管理者
自宅で酔い潰れていたハズなのに、いつの間にか白い世界にいた。上も下もない、ただ白い世界。自分の体も、どこにも見えない。寝ているのか、起きているのか、何も分からなかったが、直ぐに興味を失った。
あいつがいない世界なら、どんなものも何の意味をなさなかった。自分のことさえも。
そうやって暫く漂っていると、バシンと強い衝撃があった。衝撃の後、凄い勢いで飛ばされ、壁にぶつかり、また飛ばされ、壁にぶつかり、ということを何度も繰り返し、やがて止まった。不思議なことに痛みはなかった。それとも痛覚すら麻痺しているのだろうか。どっちでも同じことだ。
「どう?ちょっとは目が覚めた?」
声のする方を見ると、古事記や日本書紀に出てくるような古代衣装を身に着けた女がいた。手には何故だか野球のバットを持っている。
「まだ目が覚めないのかしら?もう一発、いっとく?」
女が、ぶんぶんバットを振り回し、素振りをする。ああ、今の衝撃は、女が俺をバッドで殴ったからか。殴りたければ幾らでも殴れば良いだろう。興味ねえから。
「全然、反応がないのもつまんないわね。じゃあ、イヤでも目が覚めること、教えちゃいましょう!」
女は腰に手をあて、ジャジャーン!と大層な前置きをし、爆弾発言を落とした。
「貴方の彼女さん、別の世界に転生しました。貴方も、同じ世界に転生したくはないですか?」
「彼女って、あいつの事かっ?!」
予期せぬ言葉に、かっと目を見開くと、女が、からからと笑った。
「ここまで態度豹変されると、正直ムカつきますが、まあ、寛大な私は許して差し上げます。所で、彼女は、この世界に転生しました。さて、ここはどこでしょう?」
女が手を振ると、俺たちの作ったゲームの地図が目の前に現れた。それが、どうしたのか。彼女は二次元のキャラにでもなったと言うのか。それとも、ゲームの中のキャラに乗り移ったとでも言うのだろうか。
「ほらほら、イラストの地図が、どんどん本物に変わっていくわよ~!カイカラシュ山にシルファード王国、ここが王都でしょ。そうねぇ、彼女は大体、この辺りに転生したっぽいわね」
女の言葉通り、イラストの地図がどんどんリアルな映像に切り替わっていく。今や、王都の商店街は道行く人々で賑わっていた。まるで、映画を見ているようだった。と、突然、映像が切り替わり、どこかの屋敷の一室が映し出された。ふくよかな女の腕には、生まれたばかりで、まだ羊水に濡れている新生児がおくるみに巻かれ、抱かれている。
「ご主人様、お嬢様の誕生です」
「なんだ、女か。つまらん」
それだけ言うと、男は部屋から出て行った。思わず、かっとなった。ふざけんなよ、あいつの命がつまらんだとっ!!
「まあまあ、そもそも貴方たちのゲーム設定が男尊女卑だからでしょ。嫌ならどんどん変えたら良いわ。だって、ここは『貴方が管理するリアル世界』だから」
「どういう意味だ?」
にんまりと笑った女は、懇切丁寧に説明を始めた。曰く、女は地球の管理者の一人で日本を担当しているのだとか。
俺たちの作ったゲームは、世界中でヒットした。我ながら驚くほどの盛況ぶりで、世界中のあちこちでイベントが開催された。その絶頂にあって、突然の彼女の死。相次ぐ俺の死によって、地球規模でプレイヤーたちがゲームロス状態になっており、このままだと人類はマイナス方向へと突き進んでしまうのだとか。まさか。
「冗談じゃなく、本当に迷惑してるの。貴方たちが作ったゲームのおかげで、私たちの管理する地球はめちゃめちゃよ。だから、ゲームの全てを一切合切、切り離したの。そしたら、あらビックリ!もう一つ世界が出来ちゃったってわけ」
自分の死については何の感慨もなかった。ああ、やっぱりな、程度の感想だった。寧ろ、ゲームロス状態に陥って、地球が上手く機能しないでいると聞いた方が驚きだった。俺が死んで会社は立ち行かなくなり、関連会社も合わせて失業者が急増したとか。
「あいつら、何やってんだ?」
脳裏に、ゲーム会社を一緒に立ち上げた仲間6人の姿が浮かぶ。すると、その姿が次第に大きくなり、勝手に動き始めた。
「悪かったな。お前らほどの才能がなくてよ」
「あの子が亡くなって、ショックだったのはあんただけじゃないのよっ!」
文句を言いつつも、ばんばんと肩を叩いてくる。呆気に取られていると、地球の管理者と名乗った女が嘲笑う。
「面白い顔!へえ、あんたって、そんな顔だったんだ」
言われて気付いた。いつのまにか、手も足もあった。体も、顔も、髪も、触ると感触があった。
「貴方、死んだ後も無気力で、魂まで融けてなくなるところだったのよ。さて、こんなところかしら?後は、貴方たちの好きにすれば良いわ。じゃあね!」
生意気な地球の女は、跡形もなく消えた。後には、俺と、馴染みの6人が残った。
「お前らも死んだのか?」
「死んだ訳じゃないみたい。ゲームの記憶だけ抜かれて、専業主婦として普通に子育てしているわ」
仲間の1人、2人の子持ちのヤツが、あっさりと言い放つ。
「お前、それって大丈夫なのか?」
「ゲームの記憶だけだからなのか、他の事は全然気にならないのよね~。『私』が、ちゃんと子供たちを育てているのなら問題ないし」
他の奴らも似たり寄ったりの反応だった。どうやら、死んだのは俺だけらしい。いや、俺とあいつだ。
「さて、これからどうする?私としては、ゲームキャラになりたいけれど……」
「だったら、お前はシャヒール公爵にならねえと!」
はあ?何で俺が、子持ちのおっさんなんだよ?!
