事件に巻き込まれました。
「ちょっと目を離すと、これだ」
放課後、第二図書室の風紀委員会へ顔を出した途端、イラジャール様にため息をつかれた。え、なんか大昔にも同じことを言われたような?でも、今はアニラ・シスレー子爵令嬢だし、ルーファリスの頃は言われたことない。むむ?……まあ、思い出せないから大したことないよね、うん。
「まあまあ、良いじゃないの!俺としては、可愛い女の子大歓迎!」
ソードがチャラそうな口調で言い放ち、大袈裟に紳士の礼を披露した。すると、私の右腕にしがみ付いているアナと左腕にぶらさがっているミーナ以外、シャンディとガイラ、パトマがきゃあっと黄色い声を挙げた。
「戦力は多い方が良いでしょ。彼女たち、なかなかなものよ。こちらから正騎士シャンディ、ガイラ、パトマ。ヴェールの右にいるのはアナ、それと……」
「コットンキャンディ・ルーラ、何故、お前がここにいる?」
イラジャール様が吐き出すように告げた。ちょっと怒ってる?怒ってるよね?……まあ、そうだよね。あれだけ付きまとわれていたし、風紀委員で没収したリザンの剣の持ち主だもんね。でも、コットンキャンディ・ルーラって二つ名がついているくらいだから実力は推して知るべし。
そうそう、ルーラって言われて思い出したよ。私も準騎士トバリというアバターを作る以前、乙女ゲームで使っていた美女キャラで戦っていた。けど、私がログインすると、何故かいつも人が大勢いるんだよね。しかも初心者が多いのか、話しかけられることも少なからずあって辟易してた。
そんな時、ルーラと名乗る綿菓子みたいにふわふわピンクの髪した美少女戦士が、乱闘をしかけてきて大混乱!という状況が何度か続き、結局、禿げ坊主の戦士トバリを作ったのだった。コットンキャンディというのも、一見甘い綿菓子みたいだけど、食べると歯にくっついて取れない的な意味じゃなかったな。思い出したよ。うん、うん。
ちょっと遠い目になっちゃったから話を変えよう。実はビックリ、シャンディ、ガイラ、パトマも正騎士だった。彼女たちは、乙女ゲームのキャラでそのまま戦闘もしていて、転生する時もそのまま同じキャラでと希望したんだって。他のプレイヤーとの交流が少なかったトバリは知らなかったけど、イラジャール様は知ってた。さすが世界最強チート!
3人とも2つ名を持つほどではないが、大体、ランキングで20~30位の常連らしい。
え?私のランキングは何位かって?ふはははっ!総合順位は89位なのだよ!
言い訳だけど、私のランキングは上下の振り幅が大きい。準騎士だからというのもあるが、体力、知力は低く、常に3桁の順位をウロついているのに大物を狩るから賞金ランキングはトップ3の常連。で、トータルすると89位という微妙なランクになるのだ。因みに、言う間でもないが、世界最強イラジャール様ことヴァニッシュは1位である。そうか、だから世界一なのか!やっと分かった!
「……なに?」
「いや、何でもない……どうせまた明後日の方向を考えてるんだろ」
「え、何て言ったの?」
謎が一つ解けてニマニマしていている私を見て、何故かため息をついたイラジャール様。時々、彼は私を見てため息を漏らす。ううむ、きっと気付かないうちに何か粗相でもしてしまったのか……まあ、やっちゃったものはしょうがない。うん、忘れることにしよう。
「所で、どうして急に戦力拡大になった?」
急遽、増えた人員に用意してあった椅子が足りず、第二図書室から埃だらけの机と椅子を持ち込み、雑巾で拭いたりなんだりして、漸く落ち付いた頃、タンクが話を切り出した。それまで沈黙していたアナが、ゆっくりと口を開く。
「私噂を聞きましたの。この学園で、昨年、問題になったサプリと同じ原材料の商品が出回っており、しかも、サプリや化粧品、プロテイン、凡そ多くの商品に混入されている、と」
ここに来るまでに聞かされたアナの話によると、今回、私たちの美容研究部に顔を出したのも、怪しい商品が使われているのではないかと疑ったとのこと。むむ、私が怪しい人物を探る予定だったのに、逆に探られてしまうとは。やっぱり私に隠密行動は向かないかも~。
「去年、具体的にどんな問題があったのですか?」
アナも詳細は知らされていないらしく、詳しい話は聞けなかった。私もイラジャール様から薬や化粧品に注意するよう言われたけど、去年の事件は知らなかった。イラジャール様は、眉を顰め、苦々しい顔をしている。結局、ソードが肩を竦めて話し出した。
「騎士養成クラスの生徒3人が、筋肉増強剤を使って発狂したんだ」
「ええっ?!……それって、どうして?」
