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私、乙女ゲームのモブですから、好きに生きていいですよね?!  作者: 春香奏多
A面 ~ルーファリスの災難~
25/68

スパイになれと命令されました。

流血あります。ちょっとグロイかも。あと、ちょっと(だいぶ?)イラっとくるかもしれません。

 大公子ダヤット様は、紛れもなくゲームの中の竜王様そっくりだった。だって、目の色が金だよ、金!しかも、マハシュもそうだけど、瞳孔が縦になって、どう見ても爬虫類系の目だよね。


 でも、見かけは完璧に竜王様なんだけど、どことなく偽物っぽい。だって、キンキラキン(※ペンキ仕様)の椅子に座って、左右前後に4人のメイドを侍らせている。そう、メイド。お城に勤めている掃除やら洗濯やらするメイドじゃなくて、メイド喫茶にいて「おかえりなさぁいっ、ご主人様ぁ!」とか言っちゃうようなメイド。


 4人ともパニエで膨らませた黒いチェックのミニスカートから惜しげもなく生足を晒している。勿論、レースの付いたニーハイソックスにエナメルの厚底靴。白いふりふりエプロンに頭につけるホワイトブリムも完璧だ。そして何より、髪型がツインテール、ボブカット、三つ編み、お姫様カットとそれぞれ異なるのに、顔立ちは清楚系でどことなく似ている。多分、そういうのが大公子様のタイプなのだろう。


 うげ、どうやら、大公子様は中二病とかオタク病とか、大変な病を患っていらっしゃるらしい。それも、かなり重症と見た。


 ちらっとミーナを見ると、すっかり幻滅しているようだった。竜王様オシだったのに、その竜王様が、メイドの女の子たちを侍らせて顔面総崩れを起こしている。うん、ゲームの中のキリっとした凛々しさは、どこへ行っちゃったんだろうね。


 お?マハシュもすっごい険しい顔になってる。マハシュにとって竜王(※たとえ偽物でも)は長だから、やっぱり幻滅してるのかも……あ、そうか!この大公子を知っていたからマハシュは城に来たくなかったんだなぁ。うん。


 それにしても、大公子、いつまでいちゃいちゃしてるの?もう謁見終わりなの?私たちはどうすれば良いの?


「うぉっほん」


 あ、侍従さんが大公子の注意を促している。そうだよね、人がいちゃいちゃしてるのなんて、見たくないもんね。


「おお、そうであった。そなた達、大人しくしてまいれ。後で、存分に可愛がってやろうぞ。……えーと、そちが美女戦士シーラたんだな」


 えええええ、シーラたん?!シーラたん、ってナニ?!


 口を開くと余計に偽物っぽい!黙っていれば美形だから、まだ許せるけど……何っていうの?残念な美形ってこういうこと???


「ズバリ!言うでしょう!余のスパイになりなさい!」


 えええええ、〇オ君?!ちび〇子ちゃんの〇オ君なの?!


 どういうリアクションとったら良いの?仮にも大公子にツッコんだら良いの?それって、不敬だよね?でも、真面目に返事するのも変だよね?……だっ、誰かっ助けて~~~っ!!


 きょろきょろ辺りを見回すけれど、ミーナは顔を伏せて目を合わせようともしない。肩が震えているのは、絶対、笑ってるよね!!マハシュ様!と思ってみるも、地球文化に興味がないのか、しらーっとしている。役に立たないな、もうっ!!


「どうだ?あまりの衝撃に声も出まい!」

「……はい」

「ふはははははっ!どのみち、シーラたんはNOと言えないシルファード人!余に従うしかないのだ!」

「……あの、質問良いですか?」


 高笑いをしている最中だったが、口を挟んでみた。大公子は、不機嫌そうに眉を顰めたが、最終的に発言の許可が出た。


「スパイと仰いましたが、具体的にどのような行為をすれば宜しいのでしょうか?」

「タワケ者ッ!そんなことも分からんのかっ!」

「……申し訳ございません」

「月にかわってお仕置きでござる!にんにん!」


 なんだろーなー、色々ごちゃまぜになっているようだ。ツッコミどころが多すぎて、どうしたら良いか分からない。寧ろ、帰りたい。今すぐシルファード王国学園の学生寮の部屋に帰ってベッドで寝たい。


