人生初のお友達が出来ました。
読み直したら、ジャイダル家は兄と妹の2人という設定でした。シャンディの設定を変更します。
昼休みが始まるチャイムと共に、ミーナ・ヴァンサントは、淑女にあるまじき音を立てて足早に教室を出て行った。
ミス・ジャイダルが、呆れたように片方の眉を吊り上げたが、授業初日だと思ったのか何も言わずに退室した。2人の退場で、クラスメイト全員がふうっと詰めていた息を吐き出しのは正当な行為だろう。
「貴女も、初日から災難だったわね」
背後からクスクス笑いながら声をかけられ、振り返ると、赤銅色というのか、赤の混じった金髪の髪をきちんと結い上げ、まん丸の眼鏡をかけた女生徒が立っていた。先ほどの自己紹介で、シャンドラ・モヘシュと名乗った人だった。
モヘシュ家は、あまり知られてはいないが、過去には王家に嫁いだ方もいらっしゃるほど歴史のある由緒正しい伯爵家である。貴族出身でもない私が何故、知っているのかと言えば、ミス・ジャイダル、つまりはイーシャ様のご母堂のご実家と伺ったから。ひょっとしなくてもイーシャ様の従妹だったりするのだろうか。
「間違っていたらごめんなさい。もしかして、モヘシュさんってミス・ジャイダルの……」
「やだっ!シャンディって呼んで!私、友達になりたいのだけれど、アニって呼んで良いかしら?」
学園の食堂で購入した定食、といっても、前菜に始まってメインの肉料理、スープ、デザートと、ちょっとしたフレンチレストランのランチといった感じの食事だが、それを頂きながらモヘシュさんに思い切って訪ねてみると、いきなり友達申請された。
何しろ前世でも今世でも多くの人と接触したが、友達と言ってくれた人はいなかったように思う。そうか、これが友達なのかぁ。胸がほんわかしながら頷くと、続く爆弾発言で、ほのぼのとした空気は一瞬にして弾け飛んだ。
「友達であるアニだけに教えてあげる。私ね、表向きはミス・ジャイダルの従妹、その実体は……ミス・ジャイダルの妹なの」
「……!」
シャンディは、ナイフとフォークを使って優雅にランチを食べつつ、現在、モヘシュ家に跡取りがおらず、第三子であり、祖母と仲の良かったシャンディが養女になったことを説明した。ついでに、過去、散々、姉と比較された苦い思い出があることも。
「優秀な姉を持つと、平凡な妹としては肩身が狭いの。あ、姉のことは大好きだし、姉妹仲も良いのよ?ただ周りが煩わしいだけ」
確かに、どこにいても目立つ深紅の髪とダイナマイトボディ、加えて王太子妃候補にされるほど洗練された立ち居振る舞い、勿論、頭も切れるし、顔も迫力のある美人。イーシャ様が大輪のバラだとすると、シャンディは野に咲く花のように見えるかもしれない。
でも、姉妹だけあって造作は悪くない。要はメイクや服装次第で、大輪のバラにはなれないかもしれないが、凛と立つ清楚な百合にはなれるだろう。
「服装は制服だから変えようがないけど、メイクで大分印象が変わるよ。良かったらやってあげるけど」
「え?でも、学園はメイクしちゃダメなんでしょ?生徒手帳に書いてあったわ」
確かに派手なメイクは駄目だが、ナチュラルメイクなら問題ない。っていうか、ざっくり食堂を見渡すと、半分くらいの女生徒がやっているようだった。勿論、私もやっているというと、シャンディは驚きの声をあげた。
「だって、アニ!貴女、そばかすだってあるじゃない!」
そばかすは、一種の変装で、メイクした後、顔に描いている。イラジャ―ル様よけだが、そんなことは言えないので、新しい自分になってみたかったの!と誤魔化してみた。シャンディは全然分からなかったと嘆息した。イーシャ様の妹だけど、何というか、純粋培養というか、全然すれてなくて可愛いっ!
