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私、乙女ゲームのモブですから、好きに生きていいですよね?!  作者: 春香奏多
B面 ~イラジャールの苦難~
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愚者

「君は確か、バラッド・ナーレンデル、ナーレンデル子爵だったね。代々、子爵家当主は、我が公爵家に仕えてくれているのだったな。その忠義や、よしとしよう」

「はっ、ありがたき幸せに存じます」


 オヤジは、また一つ頷き、まるで天気の話をするような気易さで言葉を続けた。


「所で君は、ここがゲームの世界だと知っているかね?」


 ナーレンデル隊長の肩が、びくりと震えた。確実に知っているな、こいつ。だったら先制攻撃だ。


「なは?」

「正騎士プルラーマにございます」


 力を込めたつもりはなかったが、ナーレンデル隊長はすらすらと答えた。まるで、こうなるのが分かっていたかのように。正騎士プルラーマ、『正義』という意味を持つ。勿論、覚えているとも!いつもシーラの視界に入るような、けれど、つかず離れずの距離を保っていた野郎だ。転生してまでうろちょろされるのは目障りだな。


「シーラを、まっちぇるのか?」


 くそ、噛んだ……全然、格好つかないが、ヤツが、我が家に仕えるのか、それともあいつ目当てなのか、はっきりさせておきたかった。だが、ヤツも何が言いたいか分かったらしい。ついでに、俺が誰かも分かっただろう。


「いえ、自分は……ただ、彼女の憂いを除いてやりたかっただけです」

「しょのあとはシーラにちゅうぎをちゅくちゅのか?」

 

 奴の目が点になって、ポカンとしている。もうカッコは諦めたから内容だけは伝わって欲しい……そんな切実な願いもかなわず、オヤジが苦笑しつつも仲裁に入ってくれた。


「息子はね、君の忠誠心がどこにあるのか聞いているんだ。今回の件で妻の命が助かり、とりあえずの憂いは除けたと言って良いだろう。そして、息子は何年かかろうとも、必ずやシーラを探して見つける。その時、君は我が家への忠誠心をひるがえしてシーラに仕える気だろうか?」


 ヤツは、こうべを垂れ、返答する。


「シーラ様が見つかった暁には、イラジャ―ル様はどうなされるお積りですか?ああ、返答は不要です。私の勝手な想像と思って下さって結構です」


ああ、どんどん思い出す。ヤツは、こんな風に屁理屈をこねまわす奴だった。しかも、正論だからたちが悪い。俺が黙っていると、ヤツは勝手に話を進めていった。


「恐らく、イラジャ―ル様は、どのような手段を使ってもシーラ様を手に入れるのでは?勿論、シーラ様を泣かせるような方法ではなく、絡め捕るような方法でしょう。そうなれば、シーラ様が次期公爵夫人となられるは必定。私の忠誠心に何ら問題はありません」


 カッとなって怒鳴ろうとした時、オヤジに口を塞がれた。


「確かに問題ないな。そうそう、家の息子は、この世界の管理者だ。世界の不都合を『修正』している。君もそのつもりで警護を頼むよ」


 バラッドは、オヤジの牽制を理解したのだろう。蒼褪めた顔で頷いた。


「さて、そろそろ帰ろうか。ナレンディラ伯爵夫人には、息子が初めての外出で体調を崩したので行けないと伝えさせよう」


 オフクロも、オヤジの意見に同意し、馬車に乗り込む。襲撃場所で待ち伏せしていたオヤジも、俺を抱きかかえたまま一緒に馬車に乗り込んだ。


「イラジャ―ルは、あの子の取り巻きに対して、もっと寛容にならないとね」


 図星を指されて、ぐうの音も出ない。本音を言えば、あいつを部屋に閉じ込めて誰の目にも触れさせたくない。俺だけのものにしたい。けれど、そんな生活をあいつが望むとは思えないし、あいつの取り巻きも大人しく引き離されてはいないだろう。