「どうだ!余の素晴らしさが分かったか!」

「「「「いや~ん、殿っ!す・て・き~っ!!」」」」


 おい、メイドたちは黙ってろ。話が進まないから。


「うぉっほん」


 お、またもや侍従さんが大公子の注意を促している。そうだよね、やっぱり人がいちゃいちゃしてるの見たくないもんね。


「あー、うん。具体的に言うとだな。シーラたんはな、健康サプリを売って売って売りまくってくるのだ!さあ、サプリを山ほど持ってシルファード王国へ行ってらっしゃいっ!」

「健康サプリとは、どのような効果があるのですか?」


 あ、唐突に本題に入った。悪事を企てているのに全然隠そうとしない。絶対の自信があるのか、それともただのアホか。まあ、十中八九アホだろうが、アホはアホなりに何をしでかすか分からないところが不気味だ。


「余の兵士たちは、すべからく愛飲しているサプリだ。そら、その成果を見せようぞ!」


 大公子の言葉に、私たちの後ろに控えていた兵士が2人、前に進み出た。大公子は満足そうに2人へ微笑みかける。すると、それが合図だったかのようにお互いが剣を抜き、切り合いが始まった。


「え、ちょっと待って。何してるのっ、あの人たちっ!!」

「きゃあっ、やっ、やめさせてよぉっ!!」


 兵士は、わずか1m足らずの距離で一歩も動くことなく剣を振り回している。最初、模擬試合用の刃を潰した剣を使っているのかと思ったが、あっという間に2人とも傷だらけになっていく。腕に、肩に、頬に、足に、刃が当たるたびに血が噴き出す。


 けれど、2人とも顔色一つ変えず、瞬きすらせずに、ひたすら剣をふっている。ゲームでは人の生き死には何度も見かけた。トバリやシーラが、惨殺したキャラも数知れない。けれど、目の前で今、人が死にかけている。そして、大公子を含め誰も止めようとしないどころか、余興を頼んでいるかのように笑っているのだ。


「……クソがっ!」


 私はコートに仕込んでいた鞭を掴んで、ひゅっと振るった。ビシィッという乾いた音とともに、兵士2人の剣を撃ち落とした。間一髪、2人の剣が互いの心臓めがけて刺さるところだった。


「過ぎた余興は興ざめするだけですわ」

「おお~っ、鞭だぁっ!シーラたん、ベラたんみたい~」


 うう、力が抜ける。なんだ、これが奴の手なのか?!


「……話を元に戻しまして、つまり、健康サプリというのは、互いに殺し合うという薬でしょうか?」

「ちっちっちっ!残念だったね、キンダーチくん。健康サプリというのは、傷を負ってもすぐに治ってしまう不死鳥のような薬というわけだ。もし、シーラたんがつまんない正義感を振りかざして2人を止めなければ、心臓を剣で貫かれても治ってしまう2人が見れたことだろう!ふはははははっ!」


 不死の薬?……兵士たちは傷などなかったかのように平然と立っている。辛うじて、血に塗れて切り刻まれた軍服が幻ではないと証明していた。


「何故、そんな素晴らしい薬をシルファード王国で売る、と?グランパルス公国で独占した方が、強い軍隊が作れるのではないでしょうか?」

「余は、そのようなみみっちい男ではない。素晴らしいものは、みんなで分かち合うのが愛だろ、愛っ!」

「……大公子様は、博愛精神の持ち主でいらっしゃいますのね。でも、それならば、普通に商人を通して貿易をなさっては如何でしょう?私が、スパイになってまで売る意味が分からないのですが……」


 ぶっちゃけ、サプリを売るだけではスパイも何もない。まあ、恐らく、魔獣の核を原料としたサプリだろうから、シルファード王国で売れば明らかに問題となるだろう。けれど、大公子は、現時点で健康サプリだと主張する以上、スパイ行為には当たらない。


「ふむふむ。シーラたんの言うことも一理あるよね。じゃがじゃが、美女戦士シーラたんが売るとなれば、バカ売れ間違いなし!シルファード王国の全国民が買っちゃうね。そうすっと、グランパルス公国は、金がザクザク入ってウハウハ!シルファード王国は、貧乏になってショボショボ。よって、シーラたんは、母国シルファード王国に不利益を与えたとされ、余のスパイと見做されるのじゃーっ!はい、論破!」

