事件の話を聞きました。
現在、ベッドの中でイラジャール様に腕枕して貰ってます。子供の頃、一緒に寝ていた人なのに、その頃は、当然、ドキドキなんかしなかったのに、今はちょっと心臓が飛び出しそうです。そんな状態なので、すやすや寝るなんて選択肢にない訳で。
「結局、事件ってどうなったんですか?」
「どうって……解決したぞ」
いや、そうではなく、どうやって解決したとか、誰が実行犯だったとか、被害者は救われたのかとか、竜王はどうなったのかとか、そういう詳細が聞きたいわけですっ!!
「実行犯は、何とかいうチンケな商会のヤツだった。被害者は元に戻った。竜王の話は、ムカつくからしたくない」
うわ、全く分からないよ。っていうか、話す気ないよね?もうっ!
「じゃあ、グランパルス公国は、どうなったんですか?」
「どうって、そのままだ。大公子だった竜王はいなくなったから、大公姫の一人が大公を継いだ」
「え?!あのメイドちゃんが?!」
どうやら大公姫は、表向き竜王の機嫌をとりつつ、打開策を探っていたらしい。敵を欺くには見方からってか?!すごいなぁ、メイドちゃん!
「あ、そだ!思い出したんだけど、グランパルス公国の人たち、鉄道と一緒に穴も掘ってなかった?」
「……なんだ、それは?」
私は、ガウラッディ山のマハシュの洞窟から鉄道に乗るまでの話を聞かせた。ハッパ、つまり発破=ダイナマイトの音が煩いってマハシュが言ったこと。所々に兵士が固まっていて、何かを隠している様子だったこと。
「もしかしたら、鉄道とは別に、グランパルス公国からシルファード王国へ抜ける秘密のトンネルを掘ってるのかなって思ったんだけど」
イラジャール様は、何かを考えている様子で眉を顰めた。
「シルファード王国への交通なら建設中の鉄道がある。密入国用のトンネルだとしても、ガウラッディ山とカイカラシュ山の山脈を掘るのは割に合わないだろう。他に、あの辺りで有用な土地があったか……」
「そんなにメジャーじゃないけど、レアメタルの鉱山があったかも」
頭の中で地図を思い浮かべる。あの山脈の辺りには、3つの国が接している。シルファード王国とグランパルス公国、そして、ハルラール連合国。鉱山は、シルファード王国とハルラール連合国との間に位置し、グランパルス公国からは微妙に外れている。
この世界でも、金、銀、銅、ダイヤモンドなどの鉱山は、何百年も前からそれぞれの国が厳重に管理している。だが、それ以外のレアメタル鉱山は、まだ始まったばかりで採掘権も確定していない所が多い。基本的には、その土地の所属する国のものだが、掘り出して流通させるには採掘業者が必要となる。その採掘権を巡って、各国の商人たちが凌ぎを削っているのだ。
シルファード王国とハルラール連合国の間にある鉱山も、ほんの数年前、試験的に採掘したところ、レアメタルが出土したというニュースを聞いたような気がする。グランパルス公国側からトンネルを掘れば、反対側から採掘できるだろう。勿論、発覚すれば領土侵犯になるが。
「ハルラール連合国か。また面倒なことを……」
イラジャール様が、ぶつぶつと呟いている。それもその筈、ハルラール連合国は、文字通り、いくつかの国が連合して作っている国だが、その一つに妖精国があるのだ。
私の脳裏に、白金の髪とエメラルドグリーンの瞳のナルシスト妖精王の姿が浮かぶ。基本的に、寿命の長い妖精だから知識の宝庫と言われている反面、なんていうの?口喧嘩では誰にも負けないって感じ?1つ文句を言えば300も屁理屈が返ってくる、みたいな。
勿論、武力もそれなりに持っている。他の魔獣族や魔族と比べると弱いけれど、それでも人族に比べたら強いのだが、絶対数が少ない。我が物顔で人族を襲う魔獣族や魔族に対し、早くから自分たちの国を作り、頑なに領土を守ってきた。
