お茶会に招かれました。
怒涛の社交界デビューが終わり、私は、イラジャール様の婚約者として一躍有名になったらしい。何故かというと、翌日から大量の茶会や夜会の招待状が届いたから。ゴマすり?ゴマすりなのか?
お父様は、気にするなと招待状をごっそりごみ箱に捨てていた。一通の招待状を残して。
「これは、王妃様からの招待状だ。断っても良いが、返事は出さねばならん。どうするかね?」
えー、王妃様からだったら断れないよね?と思ったけれど、お父様は断る理由は幾らでもあると仰った。それはそうだけど、出来れば孤児院建設の話をしたいのでOKの返事を書いて貰った。
王妃様開催のお茶会当日、タラと共に王宮へ向かいました。王宮は広いし、招待状に会場が書かれていなかったからどうしようと思ったけど、侯爵様の馬車を降りたら従僕らしき方が出迎えて下さいました。
「ルーファリス・ゴーハルバク侯爵令嬢でございますね。お待ちいたしておりました。こちらへ」
にっこり微笑んで淑女の礼。本当は、格下の人に挨拶はしなくて良いことになっているけど、そこは、元日本人、電話口でもぺこぺこしちゃう人種ですから、条件反射で挨拶してしまいます。お迎えの人が、呆気にとられているようですが、無視です、無視。
「まあ、ルーファリス嬢!こちらですわ!」
通されたのは、ガラス張りのドームのようなサンルームで、所狭しと南国風の植物が配置されている。秋の日差しが、燦燦と降り注ぎ、ぽかぽかと暖かい。ドームからは、綺麗に色づいた王宮庭園の紅葉が見え、とても素敵な場所だった。
王妃様に呼ばれて近づくと、丸いカフェテーブルに、美味しそうなお菓子が山盛りだった。うう、お菓子かぶっちゃったよと思いつつ、お持たせの箱を差し出した。
「侯爵家のパティシエが作ったケーキと、ルーファリス様監修のもと孤児院で製造販売しておりますクッキーの詰め合わせとなります」
王妃様にはタラが説明し、手にしていた箱を差し出した。王妃様付きの侍女が受け取る。
「侯爵家のパティシエは、ラヴィ・スレシュ氏でしたかしら。イル・パドマにいらした?」
「さようでございます」
良く知ってるなぁ、王妃様。以前、お父様に連れられて、王都一のレストラン、イル・パドマで食事をしたらデザートがむちゃくちゃ美味しかった。なので、そう伝えた所、何故か、翌日からレストランで働いていたラヴィ・スレシュ氏が我が家の厨房にいたのだった。
てっきり脅しの材料を見つけて強引な引き抜きをしたのかとお父様に詰め寄ったところ、「何もしていない!彼の方から、ただ働きでも良いから使ってくれと押しかけて来たんだ!」とお父様は、もげるんじゃないかというほど高速回転で首を振って弁解していた。
まあ、スレシュ氏もイヤそうじゃなかったから良しとしよう。私としては、毎食、美味しいデザートが食べられるのは嬉しい事だからね。今回も、王妃様のお茶会に持っていくことを告げたら、はりきって作ってくれたよ。うん。
「まったく、気に入ったものには大金を惜しまない侯爵様のせいで、イル・パドマへ行く楽しみが一つ減りましたわ」
背後で、不機嫌そうな声が聞こえた。恐る恐る振り返ると、昨夜、出会ったばかりのイーシャ・ジャイダル様が突っ立っていた。
「早かったのね、イーシャ。お座りなさいな。それと、ラヴィ・スレシュ氏は、お金では動かないと評判の方よ。寧ろ、ルーファリス嬢の魅力のなせる業でしょう」
王妃様、角が立たないよう諫める術は、お見事ですが、私が誑し込んだように仰るのはお止め下さい。誰も信じませんし、事実無根ですから……なんて心の中で突っ込めても口に出しては言えない小心者です。
それにしても、イーシャ様を呼び捨てになさるほど親しい間柄なんですね。まあ、ナトゥラン家、ジャイダル家の両公爵家は、王弟殿下だったシャヒール様のように、王家の方が入ったり、反対に王家へ入る方もいる家柄だから、ざっくり言って親戚ですよね。
次代、つまり王妃様の長女である第一王女様は、既に古参の伯爵家へ降嫁している。何でも、幼い頃から護衛をしていた方と恋仲になったのだとか。ジャイダル公爵家は、イーシャ様と兄上の2人兄妹なので、第二王女が降嫁するか、イーシャ様が王太子と結婚するか、どちらかだろうと噂されている。
思わず、マジマジとイーシャ様を見つめていたら、聡い王妃様が説明してくれた。
「イーシャは、今、王太子妃教育を受けているところなの。とは言っても、息子たちは未成年ですから、確定ではないのですけれどもね」
「私だけではないのですよ。主だった高位貴族のご令嬢は、みな教育を受けておりますから」
イーシャ様が、一緒に王太子妃教育を受けているご令嬢たちの名前をあげる。中には、学園に通いつつ、放課後、王太子妃教育を受けている方もいて、とても大変そうだった。私は養女だから呼ばれなくてよかったよ。と思っていたら、
「本来であれば、ルーファリス様も対象だったのですよ。でも、イラジャール様の独断で……」
「本当にイラジャールったら。まあ、仕方ないわね。―――――――――最強だから」
ナニガ最強デスカ?!