 認めたくはないが、あいつの取り巻きはさかしい奴らばかりでイヤになる。ああ、そうだ。俺は奴らに嫉妬しているし、いつあいつを奪われるか怯えている。だから、誰も知らない所に隠して俺だけのものにしたいんだ。


「あの手の輩は、引き離すと余計に執着するよ。寧ろ、手の触れそうな位置にいながら触れられないくらいが丁度良い。使い処を間違えなければ、あの子を探すのにも有能さを発揮するだろう」


 相変わらず穏やかな口調なのに、言っていることが腹黒いぞ。オヤジって、こんなだったっけ?確か前世は市役所勤めの公務員だったと思うが。


「役場の公務員なんて雑用係みたいなもんさ。クレーム処理ばかりだったしね。それに、シャヒールの生い立ちが生い立ちだからなぁ。人を見る目だけはあるつもりだよ」

「そうよね。貴方のおかげで我が家は安泰よ」

「いやいや、君の支えがあってこそだ。ちょっとやそっとじゃあ動じないから助かっているよ」


 そーいや、オフクロは看護師だったっけ。血肉を見ても動揺しないわけだ。それにしても、俺の頭上でいちゃつくのは止めれ。イラっとするから。


 一頻り息子を放置していちゃいちゃした夫婦は、満足したのか、話題を変えた。


「そういえば、『世界の管理者』ってスゴイの?ってか、あの時、何が起こったの?」


 言う間でもなく、襲撃者たちが勝手に死んだ時の話だろう。言っておくが、俺が殺したんじゃないぞ。あの襲撃者たちは誰かに操られているようだった。目が普通じゃなかった。周りが見えず、ただ俺とオフクロだけしか見えていないような。


 基本的に、この世界は魔法が存在しない。いや、人族に魔法は使えないことになっている。表向きは。裏は、どうかって?俺みたいな存在がいるんだから他にもいないとは断言できないだろう。ただ、とても少ないレアケースだと言える。それよりも、人族以外の魔族、魔獣族、妖精族を疑う方が早い。


 俺は、誰が背後にいるか探るつもりで精神感応した。あと少しで正体が掴めるというところで自爆され、俺としては手が出せなくなった。代わりに、クロに調べるよう世界の意志へと転移させたのだ。そういった内容を簡単に説明すると、新たな疑問が生まれたようだ。


「世界の管理者って、具体的に何が出来るの?精神感応の他に、世界の意志って転生する前にいた光の世界よね?あそこへ転移できるってこと?」


 世界の意志は、この世界と次元の幕を隔てた所にある亜空間になっている。行き来できるのは、俺とクロが認めた奴らだけだ。そこでは、3次元だけじゃない。4次元、5次元、さまざまな角度から見ることが出来る。だから、襲撃者たちが誰に繋がっていたのか調べるよう転移させたという話をした。


 我ながら、噛み噛みで文字にすると何を言っているのかさっぱり分からないが、両親には普通に通じていた。伊達に長年、親子をしている訳じゃないな、なんて考えていると、オヤジが思考を巡らせながら呟いた。


「死ぬ前にグランパルス公国のことを言おうとしていたみたいだったけど……」

「しょれも、フェイクかもしれにゃい。わかりゃにゃい」


 ついでに白状すると、世界の管理者の能力は、精神感応、異次元転移、そして、消滅だった。存在そのものの消滅。服に着いた血痕、気に入らない人間は言うに及ばず、俺が望めば、この世界すら消滅させることが出来るらしい。


 それはつまり、ゲームの管理者と同じ役割だ。精神感応というと大げさだが、情報操作と考えれば理屈が通る。プレイヤーたちが暴走しそうな時、意図的にデマを流したり、餌を巻いたりして暴走を防いでいる。それでも、収まらなければ、危険人物のログイン禁止処置をとったり、最悪、ゲームそのものも潰してしまうことができるという訳だ。


