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私、乙女ゲームのモブですから、好きに生きていいですよね?!  作者: 春香奏多
B面 ~イラジャールの苦難~
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弱者

誤字を訂正しました。内容に変更はありません。

 馬車で連れ去れさられる途中、チャドは泣きそうになりながらも、年下の俺を守るように俺の前に座った。どっちも猿轡をかまされ、上半身を縛られているから何も出来ないが、それでも自分だけ助かりたいと思うような奴ではないんだろう。最も、そんな奴だったら俺と一緒に掴まってないって所が皮肉だ。


 馬車の中には、俺たちの他に攫われた子供はおらず、男たちが、ぼそぼそと根城を引き払う算段をしているのが聞こえた。俺は貴族の愛玩用、チャドは豪商の労働用で売り飛ばすらしい。攫った子供を買えるような上位貴族であれば、俺の顔を見りゃあ誰だか分かるだろうなぁ。まあ、オヤジの政敵なら喜んで取引材料にするかもしれないけどな。


 生憎、今回は、人さらい集団と人身売買の組織を捕まえるまでを最優先にしている。あわよくば、組織にある購入者リストを手に入れることが出来れば別の捜査が始まるだろうが、その先は俺の預かり知らないことだ。


 さて、15分くらい馬車が移動しただろうか。ゆっくりと馬車が停車し、同乗していた男たちに荷物よろしく担ぎ下ろされた。馬車から降りた途端、緊張のあまり、チャドの足がもつれて転んだ。


「早く立て!なんだ、こっちのガキの方がよっぽど落ち着いてやがる。情けねえなあ!」


 男たちが、チャドを揶揄するが、俺は無反応だった。チャドが悔しそうな顔で俺を見たが、俺だって掴まってるから何も出来ない。主犯格を突き止めたら直ぐに助けてやるから、それまで耐えろと心の中で念じておく。


 着いた先は、大きな石造りの建物だった。てっきり小屋のような簡素な場所を想像していたが、庭の手入れも行き届いていて、まるで金持ち貴族の別荘という雰囲気だ。犯人たちが無断で侵入しているのか、それとも貴族が関係しているのか、いずれにせよ中へ入れば分かるだろう。


「おら、お前はこっちだ。そっちの汚いのは地下牢へ入れとけ」


 男の指示で、俺は2階へ連れて行かれた。床は絨毯が敷かれ、壁には高そうな絵画や壺が置かれている。そして、一番奇妙なことは、使用人たちが普通に働いている事だった。全員、俺たちが視界に入っていない様子で、怪しむこともなく、ただ黙々と働いている。


「こっちだ。早く入れ」


 俺は、豪奢な飾りのついた扉の内側へ押し込まれた。てっきり、業突く張りのヒヒオヤジが出てくると思いきや、若い女が座っていた。女は俺を見るなり、きゃあっと歓声を上げる。


「本当にイラジャ―ルなのねっ!可愛いっ!」


 女は、豊満な胸を見せつけるように襟ぐりが広く、ウエストの絞ってあるドレスを身に着けている。光の加減で虹色に輝くドレスは、夜会ですら顰蹙ひんしゅくを買うような下品さだった。だが、女は自分の姿態を見せつけるように、くねらせながら近づいて来る。


 俺は、まだ縛られているし、猿轡もそのままだったので何も出来ず、じっと相手の出方を待つ。


「ああん、その冷たい目。とっても素敵よ。ご褒美に、その瞳にあうアクセサリーをつけてあげるわ」


 言うが早いか、女はサファイアのような石が填め込まれた銀のチョーカーを取り出し、俺の首に装着した。途端に、そのチョーカーから何とも言えない禍々しい気配が漂ってきた。


「ほら、もう私の言葉しか聞こえないでしょ。大人しくしてたから縄は解いてあげるわ」


 女は、笑顔のまま俺の縄をほどき、猿轡を外した。チョーカーのせいで俺が動けないと思っているらしい。だとすれば、アラグニスの核を加工したものだ。アラグニスは、蜘蛛の魔獣で、相手を意のままに操る能力がある。つまり、このチョーカーをつけた者は、自分の意志で動けなくなるという代物だ。


 ゲームの中のアイテムで使用していたものだが、この世界で魔獣の核を使うことは禁じているし、アイテムを作る技術もない筈だった。くそ。これは、俺の守備範囲だ。どこで流通しているのか調べる必要がある。厄介だな。


 その時、ふと部屋の端に並べられた椅子が目に入った。7~8脚はあるだろうか、そのうち5脚の椅子に等身大の人形が座っていた。それぞれの人形は、どれも男の子で、質の良い上等な服を身に着け、髪もきちんと梳かしつけられている。なんだ?良い大人が人形遊びか?


