリザードを足止めをする。ひとまず安全な距離まで移動すると、サラティが投げ飛ばされるのが見えた。
「くそっ!」
チャンダムがすぐに駆け寄り、サラティを助け起こす。俺は、こちらへ向かってくるリザードに剣を構え、急所となる喉を狙って突き刺した。断末魔の苦しみに転がりまわるリザードへ止めの一撃を加える。
その2度の接触で、リザードの魔獣が、グス・クリーフだったことと、彼の16年の人生が走馬灯のように脳裏を巡った。最後の最期に、級友である俺へ助けを求めるために駆け寄ってきたこと、斬られたことでショックを受けて死んでいったことも。
束の間、自分の犯した事に愕然とするが、モナたちの悲鳴が聞こえ、感傷は後回しにして残りの2体へ駆けつける。1体は全身に槍を受け、虫の息だ。残り1体は、体中を切りつけられて痛みに暴れ狂っている。
「クロッ!リザードとカバリ・ハーンを分離する方法はないか?」
「う~ん、ぐちゃぐちゃに絡まってるからなぁ。けど、要は魔獣の核を取り出せば良いんじゃね?」
よし、イチかバチかでやってやる。ちょうど、真正面にウパニが立っている。
「ウパニッ!そのまま屈めっ!」
俺は言いながらも全力で走り込み、弾みをつけ、ウパニの屈んだ背を踏み台にジャンプした。リザードの額に埋められていた歪な核に剣を突き立て、かち割った。核が粉々になると同時にリザードも砂が崩れるように消えていったが、残ったのは無残に千切れたカバリの遺体だけだった。
「そんな、ひどい……」
モナの言葉は、誰に向けて言ったものだったか。やがて、シンと静まり返った闘技場に教師や学園長も集まってくる。ミスターシッタールが、競技場にいる生徒たちに事情聴取を始めたが、俺は、踵を返して走り出した。
背後で、誰かの声がするが、構わず走り続ける。先ほど見た記憶の映像そのままに、学生寮へ向かい、グス・クリーフの部屋へと向かう。ドアノブに手をかけ、開けと念じると、カチッと小さな音がして鍵が外れた。いかにも掃除が苦手な男子学生らしく、雑然と物が散らばった部屋だった。
俺は、真っ直ぐクローゼットへ向かい、そこに置かれていた缶を手に取る。缶にはプロテインと書かれているが、聞いたことのないメーカーだった。
「クロッ!」
「おうよっ、その缶から魔獣の臭いがプンプンするぜ」
「これの出所を探れるか?」
クロは頷き、缶を持ったまま姿を消した。
さっき見た記憶では、グス・クリーフがプロテインを手に入れ、3人で飲んでいた。他の2人は持っていなかったが、他の生徒たちも手に入れているかも知れない。早急に注意喚起をしないと、同様の被害が出てしまう。
直ぐに闘技場へ引き返そうとするが、途中で、男とすれ違った。男は俺を気にすることなく、学生寮へと向かっている。寮の関係者か?だが、どこかで見たことがある顔だった。
そうだ、さっきのグス・クリーフの記憶に出てきた男だ!手にプロテインの缶を持っていた。ヤツが、クリーフたちにプロテインを売ったのか?
「待てっ!!」
俺の静止に、男はさっと振り返り、駆け出そうとするが、足が動かず、そのままつんのめった。俺は、沸き起こる怒りを抑えつつ、男へ近づき、跪く。手を広げ、男の頭部を掴み、そのままずぶずぶと男の頭に指をのめり込ませる。
男は、恐怖に目を見開くが、実際には俺の手は頭に置かれたままで、ただ、男だけが幻影を見て恐怖に慄いている。だが、男の胸糞悪い記憶を見せられている俺も、不愉快な思いをしているのだから引き分けだな。
必要な情報を得た俺は、幻影は解かずに男を転がしたまま闘技場へと向かった。途中で、闘技場から出て来たウパニと行き会った。
「イラジャール、どこへ行っていたんだ?!」
「3人が魔獣化した原因は、プロテインだった。直ちに禁止するよう学園長に伝えてくれ。俺は、緊急の用で王宮へ行ってくる。それから、学生寮の前に転がっている男は、事件の関係者だから捕まえておいてくれ」
「プロテイン?!王宮?!いや、それより男って……あ、おいっ!待てよっ!」
ウパニが俺の腕を掴む直前、俺は王宮へ転移した。王宮に出仕している筈のオヤジの部屋へ飛んだが、誰もいなかった。部屋を出て廊下を進む。顔見知りの衛兵を見つけ、オヤジの居場所を聞き出す。
「只今の時間ですと、陛下と共に謁見の間にいらっしゃるかと」
「謁見の間?……誰か目通りしているのか?」
「はい。グランパルス公国の使者がお見えです」
くそ、こうなりゃ直接乗り込んでやる。俺は、衛兵を引き連れ、謁見室へ向かった。扉の前には、別の衛兵が立っていたが、構わず、力尽くで押し入る。
「陛下、火急の用件でございます。ご無礼をお許しください!」
陛下とその後ろに控えるオヤジに、臣下の礼をとる。広間には、グランパルス公国の使者と思しき一行が、何事かとざわめいている。
「イラジャール、学園はどうしたのだ?」
オヤジが怪訝そうな顔で咎めるが、事情を説明している暇はない。一行へと近づき、全員の記憶を探る。いた。この男だ。この男が3人を殺したのだ。
「この男は?」
「グランパルス公国の商会の者だ。此度の謁見に際し、貢物を献上しておる」
敵か味方かも分からない使節団には尋ねず、陛下へと顔を向ける。陛下も緊急事態に躊躇いもなく答える。貢物の中にも魔獣化する物があるかもしれない。俺は頷き、簡潔に事態を説明した。
「先ほど、学園で3人の生徒が殺されました。その原因となったものは、グランパルス公国から輸入されたプロテインでした」
「なんとっ!」
使者たちの顔色を窺っていると、大半の使者たちは驚きを隠せない表情で、明らかに何も知らないのが見て取れる。だが、男だけは無表情で冷静だった。どうみても尋常ではない様子に、操られているのかと疑念が過った。けれど、先ほど記憶を探った際には、操られているような素振りは一切感じられなかった。どう対処しようか迷っていると、陛下が口を開いた。
「使者殿、今の話を聞かれたかな?両国の間に禍根を残さぬよう、きっちりと調査を行いたい。その間、ゆるりと滞在されよ」
陛下の命に、使節団が逆らえる筈もない。衛兵に案内され、部屋を出て行った。俺が素性を尋ねた男だけを残して。
「さて、何がどうなっているのか説明して貰おうか」
人の好い陛下の顔が、一転して険しくなり、俺もこの数時間で起きたことを包み隠さず、奏上した。