結婚式の準備をしました。
プランナーさんが待つ客間のドアを開けた瞬間、鬼が待っていました。いや、正確に言うと、般若のような顔をしたイーシャ様でした。
「イーシャ様!学園はどうなさったんですか?」
そういえば、私が倒れる前まで文官養成クラスの教師だったよね。今日は、平日なのに、しかも何故に結婚プランナーさんたちと公爵家にいるのだろうか?
「久しぶりにお会いして開口一番に仰るセリフが、それですの?」
「あ、ご心配おかけして申し訳ございませんでしたっ!」
多分、心配して下さったのだろう。ぺこりと頭を下げると、ベシンとハリセンが飛んできた。
「あのねぇっ、そもそも私に黙っているというのが解せないのよっ!貴女がアニラ・シスレーだったなんて、貴女が私の生徒だったなんて、貴女が倒れてから初めて知らされたのよっ!」
「……諸事情がございまして、あ、でも安心してください!イーシャ様だけじゃなくて誰も知りませんでしたから!」
にこやかに言い放つと、イーシャ様はわなわなと震え、同席していたシャヒール様やカマリ様が苦笑している。それにしても、イーシャ様が知っているということは、シャンディたちも知っているんだろうか?私に騙されたと怒っているんだろうか?
「あの子たちには言ってないわ。アニラ・シスレーは、急に体調を崩して退学したことになっているから。あと、ミーナ・ヴァンサントもね」
「ミーナも?」
「ええ、学園を無断欠席したかと思ったらご両親から連絡があって……。何でも、突然実家へ帰ってきたと思ったら精神的に不安定になってしまって学園に戻りたがらないと。結局、ご両親から自主退学の申し出があったわ」
脳裏に、恐怖で涙しながら震えていた姿が蘇る。あの時は、巻き込みたくなくて親御さんの所へ転移させてしまったけれど、良く考えたら独りで放置するなんて酷かったかもしれない。親御さんも、突然、娘が帰って来てさぞや驚愕したことだろう。
「私のせいだ……」
がっくり項垂れていると、イーシャがふうっとため息を吐くのが聞こえた。
「やっぱり貴女が倒れたことと、ミーナの退学は関係があるのね。もしかして、グランパルス公国の件とも関係あるのかしら?」
「ええ、まあ……」
イーシャがどこまで事件の詳細を知っているのか分からなかったので、頷くだけに留めておく。シャヒール様を見ると、難しい顔をして首を振っている。あまり詳しく話すなという事なのだろう。
「そう。私も直接、彼女に会ってないから何とも言えないけれど、暫く距離を置いた方が良いわ。貴女が原因というのであれば、会うことで色々思い出してしまうかもしれないから」
イーシャ様の意見も一理ある。彼女に会って謝りたいというのは、私の心の負担を軽くするための行為に過ぎない。本当に彼女の為を思うなら様子を見て判断するべきだろう。
「あ、そうそう。私、教師は首になりましたの。何しろ受け持ちの生徒が2人も退学してしまったのではね」
「えっ、あっ、うわっ、す、すみませんっ!ほんとにっ!」
ミーナばかりかイーシャ様にまで迷惑をかけていたとは!ぺこぺこ謝ると、謝罪は結構と言われた。
「教師はどうしてもと強く頼まれて始めたことですから、首になっても問題ありませんわ。私としましては、乙女ゲームを間近に見られるかしらと期待したのだけれど、イラジャールは途中で退場してしまうし、他の攻略対象者たちもイマイチなのよねぇ。やっぱり中身がゲーム好きの草食系男子だからなのかしら?」
ああ、そうだよね。竜王に転生した男子もそうだったけど、キャラに合う性格だから転生したというより、何ていうか、早い者勝ち的な感じだった。ゲームでは遊べるけれど、本物の女の子を前にすると怖気づいてしまったのだろう。
「卒業式の時なんて、もう最悪だったのよ。婚約破棄の断罪パーティというより、大勢のヒロインたちが攻略対象者を巡って女の闘いを繰り広げるし、当の対象者たちはおろおろするばかりだし。あの子たち、下手すると女の本性を知って女性恐怖症になるわよ、ほんと」
その光景が目に浮かぶようだ。
「あら、でも、大人の攻略対象者たちは、カッコ良かったって話を聞いたわ。私は、学園長オシだったのだけれど」
「え、そうだったのか?!」
あれれ、カマリ様が参戦してきて、シャヒール様も食いついている。それから、興味津々で耳を欹てていたプランナーさんたちも入って来て、なんか、めっちゃ盛り上がった。結婚式の話はしなくて良いのかな?まあ、その方が楽だから良いけれども。
プランナーさんが訪問した初日は、結局、結婚式の話は出なかった。でも、それが却って全員の連帯感を強めることになり、2回目の訪問からイーシャ様主導の元、バリバリ話が進められていった。
「まずは会場ですわね。陛下のご意向で、王宮にある王族専用の教会で挙式するよう承っております。その後は、王宮にある舞踏会場でお披露目となります」
「王妃様の希望は、こちらの舞踏会場と広間をつなげて、こちら側で楽隊と料理を提供、反対側は新郎新婦の座る席、隣は陛下と王妃様、そして、こちらが……」
「ちょ、ちょっと、そんな大げさにしなくても……」
