新入生
「新入生代表、イラジャール・ナトゥラン」
「はい」
俺は、寝不足の頭で舞台に上がり、新入生の挨拶をする。周囲から、ひそひそと囁き声が聞こえた。あれがイラジャ―ルか、と訝しがる声が。それもその筈、ゲームの中では白銀の髪を長く伸ばし、気難しそうな雰囲気だった。だが、今はバッツリ短い。オフクロは『男は短髪!』がモットーだ。オヤジも同じくらい短く刈られている。
だが、短ければ短いで、前世の俺っぽい気もして何だかなと思ったが、そのうち、考えてもなるようにしかならないと放棄した。
そうそう、この新入生の挨拶だが、別に成績優秀者とかではない。一番上位の貴族が行うものだ。俺の上位といえば王太子しかいないが、ヤツは1級下だから来年という訳だ。そんなことを頭で考えながらも、口は自動的に挨拶を述べ、早々に壇上から降りた。
自分の席に戻ると、後ろから小さな礫が飛んできた。誰だ、と思って振り返ると、数列後ろの席で、水色のウェービーヘアをしたチャラそうなヤツが、手を振っている。
瞬間、誰だか分からなかったが、水色の髪で思い出した。彼は、前世の仲間が作ったアバターそっくりだった。確か、通り名が、アイスバーグソードとか言ったっけ。今思うとスゲエ中二病ネームだ。さり気なく、周囲を見渡すと、エンペラータンク、ブレイズババール、ギルグルディブク、ダイナマイトべべ、ブッチャーリリー……全員が揃っていた。
俺は、奴らに後で話そうと目で合図を送り、前を向いた。楽しい学園生活になりそうだった、と思ったのも束の間、講堂から自分のクラスへ移動する際、隣を歩いていた女生徒から声をかけられた。
「あ、あのっ、イラジャ―ル様ですよね?」
王太子のいない現在、俺が最上位貴族だ。いや、確か、最上級生に同格の公爵家の女生徒がいる筈だが、今この場では俺が最上位だから女の言葉を無視する。というか、隣を歩いているってことは、クラスメイトだろ?この先、卒業まで礼儀を弁えない女と一緒かよ、と思ったらウンザリした。
「ちょっと、通して……ごめん、通して……」
後ろの方から聞き慣れた声がしたかと思ったら、どんと肩に重みを感じた。先ほど手を振っていた、ソードが圧し掛かっている。
「お前、髪切ったのな。女子たちががっかりしてるぜ」
「当り前だろ、長髪なんてウザいだけだ。お前こそ、よく長くしてられるな」
長いと言っても、肩に着くぐらいだが、俺からみれば十分長かった。だが、ヤツは、長い方が女子受けするのだと言ってニヤッと笑う。13歳がいうセリフじゃないな、まったく。
「なあなあ、この後、どうする?お前、どこの寮よ?」
「俺は、ヴァサンだ。良かったらみんなで来いよ」
ソードがヴァサンと聞き、ヒューっと口笛を吹く。それもそのはず、学園においてヴァサン寮は最上級の寮だからだ。
ここの学園の寮は、四季に別れる。『ヴァサン(春)』、『リトゥ(夏)』、『シャルド(秋)』、『サルディ(冬)』と呼ばれ、それぞれに入れる身分が異なる。ヴァサンは上位貴族、王族、公爵家、侯爵家のみ。リトゥは伯爵家と子爵家、シャルドは男爵家と辺境伯、最後のサルディは庶民となっている。
とはいえ、内装など、かなり自由が利くので、入ってみれば、シャルドよりサルディの方が立派だったということは珍しくない。
因みに、ヴァサンは、男女兼用。何故なら、1フロアを1人の生徒が使用する。階ごとに分かれており、それぞれに浴室や食堂などすべてが賄えるようになっている。最上階は王族専用、最上級生の公爵家の女は3階を使っているので、俺は4階にした。
1フロアと言っても、そこに使用人や護衛、シェフなどが常駐するから居住空間は、意外に手狭だったりする。少なくとも公爵家本邸にある俺の部屋からするとかなり狭い。まあ、前世の大学の学生寮と比べたら段違いに広いけどな。
ソードのこの世界での名前は、ウパニ・ジャワハール、伯爵家の第四子だから寮はリトゥになる。ゲームの世界では、生徒が少ない時は2部屋使えたりして、それなりに広い設定にしたのだが、
「いや、もう狭い狭いっ!今年、生徒が増えたもんだから相部屋になってる。まあ、3年後はもっと激増するから、新しく寮を建設するかどうかって揉めてるんだろ?」
「そうだな。寮を新しくしても、恐らく増加は一時的なものだ。だとしたら、入学時に試験を行って選別すべきという意見も出ている」