「いや、発狂したってのは、違うな。ぶっちゃけ、魔獣化しておかしくなったんだ」
ソードは軽い口調で話すけれど、それは、自嘲する響きもあって、内心、とても辛いのだろう。騎士養成クラスの生徒と言っていたから近い知り合いだったのかもしれない。
「魔獣化って、どうやって?この世界では、魔法もないし、噛まれても殺されても魔獣になることはないですよね?精神を操る魔獣もいないし……」
パトマが考えながら疑問を口にする。ガイラたちも分からないらしく、パトマに同意している。
「その増強剤には、魔獣の核が混ざっていたんだ」
この世界、いやゲームの世界では、魔獣の核の利用価値はない、とされていた。核を使って魔法を使うことは出来ないし、そもそも人間には魔法の素養がない。例え核に魔力が備わっていたとしても、それを使うことは不可能なのだ。だから、冒険者たちは、魔獣を狩っても証拠となる部位を持ち帰るだけで核は基本的にそのまま放置。暫くすると魔獣が復活するので、別の冒険者が狩ったりする。
魔獣の数は増えることがないとされていたので、そうやって自分の能力や戦闘能力を上げていく。時々、凶暴な魔獣が街を襲うこともあるけれど、そんな時は、核を砕いてあちこちにバラ撒いたり隠したりする。すると、復活するのに時間がかかり、街の人たちは安泰。おまけに、別の冒険者たちが隠された核を探すクエストをするなんてことも出来た。
基本的なルールは、この世界でも適用される。けれど、ゲームの中では絶対で不可侵だったルールが、この世界では絶対ではなくなり、人間の思惑次第で変更される。常に進化という名の破壊を繰り返す人間は、この世界でも進化を目指し、核の有効利用を考えるアホが出て来たと言う。
「数年前まで、我が国と隣国の共同で核開発研究所がありましたの。我がチャンドラ家も資金、及び核の提供を致しましたが、最終的に核は利用できない、してはならないという法律ができ、研究所は閉鎖されました」
アナは、憮然とした面持ちでイラジャール様を睨みながら話に加わった。イラジャール様も冷ややかな面持ちで口を開く。
「魔獣の核を利用しないというのは、この世界の理だ。まして、今はまだ世界が安定しない状況。理を蔑ろにして世界を破滅へと進めるのなら、それはそれで構わないぞ。ただ、俺が生きているうちは、全力で世界の理を守るつもりだがな」
イラジャール様の冷徹な言葉に、他の風紀委員のメンバーもアナを冷たく見つめている。状況の読めない私たちは、じっと黙って状況を見守っていた。と、アナも根負けしたという様子で肩を竦めた。
「分かったわ。今はそれで構わない。我が家も大人しく手を引くわ。でも、納得できない輩は少なからず存在するし、今も地下で非合法な研究が続けられているわ。去年の事も、その延長でしかない」
「分かっている。俺もただ手を拱いている訳じゃない。出来得る限りの手は打っているつもりだ」
アナとイラジャール様の間で、ばちばちと火花が散っているよう。ううむ、やっぱりイラジャール様もアクティブな女性が好きかも~なんてボンヤリ妄想していると、タンクが2人の間に割って入った。
「アナ、ヴァニッシュも俺らも今は未成年で学園から出るのも難しい状況だ。だが、あと1年経てば学園を卒業することが出来る。そうしたら俺らの天下って訳だ」
にやりとほくそ笑んだタンクは、その名の通り皇帝の強さがあった。アナも、うっと言葉に詰まり、何故か赤面している。まあ、そうだよねぇ。タンクの目力、半端ないもんねぇ、うんうん。
「じゃあ、卒業までに今回の方をつけないとね」
「では早速、情報交換と行きましょうか、アナ?」
狼狽えた所をべべとリリーに畳みかけられ、アナも渋々といった感じで白状した。
「我がチャンドラ家は、研究所に出資していた関係で、ある程度の研究結果を手に入れることが出来たの。現在では資金を提供していないけれど、それなりの伝手があるから断片的な情報が入ってくる。それによると、研究所では試験段階だった、人間を含む生命体に核を取り入れることに成功したのだとか」
「核を取り入れる、つまり、魔獣化ってことでしょ!」
べべが呆れたという口調で声を荒げる。リリーも、表面的には冷静だが、怒りに満ちた口調で付け加えた。
「魔獣化すれば体力も増大するし、新陳代謝や抵抗力もアップするから傷を負いにくい、また傷を負っても治り易くなる、という訳ね。最も、実際には、去年の生徒たちのように発狂してしまうだろうけど」
「だから、ヴァニッシュは核の利用を禁止したんだ。人体実験が行われる前にな」
ソードも怒りが収まらない口調で吐き捨てる。だが、アナは独り冷静に淡々と説明を続けた。
