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私、乙女ゲームのモブですから、好きに生きていいですよね?!  作者: 春香奏多
B面 ~イラジャールの苦難~
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二重人格者

誤字脱字を訂正。内容に変更はありません。

 ルーを共同ハウスへ連れて行った頃には、王太子も無事に生れ、既に俺への襲撃は収まっていた。クロもあちこち探っていたようだが、俺の周辺で魔獣の気配を感じる事もなくなったと言う。手を引いたのか、それとも別の機会を伺っているのか、どちらにしても暫くは問題ないだろう。


「ルーッ!」

「うわああ、ルーが帰って来たあ!」


 ガキどもがわらわらとルーの周りに集まってくるが、声の出せないルーは、どうしたら良いのかオロオロしている。大丈夫だからと、服の裾を掴んでくいくいっと引っ張る。


「ルー、いつもみたいにお喋りして?」


 俺が上目づかいでお願いすると、決心がついたのか、うんと頷き、子供たちに向かって、ゆっくりと口を開いた。子供たちは、一言も漏らすまいと一心にルーを見つめている。


「(あのね、この間の怪我で声が出なくなっちゃたの。でも、ゆっくりお話ししたら、何を言っているか分かる、でしょ?)」

「うん!ちゃんと分かるよ!」

「分かる分かる!」


 ほっとしたルーの笑みに、子供たちが癒され、それからはあっという間に昔の仲間に戻っていった。


「イラジャール様、今のは……」

「ルーの意志で、相手に伝えたいと思ったヤツには、ルーの言葉が聞こえるようにしてある。精神感応の一種だ。だが、普通の人には、ルーも含めて、ただの読唇術だと思うだろうな」


 バラッドがさり気なく寄って来て、誰にも聞こえぬよう小声で聞いてきた。バラッドには、最初から色々見られているので俺の管理者としての能力を隠す必要はない。寧ろ、知っておいて貰う方が、連携が取り易くなるので好都合だ。


 最も、ルーの読唇術は、意図してやったことではなかった。当初、俺以外、ルーの唇の動きが読めず、あんまり落ち込んでいたから、誰にでもルーの言葉が伝われば良いのにと念じていたら精神感応してしまった訳だ。自分の読唇術が成功したと喜ぶルーを見て、あれ、力を使っちゃったか~と気づいたのだった。


 俺?


 俺は、愛の力があるから精神感応なんて使わなくても聞こえるんだよ……本気マジで24時間、夢の中でもルーのことを考えているからな。ふん。


 バラッドがドン引きしているが、事実だから問題ない。最も、彼女は24時間のうち、恐らく20分程度しか俺のことを考えていない、というのも痛い事実だが。


「おいっ、お前っ!お前、ルーの何なんだ?」


 目の前に、ルーと同じか、ちょっと年上の子供たちが俺を取り囲んでした。バラッドが、追い払おうとするが、子供の喧嘩に口を出すなと諫めた。


「端的に言うと、雇用主だ」

「タンテキ?コヨー?」

「……難しい言葉と使ってんじゃねーよっ!お高く留まりやがって!」


 一番、ガタイのデカいガキが飛び掛かってくるが、ひょいっと避ける。毎日、バラッドの訓練を受けているのだから、これくらいは朝飯前だ。だが、ガキの方は、寸でのところで躱されて、頭から地面に突っ込んでいった。


「私は、ナトゥラン公爵が長子、イラジャールである。名は?」

「えっ!あっ、あぅっ……チャド」


 チャドと名乗った子供は、埃まみれで腹ばいになったまま、名乗った。


「威勢が良いのも結構だが、相手を選べ」


 俺は、自身が貴族であることに誇りを感じることもないし、嫌悪することもない。ただ、今現在、貴族であるが故に成すべきことがあり、それをこなしていく、それだけの話であり、この先ずっと貴族社会が続くとも考えていない。


 理由は、地球の記憶を持った転生者たちの存在だ。地球の管理者は、ゲームの一切合切を切り離したと言った。だとしたら、膨大な数のプレイヤーの中で記憶を保持しているのは、どれくらい存在するのか?その中から、貴族に転生した者たちは、どれくらい存在するのか?


