対決しました。
「うわあ、シーラたん。ちょっと見ない間に素敵な格好になったね。破れた感じが、ダメージコートってやつ?余は、そっちの方が好きだぞよ、うん」
「気持ち悪い話し方は止めて、ジャグディヴィル」
ジャグディヴィルは、竜王の真名の一部。本当はもっと長い。どうしてかというと、三千年の間、様々な名前で呼ばれ、それらを全部繋げているから。ジャグディヴィルは、一番最初の名前で、一番影響力が強い。勿論、私が全部つけた名前だから全て言えるけれど、呼んでなんかあげない。
大公子、いや竜王は、くすりと笑って手を挙げた。
「残念。もっと落ち込んでいるかと思ったのに。ま、良いや。最近、ちょっと退屈してたからね。意外と面白い余興だったろ?」
「満足?」
「まだ足りないかなぁ。そもそも、ラスボスが出て来てないじゃん?あんたじゃ役不足だ」
不満げに口を尖らせるジャグディヴィルに、思わず笑みが零れる。
「何、笑ってんの?」
「だって、本当にラスボスが出てきたら竦み上がるくせに、いないと偉そうだなと思って」
「バカにしてる?」
「勿論よ。あの人が出てきたら何もかも終わりよ。だから、今のうちに私と取引して」
本音を言えば、彼にどれほどの力があるのか知らないし、強気に出ても大丈夫だという自信はない。けれど、やられたらやり返す、倍返しをポリシーとしている彼が、何もせずにいるとは思えなかった。まあ、私に出来ることは、出来るだけハッタリをかませて穏便に収束させることしかない。大丈夫。キャラのことは誰よりも詳しいから。煙に巻いて潰してやる。
「よかろう」
よしっ、乗った!
「そちらの言い分は?」
「そうだな。この国を魔獣の国とする。人族は核を埋め込み、準魔獣として住むことを許そう」
「却下。ここは、人族の国よ。魔獣の国を作りたければ他を当たって」
間髪入れずの却下に、ジャグディヴィルの纏う気がびりびりと震える。
「人族は、長きに渡り、我々魔獣族を蹂躙し続けてきた歴史を忘れたのか?!更には、魔獣の核を利用してはならぬという世界の理を無視しておきながら、都合の良いことだけ主張するのかっ!!」
「自分が何を言っているのか分かってるの?そもそも、この世界に長い歴史などないわ。何故なら、世界が生まれて、たかだか数十年に過ぎず、三千年生きているというお前の中身も、実態のないただの記憶に過ぎないんだから」
ぐっと言葉に詰まるジャグディヴィルに、畳みかける。
「お前は、私が人殺しだと言ったわ。確かに、たった今、お前の作った実験体を殺してきた。この手で。それが本当の人殺しよ。それに比べたら、『家族を殺された記憶』など何の意味もない。何故って、殺された当の魔獣も人族も、実際には命すらない、ただの虚像に過ぎないのだから」
「だが、例え虚像であっても殺された遺族の悲しみは癒えぬ!」
確かに、と頷くと、ジャグディヴィルは、あからさまに息を吐いた。
「では、ここへ連れて来て。その遺族を。彼らの気の済むまで謝罪でも何でもするわ!」
「それは……っ!」
「出来ないでしょう。そもそも、時系列でいうなら今はまだ最初のゲームが始まったばかり。シーラやトバリのキャラすらまだ生まれていないのよ。だから、お前のいう殺人の記憶は、ただの虚像だと言っているでしょう」
竜王や魔獣が出てくるのは、乙女ゲームが終わった後、つまりヒロインが学園を卒業後、カイカラシュ山へ舞台が広がっていき、初めて登場する。それに気づいた時、ジャグディヴィルの記憶はゲームの記憶であり、現実のものではないと気付いた。ゲームの記憶をもったニート野郎が、ジャグディヴィルへの転生を望んだ結果なのだ。
「核の利用についてだけど、お前の中にいる人族が核の利用を望んだのは確かでしょう。でも、お前の竜王としての知識がなければ、ただの空想で終わっていた筈よ。たかだか人族には魔獣の核の詳しい知識などないのだからね」
「ぐうっ……!」
「今回のことはすべて、ジャグディヴィル、お前が魔獣を増やしたい、人族に干渉したいと望んだから起きた悲劇よ。魔獣を増やすのは構わないけれど他の方法を考えて」
それまで黙っていたマハシュをちらっと見る。マハシュは思いっきり眉を顰めて、嫌そうな顔をしていた。
「今度は私からの提案よ。お前たちは、人族のいない所で魔獣の国を作り、当面、人族との国交は断絶する」
「当面とは、具体的にどれほどの期間だ」
「少なくとも1千年」
私の宣言に、マハシュは心底悲しそうな顔をした。だが、世界が安定しない限り、お互いに干渉するべきではない。恐らく、一千年もあれば人族の歴史から、『始まりの記憶』も薄れるだろう。お互いの地盤が揺るがぬようになって、それから交流を始めても遅くはない。
「よかろう。その条件を飲んでやろう」
「ではまず、人族の体内から核を全て取り除くこと。それと、お前の中にいる人族の魂は、こちらで貰い受けましょうか」
手を差し出すと、ジャグディヴィルは困惑した表情を浮かべた。
「こやつの魂は、人族を恨んでおるぞ。我であるからこそ、抑えていられるが……」
「構わないわ。私の体に移して同化してやるから」
ジャグディヴィルの手から、小さな光の玉が飛び出し、私の心臓めがけて突き抜けて行く。その衝撃は、思ったより強かった。加えて、最悪なタイミングでポーションの効果も切れたらしい。激痛にも似た疲労感と苦痛が襲い、耐えられなくなって意識を手放した。
―――― キモいっ!こっち見んなよ、腐るだろっ!