「だって、あの子が誰に生まれ変わってるのか分からねえんだろ?したら、公爵オシだったんだから向こうから近づいてくんじゃん?……いいねえ、好みの女に育て上げる紫の上!」
「バカじゃないのっ!だから、あんたは遊ばれてばかりで結婚できないっつーのっ!あの子はね、シャヒール様と、どうこうなりたかったんじゃなくて、彼を幸せにしたかっただけなのよ。だから、何がなんでもカマリ様を助けるに決まってんじゃない!」
流石、独身時代は男を手玉に取り、見事玉の輿に乗った主婦の感想は違う。男は、遊ばれてるんじゃない、こっちが遊んでるんだと叫んでいるが、俺から見ても女の方が強かだったと思う。
「そうだな。じゃあ、俺はイラジャールになっておくか。あいつの思惑がどうあれ、シャヒールに関わってくるのは間違いないだろうからな」
「ふむ。あ~あと、あいつらは、どうする?」
言葉と共に指をさされた方角を見ると、観音扉が今にも押し破られそうに撓んでいた。
「なんだ、あれ?」
「ゲームの記憶たちよ。そもそもプレイヤーが1億とも2億とも言われたんだから、記憶もそれ相応にあるでしょ。早く転生させろって騒いでるのよ」
「1人ずつ面談して、キャラにあった人物に転生させないと……特に、メインキャラはストーリーが変わってしまうから重要よ」
一理あるが、面倒だな。どうせちょっと話したくらいで、他人の性格なんて分かるもんじゃない。好きに転生させれば良いだろう、と扉を開け放つ。
「ちょっっ、まっ……きゃあああっ!」
ぶわああああっ!と光の嵐が襲い掛かる。やべ、思ったより多かったか、と焦ったけれど、あまりの数に扉を閉めることすら適わない。時間にして数分だったように思う。漸く嵐が通り過ぎ、周囲を見渡すと、誰もいなかった。
「おお~、奴らも無事に転生できたらしいな。多分だが……まあ、やっちまったもんは仕方ねえな」
万一、転生できてなかったとしても特に後悔とか思わない所が、俺も大概酷い奴だと思う。と、するりと温かいものが足を撫でる懐かしい感触に、下を向く。
「にゃおん」
「お前、クロかっ!……そっか。お前もずっと俺がゲームしてる時、傍にいたもんな。こっちに来ちまったか」
いつものように抱き上げると、ぺろぺろと頬を舐められた。お返しとばかり、頬をびろーんと伸ばしてやると、猫パンチを繰り出してきた。暫く遊んでやると、いつの間にか黒猫が少年に変わっていてビビった。しかも、白銀の髪で真っ青な瞳だった。え、イラジャールか、こいつ?
「お前っ、クロかっ?!」
「そうだけど……ってか、あんた、誰だ?」
誰って、主人をたった今の今まで、じゃれていた主人を忘れたのか?と呆れたが、ふと視界に入った俺の髪も白銀だった。
「ああ、俺もイラジャールになってるのか」
「そうだな。お前の力が俺に移ってきたから、俺までイラジャールになったらしいな」
「ふうん。まあ、良いや。じゃあな」
何となく、引っ張られるような気配を感じ、イラジャールとして転生しようとしたところ、待て待て待て~っ!と少年になったクロに腕をぎゅっと掴まれた。
「なんだ?」
「なんだ、じゃねーよっ!俺、どーするんだっ?!」
勿論、俺がイラジャールなんだから、クロはイラジャ―ルにはなれない。それに、俺たちの周囲にふわふわと人玉らしき記憶が漂っている。
「お前、『世界の意志』をやれ。他にも転生したくない奴らがいるだろ。そいつらと勝手にやってくれ。あ!あと、もしもあいつがお前を呼んだら目印を……」
あ、テレビのスイッチが切れるように暗転した。クロが猫の姿に戻って何か叫んでいるみたいだったが、まあ、良いだろう。しかし、狭いっ!全身をぎゅうぎゅう締め付けられるみたいだ。
やめろっ!締め付けるなっ!放せっ!
と、叫んだつもりだったが、聞こえたのは、おぎゃあおぎゃあと憤慨したような赤子の鳴き声だった……今の俺の声か?!