他の人族の国と連合国を作ったのも、人族と仲が良くて一緒にやろうね!というよりは、何かあれば妖精国を守れよ、代わりに妖精国の恩恵もちょっとは分けてやるからさ!という主旨が強い。シルファード王国やグランパルス公国のような大国は1つもなく、どれもが弱小国の集まりだからだ。
もし人族たるグランパルス公国が領土侵犯していると分かったら、その背景に竜王の存在があったと知られたら、妖精国はグランパルス公国どころか人族全般に賠償責任だの争いを挑んでくる可能性がある。
はい、それらも全て私が設定しました。すみませんっ!!先に謝っておこう。
「ご迷惑オカケシマス」
「……いいか、お前は何もするなよ?!」
「モチロンデス、ハイ」
「……本当に何もするな。だが、何か思いついたら真っ先に俺に話せ、良いな?!」
「ハイ、リョーカイシマシタ」
何故だろう。何故かカタコトになっているよ。わははは。いや、決して後ろ暗い隠し事をしているわけではない。断じて。イラジャール様は全く信じてないようだけど。
「……そうだ、魅力的でサイコーな良いこと見つけたぞ」
「え、何か嫌な予感がシマスケド」
にんまりと笑うイラジャール様の企みが、空恐ろしかったが、もう寝ろと言われて酸欠になるほどキスされたら、回復したばかりで体力のない私は、ころりと落ちてしまったよ。うう。
翌朝、目を覚ますと、既にイラジャール様はいなかった。筋肉痛もだいぶ良くなっていたので、タラとクシュナの手を借りてお風呂に入り、久しぶりにドレスを身に着けた。
病み上がりということもあって、柔らかな生地を何層にも重ねた軽いドレス。ドレスというより腰の辺りで切り替えのあるワンピースっぽいかな。体を締め付けず、でも決して体のラインを崩さない。う~ん、ぱっと見、適当に布をつまんだだけに見えるけど、すっごい細かい計算で自然なドレープを作っているよ。
めっちゃ褒めたら、タラが真っ赤になってそっぽを向き、クシュナが、タラの作品だと教えてくれた。そういえば、ササエトってプロの服飾デザイナーだったよね。
「こっちでも、プロとしてやっていけるよ、タラ!うわ~、どうしよう、タラが人気デザイナーになっちゃってさ、リッテン夫人と女の闘い!みたいな?!」
「相変わらずの妄想癖、キモいから止めろ」
「あ、イタッ!」
ぱちんとデコピンされた。もうちょっと手加減しようよ、仮にも未来の公爵夫人じゃん、私。とぶちぶち言っていると、クシュナがくすくす笑った。
「タラはね、ルー様の専属が良いんですって」
「クシュナッ!」
「あら、本当の事でしょ!あんた、昔からシーラの衣装、誰にも作らせなかったじゃない。あ、そうそう、だからですね、マハシュがシーラの衣装を完璧に作ってきたもんだから、そっちとのライバル意識が燃えちゃって~まだまだ新作衣装ありますから期待してて下さいね」
そうだったのか~。でも、マハシュはドラゴンの性でコピーは完璧だけど、新しく作ることは出来ないからタラの方がすごい気がする。正直に伝えると、タラは真っ赤になって部屋を飛び出してしまった。
「ルー様、お気になさらず。タラは、ああみえても、ツンデレですから」
クシュナがドレスに合わせて緩く髪を結い上げ、薄化粧を施しながら、淡々と説明してくれた。ツンデレって可愛いよね。私もツンデレになりたい。
「……ルー様は、天然アホの子ですからツンデレは無理ですわ」
「今、さらっとディスったよね?」
主人に対してあり得ない~と訴えたものの、さらりと躱され、部屋を追い出された。部屋の外には、タラが待機していて、2人で階下の食堂へ向かった。
「ルーッ!あなた、もう大丈夫なの?!」
食堂へ入るなり、カマリ様が駆け寄り、抱きしめて下さった。
「カマリ様、ご心配おかけしました。もうすっかり元通りです」
「良かったわ。本当は、夕べ、直ぐにでも会いたかったのにバカ息子が止めるから、もうっ!」
バカ息子、とは、もしやイラジャール様のことデスカ?