ウパニと歩きながら話をしていて、ふと気づくと、女生徒たちが俺たちの周囲をぞろぞろくっついて歩いていた。流石に、話しかけてくるアホはいないようだが、初日でこれだと後が思いやられるな。本当に乙女ゲーをやろうとするアホが出ないうちに手を打たないとな。
「お前、相変わらずスゲえな、女子の吸引力!ダイ〇ソン並みじゃん」
「全然嬉しくない」
前世の乙女ゲーでは、学園内では身分に関係なく勉学を学ぶとか何とか理由をつけて、庶民や地位の低いヒロインと高位貴族が恋愛できるような設定が多かったが、俺はゲームでも学園内に頑然とした身分を持ち込んだ。きちんとした礼儀作法も知らないヤツが、出来る女な訳ないだろと思うからだ。
だが、それを決めた前世の俺、今世に生れて初めて良くやった!と褒めてやりたい。身分があるおかげで、無駄に話しかけられることもなく、話しかけられても無視できる。という訳で、さっきから色々と女子たちがチャレンジを試みているが、俺は一言も返すことなく、振り向くことすらなく、自分の教室へと辿り着いた。
教室には、既にタンクたちが着いていて、俺たちの席を確保していた。窓際の最後列だ。学園内は常に自由席だから、俺の周辺にタンクたちが座って防御してくれる。これも、前世の俺、グッジョブだ。
ざっと見渡したところ、騎士養成クラスだと言うのに女子率が高い。通常20人前後のクラスなのに34人に増えている。今までは、騎士希望の者しかクラスを選択しなかったが、今後は更に玉の輿を目指す女子が増えるのかと思うと頭が痛い。
そんなことを考えているうち、教師が入って来て、女生徒がきゃあっと黄色い声をあげた。彼の藍色の髪を見て思い出した。アンドラ・シッタール、攻略対象者だった。
「君たち騎士養成クラスを担当するアンドラ・シッタールだ。今年は女生徒が多いが、女性だからといって手加減はしないからそのつもりで」
お、女子に向かって牽制している。しかも、さり気なく手を挙げ、腕に嵌めたバングルを見せつけた。女子たちの固まっている席からから落ち込んだ声が聞こえた。あ、バングルっていうのは、前世の結婚指輪に相当するものだ。つまり、こいつは既婚者という訳だ。ゲームの設定では勿論、独身だったのに……やっぱり転生者だ。こいつも。
「では、窓際の最後尾から順番に自己紹介をしてもらおうか。そうだな、ただ名前を言うだけだと面白くないから、趣味と好きな異性のタイプを必ず言うこと」
教室のあちらこちらからキャアとかウワアとか悲鳴が上がる。その時、教師と目が合い、ヤツはにやりと笑った。くそ、女どもを俺に押し付ける気だな。そっちが、その気なら、
「私は、ナトゥラン公爵家が第一子、イラジャール。趣味は剣術、好きな異性は、私の婚約者だ。彼女以外を好きになることはないので、5年間、雑事に煩わされることなく勉学に励みたい。以上」
婚約者の件でギャアっと悲鳴が響き渡り、後半、ほぼ聞こえなかったかもしれない。まあ、良いか。取り合えず、婚約者がいるということは周知できたし。ちらっと教師を見ると、にやにやしている。ムカつくな、こいつ。いっそ首にするか?
その後、歓声が上がったり、揶揄する声が響いたりと順調に自己紹介が進んでいく。全員が終わる頃には、大盛り上がりで、クラスに一体感のようなものが生まれた。一応、教師としては優秀らしい。
入学初日は授業がなく、自己紹介などクラスでHRを行った後は、学園内のオリエンテーション、そして解散となる。ゲーム仕様のせいだが、学園内には多くの建物がある。学年ごとに建物が異なるので教室のある建物だけでも5つ、学生寮が4つ、更には、職員室の建物、食堂、講堂、競技場、図書館、事務棟など、広い校内を歩くだけでも時間がかかった。
いちいち用事を済ませるのに外へ出なくてはならないというのは、思ったよりメンドクサかった。改めて配布された時間割を見ると、午前中2コマ、午後2コマ、授業と授業の間の休憩時間30分、昼食に2時間というのも頷ける気がした。まあ、ゲームでは、時間割なんて考えもしなかったからな。ふん。
さて、帰りのHRも済み、まだ教室がざわざわしている時、気弱そうな女と気の強そうな女が近づいてきた。俺たちは完全無視、周りはこれから何が起きるのだろうと興味津々に見守っている。
「あの、イラジャール様……」
お前、さっきの俺の自己紹介聞いてなかったか?ってか、下位貴族が上位貴族に話しかけるとか、礼儀知らずも良い所だろ?と思いつつ、無視を続ける。と、隣にいた気の強そうな女が憮然として声をあげた。
