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私、乙女ゲームのモブですから、好きに生きていいですよね?!  作者: 春香奏多
A面 ~ルーファリスの災難~
18/68

ゲームの話をしました。

 生まれて初めての学生生活は、予想以上に楽しくて、毎日が充実していた。クラスメイトたちとは、一緒に勉強したり、遊んだり、悪戯したり、ご飯を食べたり、何をしても面白くて、ずっと笑っていた。笑い上戸のアニと言われることさえ面白かった。


 だって、明日のご飯を心配しなくても良いし、高位貴族のお嬢様としての仮面をかぶる必要もない。ただのアニとして生きていられるのだ。だから、教室の窓の外で、ミーナ・ヴァンサントがイラジャール様の腕に縋りついていても、喜んで祝福してあげられる、はず、なのだ。断じて胸が痛まない、はず、なのだ。


「まったくもって彼女は、我がクラスの恥さらしね」

「本当に。イラジャール様が嫌がってるの、分からないのかしら?」

「寧ろ、分かっていてやっているのでは?」


 いつの間にか、私の両脇にシャンディとパトマ、ガイラが立っていて、窓の下、中庭で繰り広げられる光景を見てそれぞれに悪態をついた。


「え、と。好き合っている者同士の戯れ、とか?」


 私が躊躇いがちに言うと、3人は束の間、目を合わせ、爆笑した。


「やだ、アニったら!あれが恋人同士のやり取りに見える?」


 窓の下に目をやると、イラジャール様がミーナ・ヴァンサントの腕を振り払った所だった。刹那、腰に下げていた剣を抜き、彼女に突きつける。と、彼女もどこからか短剣を取り出し、受け止めた。だが、現役の騎士たちとも対等に勝負できるチートなイラジャール様に勝てる訳がない。


 瞬く間に短剣は弾かれ、窓から見ていた私の頬をかすめ、天井に突き刺さった。


「きゃっ、やだっ!」

「大丈夫っ?!アニっ?」

「ちょっと血が出てるっ、大変っ!」


 頬に手をやるとぬるっとした液体が手についた。血?っていうか、これ、は……。そこまで考えた後、ぐらりと視界が揺れ、意識がブラックアウトした。





 目が覚めると、真っ白な部屋にいて、ベッドに寝かされていた。ここは、どこ?と首を巡らすと、水の入ったコップが差し出された。コップを視線で辿っていくと、凍てつく氷のように無表情なイラジャール様の顔があった。


 公爵家にいる時と、纏う空気が全然違うよっ!正直、怖いよっ!女の子たちも逃げていくよっ!


 ホラーな意味でドキドキしながら上体を起こしてコップを受け取る。喉がからからに乾いていたので一気に飲み干そうとコップの縁に口をつけた。が、水は口の中へ入らず、唇の端からだらだらと零れてしまった。手もぶるぶる震えている。おやぁ、あまりの怖さに緊張しているのかな?


「弾いた短剣が当たるとは思わなかった。すまない」


 濡れたコップを取り上げられ、代わりに乾いたタオルを手渡しながら、イラジャール様が頭を下げた。だが、彼が謝る必要はない。寧ろ、短剣の持ち主が謝るべきだろう。そう思い、他に誰かいないかきょろきょろする。


「ミーナ・ヴァンサントは寮の自室で謹慎している。知っていると思うが、学園の規則で、校内は武器を持ち歩いてはいけない事になっている。騎士養成クラスの生徒も、授業以外で持つのは違反とされる」


 え~と、イラジャール様が最初に剣を突きつけましたよね?それはオッケーなんでしょうか?


 私がまじまじ見ていると、イラジャール様は苦笑しながら水滴を拭ったタオルと交換にストローを刺したコップを渡してくれた。う~ん、やっぱりイラジャール様、良い人だね。私がストローを咥え、思う存分、喉の渇きを潤すのを待って、話し始めた。


「俺は、剣術の授業が終わって闘技場からロッカーへ剣を戻しに行く途中だった。まあ、言い訳だな。本来は、武器を所持していない筈の相手に剣を向けたんだから」

「でも、彼女は武器を持っていました。しかも、何か塗ってありましたよね、刃に」


 イラジャール様は、一瞬、驚いたように目を見開いたが、直ぐに頷き、しびれ薬が塗ってあったのだと言う。ここは保健室で、解毒剤を打ったので問題ないが、今夜一晩は多少のしびれが残るかもしれないとのこと。


 さっき水を飲もうとして零したのは普通じゃないと思った。前世で麻酔を打たれた後のような感じに似ていたから。それにしても、ナニユエ、しびれ薬を塗った短剣を持っていたんだろう。もしかして、刺客とかスパイとかなのかもしれない。騎士養成クラスにターゲットがいるから、騎士養成クラスに入りたかったのかな?