―――― 早く死んじゃえば良いのにっ!なんで、あんなキモいのと同じクラスなの?
―――― テメエなんかバケツで水飲んでりゃ良いんだよ!ギャハハハッ!
俺、何もしてないじゃん。ただ、嫌われたくなかったから笑っていただけなのに、どうしてキモいんだよっ!母さんも父さんも、何にも分かっちゃいないっ!センセーだって、事なかれ主義のコシギンチャクだ。臭いものにはフタしろってか!もう二度と学校になんか行くもんかっ!!!
くそっ!ゲーム制作者とパートナーだってっ?!リア充めっ!!勝ち組の奴らには、俺みたいな負け犬の気持ちなんて分かるかよっ!はっ!パートナーのヤツが死んだって?!ザマアミロッ!!リア充だから罰が当たったんだ!!
うわっ、なんだよっ!え、ゲームの世界に転生できるって?!すっげええ!じゃあ、俺、竜王が良いっ!世界最強のヤツッ!!そんでもって、俺をバカにしたヤツラ、全員、跪かせてやるっ!!!うわははははっ!!!すっげえ、すっげえっ!!誰もかれも俺の言いなりだっ!俺の城を悪趣味だと笑ったヤツら、全員実験台にだっ!!
なにがシルファード王国だ。乙女ゲームなんてクソだっ!!ぶっ壊してやるっ!!!
―――― ……い?
―――― はあ?何言ってんの?聞こえないんですけどーっ!
―――― 全てを敵に回して面白い?
―――― ああ、面白いね、サイコーだよ!
―――― そう。
―――― な、なあ。あんた、誰だよ?
―――― ……。
―――― 何か言えよ。いるんだろ?
―――― 全てを敵に回して満足?
―――― テメッ……舐めてんのか!満足だって言ってんだろ!
―――― ……。
―――― おい、何か面白いこと言えよっ!俺、退屈してんだよ!
―――― 何故、退屈するの?全てを敵に回して面白いんでしょう?
―――― ……なっ!
―――― たった独りで話し相手がいなくても満足なんでしょう?
―――― ああ、そうさ!全然平気だね!
―――― ……。
―――― なあ、全然平気なんだけど、あんたが寂しいなら話し相手になってやっても良いぜ?
―――― ……。
―――― 話し相手っつーか味方になってやっても良いぜ?俺、こう見えても世界最強なんだ。あんたの敵ぐらいやっつけてやるよ!
―――― 体がないのに、世界最強だって?!夢でも見てるんじゃない?!
―――― えっ?……かっ、体はあるよっ!……み、見えないだけで、ちゃんとあるっ!
―――― 本当に?本当に体はある?ちゃんと動く?
―――― え、う、うう、う、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だあああああああああっ!!!
「う、げほ、」
痛みに転がって、咳き込むと、どろりと血の塊が滴り落ちた。くそガキ、人の中で暴れるんじゃないっつーのっ!!異なる魂を取り込むのが、文字通りを血反吐を吐くほどとは思わなかった。それとも、ポーションの効果が切れたせいだろうか。とりあえず深呼吸して、ぐたりと床に横たわった。
床?!っていうか、ここはドコ?!