「……分かりました。では、早速、サプリの製造工場を見せて下さい。実際に商品を見てみないと何とも言えませんので……」


 これ以上、不毛な会話を続けても時間の無駄だと悟った私は、やけくそ気味に叫んだ。まだまだ話足りなかったのか、大公子は口をへの字に曲げたが、直ぐに気を取り直して自ら案内すると立ち上がった。


「シーラ様ぁ、私、もうお腹が減って……あと、喉もからから。工場見学は明日にして、今日は休みませんか?これだけ広い城なら空き部屋の1つや2つありますよね~もう、キンキラキンでも我慢しますぅ」


 謁見室を出る際、大公子がメイドたちを別れの挨拶をしていると、ミーナが小声で訴えてきた。私は、しっと口止めをする。そして、先に廊下へ出ていた侍従さんに声をかけた。


「あの、化粧室へ参りたいのですが、どちらでしょうか?」

「……こちらへ」


 廊下の両側にはドアがいくつも並んでいるが、その中の一つを開け、室内の化粧室を使うよう指示された。あ、キンキラキンじゃなくて普通の部屋だった。『普通』というか、室内の装飾は華やかさはないものの、どっしりとした家具や重厚な絨毯が使われ、本来の城の姿を想像させた。


 きっと大公子の目につくところだけゴールド仕様なんだろう。私は、ミーナの腕を取り、2人で化粧室へと入った。


「シーラ様、私、トイレはいいですぅ。寧ろ、これ以上水分が失われたらカラカラになっちゃいますよっ!」

「いいから、付き合いさないな」


 ミーナを無視し、コートの隠しポケットから3cm四方の箱を取り出す。パンっと床に叩きつけると、黒い雲がむわむわと立ち込めた。


「うわ、ナンデスカこれ?!」

「ハイデカル貝のため息。盗撮盗聴予防よ。これで、普通に喋れるわ」

「へえぇ、ハイデカル貝って、あの3mほどあるデッカイ奴ですよね。黒いため息なんだぁ」


 ミーナが感心して雲を見上げている。いや、今はそこ、必要ないから!


「これ、3分しかもたないのよ。良いこと、ミーナ?学園の食堂でのことを思い出して。犯人は、食事に薬を混入しようとしていたでしょ。つまり、この城の中で飲み食いしたら、まず間違いなく、魔獣化する薬が入っているわ。魔獣化したければ構わないけれど、今のまま人族でいたかったら何も口にしちゃだめよ」

「ええ~っ?!……でも、喉がぁ、あ、ここの水差しにある水は?」


 ミーナが物欲しそうに水差しを見つめるが、私は心を鬼にして首を振る。代わりに、別の隠しポケットからポーションをいくつか取り出し、手渡した。


「1つ飲めば半日くらい飲まず食わずでも大丈夫よ。念のため、いくつか渡しておくから見つからないように飲んでね」

「うわ、すごいっ!じゃあ、早速飲んじゃいますね!」


 ミーナもゲームで見知っているのだろう。躊躇いなくポーションを流し込む。私も同じポーションを飲み、最後に、再び別のポケットから取り出したアトマイザーの中身を自分とミーナに振りかける。


「あ、この香り!白ムクヘビの汗ですね。体の汚れが浄化されるアイテム!サッパリしました!」

「さあ、これでしばらくは大丈夫でしょ!マハシュたちの所へ戻るわよ」

「はいっ!!」


 化粧室から出ると大公子が不機嫌そうに立っていた。


「シーラたん、ハイデルカル貝を使ったな?」

「当然ですわ。レディの嗜みですから」


 やっぱり気付いてやがった。でも、ハイデルカル貝は、高価なものでもないし珍しくもない。トイレの乙姫代わりに使うのは、割とポピュラーな習慣だ。暫く、大公子と睨み合ったが、結局、彼が折れて、引き続き、廊下を歩いて工場へと向かった。


 工場は、城外にあるのかと思いきや、地下2階にあった。古い石段を下りていくと、地下1階は、中世のお城のように石造りの薄暗い場所だった。木製のドアで仕切られているため、内部は分からないが、オオオオオオッという唸りが聞こえる。風の音なのだろうか。地下の肌寒さも相まって、ぞくりと震える。


