田舎に泊まりました。
「と、取り合えず帰ろうか。みんな心配していると思うし……」
「そもそも、ココはドコでしょう?ゲームではカイカラシュ山にドラゴンが住んでましたけど」
「カイカラシュ山は、向こうの峰だ。ここは、ガウラッディ山」
マハシュを背中に貼り付けながら、洞窟の外へ出てみた。そこは、万年雪の残る山の頂上だった。すっごく寒いっ!しかも、うっかりバスローブだし!外、夜で真っ暗だし!向こうの峰って言われても全然見えないしっ!……え、でも、待って?ガウラッディ山って確か……ぁふあ、ふあっ、ぶぅはっくちゅんっ!
「シーラが風邪を引く。今夜は、ここに泊ると良い」
「シーラ様、お言葉に甘えましょう!部屋の中はベッドもあるし、暖炉やキッチンもあるし、なんと!温泉まであるんです!」
何かを思い出しかけたけど、くしゃみと一緒に吹き飛んでしまった。まあ良いか。重要なことならそのうち思い出すよね、うん。
私が気絶している間、マハシュのお宅拝見をしたらしい。山の上だというのに、洞窟は電化製品で溢れていた。マハシュがどうやってか自家発電装置を作ったのだとか。照明も、てっきりヒカリゴケだけかと思ったら、ちゃんと電灯がありました。私が寝ていたのでつけなかっただけらしい。
この世界では、大きく分けて4つの種族がある。竜王を頂点とする魔獣族、魔王を頂点とする魔族、妖精王を頂点とする妖精族、そして人族だ。
人族以外の種族の頂点に君臨する個体は、知能が高く、万能魔法も使え、長命というチートっぷりだ。例えば、魔獣族にはスライムやオーク、狼など多数の種が存在するが、チートはドラゴン種のみで、個体数は常に15体前後、他の魔獣たちとは隔絶した場所で暮らし、お互いが交流することは皆無と言って良い。
魔族、妖精族も同様で、チートなのは頂点に立つ種のみ。他は、少しずつ身体的能力に特化しているに過ぎない。つまり、幻惑を見せる者、他者を魅了する者、自身の若さを保つ者……という具合だ。寿命も人族よりは長いが、精々、数十年から数百年程度。何千年、何万年と生き続けるのは、頂点の種だけなのだ。
人族だけは、魔法も長寿も持っていないが、全般的に知能が高く、個体数が圧倒的に多い。長い歴史の中で、ただ空腹を満たすだけの食事から、見た目の美しさや美味しさを追求し、芸術性を持つまでに発展させた。衣装も、体を温めるだけの役割から見た目の美しさ、着易さ、機能性を追求していく。そういった創造性は、他の種族には決して見られないものだ。
マハシュも、人間が作った家電を利用することは出来るが、新しく創造することはない。とはいえ、何もない山の上の洞窟に、公爵家の屋敷にも匹敵するだけの設備を整えるのは、簡単ではないだろう。
私も感心しながら、お宅拝見を済ませ、マハシュの作ってくれた夕食を頂いた。ガウラッディ山でしか採れない幻のキノコを使ったクリームシチュー。牛の魔獣からもらった乳で作ったふかふかパン。カイカラシュ山の頂にしか生えない野草で作ったサラダ。デザートは妖精国製チョコレートを使ったフォンダンショコラ。
何でも、いつかシーラが来る時の為に珍しい食材を集め、料理の修行していたんだとか。部屋の一室全てが料理の本や調理道具、香辛料や食材で埋まっているのを見て、ちょっと、いや、だいぶ引いた。まあ、食材は腐らない魔法がかけてあるらしいので、生産年月日や産地さえツッコまなければ、どれも食べたことがないほど美味しい逸品でした。
ドラゴンって人生(ドラゴン生?)が長いから収集癖と完璧主義がスゴいんだよね。思い出したわ。ありあわせの材料でパパっと調理する私のテキトー料理なんてゴミだろうなぁ。ああ、クリームシチューのまろやかさが絶秒だったし、フォンダンショコラもふわとろだった!うう、家の料理人にならないかなぁ。
今世初の温泉(※マハシュがガウラッディ山の源泉から引いた)にのんびり浸かって夕食の美味しさを思い返していた時、くしゃみと一緒に忘れていたことを思い出した、ら、今度は、何度も反芻していた美味しい記憶が吹き飛んだよ!