てっきりイーシャ様は、初日だけ同行してきたのかと思いきや、陛下と王妃様から王宮での結婚式を取り仕切る全権を任されているらしい。どんどん大げさになっていく結婚式に、大丈夫なのかというくらい話が進んでいく。
というより、これって、私いなくても良くない?こっそり逃げ出そうとしたら、タラとクシュナに掴まった。
「ルー様は、こちらですよ。ウェディングドレスの採寸がありますからね」
寸法は、以前デビュタントになった時ので良いんじゃないかな?そんなに変わってないから。
「うわ、ルー様、また胸が大きくなってますよっ!もうっ!」
「イラジャール様、おっぱい星人だよね、ほんとに。もう結婚するまで寝室別にしようか」
「それ、言えるの?彼に?」
「イエマセン、くっそうっ!!」
タラとクシュナがブツブツ文句を言っている。ええ、そう。あれから、イラジャール様とは毎晩、同じベッドで眠っています。だって、ずっと一緒って言ったから今更拒否権は発動できない。あ、辛うじてお風呂は別、というか、お風呂の時間までに帰って来られないので、彼としては仕方なしに別々に入っているという訳だ。
「まあ、新婦の体形が変わるということは良くありますから。直前までサイズ変更がありそうなところは仮縫いにしておけば問題ありません」
リッテン夫人が、私のお腹を見ながらにこやかに発言した。いや、出来ちゃった結婚だけは断固として阻止しますよ!
「本当に?ヤツの攻撃に抗えると本気で思ってる?」
「……イエ、オモッテマセン。希望的観測デシタ」
タラとのやり取りを、リッテン夫人は笑顔で見守っている。そもそも同じ屋敷にいるからダメなんだよね。ゴーハルバク侯爵家からも養女を返せとせっつかれているらしいから、いっそ、結婚までそっちに住むというのはどうだろう?
あ、みんなの視線が痛い。ごめんなさい。寝室すら別に出来ないんだから家を別にするなんて論外でした。結局のところ、ギリギリまで仮縫いでサイズ調整するという方向で話がついた。そんなこんなで、忙しいけれど、毎日、幸せで、ふわふわする時間が過ぎていく。けれど、そんな淡い時間は、王宮からの使者によって、あっという間に弾け飛んだ。
「グランパルス公国でイラジャール様が、生き埋めに?!」
使者の言葉に、動揺が走る。
「は、イラジャール様は、かの国で秘密裏に掘られた横穴を探索中でした。その時、がけ崩れが発生。横穴が塞がれてしましました。現在、総出で土をどかしておりますが、どうやら横穴内部も崩れたようで救出は難航しております」
それって、私がイラジャール様に話した穴のことだよね。どうして、指揮官自ら調査してるの?!っていうか、私が余計なことを言ったせい?!
「ルー、しっかりして。きっと大丈夫よ、イラジャールは大丈夫」
後ろからカマリ様に支えられ、初めて真っ直ぐ立っていられない自分に気付く。そうだ。辛いのはカマリ様もシャヒール様も同じだ。寧ろ私の方が支えなくてはいけないのに。
「だ、大丈夫です。え、と、じゃ、じゃあ、今から私もグランパルス公国へ……」
「陛下から、公爵家の皆様におかれましては、屋敷待機と命じられております」
「そう、その方が良いかもしれませんわね……ルー、貴女、顔が真っ青よ。ちょっと休みなさい」
自分では自覚がなかったけれど、真っ直ぐ歩けなくて、タラとクシュナに支えられて自室へ下がった。ベッドに腰を下ろし、もう大丈夫と言ったのだけれど、クシュナが気分の落ち着くお茶を淹れてくれる。
暖かくて、ちょっぴりスパイシーなお茶は、気分が落ち着く。というか、次第に体から力が抜けていった。ええ、これって、
「お茶に何か……」
「ルー様、ごめんなさい。屋敷から出してはならぬと厳命されているので」
「へ、陛下から?」
先ほどの使者は、確かに自宅待機を言い渡していたけれど、眠り薬を飲ませてなくても、と思ったら、タラが首を振った。
「違います。イラジャール様の命令ですよ。何があっても、例え、イラジャール様に危機が訪れても屋敷から出すなと。その為には眠り薬を使用しても構わないと言われていますので」
裏切者~という言葉は、口から出ることなく、意識が飛んだ。
気が付くと、真っ暗な中で体が指一本動かせない。心なしか息苦しい気もして、生き埋めというのはこういう状況なのかもしれないと思う。焦れば焦るほど苦しくなって、もうダメだと思った時、
「おい、そろそろ起きたらどうだ?」
もう聞くことはないだろうと思っていた聞き覚えのある声を耳にした途端、ぱちっと覚醒した。見ると、何やら巨大な丸太状のものが顔と胸の上に乗っていた。根性で退かすと、キラキラした丸太、のような尻尾と、その丸太の持ち主であるゴールデンなドラゴンが座っていた。
「げっ、竜王じゃない!ここで何してるのよっ?!あれ、でも、ここって世界の意志?」
重苦しいドラゴンの尻尾をどかすと、そこは光に溢れた世界だった。いや、光にちょっぴりキラキラが混じっているのは、竜王の体が反射しているからか?私の疑問を他所に、竜王は得意げに胸を張って答えた。
「そうじゃ。我が恋しくて呼びつけたんじゃな。愛い奴め」
「そんな訳あるかっ!!」
天地がひっくり返ってもあり得ない話に、怒りのあまり、尻尾を掴んでぺいっと投げた。でも、世界の意志なら、いつもの黒猫はどこだろう?
