美容研究部に入りました。
誤字脱字を訂正しました。内容に変更はありません。
翌朝、私が自分のクラスに顔を出すと人だかりが出来ていた。人だかりのうちの一人が私を見つけ、ひとしきりワイワイした後、中からミーナ・ヴァンサントが押し出された。
「ちゃんとアニに謝りなさいよ!」
「そうよ、女の子なのにあんたの短剣で傷付けられたんだからね!」
「女の顔に傷をつけて、一生かけて償いなさい!」
周りの女子たちが口々に彼女を責め立てた。傷痕は綺麗に治ると校医に言われたので、一生かけて償ってもらう必要はないが、それでも謝罪はして欲しい。私は無言のまま、彼女の前に立っていたが、彼女の強気な目を見て、謝罪する気はないのだと悟った。
「私のせいじゃないわ。イラジャールが私の剣を弾いて、あんたを傷付けたんだから彼のせいでしょ!」
「ちょっと!そもそもあんたが短剣を持っていたせいでしょ!」
「そうよ!なにイラジャール様のせいにしてんの、こいつ!」
イラジャール様を呼び捨てにする彼女に、私も含め、女子生徒たちがいきり立った。ようし、そっちがその気なら、こちらも宣戦布告させて頂きます。
「イラジャール様からは丁重な謝罪を頂きました。私としては、短剣の持ち主からも謝罪を頂くべきだと思いますが、悪いと思っていらっしゃらない方から口先だけの謝罪を頂いても、ねえ?」
「確かに、気持ちが伴っていない謝罪でも受け入れてしまっては、それで事が済んでしまいますわね」
いつの間にか私の隣に立っていたシャンディに振ると、心得たとばかりに辛辣な相槌が返る。他の女子たちも、全員私の味方だ。そりゃそうだ、放課後、メイクや勉強で有意義な時間を共有した私と、授業が終わるなり教室を走り去り、イラジャール様や他の攻略対象者たちを追っかけてる彼女と、どちらの味方をした方が利益を得るか、女はいつだって残酷な天秤を掲げている。
「そもそも次代のナトゥラン公爵閣下を呼び捨てになさるのは如何かと思いますわ。最も、イラジャール様から許可を得ていらっしゃるのであれば……」
「勿論、許可を得ていらっしゃるに決まってるわ!許可なく、上位貴族を呼び捨てにした場合、たとえ未成年と言えども不敬罪に問われること、ご存じでしょうから!」
みるみる青褪めるミーナ・ヴァンサント。え、マジで知らなかったの?それって、どうなの?辺境伯だから教わらなかった?それとも、良くあるゲーム脳でヒロインなら何をやっても許されるとか思ってる?
周囲の女子たちもざわざわし始めた所へ、パトマとガイラがとどめを刺した。
「ご存じないようですから教えて差し上げますわ。不敬罪とは、上位貴族に対し、尊大な態度をとることを指します。呼び捨てにするのは勿論、許可なく、身体に触ることも含まれますの。そして、不敬罪は、本人だけでなく、本人を諫めなかった家族も処罰の対象となりますのよ」
「御身が大切でしたら、今度、イラジャール様に不用意に近づかないことをお勧めします。そもそも、婚約者のいらっしゃる方にアプローチするなんて、品位が疑われますことよ」
あれ、怪しい雲行きに……。
「べっ、別に、イラジャール、様にアプローチなんてしてないしっ!」
あ、敬称が付いた。よし、よし。あ、でもやっぱりイラジャール様が好きなのかな?顔が真っ赤だよ。初々しいね~。
「アプローチしてない、などよく言えたものですわ……では、貴女の髪と瞳の色は、どういうおつもりですの?この世界において、黒は特別な色ですのよ?貴女もシルファーディアンを自称するのであれば、お判りでしょう?」
え、黒って悪魔付きの色でしょ?特別といえば特別だけど、ニュアンスが違う風に聞こえる?周りもそうだそうだと頷いている?