 陛下やオヤジのように、存在するキャラとして転生したのであれば問題ないが、やはり一番多いのは、乙女ゲームの舞台に登場する年代だろう。


 正確な数は不明だが、陛下の調査によると、俺たちが生まれた年から、貴族の間でベビーブームが起こった。ぶっちゃけ、転生者という意味だが、それまでの出生人数の5倍の子供が生まれた。それから毎年、出生率は増え続け、ヒロインが生まれた年は、13倍にもなった。


 この数年間だけでも貴族として生まれた子供は、1万人を超える。勿論、継ぐ家は決まっているので、継げる人数も決まっている。残りは、跡継ぎのいない貴族の養子になるか、庶民に降下するか、一生、生家で飼い殺しにされるかである。


 いずれにしても、今までの税収だけでは、増えた子供たちを養うことすら適わない。恐らくは、そういった事情があって、ルーは生家で冷遇されたのだろう。ルーの下にも弟妹達がいたようだから。


 領地の税収というのは、基本的に領主である貴族に決定権がある。領主が増税と叫べば、庶民は自らの生活が苦しくなっても税を差し出さねばならない。勿論、人道的な人物であれば、別の収入方法を探したり、無駄を排除するなり、工夫をするだろうが、全員が出来るとは限らない。


 ああ、そうだな。俺が、面倒臭くなって全員を好きに転生させたからだな。ふん。


 結局、何が言いたいのかというと、バランスが崩れたシーソーは壊れるしかないってことだ。しかも、転生者全員が、貴族制度のない自由な世界を知っている。だとすれば、どこかで不満がたまれば、反対運動へと繋がり、自由を求めて貴族制度の撤廃へと動き始めるだろう。


 何年先になるのか分からないが、俺もオヤジも、陛下も、それを視野に入れて動いている。そんなに言うなら、どうして今すぐ貴族制度を撤廃しないのかって?


 それは、オフクロが言ったように、この社会が未成熟だからだ。不衛生な病院、ストリートチルドレン、庶民の就学率の低さ等々。前世の民主主義も結構だが、緊急を要する事案を、土地買収や住民の賛成、請負業者の入札など待っていたら時間がかかり過ぎる。それなら、国王が命じて建設していった方が効率的だ。


 最も、その場合は、貴族の反発がないよう飴と鞭が必要になるが、それは陛下やオヤジたちの仕事だ。俺は、まだ何もできない子供だからな。


 などと頭の中でつらつら語っていたら、恐れおののいたガキどもが泣き始めた。転んだガキも、膝をすりむき、目に涙をためて鼻水を啜っている。騒ぎを聞きつけたルーが、どうしたのかと飛んできた。すると、ガキどもがルーに抱き付き、口々に俺にイジメられたと訴えた。


 ちょっと待て、最初はお前らが突っかかって来たんだろうが。いつ間に、俺が悪役になってるよ?


「ルー、こんな陰険な貴族と一緒にいることないよっ!」

「そうだよ!今まで通りハウスで一緒に暮らそう!」


 人を疑わず、誰にでもひょいひょい着いて行ってしまうルーのことだ。昔の仲間たちの誘いに嫌とは言わないだろう。思わず、手が冷たく震えてるのを感じて、ぎゅっとこぶしを握りしめた。


「(あのね、みんな。私、もう歌えないんだよ。だからハウスに戻っても迷惑をかけると思う)」

「迷惑なんかじゃないよっ!みんなで稼げば、ルーぐらい養っていけるもんっ!」

「うん、今までルーにはみんなが助けられたから、今度はみんなでルーを助ける番だよっ!」


 よっぽど、今この場でルーの手を掴んで家に連れて帰り、部屋に閉じ込めてしまいたいと願った。おっと、なんか今、ルーの周りの空間が歪んだ気がする。ヤバいヤバい、思わず力を発動するところだった。


 ふうっと深呼吸した時、ルーの言葉が聞こえて来た。


「(ありがとう。みんなにそう言って貰えて、とっても嬉しい。でも、私たちは一生、ハウスで暮らすことは出来ないんだよ。大人になったら自立して、そして自分の家族を作るの。私は、それがちょっと早くなっただけ。だから、ハウスには戻らない)」