「ちょっと、この子が話しかけてるんでしょ!何とか言いなさいよ!」
一瞬、沈黙が落ちた後、クラスが一層ざわざわし始めた。俺の代わりに、べべが面白そうに言い返す。べべの本名はモナ・シュプース伯爵令嬢。シュプース家は代々、軍部の中枢にいる歴史ある古い家柄で、彼女が同じ伯爵位でもシュプース家の方が上位に当たる。
「貴女、どういうお育ちなのかしら?下位貴族から上位貴族に許可なく話しかけてはいけないと教わらなかったの?」
「だから何よ!いくら上位貴族だからって、クラスメイトの呼びかけに無視する方が礼儀知らずでしょ?それとも、私たち下位貴族とは口もききたくない訳?!」
ふむ。女のいうことにも一理ある。それに、クラスメイトが注目している場で徹底的に潰しておけば、他の害虫も近寄って来ないかもな。
「確かに、君のいうことにも一理あるな。カシュナ・イーサイ伯爵令嬢、カミラ・ケラー子爵令嬢」
気の強い方が伯爵令嬢、弱い方が子爵令嬢だ。爵位順に、にっこりと微笑んで話しかける。これは、貴族の間では当然の挨拶だが、礼儀を知らない女どもには、好意がある方を先に呼んだと勘違いするだろう。案の定、先に話しかけられた女が、嬉しそうに頬を上気させ、気の弱そうな女が彼女を恨めしそうに見る。
「それで、私に言いたいこととは何かな?」
机に寄りかかり、足を組み、斜めはす向かいに彼女たちと対峙する。2人ともうっとりしているが、本来であれば、話し相手に斜に構えられるということは無礼にあたることなんだがな。
「あっ、あのっ!ご婚約、おめでとうございますっ!イラジャ―ル様が、婚約されたとは知りませんでしたので……」
敬語がめちゃくちゃだぞ、おい。と腹の中で添削しつつ、笑顔は貼り付けたまま礼を言う。
「ありがとう。まだ未成年だから公にしていないのでね。君たちも、ここだけの話としてくれたまえ」
「「はいっ!」」
返事は良いが、この手の女どもはあっというまに噂を広げる。まあ、それがこちらの思惑だけどな。
「じゃあ、また明日」
「あっ!まっ、まだ、お話がっ!」
「……他に何か?」
話を切り上げて帰ろうとすると、強気の女の方が待ったをかけた。言外に早く終わらせろという意を込めて冷ややかに問うが、当然、女どもは気付きもせず、出来るだけ話を長引かせようともじもじしている。キモイな、マジで。早く本題に入ってくれないと貼り付けた仮面が剥がれ落ちそうだ。
「イラジャール様の婚約者は、どなたなんですか?」
「まさか、ダラヤム伯爵令嬢では?」
やっと本題が来たかと安堵し、笑顔をすっと消し、無表情になる。突然変わった態度に、女どもが狼狽え、周囲からも戸惑いの雰囲気が漂っている。
「私の婚約者は、君たちの知らない人だ。それに、君たちが私の婚約者を知ってどうする?」
「え、あの、ご婚約者様にお祝いを、と」
お祝いをするという体で婚約者の情報を手に入れようとしたのか。それにしても、何という浅はかさだろう。くだらない。
「君たちは正気か?私の婚約者の元に、突然、知らない女から祝いの品が届いたら、どんな気持ちになると思う?それとも、君たちは、モノさえ貰えれば相手が誰であっても嬉しいと思うのか?」
「それは……」
漸く彼女たちも、失策に気付いたらしい。見ようによっては姉妹とも思える彼女たちの青い瞳には涙が浮かび、煌びやかな金髪が細かく震えている。本当にくだらない。
「そもそも、彼女は、君たちより遥かに上位の貴族だ。祝いの品というからには、君たちの家の身代が傾くほどの金額が必要になるのも分かった上での発言だろうな?」
「そ、そんなつもりは……」
一応、貴族としての心得はあるらしい。無茶ぶりだと言わなかっただけ褒めてやろう。だが、これで最期だ。
「では、どんなつもりで、私の婚約者を知りたがる?面白半分の好奇心か?それともまさか、自分が彼女にとって代われるとでも思ったか?貴族の礼儀を疎かにし、敬語も使えず、知略も巡らすことが出来ない君たちにか?」
はっ!と嘲笑ってやると、とうとう、彼女たちは泣き出し、教室を去っていった。その後、二度と学園へ来ることはなく、風の噂で、どこぞに嫁いだとか聞いた。彼女たちにした俺の非道な振る舞いは、瞬く間に学園中へ広まり、迂闊に近寄る女生徒が減ったのは、勿論、こちらの思惑通りだ。
とはいえ、それでも我こそはと近づく猛者がいるのには辟易するがな。まったく。