聞き返したものの回答はなかった。最強なのは、陛下だよね?陛下よりイラジャ―ル様が最強ってことはないだろう。あ、そか!単に、学園で最強ってことなのかも。流石、うちのイラジャ―ル様!と、によによしていたら、王妃様とイーシャ様、あと、タラからも残念な子を見る瞳で見つめられた。
何故デスカ?!
そうこうするうち、侍女さんがワゴンを運んできた。ワゴンには銀のお盆が乗り、そこには、色とりどりのプチフールが、芸術的にカットされたフルーツや飴細工、クリームで作られた花やリボンで飾られ、食べて食べてと催促していた。
「ゴーハルバク侯爵のご令嬢がお持ちになったプチフールにございます」
「まあ!どれも美味しそう!沢山あって、迷ってしまうわね!」
スレシュ氏、渾身の作に王妃様もイーシャ様も目をキラキラと輝かせている。王妃様は、チョコレートのケーキとフルーツタルトをお選びになった後、孤児院で作った銀のバスケットに盛られたクッキーも取って下さった。孤児院で作っているクッキーは、素朴さが売りなのだが、容器が素晴らしいと高級菓子に見える。うんうん。
イーシャ様は、チーズケーキとベリーのタルトを選び、私は、ナッツのタルトを選び、クッキーも数枚手にした。プチフールは侯爵家で作ったもので、私が自ら持参したけれど、クッキーは孤児院で作ったものだから問題ないことを示すため、最初に口にする。
まあ、侍女さんたちも毒見は済ませていると思われるけれど、念のため。うん、いつもの味で美味しい。孤児院で作る菓子類は、産地や栽培方法にこだわり、厳選した良い素材ばかりを使っている。売るためには他の店と差別化を図らなければならないからね。おかげで、小さな子供にも安心して食べさせられると評判なのだ。
王妃様とイーシャ様も、それぞれのプチフールを食べた後、紅茶と共にクッキーを食してくれた。2人とも、シンプルなお菓子は初めてなのか、喜んで食べてくれた。勿論、孤児院の運営方法や菓子の材料の調達方法など、色々興味深げに耳を傾けてくれるので、私も知らず熱弁をふるってしまった。
王妃様に至っては、他の町での孤児院建設も前向きに検討すると約束して下さった。お茶会に出席した第一目的は果たされ、安心したらどっと気が抜けてしまった。だからだろう、イーシャ様の不意打ちに、思わずボロを出してしまったのは。
「所で、ルーファリス様。ルーファリス様は、シルファーディアンですよね?」
「(はい、そうです)」
「ルー様、それはっ!」
うんと頷いた私に、背後で控えていたタラが、やらかした!という様子で顔に手を当てた。あ、れ?やっちゃったか、もしかして?!
「(あ、今のなしで!取り消しで!)」
「大丈夫ですよ。私たちも同じく、シルファーディアンですから」
焦って手と首を横に振る私に、王妃様が優雅に微笑みかけた。え?王妃様、と、イーシャ様も?あ、れ?もしかして、タラも?……シルファーディアンってことは、全員、前世の記憶があって、ゲームをプレイしていたってこと?!
ええええええええええええええええ?!