辺りを見渡すと、光しかない場所。以前も来たことがある中間の世界、世界の意志だった。と、ぽこり、ぽこり、とおでこに衝撃があった。
「テメッ!無茶すんなって何度も、何度も、何度も言ってるだろーがっ!!!」
「ああ、アラハシャ・ソワカ」
懐かしい声を聴き、緊張していた体から力が抜ける。と、顔に温かい飛沫がぼたぼたと落ちてきた。みると、器用にも黒猫が滂沱の涙と鼻水を垂らしているところだった。
「ごめん」
それだけ呟き、そっと小さな背中を撫でた。
「お前はいつもそうだ。周りのことなんて気づきもしない」
「あ?……何を言って?」
アラハシャに、言葉の意味を聞こうとした時、遠くから幽かに嘆きの声が聞こえた。声のする方に顔を向けると、ぼんやりと白と黒の鯨幕がみえる。誰かの葬儀のようだった。棺を囲んで、大勢の人が泣いている。
―――― どうして、どうして死んじゃったのよぉ!!
―――― これからも、沢山遊ぼうって言ってたじゃない!嘘つきっ!
―――― 来月、新作のコスプレ作るって約束したのに~ぃ!
場面が変わり、同じ棺の傍に喪服姿の男性が立っていた。周りには誰もいない。
―――― すまない。俺がバカなことを言ったばかりに……けど、お前を追い詰めるつもりはなかったんだ。ただ、お前のことが知りたかっただけだったのに。なあ、もう一度笑ってくれよ。魅力的でサイコーな良いこと見つけたって言ってくれよ。なあ、なあ、なあっ!!俺、そのためなら何でもするから、だから、笑ってくれよっ、なあっ!!
男性は棺に取りすがったかと思うと、肩を震わせて泣き崩れた。その姿を見ていると、どうしてか私の胸がぎゅうっと締め付けられる。気付けば、ぼろぼろと涙がこぼれていた。
「だ、だって、貴方は、素敵な家族があって、仕事も立派で、誰からも好かれてて、カリスマがあって、何でも持っている人だった。で、でも、ほんと、の、わっ、私、は、皆から嫌われて、普通じゃ、なくて、友達もいなくて、そっそれに、ひっ、ひと、ころした、からっ……」
今でも目をつぶると思い出せる。むせ返る血の臭い。痛みに苦しみ、叫び続ける断末魔の声。次第に冷たくなっていく肉体。両親の死に、たった今、握りつぶしてきた実験体の死が重なる。ああ、やっぱり私は人殺しなんだ。自分が生きていくために他人の命を奪っても平気で生きていられるヒトデナシだ。
「違うだろっ!お前は人殺しなんかじゃないっ!!そんなこと、二度と言うなっ!!」
何もない空間で、確かに蹲っていたと思ったのに、いつの間にか、誰かにしっかりと抱きしめられていた。力強くて優しい、懐かしい、私が、ずっとずっと恋焦がれていた腕に。
「お前の両親が亡くなったのは、事故だ。交通事故。亡くなった時、お前はまだ5歳だったし、お前自身、大怪我を負っていた。発見された時は、瀕死の重体だったお前が、どうして殺せるというんだ?」
「だっ、だって、私、父さまも母さまも、きっ嫌いだった。いなくなればいいって、思ってた。死んでも全然悲しくなかった。だから、きっと私が望んだから、父さまも母さまも死んじゃったんだ」
お金が欲しかった訳じゃない。けれど、死んでほっとしたのは事実だ。しかも、私を病院へ連れて行った帰り、事故にあった。私が、もっとちゃんとしていれば、もっといい子だったら両親は死ななくて済んだのだ。
「お前は何も悪くない。お前の両親が、お前に勝手な理想を押し付けただけだ。それで事故にあったというなら、悪いのは身勝手な彼らの方だ。だから、お前が嫌っていたのは当然だし、悲しくないのも当然だ。彼らは、それだけのことをお前にしたんだからな」
はっと顔を上げようとするが、反対にぐっと抱きすくめられ、身動きが取れなくなった。
「まだ顔を上げるな。いいか、俺はお前が亡くなった後、全部調べた。お前のこと。お前の生い立ち。お前の人生。辛さも悲しさも、全部だ。だから何も言わなくても良い。お前が間違ってないってこと、全部分かってるから」
「ふっ、ううううう~、、、、……わあああああっ!!!」
両親が死んだ時、これで叱られなくてすむと2人の死を喜ぶ自分がいた。けれど、周囲に、泣かないのは変だ、悲しまないのは人でなしだと言われ続け、自分は変なのかもしれないと思った。それから、誰かの殺人事件がニュースで報道されるたび、犯人の異常性が声高に叫ばれ、人の死を喜ぶ私は異常なんだと烙印を押された。
だから、普通の人に交じって暮らすには、異常な生い立ちを隠さなければいけないと神経を尖らせていた。だってほら、少しでも死を臭わせると誰もが恐怖を浮かべて手を振り払うでしょう?それは当然であって、死の臭いを振りまく私の方が異常なの。
それが私にとっての普通だったから、分かってくれる人がいるなんて、想像もしたことがなかった。