風紀委員になりました。
その後、イラジャール様とゲームの話で盛り上がったが、やっぱり薬の影響が残っていたみたいで、気が付いたら朝だった。イラジャール様は、寝ずに、様子を見てくれたみたいで、貫徹のまま爽やかに教室へ向かっていった。やっぱり攻略対象者は、完璧だね!
私は、入れ違いに入ってきた校医に診て貰い、しびれが抜けていることを確認して貰ったが、大事をとって今日一日、寮の自室で休むよう言われた。
さて、その翌日の放課後。私はイラジャール様に呼び出され、第二図書室にいた。この学園の第一図書室は、国中の書籍を全て網羅しているんじゃないかってくらい蔵書があり、教室棟と別に6階建ての建物に所蔵されている。学園外部の人も利用しているらしい。
ぶっちゃけ、教室棟の端っこにひっそり存在している第二図書室の存在は知らなかった。入学した時のオリエンテーションでも行かなかったし、校内案内図にもなかった。事前にイラジャール様に場所を聞かなければ辿り着けなかっただろう。
そんな怪しさ満載の第二図書室内部は、それほど広くはなく、何年も掃除していないような埃をかぶった本棚が陳列していた。ただ、本だけは棚にみっちり並べられているが、埃や汚れで背表紙の文字も良く読めない状態で、いくら本好きな私とはいえ、ぶっちゃけ虫やダニの温床になっていそうな本に手を伸ばす勇気はなかった。結果、ぼうっと立っていると、開きっぱなしにしていたドアからイラジャール様が入ってきた。
「お、早いな。ちょっと待ってろ。今、開けるから」
何を?と思っていると、イラジャール様は壁際の本棚へ近づき、比較的綺麗な一冊を手に取った。すると、カチャと音が仕立てかと思うと、イラジャール様が本棚を横にスライドした。と、中から地下へ降りる階段が現れた。ふおっ、忍者屋敷っ!
「第二図書室には色々仕掛けがある。ここにある本は、殆どが仕掛けを隠すダミーだ。おいおい教えるから、勝手にあちこち触るんじゃないぞ」
イラジャール様が手に取った本を見ると、木で出来ていて下の方に重みがある。この重りをどかすと、ドアの鍵が開く仕組みになっているのか。ふむふむ、と頷きながら本棚の鍵の仕組みもしげしげと眺める。何か言っていたイラジャール様は、深いため息を吐いて、私の首根っこを掴むと地下の階段を下って行った。
階下には、男性4人、女性2人の学生が待っていた。いずれもキリっとした顔つきで、筋肉のしっかりついた体格から全員騎士養成クラスなのだと分かった。
「ヴァニッシュ、遅えぞっ!」
「あれ、その子って……」
水色のウェービーヘアをした一番チャラそうな男子生徒が不機嫌そうに声を荒げる。続いて、その隣にいた緑の髪を長いポニーテールにした女生徒が、私を見て、微笑んだ。それにしても、ヴァニッシュって嫌な予感。
「そうだ。昨日、話しただろう。新しく風紀委員に入るヴェールだ」
「まさか、ウィアードヴェール?!」
「嘘だろっ!こんなガキがっ?!」
恐らくは6人とも風紀委員なのだろうか。彼らが一頻り騒めく中、私はかつての中二病の二つ名をバラされ、逃げ帰りたくなった。まあ、イラジャール様が相変わらず首根っこを掴んでいたから叶わなかったけど。
「俺は、タンクだ」
騒ぎに加わらず、後ろでじっと静観していた大柄な男性が口を開いた。
「もしや、エンドッペルッ?!」
「おう、久しぶりだな、ウィアードヴェール」
タンクことエンペラータンクは、『皇帝の戦車』の意味で、彼の戦いぶりは、文字通り、ひたすら前進する最強の戦車だった。HNはエンドッペルだが、誰も呼んでいるのを見たことがない。しかも、彼の風貌は、ゲームの中のアバターそっくりだった。銀髪に白い目とは、中二病もここに極まれりだろう。
内心、様々な思いが去来していたが、甲高い女性の声で現実に引き戻された。
「次は私ね!タンク、ちょっとどいて!邪魔だから!……ねえねえっ、私、誰だか分かる?」
峰不〇子ばりのナイスバディを魅せつけながらストロベリーブロンドの美女が妖艶に微笑む。うわぁ、彼女もアバターそのまんまだったりしている。