「貴女が学園に入学するまで、黒は『彼の御方』の色でしたのよ?それなのに、学園に入った途端、貴女が同じ色をなさっていて、イラジャール様はとても不快にお思いでしたのよ?」
「本当に。幾ら同じ色をなさっても『彼の御方』に近づけるなんてことは、到底ありえませんのに」
さざ波のように笑いが起こり、ミーナ・ヴァンサントが屈辱からなのだろうか、唇を噛んで俯いた。ちょ、ちょっとやり過ぎじゃあ?
ってか、そもそも『彼の御方』って誰だよ、話の流れからすると黒っぽい人に聞こえるけど、まさか私じゃないだろうね?!ねっ?!
私が、女同士の戦いにおろおろし始めた頃、ミーナ・ヴァンサントがキッと顔を上げて反撃に出た。
「良いじゃないっ!誰だって好きな人の真似したいでしょっ!例え似合わなくたって、近づけなくったって、尊敬する彼の御方と同じ色になりたいって思って何が悪いのっ!どうせ学園にいる間だけしか叶わないんだものっ!卒業したら元の色に戻っちゃうんだものっ!今だけ夢見たって良いじゃないのよぉっ!」
魂の叫びに、周囲の女生徒たちが、いつの間にか口を噤んでしまった。え、っと、好きな人と同じ色って、イラジャール様じゃないよね????
混乱する私をおいて、魂の叫びが続く。
「そもそも私、イラジャール、様×彼の御方より、竜王×彼の御方だものっ!イラジャール、様、なんかより、竜王と彼の御方のカプが好きだものっ!けど、彼の御方とは学園で会えないし、イラジャール、様、に頼んでも会わせてくれないし、竜王様に会って、彼の御方を略奪してもらうために騎士養成クラスを目指したのに落ちちゃうし、もう、最悪~っ!!!」
心の内を全て吐き出した彼女は、タガが外れたかのようにわんわん泣き始めた。すると、周りを取り囲んでいた女子の一人が、ぽつりと囁いた。
「わ、私、魔王×彼の御方が好きだった」
「私もっ!」
「え、私は妖精王とのカプが萌えだった!」
口々に、周囲の女子からイチオシのカップルが挙げられる。え、ちょっと待って。そもそも、『彼の御方』って私か?本当に私なのかっ?!ルーファリスなんてキャラ、ゲームにいなかったよね??
きっと、彼女たちは何か勘違いしてるんだ。うん、きっとそうに違いない。私が知らないだけで、『彼の御方』って黒目黒髪の隠れキャラがいたんだね、うん、うん。
でも、竜王ってあれだよね、黄金の髪に黄金の瞳、衣装も全身キンキラキンの目が痛くなる俺様竜王様だよね?あと、あれ、魔王は黒目黒髪なんだけど、白目の部分も全部黒くて、穴が開いてるような目をした奴だよね?ドS丸出しのヤンデレ魔王。
妖精王は、白金の髪でエメラルドグリーンの瞳で白い衣装がお約束で、三人の中では一番まともな見た目だけど、めっちゃナルシストな王様だよね。一日何回も美しいとか素晴らしいとか愛しているとか褒め称えないと機嫌が悪くなる奴。
うえ~っ、どれもお断りっ!!半径3m以内には近づきたくない人種だ。だったら、イラジャール様の方が何倍もかっこいいよ、うんっ!!と思ったら、私も参戦していました。
「でもでも、やっぱりイラジャール様が良いよっ!なんてったって最強なんだから!」
以前、王妃様が言っていたセリフを引用してみる。人間であるイラジャール様が人外(しかも王様!)に勝てるわきゃあないけど、王妃様が最強って言ったからには何か根拠があるんだろう。なくても、私が如何にイラジャール様が『最強に』可愛かったか力説してみせる!……と、意気込んだのに、何故だか全員が頷いている。え、ナンデ?
「まあ、ねえ。確かにイラジャール様は世界最強だものねぇ」
「やっぱりイラジャール様には誰も勝てないかぁ」
「彼の御方を攫って行くのは、やっぱりイラジャール様なのねぇ」
……どんだけチートなの、イラジャール様っ!!ミーナ・ヴァンサントもあれだけ竜王オシだったのに、あっさり受け入れてる。いいのか、それでっ!!