「ガウラッディ山って隣国じゃんかっ!」(じゃばーっ!※湯船から立ち上がってお湯が溢れる音)
王妃ミランダ様の故国、グランパルス公国と我がシルファード王国の間には、ガウラッディ山脈とカイカラシュ山脈が横たわっている。勿論、山脈というくらいだから5,000メートル級の山々が連なり、めっちゃ行き来が大変なのだ。
近くて遠い国、それがグランパルス公国で、王妃様の輿入れで国交樹立し、山岳鉄道の建設が始まったものの、現在でも工事は継続している。
そりゃあドラゴンに国境は関係ないけど、例えば、国境警備兵か、誰かが私たちの姿を見ていたら?
拉致とか、不法侵入とか、密入国とか、不穏な単語が頭を過る。ま、まあ、明日の朝、こっそり帰して貰えば分からないよね?うん。兎にも角にも、睡眠、睡眠……とベッドに横たわった途端、隣室で寝ている筈のミーナが飛び込んで来た。
「シーラ様、なんか不穏な空気がします。しかも、誰か来たみたいです」
正直、シーラと呼ばれるのは、中二病を発症しているみたいで嬉しくない。けれど、シーラ=ルーファリス=イラジャール様の政略結婚相手と認識されるのも嫌だし、シーラ=アニラ・シスレーとバレるのもマズい気がする。うう、っていうか、名前が多すぎっ!
作者も訳分かんなくなってるでしょ、もうっ!(※同感!と頷く作者)
「とりあえず、何か着るものってないかしら?バスローブはちょっと不味いわよね」
「あっちにクローゼットがありますよ……うわ~~~~っ!」
一足先にクローゼットの扉を開けたミーナが目を丸くした。同じくクローゼットの中を見た私の目も丸くなる。
「これって、これって、美女戦士シーラの戦闘衣装ですね!!めっちゃテンションアガる~~~ッ!!」
いや、私のテンションは、たった今ダダ下がりになっただよ。
「うわ、これ、シーラ様が最初にクエストに出た時の衣装ですね!まだちょっとフリルとレースが残ってる。こっちは、だいぶこなれてマハシュ様に会った頃の衣装だぁ!あ、こっちは……」
「うひ――――――もう止めて~~~~~っ!!」
慌ててミーナの口を塞いでみたものの、クローゼットの中は端から端までシーラの衣装しかなかった。そして、悔しいことにサイズもぴったりだった。
「うわああああああっ!それ、最後の女王様衣装ですね!!カッコいいですぅ!!ああ、どうしてスマホがないんだろ~っ!!悔しい~っ!!」
ええ、ええ、観念して着ましたよ。
基本は、黒いレザー素材で出来た、体にぴったりフィットしたフード付きロングコートなんだけど、胸の辺りが紐で編むビスチェっぽくなって、豊満な谷間が全開になっている。勿論、編み上げはおへその上から胸の途中までしかないので、お腹から下が丸見え。
あ、勿論、下にはコートとお揃い素材のショートパンツと膝上まであるロングブーツを履いているよ。前世の自分、いくらゲームの中とはいえ、なんでこんな中二病の衣装を選んだのか……自分の事だけど恨むよっ!!せめて、トバリの衣装なら良かったのにな~ちくそ~。
因みに、この衣装を選んだのには訳がある。もしもゲームと同じ仕様なら、凝り性のマハシュのことだから恐らくそうだろうけれど、一見、エナメル加工の牛革に見える素材は、実はそんじょそこらの金属など弾き返す黒トリプスという魔獣の皮で出来ている。網紐もしかり。そして、コートの内側、ブーツの側面に暗器がどっさり仕込んであるのだ。
露出狂の丸腰女王様かと思いきや、痛い目に合う仕様になっている。本来なら、この上からマハシュのドラゴンソードを付けるんだけど……。
「これを探してるのか?」
ミーナが開けっ放しにしていた扉からマハシュが入ってきて、抱き付くようにして腰に剣帯を巻いてくれた。必要以上に体が接近しているような気もするが、大型犬なのだからしょうがない。
「これ、この剣……」
「勿論、シーラの剣だ」
触っただけで分かる。これは、マハシュのドラゴンソードだと。ドラゴンソードは、軽量で切れ味抜群。それもその筈、ドラゴンの鱗を何枚も張り合わせて作るのだ。しかも、強度を高めるために逆鱗が一枚入れてある。ドラゴンにとって触られるのも激怒するほどの逆鱗を抜くことが、どれだけ大変なことなのか……考えただけで言葉が胸に詰まる。