「ベベ……相変わらず」
「いやんっ!見かけは可愛いのに、中身はヴェールのまんま!そっけないぃ~っ!」
けど、そのギャップが良いっ!と悶えているbebeこと、『ダイナマイトbebe』は、文字通り、ボディもダイナマイト、性格もダイナマイトばりの破天荒を意味している。それでも、甘い顔立ちと舌足らずの彼女は、ベベ(赤ちゃん)の愛称で親しまれているのだ。
他の面々も、全員、二つ名持ち、かつ、イラジャール様、いや、ヴァニッシュのパーティにいた奴らばかりだった。他の4人、『アイスバーグソード(氷山の剣)』、『ブレイズババール(火炎のライオン)』、『ギルグルディブク(輪廻の悪魔憑き)』、『ブッチャーリリー(屠殺者リリー)』は、アバターそのものではないが、そもそも彼らのアバターには無数の傷跡や火傷痕、刺青があったから、十代の貴族の子弟にある方がおかしいだろう。
私は一頻り、面はゆい気持ちになりながらも、かつて一緒に戦った仲間たちと邂逅を温めた。みんな、見かけは変わっても、中身は全然変わってないことに気付き、自分でも驚くほど打ち解けて話が出来た。
「さて、昔の話はそれくらいにして、ヴェール、風紀委員の業務について何か知っているか?」
前世ではろくに学校へ通えず、今世でも通い始めて数か月といった新米学生が知っている筈がない。素直に首を横に振る。かつてパラパラと目を通したことのある小説や漫画では、髪形や制服のサイズを取り締まっていたらしいが、ここでは意味をなさない。そもそも、風紀委員の面々が様々な髪形や制服の改造を行っているのだから。
それぞれに、改造された制服をオーダーメイドのように着こなしているメンバーを見るともなしに眺めていると、イラジャール様が説明してくれた。
「ミーナ・ヴァンサントは、リザンの短剣を持っていた。だが、阿呆は彼女だけじゃない。どいつもこいつもゲーム気分を引きずって次から次へと怪しげなアイテムを持ち込む。我々、風紀委員は、それらを没収、管理している」
「これ、今までの戦利品」
真っ直ぐな長い緑の髪をポニーテールにした可愛らしい姿のブッチャーリリーが、分厚い目録を手渡してきた。さっと目を通しただけでも、怪しげなモノが満載だった。
「基本的にはスライム系、トカゲ系の核が多いな。あとは、ゴーレム系……ドラゴンの核?」
「勉学に関係ない怪しいものは、真偽を問わず全て没収している。無論、卒業時には返却を申し出るように言っているがな」
ドラゴンの核を没収したのは8年前で返却されていない所をみると、偽物なのだろう。あ、没収したものは、生きている本体じゃない。核と呼ばれるエネルギー体である。騎士養成クラスの生徒から取り上げたものが多い。恐らくは、剣を握りたての小僧っこたちが、何匹モンスターをやっつけたか自慢するために持ち歩いて没収されたのだろう。
それが、どれほど危険なことかも分かれずに。
例えば、ブルースライムをナイフで切り裂くと中から水色をした石が出てくるが、この石は、この時点ではまだ仮死状態で、水をちょっと垂らせば直ぐに復活するのだ。ポケットに入れていたら、スライムが復活してしまった!なんて話は冒険者たちの間では笑い話に過ぎないが、貴族の箱入りお坊ちゃまたちには笑えない傷が残ってしまう。スライムは、ぷよぷよして見かけは可愛いが、酸を飛ばすので、制服が溶かされ、足は大火傷を負うだろう。
最も、きちんと処理や管理をすれば問題ないのだが、没収された品はいずれも剥き出しのままの核だったらしい。何しろ他人に見せびらかすために核を持ち歩くような危険を知らないガキンチョたちである。風紀委員がどれだけ取り上げても年に1度や2度、スライムで火傷したり、トカゲに噛み付かれるアホが後を絶たないそうだ。
いずれにせよ、騎士養成クラスのアホだから、私にはどうにも出来ない気がしてきた。だって、騎士養成クラスとの共同授業もないし、私の非力な腕で騎士予備軍たちから核を没収することなんて無理じゃない?