一時は、女同士の戦争勃発かと思われたけれど、無事にイラジャール様最強ってことで収束しました。ミーナとも誤解が解けてお友達になりました。ってことで、え~今は、美容研究部立ち上げに協力しています。本当は、ミーナもメイクや勉強でクラスメイト達と、うふふあははしたかったらしい。
メイクを覚えたミーナは、うちのクラスだけでは勿体ない!すべからく女性は美しくなければ!と拳を突き上げ、あれよあれよとクラブを立ち上げることになった。ミーナってもしかしてガールズラブなのか?イラジャール様を呼び捨てにする一方で、同じ色にしちゃうくらい『彼の御方』が好きらしいし……ま、まあ、個人の趣味は自由だよね、うん。
さて、今は美容研究部への勧誘チラシを配ってます。部長は勿論、ミーナがなった。だって、クラブの立ち上げまで怒涛のごとく、凄まじい勢いだったから誰も止められなかったよ。そして、文官養成クラスの女子全員が部員になったのも止められなかった。
「放課後、体験入部をやってます~。良かったら来て下さい~」
ここ数日、校舎の入り口でチラシを配っている。私たちは同級生の校舎だが、ミーナや他の積極的な女生徒たちは、上級生の校舎にも出没しているらしい。まあ、こんな時でもないと攻略対象者たちに会えないもんね。みんな、すごい積極的!
「一枚、頂けるかしら?」
「あっ、はいっ!一枚と言わず何枚でもっ!」
目の前に、菫色の髪をした眼鏡美人が立っていた。うわぁ、ラピスラズリ色した瞳が大人っぽい~っ!緩めに編んだお団子が大人の色気を醸し出しているって思ったけど、ここは1年生の校舎だよね?同じ歳?ってか、同じ14歳っ?!
ぽけっとしながら眼鏡美人の後姿を目で追っていると、シャンディとガイラが横から声をかけた。
「あの人、サヴィ・チャンドラよ。貴族じゃないけど、王都でも指折りの豪商で下位貴族よりよっぽどお金持ちなの。なんか病気で一年遅れているらしくて15歳なんだって。確か花嫁養成クラスにいたと思う」
「噂だけど、クラスの人たち相手に色々商売しているみたいよ?美容研究クラブでも化粧品とか売る気じゃないかしら?」
ガイラの予想は半ばあたり、放課後、行われた美容研究部はサヴィ・チャンドラの独壇場となった。化粧品と言わずサプリや薬の試供品を山ほど配ったのである。誰もかれも、美しくなれる上、無料という試供品に飛びついた。
「いくら試供品とはいえ、あれほど多くの商品を配ってしまって大丈夫ですの?」
もうメイクどころではなくなったため、私はそっとため息をついてチャンドラさんに話しかけた。
「どうってことないわ。化粧品やサプリは継続する商品だもの。1回気に入って貰えたら何度も購入してもらえるし、実家の商会が独占販売しているから損はしないわね。シスレーさんも何か購入していただけるかしら?」
「私は、肌が弱くて決められた商品しか使えないの。ごめんなさい」
「まあっ、肌の弱い方にうってつけの商品もあるのよ。ぜひ、ご覧になって」
チャンドラさんは商人の娘だけあって、ぐいぐい攻めてくる。ううむ、どうするべきか……と悩んでいたら、後ろから聞きなれた声がした。
「お話の途中、お邪魔しても宜しいかしら?私欲しいお薬があるのだけれど」
声のする方を見るとべべとリリーが笑顔で立っていた。麗しい上級生の登場に、その場にいた誰もが黄色い声を張り上げる。
「私、殿方を惚れさせる薬が欲しいのだけれど、チャンドラ商会では扱ってないかしら?」
うわ、べべさん、直球ですね。
「モナ・シュプース様、生憎、当家は、健全な商いをしておりますので……そもそも惚れ薬などゲームの中の空想に過ぎないのでは?」
「この世界こそがゲームの世界ですわ。現にリザンの毒は存在しているのを確認しましたし……」
べべってモナ・シュプース伯爵令嬢だったのか。この間の委員会ではHNしか教え合わなかったから知らなかったよ……なんて感想はさておき、毒と聞いて、周りの女生徒たちがザワついた。