 う~む、妄想はそれくらいにして、窓から見える景色は、とっぷり日が暮れ、時計を確認するまでもなく、授業が終わったことを示している。とりあえず、起きて寮へと戻らねば。手足の先端が若干しびれている感じはあるものの、何とか歩けそうである。


「無理するな。今夜はここで寝ていろ。校医の許可も取ってあるし、今回の件は学園長から親御さんへ連絡も入ると思う。それとも、学園にいるのは嫌か?親御さんにでも迎えに来てもらうか?」

「だ、大丈夫ですっ!!う、家は遠いし、私ももう平気ですっ!!」


 問題ないと力こぶを作ってみせる。全然、盛り上がらない筋肉だけど。それより、迎えに来る親なんていないのがバレたら大問題だ。学園長からの連絡だって、アラハシャが上手くやってくれていると信じたい。だって、下手するとミーナ・ヴァンサントより大ごとになるかもしれない。名前も身分も偽っているのだから。


 っていうか、イラジャール様が傍にいる方が問題っ?!そもそも、イラジャール様に見つからないために偽っているんだよねっ?!え、もしかしてもう身元、バレてるっ?!い、いや、大丈夫!だって髪も瞳も違うし、話し声だって聴いたことないよね?公爵家に来た時は、もう声が出せなかったもんね。


 よしっ!話を逸らそうっ!


「え、えっと、ヴァンサントさんは、どうして短剣を持っていたんでしょうか?しびれ薬っていうと、リザンの短剣だったり……って、そんな訳ないですよね~っ!あははっ!」


 リザンの短剣というのは、ゲームに登場するアイテムの一つで、体がサル、頭が二頭のヘビ『リザン』という魔獣の体液を塗り付けた短剣でドラゴン退治の必須アイテムだ。でも14歳で、騎士養成クラスに入れなかった小柄な女の子がリザンを倒すことは出来ない、と思う。多分。


 まして、ドラゴンを倒すなんて出来る筈がない。自分で言葉に出してみると、改めてありえない感が半端ないので、後半は笑って誤魔化した。ええ、自分でも荒唐無稽な発想だと分かっているので、そんな冷たい目で見ないで下さい~っ!泣きますよ、本気でっ!


 イラジャール様の視線が居たたまれず、と言って、何も言わないイラジャール様に恐る恐る視線を向けた。すると、イラジャール様は、もの凄く腹黒そうに、ニヤリと口の端を上げた。


「ご明察。ヴァンサントは、リザンの短剣を持っていた。勿論、自分で狩った訳じゃない。この世界にも、ゲームの世界同様、何でも調達する道具屋がいるからな」


 基本的に、RPGのようなストーリー性のあるゲームでは、道具屋の存在は欠かせない。例えば、モンスターは簡単に倒せては面白くない。かといって、難しすぎては行き詰ってしまう。それを打開するには、能力ではなくお金で解決!という訳だ。特に、ネットゲームになり、モンスターが登場するようになってからはプレイヤー同士のアイテム売買が盛んだった。私も土地転がしならぬアイテム転がしをしてたなぁ。だって、時間とお金だけはあったから余分なアイテムが山ほどあったしね。


「でも、リザンの短剣はドラゴンを倒すのに有効ですけど、リザンの短剣だけじゃあ倒せませんよね。かといって、リザンの短剣を単体で持っていても意味ないですし……」


 実は、単体でもリザンの短剣は使い道がある。但し、正統ではない裏仕様というヤツで、大抵の人には必要のないものだ。私が無理矢理ひねり出したものなので、知っている人も多くはない筈だ。あれやこれやで、うんうん唸っていると、ふと視線を感じて目を上げた。


 イラジャール様が、にやにやしながら私の百面相を眺めていた。


「お前、名前は?」

「……アニラ・シスレー、シスレー子爵の……」

「違う。ハンドルネームだ。それだけ知識が詳しければ、騎士もやってたんだろ?」


 ゲームをハンドる名前……勿論、ある。幾つか使い分けていたので、ぶっちゃけ、騎士のキャラクターも持っている。一番使っていたのは、公爵様押しだったヒロインキャラ。けれど、ヒロインは、正統派の騎士なので基本的に剣技と体技をひたすら高めると同時に、美しさだの優しさだの治癒能力だのも磨かなければいけない。それ故、どうしても他の戦闘キャラに比べて能力の限界が低い。まあ、ヒロインがムキムキマッチョだとマズいもんね。


 でも、長時間ゲームをやっているうち、バグというかシステムの落とし穴を見つけて、それを利用した戦闘狂キャラを作った。そのキャラは、あくまでゲームの中だけで、オフ会やコスプレ大会などでも決して出さなかったから、公爵様押しのヒロインキャラと怪しい戦闘キャラを同じ人物がプレイしているとは誰も知らない、と思う。多分。


「やっては、いましたけど、下っ端も良いとこで、きっとイラジャール様はご存じありませんよ?」


 言いながら、イラジャール様にもハンドルネームがある筈だと思い至った。イラジャール様の前世が、誰だったかなんて、やっぱり思い出せないけれど、ゲームに関連したハンドルネームなら分かるかもしれない。そう考えたのが聞こえたかのように、イラジャール様が口を開いた。