午後は、校内のオリエンテーリングだけだったので、授業が終わった後、私はすぐにメイク道具一式をもってシャンディの部屋を訪れた。基本的に学生寮は一人一部屋。但し、王族や上位貴族になると警備の人や世話係が同居するので、続き部屋を使ったり、中にはワンフロア全部を貸し切る令嬢もいるらしい。
けれど、私もシャンディも表向きは中位貴族なので普通に一人部屋を使っている。シャンディの部屋は、ぬいぐるみがいっぱい飾られていて、とても女の子らしい部屋だった。
「似合わないでしょ?こんな可愛いものばっかり集めて……」
「ううん、そんなことない。だってシャンディ、可愛いもの!」
言いながらシャンディの手を取って鏡台の前に座らせる。木製の花飾りが彫られた鏡台は、シンプルだけと、森の妖精みたいな可愛らしさがあって、シャンディの性格そのものという気がした。
前世のコスプレーヤーとしての経験から、メイクは得意中の得意。けれど、シャンディは成長期の14歳。ごてごて塗るより肌の艶やかさを生かした基礎化粧品をメインに使う。全部、天然素材の肌に優しい成分で出来ているのだ。シャンディに一つ一つ説明しながら、順番に使い方を教えていく。
メイクは、ファンデーションを薄く乗せ、眉と睫毛を整え、桜色のリップをつけて、はい、終わり。髪は、きっちりひっつめているのを緩くカールを波打たせる感じで束ね、バレッタで留めた。
「うそみたい……なんか、我ながら可愛いかも」
「あんまりメイクしている感じがないでしょ?あ、洗顔は大事だから朝晩、欠かさずにね」
シャンディは、頷きながらも各化粧品のメーカーと名前をメモしている。序に、簡単にできるおしゃれな髪形も数パターン披露する。そうこうするうち、夕食の時間になったのでメイクしたまま食堂へ向かった。
食堂は、ガラス張りのドームになっており、周囲の景色が堪能できる。夕方の今は、夕焼けのオレンジ色から宵闇の濃紺へと刻々と移り変わるグラデーションが楽しめる。
私とシャンディは、ビュッフェスタイルの食事からサラダとスープ、メインディッシュをトレイに並べ、窓際のテーブルに着いた。食事を食べ始めて暫くすると、同じクラスの女生徒2人がやってきて、空いたテーブルを探しているようだった。
シャンディは、私の許可を取ると立ち上がって彼女たちに手を振った。私たちを見つけた女生徒たちは、あからさまにホッとした笑みを浮かべ、トレイを手に近づいてきた。
「えっと、シスレーさん。お友達とお食事のところ、ごめんなさい。私たちもご一緒させて頂いて良いかしら?」
「ええ、大歓迎よ。ヤシュデールさん、ミラティさん」
私に向かって断りを入れる2人にシャンディが、にこやかに答える。が、2人は怪訝そうな顔をするばかり。
「……あの、シスレーさん。こちらの方は?」
「え、ええと、モヘシュさん、だけど」
質問の意図が分からず、答えると、一瞬、2人は凍り付き、次の瞬間、食堂中に響き渡る声で叫んだ。
「「ええ―――――――――――っ!!」」
「……ぷぷっ」
「もうっ!いい加減に笑い止んでっ!」
「だってぇ!」
2人の真っ赤になった顔を見ると思わず口が笑ってしまうのだ。どうやら、私がシャンディの名前を言うまで、2人は同じクラスのシャンディだと気づかなかったらしい。それが分かった時の2人の唖然とした顔ときたら!
「アニ、2人に失礼よ。ごめんなさい、驚かせてしまって……」
「そんなっ、シャンディが謝ることないわ。勝手に勘違いした私たちが悪いんだもの!」
「そうそう!こっちこそごめんね、シャンディ。……それにしても、アニがこんなに笑い上戸だなんて思いもしなかったわ」
いつの間にか友達同士になったシャンディたちは、いつまでも笑い転げる私を見て呆れた声を挙げた。私の隣で、淑女らしくなく、鼻を鳴らしたのは、パトマ・ヤシュデール。パトマは、ヤシュデール子爵のご令嬢で、若葉色の髪が印象的な美人さんだ。シャンディの隣には、桜色のふわふわ髪を背中に垂らしたガイラシュ・ミラティ、ガイラがパトマを宥めている。
ガイラは、パトマと同じ子爵家で領地も隣り合っているため、幼い頃から交流があるのだという。こちらは、美人というより可愛いらしい感じ。でも、2人とももうちょっとメイクを変えると良いのになぁ。
「それにしても、シャンディは見違えたわ。明日から男子が浮き足立っちゃって授業にならないかもよ?」
「ね~!……あーあ、私もメイク上手くなりたいなぁ。いつまでも子供っぽく見られちゃうから困っちゃうのよね」
ガイラが、ふうっとため息を吐く。私とシャンディは、顔を見合わせてニヤリとほくそ笑んだ。その後、私とシャンディがパトマとガイラのメイクをしまくったのは言うまでもない。
翌朝、4人で教室へ向かうと、文官養成クラスは女生徒たちの歓声で沸き返り、暫くの間、メイク術の情報交換が流行りとなった。おかげで、文官養成クラスの女子は地味という不名誉なレッテルを払拭することが出来た。えへん。
そうそう、やっぱり女の子が可愛くなると、男の子たちがソワソワするのもので、メイク術が一通り落ち着いた後は勉強会と称して男の子たちと交流を持つことにした。幸い、文官養成クラスはインドア派が多く、放課後、これといって用事がない輩が多かった。……いや、寧ろ女の子たちとの接点を持てる上、勉強も教えてくれるという一石二鳥の勉強会なのだから用事があったとしても勉強会を優先するだろう。
そんなこんなで、我がクラスは一躍注目を浴びる存在となった……あれ、当初の目的を忘れてる?イラジャ―ル様に気付かれないようにしなきゃいけないんだっけ?!