リリーは態とリザンの剣とは言わず、毒と言った。ミーナの件でこれ以上の波風が立つのを避けてくれたのだろう。それでも、ミーナは青褪めたし、チャンドラさんは、平静を保っている。
「リザンの毒ならば、当家でも手に入りますわ、勿論。ただ、惚れ薬となると、相手が限定されますでしょう。万人に同じような効き目がある毒と違い、特定の人物だけというのが現実離れしていますわ」
「リザンの毒があるなら、え~何だったからしら?何とかいう実が、確か……」
(ク・ス・ト・ス)
惚れ薬の原料となるクストスの実を忘れたらしいべべこと、モナに教えるべく、小声で助言したのに、べべは、がっちりこちらを向き、声に出してしまっていた。
「ええ?……あ、そうそう!クストスよ、クストスの実!」
「まあ、アニラ・シスレー様、クストスの実をご存じとは博識ですこと!」
当然、分かるよね。うん。そして、うっかり屋のべべらしい失態に、リリーが頭を抱えている。まあ、いいやもう。
「クストスの実をつぶした果汁をラーマナルに塗って干したもの、それに赤のスパイスを煎じて飲ませると出来上がり、でしょ?」
スパイスとは、実は血液だったりする。その惚れ薬を飲んだ人は、血液の持ち主に惚れてしまうのだ。万が一にも悪用されると困るから口に出しては言わないけれど、聡いチャンドラさんは理解したようだった。一瞬、驚きに目を見開くが、直ぐに妖艶な笑みで誤魔化した。
「アニラ・シスレー様、失礼ですが、どちらで薬学を学ばれたのでしょう?」
まあ、突っ込まれるよね。普通の子爵家で育った14歳が知ってる訳ないもん。でも、質問には質問で返す!これ、基本。
「チャンドラさんこそ、ご実家が商家と言えど惚れ薬の作り方までご存知とは、どなたに師事されたのでしょう?」
何気ない質問だった。私の素性を突っ込まれないための。しかし、チャンドラさんは立派とは言えない、こほん、いえ、未だ発展途上の胸を反らし、得意げに答えた。
「私、準騎士トバリ様に師事いたしましたの。彼の方は、それはもう素晴らしい知識をお持ちでいらっしゃったのよ。今頃、どこで戦っていらっしゃるのかしら」
ヴほっぉおっ!
思いっきりむせたが、べべとリリーは堪えきれないといった様子で吹き出している。あ、やばいと思った瞬間、べべがトバリの正体を暴露した。
「ヴェールは、戦場にはいないわよ。だって、ここにいるからね!」
べべが私の背後から肩を掴み、チャンドラさんと向き合わせる。う、裏切者~っ!と背後を恨めし気に睨んでいたら、どんと衝撃があった。見ると、チャンドラさんが抱き付いていたのである。
「やはりヴェール様でしたのねっ!赤のスパイス、などと洒落た言い回しをされる方は他に存じ上げませんもの!ああ、このような場所でお会いできるとは、なんて幸運なことでしょう!前世からお慕い申し上げておりました!」
「……やあ、アナ。久しぶり」
私は、観念してチャンドラさんのHNを口にした。彼女の二つ名は、ヴィンディクティブ(Vindictive=執念深い)アナだ。ゲームの世界で、ヴェールの行く先々に現れた彼女のしつこさは骨の髄まで理解している。並みのストーカーでは太刀打ちできないほどだ。けど、まあ、悪人ではない。
今も、感極まって鼻水を垂らしながら抱き付いてくるところなど、迷子になった子犬が頭をすりつけて泣いているようで、昔からアナには弱いのだ。今の私より大きいアナは、子犬というより獰猛な大型犬だけど、その忠誠心は相変わらずのようだ。されるがままに頷いている私に、べべとリリーが面白そうな目を向けた。
「あの主人以外には、魔王も裸足で逃げ出す極悪非道なヴィンディクティブがねぇ」
「ヴァニッシュも苦労するわね。端で見ている分には面白いけど」
なんて、2人が囁き合っているのは全然知らなかった。まあ、知っていたとしても私に出来る事はなかったけれど。