ヒロイン(?)に会いました。
誤字を訂正しました。内容に変更はありません。
この学園は、3つのクラスから選択できる。
まず、騎士養成クラス。言わずもがな、将来、騎士を目指すクラスで男子が多いけれど、女子も選択することは可能だ。王族女性の警護とかあるからね。
次に、文官養成クラス。城勤めの文官が一番の花形職業だが、狭き門である。大体、男子と女子は半分半分で、城勤めの他、貴族の長男などは将来、跡を継いだ時の領地経営を学んだり、庶民でも執事や従僕として就職できるし、商家に勤めるケースもある。
一方の女子は、文官というより秘書の職が多い。この世界は、基本的にゲームと同じ男尊女卑だけど、ここ数年、女性の社会進出が増えている。恐らく、前世の記憶持ちが増えたからだろう。数年前には、初の女性文官が誕生した。とはいえ、絶対数が少ないので一番多い職業は秘書である。女性特有の細やかさが良いと評判らしい。
最後は、花嫁養成クラス。花嫁に養成もへったくれもない気もするが、実は結構大変なクラスだ。マナーだけではない、屋敷を取り仕切る女主人として召使の使い方や賃金の支払い、果ては子育てまで幅広い授業内容となっている。婚約者がいて結婚が決まっている女子が学んだり、学校へ通わない貴族子女に教養やマナーを教える家庭教師としての就職先もある。
あ、花嫁養成クラスは、今のところ女子オンリーだが、年々、男子の希望者も増えているようなので、近い内に男子も選択できるようになるだろう。これもまた前世の記憶持ちが増えたからかな。トランスジェンダーとか性同一性障害とか、新しい単語が続々と作られているからね。
大体、1クラス20名、学年で60名前後となるけど、今年の新入生は2倍の人数が入学している。ゲームのヒロインになるべく女子の転生者が圧倒的に多いからだ。一番多いのは花嫁養成クラス。なんと3クラスもある。勿論、女子ばかり。ついで多いのは、騎士養成クラス。男子クラスと女子クラスの2つが出来た。文官養成クラスは女子に最も人気がなく、例年通り1クラスのみ。
どうしてこんな配分になったのかというと、ゲームのヒロインは騎士養成クラスに入学するのだ。勿論、攻略対象者たちは、同じく騎士養成クラスの先輩や同級生が多い。騎士になって国を守りたいと願うヒロインが傷つきながらも成長する姿に心打たれ、恋愛へと発展していく。
乙女ゲームのヒロインが騎士という設定は、当時としては珍しく、話題を呼んだ。ヒロインの性格も騎士を目指すせいなのか、案外、さっぱりしており、恋愛バトルも女同士の陰湿な戦いというより、正々堂々勝負しましょう!的な感じだった。ライバル令嬢たちも、ヒロインが勝てば潔く身を引き、時には、攻略対象者そっちのけで女同士の恋愛にも似た友情を育んでしまう。その辺りが、女性だけでなく男性にも受けた理由かもしれない。
話は逸れたが、それ故、大半の女子が騎士養成クラスを希望した。騎士になるのが目的ではなく、明らかに攻略対象者との恋愛が目的と思われる女子が殆どで、通常、クラス分けは生徒の希望に沿ったものなのに、今年に限りは適正検査を実施したのである。
結果、何とか23名に絞れたので、男女同じクラスにするより、いっそ女子クラスを設けることになった。噂で聞いただけだが、彼女たちは騎士としての素質、つまり戦闘能力がずば抜けて高いらしい。前世を通じてインドア派だった私には、想像もつかない世界だった。
そして、適性検査で振るい落された女子たちは、花嫁養成クラスを希望したそうな。同じクラスになれなくても花嫁としてお買い得ですよ~とアピールするためだろう。そうして、選ばれなかったクラス、つまり、ゲームに無関係な文官養成クラスは、例年通り1クラスとなった訳である。
因みに、私は文官養成クラスを選択した。騎士になるつもりは毛頭ないし、うっかりイラジャール様に見つかるのも避けたい。そして、花嫁養成クラスは王妃様の元、イーシャ様と共に徹底的にしごかれたので、これ以上は勘弁願いたい。
寧ろ、イラジャール様とのかくれんぼゲームをクリアした暁には、養子縁組も解かれるであろうし、実家にも戻れないとなれば、市井に下って商家にでも就職できればラッキーと思っている。そのため、迷わず文官養成クラスを選択したのである。
「なによ、なんか文句でもあるの?!」
入学式が終わり、文官養成クラスの指定された席に座ると、左隣に見たことのある女生徒が座っていた。はい、私の斜め後ろに座っていた黒髪黒目の彼女です。式の時は気付かなかったけれど、制服からのぞく彼女の指は傷だらけだった。
ふっと目が合った途端、突然、彼女がからんで来た。
「騎士クラスに落ちて、ざまあって言いたいの?!……私はね!玉の輿目当てで騎士になりたいわけじゃないのよっ!騎士になって領地の皆を守りたいだけなのっ!分かった?!」