 所が、地下2階は、一転、明るい照明が設置された近代的な区画になっていた。しかも、ゴールドじゃなくて普通に白い壁と天井である。侍従さんに聞くと、最近、増築したのだと言う。ガラス越しに見えた内部は、大勢の人が流れ作業で瓶詰めを行っている。全員、白衣に帽子、マスク、手袋と衛生面でも気を使っているらしい。


「先ほどの不死のサプリは、緑の液体の瓶。あっちの白い液体は、美肌効果があるんだよ。あとでシーラたんにあげよう。あと、そっちのは、毛生え薬と若返りの薬。えへん、わが国では、作れない薬などないのだよ!」

「……あそこにあるのは、もしや魔獣の核では?」


 私は、隅の方に置かれた色とりどりの石を指さした。隠す様子もなく、堂々と置かれている核の山。魔獣の核は、全然、珍しくないものだ。何しろ、子供でさえ知っているのだから。大公子も、隠す気はないのだろう。あっけらかんと事実を口にした。


「あれらは、原料となる魔獣の核だ。シーラたんには、特別に教えてあげるね。不死のサプリは、ミドリチカトカゲの核にナツメミグコイの核をちょっぴり混ぜるの。あ、配合は企業秘密ね!あと、美白のサプリはシロイノカブタの核から作るんだよ」


 あれ、ただのオタク大公子と思っていたけど、サプリの発案者だったのか。意外だ。でも、


「素晴らしいですね。それぞれの魔獣の特性を良く捉えていらっしゃる。でも、魔獣の核は分解しないで排出されてしまいますから、体内に留めることは難しいのでは?」

「シーラたん、良く知ってるね。だからこそ、配合と服用時間の兼ね合いが難しいんだよ。一定量の核が常に体内に留まるようにしなくちゃならないからね。規定以上の量を超すと、体内で魔獣化してしまうし、規定以下だと魔獣化しないから」


 それを知るまでに、どれくらいの実験を繰り返したのだろう。どれくらいの命を犠牲にしたのだろう。追及すると、大公子はへらりと笑った。


「人族の命なんて虫けら同然じゃん。ほら、大佐も言っていたじゃないか。人間なんてゴミだって。あれ、違うな。あ、そうそう!『人がゴミのようだ!!はっはっはっは!』だった。一度、言ってみたかったんだよな~いいな~大佐っ!」

「何を笑っているの?!自分が実験にされたら、親しい人間が実験されたら、どう思うの?それでも平気で笑っていられるのっ?!」


 気が付けば、大公子の胸倉を掴んで揺さぶっていた。が、あさっりと振り払われる。


「この俺が、実験にされるだって?冗談も休み休み言えよ!あ、冗談もよしこさんの方が良かったかな?でも、それって死語だよな。まあ、良いか。弱者は、強者に従うために生きている。強者は、弱者に何をしても許されるんだよ。人間が蟻を踏んでも何も思わないだろ?あれと同じさ。そもそも、俺は、弱い奴らを強くしてやろうと薬を開発したんだ。つまりは、弱者の味方という訳。弱者のためにやってるんだから、弱者自身が犠牲になるのは当然だよね」

「……強くなる薬を、自らを犠牲にしてまで彼らが望んだと言うのか?!」


 大公子は、駄々っ子を見るような目で私を見つめ、やれやれと肩を竦めた。


「シーラたんは、もっと頭の切れるボインちゃんかと思ったよ。がっかりちゃんだ」

「勝手なことをっ!」

「どんな命も平等で、大切だって?!そんなん、ただの建前だろ。大体、シーラたんだって同じことしてきたじゃん。自分だけ良い子ちゃんでいたいなんて幻滅だねー」


 意味が分からず、眉間にしわが寄る。さっきから宇宙人と会話しているみたいだ。くそう。


「もう忘れちゃったの?シーラたん、弱い奴らを散々殺してきたじゃない」

「……ゲームの中の話だろ、それは」

「勿論、ゲームの中の話さ。でも、ここはゲームの世界がリアルになった世界だよ。例え、シーラたんが『この世界で』殺してなくても、『ゲームの世界で』殺した奴らの家族は、シーラたんに殺された記憶を持って生きているのさ……そんなことも知らなかったの?!」


 今まで考えたこともなかった事実に、にたりと笑った大公子の顔がぐしゃりと歪んだ。


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