 元々の世界の管理者が同じ能力を持っているのか、それとも、個々に異なるのか知らないが、俺にとっては、一番馴染みが深いというか、管理しやすい方法だった。そんなことを話していると、空中にクロが現れた。


「まあ、クロちゃん!久しぶりね~!」


 黒猫は、飼い主を無視してオフクロの膝の上で甘えている。そういえば、前世でもあいつに甘えまくっていたっけ……警備隊長なんかより一番の強敵かもしれない。


「いちゅまであまえてりゅ!はやく、ゆえ!」


 すると、黒猫はまあるく目を見開いたかと思うと、大爆笑した。くそうっ!転生してからクロに話しかけるのは初めてだった。もっと活舌が良くなるよう訓練しなくては。


「ひーひっひっひっひっ、普段すましてた野郎が、赤ちゃん言葉で喋ってる!おもしれ~っ!」

「うっしゃいっ!」


 本気でクロに飛び掛かかろうとして、オヤジに止められる。クロもオフクロから注意を受けていた。ざまあっ!


「しょれで、だりぇが、あやちゅってるか、ちゅきとめたか?」

「ぶぶっ……ゴホッ、それがさぁ、不思議なんだよな。魔獣族の気配と人族の気配があった」


 魔獣族は分かるとして、どうして人族の気配もあるんだ?ここでは、種族が異なれば子供は出来ない。それは、世界の理の1つでもあり、覆せないものだ。魔獣族と人族の2人が操っているのか?いや、だとすれば人族の役割は何だ?まだまだピースが足りない。


 こんな時は、いったん忘れて別の事を考えると、案外上手く言ったりする。


「あいちゅは、みちゅけたか?」

「お?……おおーっ、そうそう!ちゃあんと見つけたぜ」


 生れて初めての希望に、胸がどきんと高鳴ったが、続くクロとのやり取りに、急速に萎んでいった。


「どこにいる?」

「知らねー」

「なは?」

「ルー!」

「としは?」

「お前より大きい」


 かあっと怒りが込み上げ、クロを叩こうと手を振ったが、ひょいっと避けられてしまう。オヤジ、放せっ!一発殴らせろっ!!


「クロは、どういう状況で彼女に会ったんだい?」

「ほら、ゲームでヒロインが、妖精さまとかいうの呼んでたじゃん。あれやってたから行ってみたんだ」


 妖精さまは、まあ、ゲームのヘルプ機能だ。最初の乙女ゲーは、我ながらかなりメンドーな仕様だった。勿論、マニアックなヤツには受けるだろうし、それを目的として作ったが、マニアック層にだけ受けてもヒットしない。で、ヘルプ機能をつけたって訳だ。あいつは、それを利用したのか。


「それは、どこでやってたのかい?」

「んー、知らね。なんか、広場?俺、地図なんか分かんねーもん」


 言われてみれば、クロは元々猫だった。人間の作った地図や建物に興味がないのも当たり前だろう。オヤジたちは、どんな場所だったか、周りに何があったか丁寧に聞き出していく。そういう所は、子育ての経験が活きているんだろう。俺には出来ない芸当だ。


「あ、思い出したっ!ルーに、これ、書いて貰ったんだった!」


 クロはどこからか、紙を取り出した。


「妖精さまは、本体以外に、どんな生物にでも変化することができます。私、ルーファリス・マルカトランドは無知で世間知らずです。ごめんなさい……って、なに、これ?」


 聞くと、クロがあいつに書かせた反省文らしい。相変わらず綺麗な字だった。あいつの生きて動いている証拠が目の前にあって、思わず胸が詰まる。


「ふむ。マルカトランドというと、子爵家だね。王都の外れに屋敷がある。とすれば、クロが会ったのは、プルシッタールの丘だろうね。あの辺で子供が歩いて行ける場所となると、そこぐらいだろう」