「貴方も直ぐに仲間に入れるわ。みんな良い子たちなのよ。でもね、一番のお気に入りは貴方よ、イラジャ―ル」


 俺が動かないので気が大きくなったのだろう。言わなくても良いことを、べらべら話し始める。


「あの共同ハウスを見張らせていた甲斐があったわ。本当は、あの小汚いガキどもを攫って貴方を誘い出すつもりだったけど飛んで火にいる夏の虫って、このことかしらね。手間が省けて良かったわ」


 女が、笑いながら俺の体に手を這わせる。その時、座っている人形が、ただの人形ではなく、生きた人形なのだと気付いた。そのどれもが、アラグニスの核を填め込んだチョーカーをつけていたから。


「んんっ、ちゅっ」


 意表を突かれた隙に、女がキスをしてきた。生暖かい分厚い舌が、俺の口の中を這いまわる。逃げようとするが、女の腕が体にがっちりと絡みつき、万力のように締め上げてくる。咄嗟に頭突きをして女の拘束から逃れ、あらん限りの声で怒鳴った。


「キモいんだよっ!このクソアマッ!……動くんじゃねえっ!!」


 女は、目の前の出来事が信じられないといった表情で、呆然としている。くそっ、まだ口の中を犯されているみたいだ。なめくじのような舌が這いまわった感触を思い出し、その場で吐いた。ここもまた高級そうな毛足の長い絨毯が敷かれていたが、構うものか。


「ご愁傷様~。それにしても力が強くなったね。今の制止で、この屋敷中の人間が硬直しているよ」


 胃の中のものを全て吐き出した後、背後で呑気なクロの声が聞こえた。女は突然現れた言葉を喋る猫に驚き、さらに目を見開くが、俺は構わず、クロに話しかけた。


「バラッドは来ているか?」

「ああ、今、門の外で待機している」

「入ってもらえ。ここが黒幕だ。この廊下の一番奥に、ここの主、ラクハクシュマ伯爵がいるはずだ。そいつと、この女が主犯だ。攫われた子供たちは、あそこの椅子に座っている。あと、地下牢にも閉じ込められているから救出するよう伝えろ」


 クロは、椅子に座っている子供たちを痛ましそうに見て、姿を消した。


「さて、お前のことは全て分かったぞ。ラクハクシュマ伯爵夫人。いや、ただのクズで十分だな」


 さっき、接触した際、こいつの頭の中を探ってやった。前世では、子供に性的虐待をするクズだった。今世でもそれは改善されず、伯爵家を隠れ蓑に人身売買を行い、気に入った子供はコレクションするクズだ。


 でも、一番ムカつくのは、俺の作ったゲームを餌に子供たちを誘い出し、犯罪を犯していたことだ。だから、その記憶も保持したまま転生し、同じことを繰り返している。こんなクズは、何度、転生して更生の機会を与えても無駄だな。


「お前は、まだ消去しない。色々聞きたいことがあるからな。わが身が可愛ければ、取り調べの際は、素直に話せよ?万一、黙秘を続けるなら、この俺が、いくらでも喋れるようにしてやるからな。分かったか?ああ、あと俺の能力については一切他言を禁じる」


 言葉に力を乗せ、それだけ言うと、女の前を立ち去り、子供たちの方へ向かった。近づきながら、俺は自分の首に装着されたチョーカーを壊す。子供たちのチョーカーも壊しつつ記憶を探り、女にされた性的暴力を消去、ただ部屋に監禁されていた事実に上書きする。


 それらの作業が終わった頃、漸くバラッドが部屋に飛び込んで来た。


「イラジャ―ル様っ!ご無事ですか?」

「問題ない。それより、そこのクズが主犯だ。夫であるラクハクシュマ伯爵を唆し、人身売買に手を染めさせた。まあ、受け入れた時点で同罪だな。ただ、この女は、前世でも子供を相手に性犯罪を犯し、逃げおおせている。しかも、今世でも気に入った子供たちに性犯罪を続けてきたクズだ」


 バラッドは、椅子の上で気を失っている子供たちを見て、何が起こったのか悟ったのだろう。呆然と立ち尽くす女を思いっきり蹴り飛ばした。女は硬直したまま悲鳴もあげられず、丸太のようにごろごろ転がっていく。


「子供たちから性犯罪の記憶は消しているから、このことは、お前たちだけの記憶に残しておけ。陛下にも事情を話し、必ずクズを処刑するよう伝えておく。処刑後は、二度と転生できないよう魂ごと消し去ってやる」

「畏まりました。あと、地下牢に囚われていた子供たちも救出しました。今いるだけで12人もいましたよ」

「……それでも、まだ不明者がいるな。徹底的に行方を追え。もし居場所を吐かなければ俺が何としてでも吐かせてやる」


 バラッドは頷き、部下に子供たちを運び出すよう指示をした。そして、部屋を出た俺を警護するため、後ろについてきた。


「イラジャ―ル様と一緒に攫われたチャドも救出しました」

「俺たちのことは伏せろ。後で、チャドの記憶も消しておく。ルーに知られる訳にはいかないからな」


 ルーを守るためなら公爵家をも使うようなバラッドだから、てっきり即座に同意すると思ったが、しばし言いよどんだ後で、躊躇いがちに意見を言った。


「ルー様には、お知らせした方が良いと思いますが……」

「何を知らせる?前世、俺の作ったゲームで呼び出された子供たちが性犯罪に巻き込まれたと?現世でも同じことを繰り返していると?……序に、こうも言おうか?俺をおびき出すために、ハウスを見張っていた上、囮として子供たちが攫われるところだったと?」


