従兄弟
ミスターシッタールから渡された資料は、とても興味深かった。ざっくり言えば、学園内でここ数年、魔獣の核を使った被害報告が増えているというものだ。被害といっても殆どが、核をそのまま持ち歩いて自らが怪我をしたり、相手に怪我を負わせたり程度の被害だ。
王都では、以前、陛下が研究所を閉鎖したため、核の被害は減少していた。勿論、逃亡した研究者たちを今でも密かに追ってはいるが、いずれも小規模なものだった。それなのに、学園内で増加しているとは、意図的に魔獣の核を流しているとしか思えない。
犯人は誰だ?目的は何だ?
クロにも確認したが、学生の場合は探りにくいと却下された。例えば、貴族を探るのであれば、長年の交友関係や金銭の動きを辿れば容易く悪事が判明する。だが、学生は、人間関係に関係なく興味本位で首を突っ込み、金銭も大した額が動かないから探りにくいのだと。
俺は、直ぐに仲間たちと風紀委員になったが、これがまた骨の折れる仕事だった。何故なら、生徒たちが持っているものは玉石混淆で、本物の魔獣の核もあれば偽物も多く混じっているからだ。勿論、偽物は放っておいても良いのだが、いちいち確認するのは面倒だし、偽物を本物だと信じるバカが多いから騒ぎは大きくなっていく。
結果、本物も偽物も全て没収、偽物は希望者には卒業後、返却するという制度を取った。まあ、偽物と言われて取りに来るおメデタイ奴はいないがな。
加えて、厄介なのが、核以外の魔獣アイテムを使った商品も出回っていることだった。ハイデカル貝のため息や白ムクヘビの汗なんかは、前世の乙姫や制汗剤と同じ用途だから、それほど問題ではない。だが、メデューズネークの眠り毒やクストスの実をつかった惚れ薬なんかは、神経系の毒なので質が悪い。
さらに問題なのは、騎士養成クラスであれば脳筋バカや問題児も良く知っているので、怪しいヤツをマークできるが、花嫁養成クラスになると伝手もないし、話を聞くだけで魑魅魍魎の世界だ。
現在、シルファード王国では後宮制度はない。だが、前世で知識として知っている奴らが多ければ、いずれ風紀が乱れていくのは想像に難くない。実際、王太子のアホが玉の輿目当ての女子を何人も侍らせてる。カルヴァルの言っていた王太子が見切られたという話は本当だろうか。
午前中の授業が終わり、ウパニたちと食堂へ向かうと、女生徒たちの金切り声が聞こえ、嫌な予感に足が止まる。
「う~ん、どうやら騒ぎが起きているみたいだねぇ」
「女子に交じって王太子の声も聞こえる」
ギルグルディブクこと、ジェグが耳を欹て、何メートルも先の声を聴き分ける。流石に、『ギルグルディブク(輪廻の悪魔憑き)』の異名は伊達じゃないよな。なんて、現実逃避をしている場合じゃないが、この学園で食事が出来る所は食堂しかない。勿論、寮に帰れば食事を作って貰えるが、予定外の行動で使用人たちの手間を増やしたくないしな。
「あんた、風紀委員なんだし、あのバカの従兄でしょ。責任取って納めなさいよっ!」
モナが、俺の背中を押し、食堂へぐいぐい向かった。最初は、人だかりで何も見えなかったが、俺の姿を目にした生徒たちがモーゼの十戒のように人垣が割れ、王太子と女生徒3人が注目を浴びている姿が見えた。
「アラム、公共の場で何をしている?食事をしないなら迷惑だから出ていけ」
王太子であるアラム・ムイ・シルファードとは、正直、仲が良いとか悪いとかいう以前に、殆ど会ったことがない。ぶっちゃけ興味がないというか、初めて会った時、アラムは、前世の記憶がない普通のガキだったから話が合わなかったのだ。アラムも小難しいことばかり喋る俺に文字通り距離をおいた。
それでも、陛下たちに教育され、まっとうな子供に育っていたと聞いていたのに、学園へ入ってからおかしくなったらしい。恐らく、前世の記憶が戻り、乙女ゲーの攻略対象者として浮かれているようだ。別に王太子から継承権が剥奪されても下に2人王子がいるから誰も困らない。
故に放置状態が続いているのだが、俺に実害が及ぶのは避けたい。アラムの前世は、気の小さいゲームオタクで、俺の目の届く範囲でバカ騒ぎをしたことはなかった。だが、ルーたちのデビュタントからこっち、ヤケクソ気味に遊びまくっていて、何というか、誰かに止めて欲しい雰囲気が丸分かりだった。
今も、俺の姿を認めて、ふん!とそっぽを向きながらも、ちらちらこちらを眺めている。鬱陶しいな、クソ。
「警備兵!こいつらを追い出せ」
「はっ!」
