入学することになりました。
「(ええ~っ?!私が新入生っ?!)」
「そのようですね。学園から通知が届きました」
いや、タラはあっさり言うけど、私、21歳だよ?!学園の入学って14歳だよね?!それでもって17歳で卒業だよね?!こんなオバさんが行ってどーすんのさ?!
あ、前話からあっという間に3年の月日が経過しました。驚愕の事実を知った私は、イーシャ様と共に王妃教育を受けるという名目で王妃様を含むシルファーディアンたちと交流を持ち、それからも次々と信じがたい事実を聞かされ、もうこれ以上驚くことはないと思っていたのですが、間違いだったようです。
あ、ちゃんと王妃教育も受けましたよ。王妃にはならないけど、王家に準ずる公爵家、しかも次期当主の婚約者だからね、一応。
「仕方ありません。これも『世界の意志』の決定事項ですから」
『世界の意志』とは、それまでずっと神様とか、ぶっちゃけ、ゲーム制作者とか、そういう意味だと思っていたけれど、この世界ではどうやら違う意味を持つらしい。
『世界の意志とは、地球からこの世界が分離される時に、別たれた魂のこと』なのだとか。
つまり、転生しても記憶を持つほどのシルファーディアンたちは、登場人物になるか、世界の安定を管理する『世界の意志』になるか選択できたらしい。
私は、問答無用で登場人物になっていたし、王妃様たちみたいに、この世界の成り立ちを何も知らされなかった。何か疎外感を感じる。くすん。……まあ、選択肢が与えられたとしても公爵様を救うという目的があった以上、登場人物を選んでいたと思うから良いんだけどね。ふん、寂しくなんかないやい!
登場人物と世界の意志は何が違うのかというと、要は、視点の違いらしい。登場人物になると、その人物の視点でしかストーリーが見えないが、世界の意志は俯瞰しているので、全体の状況が良く見える。半面、基本的には『見るだけ』で、よほどのことがない限り、世界に干渉することは出来ない。一方、登場人物は、全体像を見ることは出来ないが、自分が動くことでストーリーを変えることが出来るのだとか。
「(世界に干渉できない『世界の意志』が何故、私を学園に入学させるの?!それって、干渉じゃないの?!)」
「ルーファリス様が、学園に入学することは、よっぽどの重大事なんです!だって、これから乙女ゲームが始まりますからね!」
いつのまに傍へ来ていたのか、クシュナが口を挟んだ。そうそう、クシュナもシルファーディアンだったよ。びっくりだ。
「(確かに、ヒロインは入学するけど、それって私と関係ないよね?!)」
「「大ありです!ルーファリス様は、イラジャール様の婚約者なんですからね!つまり、悪役令嬢ってことですっ!!」」
2人に力説され、思わず頷きそうになるが、ギリギリで踏み留まる。
「(ゲームの中の悪役令嬢って、ルーファリスなんて名前じゃなかったよね?!確か、タラハシー……)」
そこまで呟くと、目の前に立っていたタラに口を塞がれた。クシュナは、やれやれと頭を振っている。やっぱり、タラが、タラハシー・ダラヤム伯爵令嬢。つまり、本物のイラジャール様の婚約者は、タラだった。出会った頃から、まさかと思っていたけれど、タラの慌てようからすると本当らしい。
「確かに、ゲームの中では私がイラジャール様の婚約者でしたが、今、この世界ではルーファリス様が婚約者です。それは、イラジャール様も納得していますし、世界の意志も認めています」
現状では、私が婚約者だが、そもそも私がしゃしゃり出なければタラが婚約者になっていたということだろうか。
もしかして、前世で、タラはイラジャール様イチオシで、彼と結婚するためにタラハシーという登場人物になったのかも?!それなのに、私が余計なことをして、気が付いたらどこの馬の骨とも知れない女が婚約者に成り代わっていて、しかも、その馬の骨の侍女までさせられているとしたら?!
「(ごめんっ!本当にごめんなさいっ!かくなる上は、腹を掻っ捌いて死んでお詫びをっ!)」
「変な妄想は止めろっ!鳥肌たつわっ!)」
近くに刃物はないかときょろきょろしていたら、頭上からごつんと拳骨が振り落とされた。
「いいか、一度しか言わないから耳の穴、かっぽじってよく聞きな!私はな、イラジャールなんてヤンデレ、これっぽっちも興味ないわっ!あんたにっ!……あんたに会うために、イラジャールの婚約者を選んだんだ!」
ドレスの胸倉を掴まれ、ぐらぐらと揺すられる。私は、ぐえっとなりながらも懐かしさを感じていた。そうだ、前世でシルファーディアンだった時、こんな風に乱暴な口をきいて、胸倉を掴んでくるヤツがいた……ような気がする。はっきりとは思い出せないけど。
「あんたは、シャフィール様がイチオシだったから、絶対に、生まれ変わったらシャフィール様を助けるだろうと思っていた。けど、誰に生まれ変わるか分からなかったからイラジャールの婚約者となるタラハシーを選んで、あんたか現れるのを待っていたんだっつーのっ!それは、イラジャールも同じで……」
「タラッ!」
横からクシュナが叫び、私に掴みかかっていたタラは、はっとして手を放した。
「と、とにかく、私はイラジャールはイチオシじゃなかったし、婚約者にならなくて本当に良かったと思ってる。それだけは確かだから!」
―――― 私、シャヒール・ナトゥラン公爵閣下、イチオシ!