 吐き気がするような事実に、バラッドが黙る。それなら一生黙っていてもらおう。


「ルーには絶対に知らせるな。良いな?」


 バラッドを睨みつけながら力を使う。バラッドといえど、俺が本気で力を使えば記憶を操作するなど簡単だった。と、前方不注意で、何かにぶつかった。顔を上げると、硬直したままのメイドだった。ああ、そうか。首にチョーカーがついている。


 伯爵家では、どれほどの人間が操られているのか、どれほどのアイテムがあるのか、調査しなくてはならない。だが先ずは、


「バラッド、この女が首に着けている青い石は、アラグニスの核だ」

「アラグニス……蜘蛛の魔獣ですね。意志を操るという」

「そうだ。先ほどの少年たちも同じものがつけられていた。これの出所も探れ」


 話しながら、メイドのチョーカーを破壊し、石を取り出した。くそ、一人ずつ取り外すのは面倒だな。早く戻らないとルーが怪しむだろうし。


「クロ!」

「なんだ?!」


 現れた時点で、何をさせられるのか気付いているのだろう。嫌そうに鼻の頭に皺を寄せている。


「伯爵家の本家、別荘、交友関係、全てを調べてアラグニスの核が、いや、アラグニス以外の魔獣の核も使われているかも知れない。兎に角、全てを調査しろ」

「うえええええ、猫使いが荒いな、も~」

「早く行けっ!」


 手を振り上げて脅すと、クロはぱっと姿を消した。クロとのやり取りを聞いていたバラッドが、口を開く。


「魔獣の核を利用しているとなると、隣国と共同で研究している核開発研究所のものですかね?」

「恐らく違うだろう。あそこは、現段階で生活に使える商品を研究している。例えば、電話やテレビの開発などだ。もしも、アラグニスの核の加工に成功していたら、陛下に報告があがるだろう」


 陛下が知っているなら、俺やオヤジにも話が通る筈だし、何より、アラグニスの核を加工するには、テレビや電話などを作るより遥かに高度な知識と技術が必要となる。


 こうなることを見越して、俺は、魔獣の核利用に関する具体的な知識や技術を全て消去した。勿論、バラッドのように知識としては知っている。アラグニスの核を加工すると他人の意志を操ることが出来ると。ただ、実際に加工する方法は消去したから作れない筈だった。


 だが、目の前に加工されたものが存在する。どこから流れたものか、出所を探るのは勿論だが、研究所も徹底的に調査して、場合によっては廃止も検討した方が良いのかもしれない。こんな危険なものを公に流通させる訳にはいかないから。


 これから打つ手を考えつつ、気が付いたら公爵家の馬車の前に着いていた。バラッドに助けられて乗ると、既にチャドが乗っていた。高級馬車に乗るのは初めてなのか、かちんこちんに固まっている。


 俺は、ドアの傍、窓際に座っているチャドから距離を置いたところに腰を下ろすと、待ち構えていたかのように馬車が動き始めた。チャドは、何か言いたげに、チラチラこっちを見ているが、話すことは何もない。どうせハウスに着いたら事件の記憶を消すのだから。


 ルーに怪しまれないよう、ハウスの裏にある菜園の傍で馬車を下りる。チャドが、意を決して口を開いたが、それより先に俺は記憶を消し、2人で菜園を探索していた記憶を上書きする。


「美味しそうなトマトだね!」

「えっ?!……ああ、ああっ、トマトね、トマトッ!ハウスの菜園はうまいって評判なんだぜ。王都の食堂にも下ろしているからよ!」

「すごいんだね!」


 どこか白々しく感じる会話を続けていると、ルーが息せき切って菜園へ現れた。


「ルー、どうしたの?」

「(それはこっちのセリフです!イラジャール様、いつの間にかいなくなっちゃうんですものっ!心配しましたっ!)」


 ルーの後ろからバラッドも現れ、苦笑しながらルーを宥める。


「ほら、菜園にいるって言ったでしょう?」

「(だって、さっき来た時はいなかったのよっ!)」

「きっとトウモロコシの陰にでも隠れて見えなかったんだよ。ぼくが隠れちゃうくらい大きいもんね。トウモロコシって!」


 無邪気な口調で言い放つと、チャドが目を丸くした。ルーの前で猫をかぶっていると言いたいんだろう。くそ、さっき脅した件も忘れさせれば良かったか?だが、ルーは気にしない風に微笑んだ。


「(そうなのっ!イラジャ―ル様に野菜がなっているとこと、採って直ぐに食べるとサイコーに美味しいって教えたかったの!)」


 ルーはニコニコ笑いながら、トマトを捥ぎ取り、俺の口に押し込んだ。甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がった。うん、ルー。確かに美味しい。美味しいけど、俺、トマト苦手なんだよな。それとも、心配かけた仕返しか?まあ、良いんだけど。ルーが笑っているからさ。


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