いつ来るとも知れない『シーラ』を待って、淡々と準備をしていた孤高のドラゴン。ごめん、ごめんね。ずっと待たせちゃったね。
「ほら、これを付けて戦闘開始だ。相手は、グランパルス公国の王子だぞ」
「…………」
マハシュの、丸で夕食のメニューを告げるみたいに淡々とした口調によって、うるんでいた涙がひっこみ、目が点になっていた私に、マハシュは、ほらほら口を閉じて、とシーラのトレードマークでもある深紅のルージュを引いていく。
そして、ぎゃーっ!と遠くでミーナの叫ぶ声が聞こえた。
「貴方たちの身分をもう一度、仰って頂けるかしら?」
「我々は、グランパルス公国陸軍近衛師団第一歩兵中隊である。大公子ダヤット様の命を受け、参上つかまつった。大人しく同道されよ」
恐らく中隊長と思しき男性が声を張る。名前を名乗らないのがイヤだよね。小娘ごときに名乗る名前はないってか。それにしても、中隊全員、目の瞳孔が縦になっているのが気になる。イヤな方向で。
「彼らは、リザード系の魔獣?人化してるの?」
「いや、人族だな。最近、開発されたという新薬の影響だろう」
「ふうん、新薬、ねえ」
グランパルス公国の一個中隊が何人いるか知らないが、ここにいるだけでも15人。外にも大勢の気配がある。対して、こちらは、マハシュは負け知らずだけれど、私とミーナはただの女子学生。足手まといにしかならないだろう。それに、
「分かったわ。案内して頂戴」
「良いのか?」
「勿論。虎穴に入らざれば虎子を得ず、ってね。その代わり、私の侍女を放してちょうだい」
先程、悲鳴をあげたミーナが、床に押さえつけられ兵士たちに拘束されていた。
当然、ミーナは侍女ではないが、無関係の『友達』だからといって無事に解放する相手ではなさそうだ。しかも、恐らくはマハシュも私に同行する。となると、例え解放されても、隣国の山の頂上から何の装備もないミーナが無事に下山できる筈もない。
私の所有物にすれば、私が客人である限り、命の保証はされるだろう。あとは、大公子との話し合い次第だが。侍女にされたミーナが気を悪くしていないか心配したが、「憧れのシーラ様の侍女っ!」と呟き、目がハートになって見えない尻尾をぶんぶん振っているのが見えた。
ま、まあ、シーラの衣装を全部覚えているぐらいのオタクっぷりだから問題ないんだろう。うん。深く考えない方が良いと判断した。
「良かろう。但し、変な真似が出来ぬよう武器はすべて没収するぞ」
「結構よ」
「貴殿の刀も寄越されよ」
私のドラゴンソードを指して、寄越せとばかり手を出された。うーん、多分知らない方に賭けてみよう。
「私ね、熱狂的なコスプレイヤーなの。だから、この剣がないとカッコつかないのよね~。ハリボテだから着けていたいんだけどダメかしら?」
腰から剣帯を外し、胸の谷間を見せつけるようにして隊長らしき人に渡す。おおう、思った通り胸の谷間に視線が釘付けだわ。エロオヤジめ!
「ね?ハリボテだから、すっごく軽いでしょ?」
「う、うむ。確かに軽いな」
「でしょ?隊長さんの剣だったら、もっと固くて、長くて、ずっしり重いんでしょ?」
耳元で囁いてみると、何を勘違いしたのかエロオヤジの顔が赤く染まる。
「う、うおっほん!確かに、ワシのは固くてデカいぞ!」
「ああん、すごぉい……でも、私には、これがちょうど良いの。持ってちゃダ・メ?」
上目遣いで見上げると、エロオヤジがニタアっと笑った。うげ、キモッ!
「好きにしろ」
「ああん、ありがとうぉ!これがないとコスプレがカッコつかないもんっ!オジサマ、優しいのねぇ」
頬に当たらるか当たらないかの距離でチュッとリップ音を立ててやると、エロオヤジの顔ででろでろになった。どうよ、秘儀ショタッ子王子!
勝ち取った戦利品を腰につけ直していると、ミーナが尊敬のまなざしを、マハシュは目を抑えて頭を振っていた。マハシュ、ドラゴンなのに頭痛いの???