「ヴェールに探って欲しいのは、花嫁養成クラスだ」
そう言って目録の後半を見るよう言われた。
「惚れ薬、媚薬、しびれ薬、洗脳薬……暗器に毒薬まである」
「男子がスライムやトカゲのチンケな石を自慢している間に、女子は殺し合っているというのが凄いわよねぇ。いっそ、花嫁養成クラスを暗部養成クラスに変更したらどうぉ?」
べべが甘い口調で辛辣な意見を述べるのに軽くうなずき、イラジャール様が口を開いた。
「ヴェールは文官養成クラスだから、花嫁養成クラスと合同授業があるだろう。その時に怪しそうな人物がいたら知らせて欲しい。証拠をつかむのと実際に没収するのは、俺たちがやるから」
「えっ!ヴェールちゃん、騎士養成クラスじゃないのっ?!」
アイスバーグソードと紹介された水色のウェービーヘアを肩まで伸ばしたチャラ男が、驚いた声を挙げた。なんだ、私が文官ってそんなに似合わないのか?ふと、周囲を見ると驚いた顔が並んでいる。
「文句ある?」
「……い、いや。ってか、そもそも何でヴェールちゃん、騎士養成クラスじゃないの?」
周りも、うんうんと頷いている。イラジャール様がいる前で迂闊な説明は出来ない。冷や汗をかきながらしどろもどろに口を開く。
「前世も女だったから今世も女で良いか、と。正直、ゲームのアバターになるのは……」
「ま、まあねっ!ヴェールのままの姿で学園にいたら通報されるわよねぇ」
「え~?!俺としては、十代のヴェールは美少年で、その後、世間の荒波に揉まれた果てに、ああなっちゃったって話に萌えたのに~っ!」
それから、べべとソードの2人がヴェールのヴェールを暴く!とか言って、それぞれの勝手な妄想を語り出した。生まれは、お金持ちのお坊ちゃんで、誘拐されて盗賊の仲間になり、盗賊団が捕まったのだが、親代わりに絆されていた盗賊が命がけでヴェールを逃がすのだが、結局、掴まって生家の親と対面するも、既に家族と馴染めず、ソロの冒険者となる!的な話を延々、展開していた。
私はというと、イラジャール様、他2名から、媚薬等の薬以外に美肌やニキビに効果のある化粧品、ダイエットに効果のあるサプリに注意するようレクチャーを受けた。特に、少量でも効果が大きい商品には留意して欲しいと。
それなら文官養成クラスで流行ったメイクアップ教室を花嫁養成クラスにも流行らせたら良いのかも。そんなことを考えていると、イラジャール様がぽつりと呟いた。
「この世界にも携帯かスマホがあれば、直ぐに連絡が取り合えるのになぁ」
「電気は出来ましたからね。ただ、基盤を作るほどの技術がまだ……」
そうそう。この世界は魔法がないからなのか、電気がある。勿論、どこかの転生者が地球の知識を生かして作ったのだが、今だ照明や洗濯機など単純構造の家電どまりで携帯が普及するには時間がかかりそうである。
「あ、じゃあスライムの核を使えば?」
「スライム?」
私がその昔、この世界で孤児だった頃、自警団の人に教わったやり方だ。保管庫から出してきて貰ったスライムの核をリリーから受け取り、パキッと半分に割る。そして、1つをイラジャール様に手渡し、残りを私が持つ。そのまま、私はイラジャール様から離れ、テーブルに置かれていたポットの中に核を落とした。
「うわっ!!」
途端に、イラジャール様の持っていた核がポットへ吸い寄せられる。
「核を放してっ!」
イラジャール様が手を開くと、磁石に吸い寄せられるように核がポットへ張り付いた。私がポットのふたを開けると、待ってましたとばかり核がポットの中へ飛び込んでいく。暫くして完全体になったスライムがポットから飛び出してきたので、ポットの横に置かれていたナイフを取り上げ、さくりとスライムを切り裂き、核の状態に戻した。
「え、今、何が起こったの?」
「核の分裂融合か」
いつの間にか、みんなが私の周りに集まり、説明を聞きたがった。あれ、自警団の人が知っていたから常識だと思ったんだけど、違ったらしい。
「核は、消滅しない。粉々にすればするほど復活するのに時間がかかるだけで、いずれは元に戻る。というか、戻ろうと呼び合う。だが、核のままでは時間がかかる。そこで半分だけ元に戻してやると呼び合う力が一気に強まる」
孤児だった頃、仲間の子供たちを攫われるんじゃないかと心配した私に、2人一組で核を持ち合うよう教えてくれたのは誰だったか。辛うじて攫われることはなかったが、迷子になる子供は多かったので役に立ったのを覚えている。
勿論、そんな過去は話せないので、子供の頃、家に来ていたオッサンから聞いたというような作り話をした。みんな面白がって実験していたが、最終的にタンクとリリー、ソードとべべ、ババールとディブク、そして私とイラジャール様が組むことになった。
怪しい現場を見つけた時、相手に居場所と緊急性を知らせるためのものだ。
あれ、イラジャール様から逃げないといけないんだっけ?どうして、反対に近づいているんだろう?!まあ、多分、分からないよね、うん。大丈夫。