学園には、あちこちに警備兵が配置されている。生徒たちが学園の中で被害にあわないようにするためと、生徒同士の行き過ぎたバカ騒ぎを止めるためだ。
「ちょっ、ちょっと、待てよっ!俺、王太子だぞ!不敬だぞ!父上に言うからなっ!」
警備兵につまみ出される間も喚き続けていたアラムだった。残された女子たちも、毒気を抜かれたのか、アラムの情けない姿に失望したのか、逃げるように食堂を去って行った。
「良いの?相手してあげれば良いのに~」
「こっちは狡賢いアホ共で手いっぱいだ。ただのアホの相手をしている暇ない」
「まあ、ちょっと可愛いけどね。ワンちゃんみたいで」
サラティがくすりと笑みをこぼし、背筋が寒くなった。ああ、俺は覚えているとも。サラティの前世は、年下の男どもを従える女王様だったことをな。だからこその、『ブッチャーリリー(屠殺者リリー)』だからな。他の仲間たちも覚えているのだろう。ウパニとチャンダムも俺同様、無言のまま食堂へ進んだ。
食堂内は、一般生徒の使用する場所と王族および公爵家の専用の個室がある。勿論、俺たちは奥の個室へ進み、給仕にメニューを伝えた。
「さて、緊急の話題としては、花嫁養成クラスをどうやって探るかだな」
「放っておいても良いんじゃない?」
サラティが、にこやかな笑みを浮かべ爽やかに言い放つ。比較的、常識的なチャンダムが待ったをかけた。
「いや、流石に、それはヤバいんじゃないか?」
「だって、ただでさえ女子の人数が過剰でしょ?今のうちに潰し合ってくれたら楽じゃない」
「そうよね、一番ヤバい騒ぎは2年後だもの。今から頑張りたくないわ~」
「……女って怖え」
サラティの言葉にモナも乗っかり、ウパニが恐いと呟いた。ウパニは、女が大好きと豪語する割に、女に妙な幻想を抱いて失敗している。前世から……だが、サラティの意見も満更悪くはない。
「よし、じゃあ、サラティの言う通り、炙り出して潰してしまおう」
一石二鳥の良いアイデアを思い付いたとニンマリ笑う俺に、マジか?!と誰もが驚いた。
そして、俺はミスターシッタールや学園長、果ては陛下にまで許可を取り付け、『私だけの王子様!争奪戦』という学園内試合を決行したのだった。タイトルがアレなのは、俺の趣味じゃない。モナ曰く、その手のアホが引っかかるような単純なタイトルの方が釣り易いのだとか。
試合の内容は簡単明瞭。王太子が大好きという女生徒を募り、試合をさせ、勝者には王太子とデートする権利が与えられるというものだ。試合の内容は、平等を期して格闘技、頭脳テスト、礼儀作法の3部門の合計得点で競う。王太子と釣り合うからには、それぐらいの知識が必要だからな。
そして、ここがミソだが、自分の所属するクラスの部門で戦う場合は、ハンデ戦とする。例えば、頭脳テストでは文官養成クラスの試験内容が一番難しいものとし、礼儀作法でも花嫁養成クラスが一番点数が辛くなるハンデ戦だ。
更には、騎士養成クラスの女生徒と花嫁養成クラスの女生徒が格闘技を行う場合、騎士養成クラスの女生徒は素手、花嫁養成クラスの女生徒は剣でも槍でも1つだけ武器を手にすることが出来る。武器の内容は、事前に担当者へ報告し、担当者が許可を出したものだけを使用する。例えば、銃や眠り薬、しびれ薬等は不可という訳だ。
こうしておけば、堂々と身体チェックが出来て違法アイテムを押収することが出来る。まあ、本当に頭の良い女生徒たちは参加しないだろうが、それでも十分、牽制にはなる。
「ふうん。一石二鳥って、ちゃんとアラムの事も考えてんのか」
ウパニが、試合内容を見てにやりと笑う。そりゃまあ、陛下は自業自得だと口では言っているが、それでも息子だ。何とかしてやりたいと思う気持ちもあるだろう。それに、俺も見放したままというのは、後味が悪いしな。
十分な準備をさせないため、告知から1週間後に試合とした。王太子と同じ年の13歳から17歳まで全部で105人が参加を表明した。これは、モナの入れ知恵で身体チェックを、俺とミスターシッタールで担当すると公表したからだ。つまり、俺とミスターシッタールのファンも参加しているということだ。考えただけでうんざりするが、俺が言い出したのだから仕方ない。
第一試合は、格闘技とした。少しでも多くの生徒をチェックするためと、アラムの荒療治を兼ねている。俺とミスターシッタールは、競技場の入り口で試合に臨む生徒をチェックする。事前に報告した武器以上の物を所持している場合は没収、更に魔獣の核やアイテムを持っている生徒については、暗示をかけて取り上げ、クロに追跡調査をさせた。