多分、ずっと我慢していたんだろう。彼女は、激昂するまま立ち上がり、声高に叫んでいた。始業前で雑談していたクラスメイト達は、誰もが口を閉じ、怒れる少女と私を見つめていた。いや、私が彼女を怒らせたわけじゃないよ?そもそも、何も言ってないんですけど。
心の中でため息をつきながら、とりあえず、座るよう彼女を促した。
「ええっと、私、アニラ・シスレー。シスレー子爵が第三子です」
アラハシャ・ソワカから、シスレー子爵家の三女だと自己紹介するように言われた。シスレー子爵家なるものが実在するのかは知らないが、その言葉が目くらましになるのだという。座ったまま頭を下げ、次はあなたの番とばかり彼女を見つめた。
「……ミーナ・ヴァンサント。ヴァンサント辺境伯が長子よ」
この世界における辺境伯というのは、立場が微妙に難しい。伯がつくから子爵より上位に思われがちだが、日本の江戸時代でいう所の外様大名に似ている。王都、それも王城に近い場所に居を構える貴族ほど高位とされる。
つまり、シスレー子爵家とヴァンサント辺境伯だとシスレー子爵家の方が上位になるという訳だ。そして、わが国では学園においてさえ上下の格は明確に重視される。上位貴族にの子女に対して礼すら取らない彼女は、何を考えているのか、胸の前で腕を組み、ふふんと鼻で笑った。
ううむ、王妃様、いや、イーシャ様がこの場にいたらハリセンが飛んできたことだろう。と思ったら、本当にハリセンが飛んできた。スパーンッ!と小気味よい音を立て、彼女の頭にハリセンチョップが炸裂した。
「学園に入学した貴族の子女が、挨拶の一つも満足に出来ないとは嘆かわしいこと」
この声は……ハッとして振り返ると、イーシャ様がハリセンを手に、優雅に仁王立ちしていた。優雅な仁王立ちというのも変だが、迫力のある美人が柔和な微笑みを浮かべながらも目が笑っておらず、周囲には、どす黒いおどろおどろしい靄が立ち込めている、そんな鬼気迫る光景を想像して欲しい。
王太子妃教育でビシビシ鍛えられた私にとっては、懐かしいと思える状況だが、十代半ばの小僧っ子たちは思いっきりビビっている。だが、イーシャ様は何事もなかったかのように微笑むと、全員に着席するよう命じた。みんな、蜘蛛の子を散らすように散らばって席に着く。
「ごきげんよう。私は、ジャイダル公爵家が第二子、イーシャ・ジャイダルですわ。今日から文官養成クラスの担任となります。ミス・ジャイダルと呼んで下さって結構です」
ひいっ!と教室中から声にならない悲鳴が聞こえ、数名が礼を取るべく立ち上がった。が、イーシャ様が着席を命じる。
「今年度から生徒数が激増したこと、且つ、貴族としての礼儀も身についていないと学園長に嘆かれまして、急遽、文官養成クラスの礼儀作法授業を受け持つことになりましたの。入学したての皆様同様、学園については未知の部分もあるかと思います。初めての者同士、頑張りましょう」
にこりと微笑むイーシャ様には、相変わらず、有無を言わせぬ迫力があり、私たちヒヨッコはただただ頷くしかなかった。と、その時、隣の席からガタンと音がした。
「納得いきませんっ!今まで礼儀作法の授業なんてありませんでしたっ!どうして急に増えたんですかっ?!それって、差別じゃないんですかっ?!」
言わずもがな、ミーナ・ヴァンサントがイーシャ様に食ってかかった。すげえ、イーシャ様に逆らってるヨ。お姉さん、尊敬しちゃうな、無謀だけど。ほら、イーシャ様の目がキラッと光った。あれは獲物に目を付けた捕食者の目だネ。
「貴女、今自分がどれだけ礼儀知らずな態度をとっているか、理解しているかしら?貴女のような生徒が文官として城に勤め始めたら……恐ろしくて想像もしたくないわ」
言えてる。他のクラスならいざ知らず、言葉を使う職業である文官が上位貴族に対して、更には外国から派遣される使者に対して礼儀を間違えたら、知らなかったでは済まされない。最悪、戦争に発展することも考えられるだろう。でも、
「私は、ここにいたくている訳ではありません」
ミーナ・ヴァンサントは、不服そうに頬を膨らませて呟いた。うわ、14歳で頬を膨らますヤツがいるとは驚きだ。あれ、可愛いと思ってやっているのかな?っていうか、子供じゃないんだから恥ずかしいと思わないのかな?
「では、教室から、いえ、学園から出て行かれても結構よ。ここは、義務で勉強する場ではないのですから」
正論を指摘され、ぐうの音も出ない彼女は、頬をぷうっと膨らませたままふてぶてしそうに座っていた。イーシャ様、いや、ミス・ジャイダルは構わず、弁をふるった。
「領民を守るという志は素晴らしいですが、騎士になるだけが方法ではありませんよ。文官となって国民の生活を守ることも等しく重要です。ペンは剣より強し。どこの世界でも通じる格言です」
ミス・ジャイダルは、ほころぶ花のように微笑み、生徒たち、特に男子生徒たちのハートを打ち抜いた。勿論、私は騙されたりしない。だって、その後、午前中の授業を全て費やし、クラス全員に自己紹介をさせ、手厳しいダメ出しをし、徹底的にしごかれる予兆の微笑みだったから。