―――― それを言うなら、息子のイラジャール・ナトゥラン様でしょ!
―――― あ、私は、騎士団長!ゴータム・カマイラ様!筋肉、最高だねっ!
―――― どうしてシャヒール様の渋さが理解できないのかな?!もうっ!
頭の中で、色々な人たちの声が木魂する。お酒を飲みながら、親しいシルファーディアンたちと語り合ったのを覚えている。けれど、そのうちの誰がタラやクシュナの前世なのか……声は、はっきり思い出せるのに、その声の持ち主である友人の顔や名前は、ソフトフォーカスがかかったようにぼんやりとしている。
「(……分かった)」
私は、タラから視線を落として、ぽつりと答えた。3人の間に、気まずい沈黙が訪れる。
「とにかく、今日はもうお休みになられてください。入学式は来月です。明日から大急ぎで準備にかかりますからね。では、お休みなさいませっ!」
クシュナは、まだ言い足りない様子で頬を膨らませているタラを、引きずるようにして出て行った。私も寝る支度は出来ていたので、ぽてぽてと足取り重く、ベッドへと向かった。ぽすっとベッドに腰を掛けると、そのまま動けなくなってしまった。なんだか手足が重い。……疲れた、なぁ。
「よう、しけたツラしてんなぁ!相変わらず……うおっ!!」
疲れて動けなかったのに、反射的に枕の下に隠してあるナイフを投げてしまった。かつて、ナトゥラン公爵邸で過ごしていたころ、イラジャール様から、不審者を見つけたら迷わずナイフを投げるよう何度も訓練させられた賜物だ。私の投げたナイフは、咄嗟に身を伏せた黒猫の頭頂部の毛を剃り、壁へと突き刺さった。
「……てめえ、恩人に何てことしやがる……」
体全体を怒りでぶわっと膨らませたアラハシャ・ソワカが、わなわな震えながら語気を強めたけど、こっちだってむしゃくしゃしているんだもんね。
「(あれは取引で、恩を受けた訳じゃない。そもそも、呼んでもないのに不法侵入する方が悪い。ナイフが頭に刺さらなかっただけでも感謝して)」
「ふんっ、減らず口がっ!」
アラハシャ・ソワカは、水を払うように体をぶるっと震わせた。ナイフで剃られた毛が元通り、ふさふさになっていた。洒落の分からないヤツ!
「今日は色々あっただろうから、特別サービスで来てやったのに、まったく!」
色々あったからって、そうだ!!聞きたいことがあったんだっけ。
「(入学って何?!なんで、今更、入学なの?!21歳が14歳と偽って良いって言うのっ?!)」
「……聞きたいのは、それだけか?もっと他に聴きたいことがあるだろう?何故、自分だけ除け者……」
「(良いのっ!聴きたくないっ!聴かなくても分かっているから言わないでっ!)」
そうだ。
みんなが前世の色々な記憶を持っているのに、私だけが持っていない。
みんなが今世の生き方を選べたのに、私だけが選べない。
みんなが、みんながっ!!
……でも、それは当然のことだ。だって、みんなは、ゲームの登場人物なのだ。名前も顔もある……一方の私は、顔も名前もないモブ。それが、成り行きでたまたま登場人物の近くにいるだけの人間なのだから、華やかな登場人物たちと同じ待遇を求めるのが分不相応という訳だ。
「(それに、もう過ぎたことだし。変えられないことは、気にしない方が健康にも良いよ、うん!)」
ちょっと唇の端がひきつったけど、にっこり笑ってみせる。アラハシャ・ソワカは、しばらくじっと見つめていたかと思うと、肩を竦めた。
「ま、確かに。終わっちまったことを四の五の言ってもしゃーねーな。お、良いこと思いついたぜ!」
「(……なんか、嫌な予感しかしないけど?)」
「いやいや、あんたにとってはサイコーの案さ。やつらにしてみれば、最悪だろうけどな。くくっ。ちょっと耳を貸せ」
広い部屋で、アラハシャ・ソワカと2人しかいないのに、わくわくしながら近づいてきて、『私にとっての良いこと』を教えてくれた。それは、確かに魅力的でサイコーな良いことだった。