「俺は、かなり詳しいぞ。ランキングの上位者なら全員そらんじることが出来るからな。因みに、俺は、聖騎士ハクだ」

「げえっ!!狂戦士バーサーカーのヴァニッシュ!!」


 思わず、叫んでしまってから慌てて口を手で押さえた。イラジャール様が、苦虫を噛み潰したような顔をしている。ヤバい、ヤバいっ!狂戦士ヴァニッシュの機嫌を損ねるのは得策ではない。


 余談だが、ゲームの中では騎士にもランクがある。一般的には正騎士だが、正騎士から更に出世すると聖騎士となる。聖騎士になれば、大抵は二つ名を持つほどの有名人だ。聖騎士ハクも例外ではない。


 ハクというのは、色の『白』から来ている。白く消えてしまうように動きが速いことから、英語のVANISH=消える、見えなくなる、消滅させると連想され、付いた通り名が狂戦士ヴァニッシュだった。改めて説明すると、すげえ中二病っぽい。が、ゲームの中なんて多かれ少なかれイカレている世界だ。


 しかし、目の前に座る端正な貴公子が狂戦士だったとは、世の中、分からないもんである。


「俺も白状したんだから、お前も観念しろ」

「うう、……私は、準騎士トバリです」


 イラジャール様が知らないことを祈ったが、天は私を見放したようである。イラジャール様の面白いオモチャを見つけた子供のように目が輝いた。


「ほう、ウィアードヴェールか」


 うえぇ、やっぱり知ってた!くそっ!そうだよっ!正騎士にすらなれない準騎士のヴェールだよっ!聖騎士様の足元にも及ばないねっ!


「何を謙遜する?ウィアードヴェールが、態と準騎士のままだったのは有名な話だぞ」


 ゲームの中では、出世する度に色々なスキルが使えるようになるが、逆に言えば制限も大きくなる。例えば、小技が使えなくなり、大技を使うには体力や攻撃力、レベルの消耗が激しくなる。


 そこで私が考え出したのは、小技でアイテムをバシバシ使い、最大限の必殺技を繰り出すというもの。高価なアイテムやレアアイテムほど攻撃力も高くなる。しかも、体力の消耗は最小限で済む。要は、魔法のない世界ゲームの魔道具代わりという訳だ。


「そんな使い方をするから、ウィアードヴェールと言われるんだ」


 ウィアードは、英語のWEIRD、気味の悪い、神秘的な、奇妙な、といった意味がある。帳=ヴェールもふわふわしていて実態が掴みにくいことから、怪しいヤツ的な意味の通り名がついた。キャラの風貌もタコ入道的な大男で常にフード付きマントを目深に被り、基本、ソロプレイヤー。どうしてもパーティを組む時も必要以外は言葉を発さないという名前に恥じない?キャラを演じた。


 対するヴァニッシュは、一言で言えば白狼のイメージだ。白い髪をなびかせ、2mの大男が体重を感じさせない軽やかな動きでバッサバッサ剣をふるう姿は、騎士たちの憧れの的だった。騎士というからには、勿論、男性。野郎ばっかり。まあ、私みたいに女性のプレイヤーが男性キャラを動かしている場合もあるが、それでもヴァニッシュは女性受けする顔ではなかったし、ゲームの中で女性といちゃつくこともなかった。


 時々、彼のパーティに加わることがあったので、正直、付き合い易いヤツだと思っていた。彼のパーティメンバーも面白い人ばかりだったし。一度だけ彼からパーティに加わらないかと誘われたことがあったが、彼らの周辺は常に人だかりで、彼の狂信者が多かった。結果、私と合わない人たちも多く、その辺が面倒になって、結局、ソロのままだった。


 ちょっと昔のショッパイ思い出に浸っていたら、イラジャール様から肩を揺すられた。


「……いっ、おいっ、戻ってこい。聞こえるか?!」

「はっ!すっ、すみませんっ!え~と……?」


 イラジャール様は、端正な顔を歪め、はあっと溜息を吐いた。すっ、すみませんっ!イラジャール様をないがしろにした訳じゃないんです!というか、昔のイラジャール様のキャラを思い出していただけだから厳密にいうとイラジャール様の事を考えていたとも言えますよねっ?!


 必死に言い繕って米つきバッタのように頭を下げていると、ストップと言われた。


「じゃあ、詫びとして風紀委員に入るってことで良いな?」

「……うひゃぁあっ?!」


 ニヤリと腹黒そうに笑うイラジャール様に、頭が一瞬、真っ白になった。次の瞬間、間の抜けた声を挙げたのは不可抗力だよね?


ゲームのプレイ方法は、あくまで小説の設定ってことで、さくっとスルーして頂けると助かります。実際にはありえないとか、具体的にどんな戦闘なのかとか思われるでしょうが、ゲームや戦闘がメインの話ではありません。あくまで恋愛小説!なので、その辺、宜しくお願い致します。<(_ _)>

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