「まあ、仕方ない。バカ息子のバカは生まれ変わっても治らんからな」
私が寝ている間に、何かありました?急に、公爵夫妻が庶民的な感じに……あれ?気のせい?と私が驚いていると、カマリ様がくすりと微笑んだ。
「おほほほ、驚いた?私たち、前世でもイラジャールの親だったの……ルーも色々思い出したんでしょ?」
「えっ?!うそっ!!……あ、えーと、お久しぶりです。その節は、色々ご迷惑をおかけしまして……」
前世のことを思い出し、頭を下げるとシャヒール様に止められた。
「もう済んだことだし、君が頭を下げることは何もない」
「でも、なんか大変なことになっちゃって……」
私が望んだことではないけれど、私が死んだことによってゲームの知識が一切合切切り離され、新しい世界が構築されたというのは、考えると大変なことだと思うのだ。地球での生活がどうなっているのか知ることは出来ないが、それまで通りの生活が遅れているとは到底思えない。
私のような、生活のほぼすべてがゲーム!というアホには問題ないが、彼らのように普通の生活を送っていた人たちまで引きずり込んでしまったのだ。ことが重大過ぎてお詫びのしようも思いつかない。
「ルー、これはね、私たちが選んだことなの。貴女が亡くなった後、情けないことに家のバカ息子は抜け殻になっちゃって……本当に何も、ご飯すら食べられなくなってね。私たちも心配で目が離せなくて……この世界に転生しても、貴女を見つけるまで本当に手がかかったのよ」
その代わり、貴女を見つけた後は、ご承知の通り、やや、やり過ぎ感はあるけれどね、とカマリ様が肩を竦めた。
「それに、バカ息子と君の作ったゲームは、とても面白かったよ。普段、ゲームなんて全然やらない私らも夢中になるくらいね。今、その世界で生きていて、正直戸惑うこともあるけれど、これっぽちも後悔はしていないよ」
シャヒール様が、にっこり笑ったその笑顔は、もう薄っすらとしか覚えていない、彼の父親の笑顔に似ていた。いつも穏やかで、突然、現れた風変わりな息子の彼女にも、普通に接してくれた優しい人だった。
「あ、あり、がと、ございます」
「ほらほら、もう泣かなくて良いのよ。辛かったことは、もうみぃんな、おしまいにしましょう」
涙で滲んで前が見えない。けれど、ふわりと花の香りがしてカマリ様に抱きしめられたのを感じた。相変わらず良い匂いだけど、ちょっとだけ匂いが変わったかな。でも、うっとりするほど良い匂いに包まれて、高ぶっていた気分が落ち着いてきた。
「じゃあ、朝食にしよう。お腹空いただろう?」
「はい、もうペコペコです」
3人で今までのことを話しながら賑やかに朝食を頂き、食後の紅茶を飲んでいると公爵家の執事さんが入ってきた。
「奥様、プランナーの方がお見えです」
「あら、もうそんな時間だったのね。直ぐに行きますからお通しして」
「畏まりました」
プランナー?と首を傾げていると、カマリ様から一緒に来るよう告げられた。
「プランナーって、どういう方なんですか?」
「もしやバカ息子は、貴女に何も話してないのかしら?もうっ!帰ってきたらとっちめておかないと!」
「カマリ」
米神をぴくぴくさせているカマリ様を穏やかに宥めるシャヒール様。なんか、阿吽の呼吸で良いよね~とほんわかしていると、落ち着きを取り戻したカマリ様から爆弾発言が落とされた。
「今朝、イラジャールが言っていたのだけれど、貴女との結婚式を3ケ月後に執り行うそうよ。普通は1年かけて支度するだから、もう大急ぎで準備しないと間に合わないわ」
「……また、えらく急ですね」
話が突然すぎて、他人事に感じる。そういえば、夕べ、寝る前に『魅力的でサイコーな良いこと見つけた』とか言っていたっけ。その後、キスされて色々飛んじゃったけど、良いことって結婚式?!
いや、イラジャール様のことだから分かってるよ。結婚式の準備で忙しくさせておけば、余計なことに首を突っ込まないだろうという魂胆だね!お見通しだよ、それくらい。まあ、いいや。大人しく騙されてあげよう、うん。
「所で、イラジャール様は、どこに?」
「グランパルス公国だよ。事件以来、後始末に通っているんだ」
「ええ?ということは、暫く帰って来られないんですか?」
私が攫われた時は、ドラゴンだったから正に一っ飛びだったけど、地上を馬車や馬で走るとなると何日もかかるだろう。そんなに長い間、会えなくなるなら、もうちょっと……もうちょっと何だろう?キスしたかったとか?うう、夕べのキスを思い出して顔が真っ赤になった。
「あらあら、何を思い出してるの?顔が真っ赤よ」
「カマリ様っ!なっ、何も思い出してませんっ!」
シャヒール様が、その辺にしておきなさいとカマリ様を諫めてくれた。
「ルー、イラジャールは夕方には帰ってくるよ。王宮にある転移装置を使っているからね」
「あ、そうか。忘れてました」
自分の設定を。というか、ゲームの設定ですね。ちまちま歩いていると時間がかかってしまうので、転移装置は必須です。各王国の王宮に、それぞれの国へ転移できる装置を設定したのでした。あ、つまり昨日も王宮へ行っていたんですね。了解です。
「元々、グランパルス公国は農業や酪農が盛んだったけれど、ここ数年、天候不良で不作が続いていてね。それもあって、あんな事件が起きる隙が出来てしまった。事件そのものは解決したけれど、大公家の立て直しや農業改革など出来るだけの支援を行っていて、イラジャールは、その指揮を執っているんだ」
「本当は、暫く向こうに滞在した方が良いんでしょうけど、貴女がこっちにいるから陛下を脅して転移装置で通っているのよ」
今、さらっと危険なワードが出ましたけど、聞かなかったふりで。うん、そう。昔も彼のお母さんの方が、過激だったよね。お父さんが手綱を握っている感じだった。いいな、こういうのって。家族って感じがする。私も、これから本当の家族の一員になれるかな。
なんて、ほんわか甘いことを考えていたら、試練が待っていました。