「そんなぁ……」


 ガキどもも、自分たちの要望が断られるとは思ってなかったのだろう。誰もががっくりと肩を落としている。ルーは、そんなガキどもに、にっこりと満面の笑顔を浮かべた。


「(でもね、今、イラジャ―ル様のお父さんである公爵様たちと孤児院を作ろうって計画しているの。みんなが住める大きなお家だよ。それでね、みんながどんな家に住みたいのか、意見をたくさん聞きたいんだ。だから、しょっちゅう遊びに来ると思う。それに、私たちは住む家が違ってもずっと友達だからね)」


 ルーの言葉にガキどもが感極まって泣き出すやら抱き付くやら、大騒ぎになった。俺は、その隙にガキどもから離れ、後ろで見守っていたバラッドの所へ戻った。


「良かったですね。ルー様が出て行かなくて」

「ふん。もし出ていくって言ったら、ハウスを壊して孤児院建設も白紙に戻してやるさ」

「そうですか。頑張って下さいね」


 くそ。バラッドには色々見透かされているからな。早々に話題を切り替えよう。


「それより、目星はついたのか?」

「はい。怪しい人物が先ほど、ハウスの裏の畑近くに潜んでいるのを見つけました」


 今回、ルーをハウスへ連れてきたのには、理由がある。1つは、勿論、ルーの要望を叶えるため、もう1つは最近、王都で頻発している子供の人身売買組織の探索だ。これは、陛下から依頼があった件で、クロたちに調べて貰った結果、根城を転々としている人さらいの集団が、今はハウスの近くに潜伏していると報告があった。


 このハウスでも、つい2、3日前に誘拐未遂事件があったらしい。幸い、ルーの件で子供たちの警戒心が高かったため被害には至らなかった。そんな訳で、派手に公爵家の馬車で乗り付け、俺を囮にしようと計画している。勿論、ルーには知らせていない。うっかりルーが攫われたら本末転倒だからな。


 周囲を護衛に見張らせた所で、俺が独りでハウスの畑をぷらぷらする。カボチャに人参、玉ねぎ、かなり本格的な菜園に、転生者でもいるのかと思っていると、声をかけられた。


「やあ、君。1人なの?」

「うん。おじさんは?」

「おじさんも1人なんだ。実は、友達とこの近くに来たんだけど、はぐれてしまってね。良かったら探すの手伝ってくれないかな?」


 人さらいを生業とするヤツは、基本的に、人当たりが良く、柔和な雰囲気を醸し出している。初対面の相手を警戒させないためだ。この男も、世間一般の基準からすると整った顔立ちに、すらりとした身長。清潔感のある服装。どこから見ても怪しまれる余地のない男だ。


 ただ、俺から見ると、目が気持ち悪い。媚びへつらうような、それでいて、瞳の奥では人を見下している。こいつ、人さらい集団の仲間だろう。俺は、出来るだけ、バカっぽく見えるよう、にこおって笑った。


「いいよ、手伝ってあげる!」

「ありがとう。じゃあ、おじさんが、またはぐれちゃわないように手を繋いでくれるかな?」


 うん。と頷いて手を差し出し、男についていく。暫く行くと、停車している馬車が見えた。


「あ、もしかしたらおじさんの友達かもしれない。行ってみて良いかい?」

「うん。早く見つかって良かったね」


 あとちょっとで馬車というところで、前方からチャドが姿を現した。


「お前ら、どこ行くんだ!そいつをどこに連れて行く気だ?!」


 うわああ、マズいっ!ってか、チャド、どうしてここにいるんだ、お前っ?!共同ハウスは、後方だろうが。


「チャド、どうしてここにいるの?」


 うん、チャドの目が点になっている。当然だよな。さっきまでがっつり大人口調で威嚇してたのに、いきなりガキっぽい口調になってるんだから、変だと思わない方が変だぜ。だが、ここは無視しろ、無視してハウスへ戻れ。戻ってくれ。


 という、俺の期待も虚しく、めでたく俺とチャドは人さらいに捕獲されたのであった。


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