「ええ、ただし、研究者たちによると去年のはテスト薬、今回、その弱点が改良され、とうとう人体向けの試薬が完成したそうよ。そして、彼らが実験の場に選んだのは学園の生徒たち」
「どうして学園の生徒なの?」
「理由は2つ。先ず、成人した人間より成長期にある学生の方が順応性が高いそうよ。もう1つは、研究所を潰した者たちへの復讐ね」
「つまり学生たちにサプリや薬と称して売りつけ、実験する一方で俺に復讐するつもりか」
アナの話に、イラジャール様も冷徹な口調で自嘲した。束の間、怒りに満ちた静寂が空間を支配する。と、ソードが軽い口調で話を締めた。
「ま、そんな訳で、お嬢さん方、ちょっとでも怪しい薬や化粧品を見たら教えてちょーだい。あと、変な行動をする生徒もいたら教えてね。あ、俺っちの部屋番号を教えておくから何時でも来て良いからね~!」
明るくなった場の雰囲気に、シャンディたちはあからさまにホッとし、その日は解散となった。
「ねーねー、ヴェールさん」
「アニで良い。こんな真昼間から中二病ネームを聞きたくない」
不機嫌そうにルーラことミーナに告げると、ミーナはワザとらしく肩を竦めた。
「所で、なんでここにいる?」
「それはこっちのセリフです~。アニこそ、怪しさ満点なんだけど」
ここ、とは、食堂の業者搬入口そばの植え込みのことである。昨日、薬や化粧品、サプリに注意するよう改めて注意を受けたが、正直、腑に落ちないことがあった。
もし私が犯人、つまり研究者だったら復讐のために薬に混ぜて販売するなんてまどろっこしいことはしないだろう、ということ。復讐ではなく金儲けが目的であれば納得できる。けれど、幾ら薬を販売したって生徒全員が買うとは限らない。寧ろ、鍛錬をさぼって簡単に筋肉増強を狙うアホか、化粧に命を懸ける玉の輿狙いのおバカちゃんくらいだ。
まあ、イラジャール様もショックは受けるだろうが、大した復讐と呼べるほどの打撃ではない。だとすれば、イラジャール様がショックを受けることは何か?そう考えると、ある結論が浮かんだ。
食堂で出される食事に薬を混入すること。上手くいけば生徒、教師を含め凡そ150人が一斉に核を摂取し、魔獣化する。イラジャール様も魔獣化するかもしれないし、しなくてもショックは大きいだろう。と同時に、上手く魔獣化すれば薬の効能もアピールできるのだ。これほど効果的なことはないと思う。
「でも、アナは核を混入した薬やサプリを売るって情報を得たんでしょ?」
私の説明にミーナが納得できないという様子で疑問を口にする。
「それも、こちらを油断させるフェイクかもしれない。イラジャール様たちが生徒や薬に注目している間、食堂はノーマークだから」
「なるほどね~。で、話は変わるけど、アニって『彼の御方』じゃないの?」
ヴほっぉおおぅっ!
「……なんで、そう思う?」
「だって、なんとなく、アニって雰囲気が似てるんだよね~。それに、イラジャール様がアニを見る目が、『彼の御方』を見る目と同じなんだもの。私、婚約者の侯爵令嬢って見たことないけどさ、きっと政略結婚なんだよ。侯爵家と公爵家だもんね」
うう、ルーラ、さすが問題児。野生の感が鋭い……っていうか、どうしてゲームの中のヴァニッシュが『彼の御方』を見る目に愛情があるって分かる?ゲーム画面でそんなの分かんないよね???
「う~ん、その辺りのボケ方も『彼の御方』っぽいんだよね」
ぶつぶつ呟くルーラに、早く説明しろとせっつく。
「ヴァニッシュの事じゃなくて、イラジャ―ル様の前世のこと。アニ、っていうかヴェールだから知らないのかな?」
「何を?」
「イラジャール様の前世は、このゲームの製作者なんだよ。そして、『彼の御方』っていうのは、彼のパートナーのこと」
――――――――え?
予想もしない話に、頭の中が真っ白になる。咄嗟にミーナの言葉が理解できなくて、もう一度尋ねようとした時、ミーナが突然立ち上がった。
「あ、道具屋さんだ!道具屋さん、今日は何か面白い出物ありませんかぁ?!」
ミーナが手を振る先には、業者風の男が3人いたが、突然、呼ばれてぎょっとしている。と、そのうちの1人が手にしていた袋が落ち、中から空になった薬品の瓶が転がり出た。
状況を把握しきれないミーナが凍り付いている間に、男たちが物凄い形相で駆け寄ってきた。ヤバいと感じた私は、ポケットからスライムの核を取り出し、植え込みの下の小さな水たまりに投げ入れたところで、ミーナが掴まり、気絶させられた。スライムの核の存在を誤魔化すため、反対方向に走り始めたが、次の瞬間、私の体が拘束され、視界がブラックアウトした。