途中、試合よりも俺やシッタールに言い寄ってくる生徒も多くて辟易した。あんまり悪質でしつこいヤツは、こっそり暗示をかけて近寄らないようにしておいたがな。
そうして調査した結果、ごっそりアイテムを押収し、加えて、核の持ち込みを扇動している生徒も2人ばかり捕まえることが出来た。アラムも、いつも澄まして淑女ぶっている女どもが、掴み合いの喧嘩をしている様子を見て、考えを改めることにしたようだ。
闘技場の王族専用のVIP席に座って青ざめている従弟の肩を叩き、話しかける。
「学園というところは、社会の縮図だ。教師も含め、様々な立場の人間が否応なく一つの場所に存在している。それはつまり、規模を大きくすれば、シルファード王国に様々な立場の人間が存在しているのと同じことだ」
この世界に限らず、学校という場所は、勉強するだけが全てではない。友達を作り、共に学んだり遊んだりすることも大切だが、一番有益なのは、裏切りや嫉妬などマイナスの感情を受けた場合、どうやってコントロールするか学ぶことだと思っている。
それは、学友だけではない。教師や父母など、通常であれば尊敬すべき大人が、贔屓や貶める発言をしてマイナス感情をぶつけてくるケースもある。そういった悪感情をまともに受けるのは辛い。だが、コントロールし、乗り切る術を覚えれば、社会へ出て一番役に立つの技術なのだ。特に、国王という立場であれば、人一倍必要になるだろう。
「俺は、父上に見限られている。というか、国王はお前がなるんだろ」
「ならねーよ。俺は、忙しいんだ。国王なんかやってる暇ねーからな」
国王なんか、という発言に目を丸くしている。実際、『世界の管理者』なんてやってりゃ、国王なんてやってる暇はない。それに何より、もっと大切なことがある。
「俺の夢はな、前世から好きな女と結婚して、沢山子供をつくることだ。ああ、勿論、王位に就くためじゃあねーぞ。王家なんて七面倒臭い所に、誰が可愛い子供たちをやるもんか。お前が俺の娘を欲しいと言ったってやらねーからな」
「誰がいるかっ!俺はロリコンじゃねーし!そもそも生まれてから言えよっ!」
ぷんと剥れる所は、まだまだ子供っぽい。そうだな、前世もゲームばっかりやって、人との距離が分からない奴だったんだろう。学園にいるうちにちゃんと学べば、もっとまっとうになるだろう。俺は、アラムの頭をくしゃくしゃにかき混ぜて笑った。
「兎に角、俺の15年越しの夢がな、あと4年で叶うんだ。お前にも誰にも、絶対邪魔させねー」
俺としてはいたって真剣に語ったつもりだったが、アラムは目を丸くして、そして、吹き出した。
「あんたが、そんな庶民的な夢を持ってるとは驚いたよ。てっきり、億万長者とか世界を牛耳るとか言いそうな形なのにな」
「庶民的とはなんだ、庶民的とは。自分が命をかけても良いと思えるほど好きな女がいて、その女が打算も何もなく、ただ自分を好きになってくれる確率が、どれだけあると思う?そんな女が傍にいてくれたら、男は何だって出来るし、何だってなれるのさ」
そうだ。ルーがいつも傍にいてくれたから俺は、仕事に没頭することが出来たし、今も立っていられる。ルーが物理的に傍にいなくても俺の傍にいると信じられるから。
「俺も、そんな女が見つかるかな。っていうか、もう遅いような気がする」
しょぼんと呟くアラムに、生意気だと背中を叩いた。
「お前、まだ13歳じゃん。俺があいつと出会ったのなんて30歳過ぎてからだったぜ。お前が30歳になるまでに17年もあるんだ。それまでに、大勢の人間と付き合ってみろ。恋愛だけじゃないぞ。友達や仲間、先輩後輩、教師、従者、使用人、町民、できるだけ色々な立場の人と会って、話をしてみろ。そうやって人を見る目が出来たら世界は違って見えるもんだ」
うん、と頷く従弟に、先ずは、新しい友達とデートして来いとステージへ押し出した。そこには、争奪戦を勝ち抜いた勝者が待っていた。彼女は、俺と同じ騎士養成クラスの女生徒で、控えめだが、真っ正直な良いヤツだった。本物の恋人になるかどうかは分からないが、アラムには良い刺激になるだろう。
「ご苦労様」
漸く長かった一日が終わり、椅子にもたれかかっていると、ミスターシッタールがサイダーの瓶を差し出した。
「ビールでなくて悪いけどね」
「どうせならワインが好きです」
反射的に言い返すと、シッタールが笑って言った。君たちの結婚式には最上級のワインを進呈するよ、と。あと4年も先の話だが、今までの長い年月から比べると、あっという間のような気がした。