「名前が分かれば、後は簡単ね」


 オフクロが楽勝!と微笑む中、クロがあっさりと暴露した。


「もういないぜ。あの家にはな」

「にゃんでだ?!」

「だって、俺が彼女の髪と目をクロにしてやったんだぁ」


 褒めて褒めてというように尻尾をぴたぴた振っているが、オヤジもオフクロも困惑していた。


「この世界での黒は魔女の色だものね。もしゲームを知らない親だったら、突然、髪と目の色が変化して帰ってきた娘を魔女だと思って追い出すくらいするかも」

「ふむ。まあ、子供の足だから、王都からは出ていないだろう。探すのに時間がかかるかもしれないが」


 オヤジとオフクロは冷静に分析しているが、俺は悔しくなって、クロを撫でるふりして叩いてやった。


「おまえが、くろくしにゃけりゃ、しゅぐ、しゃがしぇたにょにっ!」

「だって、あつの親がロクでもない奴らだったから!あいつ、まだ子供なのにき使われてたんだぜ?家の掃除させられたり、庭仕事させられたりしてよ。挙句、ししゅーだか何だか出来ねえからって叩かれてさっ!あいつの兄貴は、跡取りだからって大事にされてんのによっ!」


 クロの話を聞くうち、馬車の中の空気が重苦しくなっていた。俺は勿論、オヤジとオフクロの機嫌もだんだん冷気を帯びてきているせいだ。


「にゃら、おりぇにいえばいーだりょっ!」

「お前に言ってもしょーがねーだろーがっ!とちゅぜん、じゃねえ!突然、金持ちのヤツが来てどーするよ?お前がイジメるなって注意すれば奴らの性根が治るとでも思ってんのかっ?!」


 ああ、そうだ。最悪、力を使えば俺に従わせることが出来る。だが、きっと、あいつは望まないだろう。くそ、結局の所、管理者なんて名ばかりで何にも出来やしねえっ!


「まあまあ、落ち着いて。クロのしたことは間違ってないと思うよ。生家から切り離してくれた方が、こちらも介入しやすくなるからね」

「だろっ?!それに、あいつの髪と目を黒くしたら、ちっちぇえシーラになったんだぜ!」


 その発言に、ギクリとする。あのクソ隊長を見ても分かるが、この世界に転生した奴らはゲームの知識=前世の記憶を持ったまま転生している。クロですらシーラと分かったなら、他の奴らもあいつの存在に気付くだろう。そしたら、攫って隠してしまおうとするに違いない。


 それなのに、俺、何で幼児なんだよ。いっそオヤジになってりゃ良かった。そしたら、直ぐに動けるし、権力だって使えるのにっ!!そんな腹黒いことを考えていたら、オフクロが眉間を指でつついた。


「ほら、すっごいシワ!今から、そんなじゃ、大人になった頃には顔中シワだらけよ?!」

「本当だね。イラジャール、大丈夫だから落ち着きなさい。クロの話だと彼女には、ゲームの記憶があってもシーラだった記憶はないようだよ。だったら、この世界では魔女の色とされる髪と目を晒したまま出歩くような、迂闊な真似はしないだろう」


 それがオヤジの希望的観測だと分かっていたが、ちょっとだけ心が落ち着いた。冷静になってみると、怒りのあまり、シーラの記憶がある奴らを全員消すところだった。多分、本当に彼女が攫われたとか、殺されたとかなったら、俺は間違いなく、この世界を消滅させるだろう。


 世界の消滅が、何千、何万の命を奪う行為だと分かっているが、罪悪感はない。あいつの命を奪う世界が悪いし、あいつを助けられない俺が消えるは当然の報いだ。


 地球の管理者も、こんなどうしようもない俺が管理者だとは分からなかったのだろう。それとも、分かっていたのか?あの女も、地球さえよければ他がどうなろうと関知しないような口ぶりだったからな。ふん。


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