「アラハシャ・ソワカは?」
「あのチンケな猫か?ヤツは、主人の加勢に行っておるぞ、そら」
竜王が手を翳すと、何もない空間に映像が浮かぶ。イラジャール様と騎士たちが大勢の人たちに囲まれ、立ち往生しているところだった。アラハシャ・ソワカが空中から助けようとするが、何か上手くいっていないらしい。状況が全く読めない。
「イラジャール様、どうしたの?!私が聞いたのは、トンネルに生き埋めになっているってことだったけど、これは、その前なの?後なの?」
竜王の襟首をつかんで、ぶんぶん揺すった。竜王は、ぐえぐえ言いながらもトンネルから脱出して、今は妖精国に掴まっているのだと説明した。
「あんた、仮にも竜王でしょっ!!何とかしなさいよっ!!」
「いや、それがっ……ぐはっ……ちょ、ちょ、やめっ、マジ死ぬからっ!」
竜王に掴んでいた腕を振り払われる。が、説明するまで一歩も引く気はないからねっ!
「ごほん。そもそも何故、我がここにいると思う?本来なら、今頃、竜王国建設のために人族など追い払っているものを」
「ちょっと!グランパルス公国を滅ぼして竜王国を作るつもり?!」
「グランパルス公国ではない。もうちょっと南の温かいヨグナ国じゃ」
ヨグナ国というと、ハルラール連合国の一つだ。しかも、温暖な気候は、一年中、食物が育ち、周辺の国々への輸出で国庫を賄っている。周辺の国々には、ハルラール連合国のみならず、シルファード王国も含まれる。
ああ、そうか。このクズ竜王がヨグナ国へ攻め込むつもりだったから、イラジャール様は世界の意志という無の空間に閉じ込めていたんだ。そして、恐らくは、その竜王の意図もあって、現在、イラジャール様は妖精国に捕らえられているのだろう。
「ジャグディヴィルッ!あんたのせいでイラジャ―ル様が困ってんのよ!何、呑気にボーッとしてんの!」
「おい、好きでボーッとしてる訳ではないぞ。イラジャールが閉じ込めるから何も出来ぬのじゃ。そなたに干渉する以外はな」
「……このクソドラゴンッ!最低っ!」
ジャグディヴィルは、にたりと笑って取引を持ち掛けた。
「我は、そなたを誰にも見つからぬよう妖精国へ連れて行くことが出来るぞ。しかも、寛大にもマハシュを付けよう。それに、そら!」
ジャグディヴィルが指を鳴らすと、着ていたドレスがシーラの衣装に変わった。あの、ジャグディヴィルと対決していた時のコスチュームだ。しかも、所々破れていたのも綺麗に直っているし、マハシュのドラゴンソードもあった。
「その衣装、我の加護も付与しておいたぞ。特別サービスじゃ。良いか、イラジャールを助けた暁には、よくよく我の事を褒め称えるのじゃ。我がおらぬと困るから地上へ出すようにとな」
ジャグディヴィルが言い終えないうちに、くるくると世界が回り、長い滑り台のような場所を落ちていった。ほんと、最悪!私は、無事に結婚した後、引きこもりニートになって、コスプレを楽しむつもりだったのに~~~っ!
物語の途中ですが、『A面 ~ルーファリスの災難~』は、ここまでとなります。この後は、『B面 ~イラジャールの苦難~』へ続きます。イラジャール側で何があったのか、彼の能力や使命はどういうものなのか、そういったことを書いていきたいと思います。ちょっとダークになりそうです。
あと、ちょうど書き溜めたストックが尽きてしまったので、設定を練り直して続きを書くため&リアル世界での畑作業のため1週間ほどお休みします。野菜の植え付けや渋柿の収穫等が控えていて待ったなしなので。申し訳ございませんが、どうかご了承くださいませ。(*´Д`)