この辺りで、乙女ゲーム『シルファード王国物語~花の香りで恋をしよう~』の内容についておさらいしてみよう。設定を考えず、見切り発車で書き始めた作者の為にも!
舞台は、シルファード王国の各所。その中の一つに、王立学校がある。以前も説明したけれど、14歳から17歳までの4年制。プレスクールは、13歳の1年間。
ヒロインは、14歳から17歳まで学園へ通うのだけれど、その間、色々な人と恋をする。容姿は、いわゆるアバターとなっていて、プレイヤーの好きに作ることが出来る。勿論、名前も8文字まで入力可能。但し、選択する色の組み合わせで誰を攻略するか決められてしまう。
例えば、金髪碧眼のアバターだと、王太子を含む3人の王子、公爵家子息の4人が攻略できる。他に、クリーム色の髪と青い瞳を選択すると、教師、将軍、宰相、学園長など大人な恋に発展するといった具合。中には、1人しか攻略できない組み合わせもあるが、勿論、どの組み合わせが誰になるかはプレイしてみないと分からない。
そんな鬼畜仕様のゲームだが、たった1人の攻略対象者と上手く恋に落ちることが出来たなら、そりゃあもう!いちゃらぶゲロ甘な目くるめく愛の世界が待っている。それ見たさに何度プレイしたことか!
ああ、そうそう。基本的に、複数の男性と恋に落ちる逆ハーレムは出来ないが、プレイヤーの要望もあり、全ての攻略対象者と恋愛した後、もう一度、最初からゲームを始めると、ご褒美的な感じで逆ハーレムが成立する。私もやったことあるけど、何ていうか、大勢いすぎて思ったより萌えなかった。
だって、想像してみて?10人ほどいる男性に取り囲まれて、次から次に愛の言葉を囁かれても、誰が誰だか分らないし、目移りしちゃって一対一でプレイした時ほどの萌えはなかったかなぁ。まあ、対象者同士で愛を囁いてるの?ヒロインは隠れ蓑なの?とか思えば、それはそれでバラの世界が広がって萌えたけどね。
そう感じたのは私だけじゃない。誰もが逆ハーレムより一対一を目指して何度もゲームを繰り返し、ゲーム板で攻略方法が賑わい、結果的にゲームは大ヒット。やがて、ゲーム板をまとめたり、シルファーディアンと名乗るファンたちが現れ、ゲームの詳細設定が決められると、今度はそれらの設定を元に、王宮、王都の街、王国を見下ろすカイカラシュ山を舞台に、続々と関連ゲームが打ち出されたのである。
これだけ大規模なゲームとなると、勿論、ソフトでは収まらない。MMORPGと呼ばれるインターネットサーバーを介在した多人数参加型のゲームへと発展し、プレイヤーも爆発的に増えていった。王立学園から始まった乙女ゲームは、王宮の陰謀や暗殺が渦巻く格闘技ゲームへ進展し、挙句はモンスターハン〇ーさながらドラゴンやキメラ、グリフォンなど様々な怪物を倒して主従関係を結ぶゲームまで膨らんだのである。
それでも、乙女ゲームがベースというのは変わらなかった。故に、学生のピュアな恋愛から王宮の陰謀がらみのドロドロした倒錯愛、主従愛、同性愛へと広がり、果ては、妖精やモンスター、動物や悪魔など人間以外の恋愛も対象となっていった。要は何でもありの世界で、ノーマルな人たちだけではなく、かなりのマニアックまでもが食らいついたのである。
故に、日本のみならず、世界中で大ヒットし、漫画や小説、アニメや実写映画まで作られた。毎年、東京で開催される某薄い本の即売会では、わざわざシルファーディアンの日が設けられたくらいだ。
なんて、前世の記憶を懐かしんでいると、王妃様の声が聞こえ、現実に引き戻された。
「それだけの影響力を与えたゲームは、地球のバランスを大きく欠く結果となったのよ。それで、地球の意志というか、神様みたいな存在が、元の状態にバランスをとるため、ゲームの一切合切を放逐することにしたんですって。けれど、その一切合切が、あまりに膨大なエネルギーを蓄えていた為、世界が丸々1つ作れてしまったそうよ」
王妃様が淡々と説明するが、それって、それって、ゲームをやっていた何千、何万というプレイヤーが死んじゃって、ゲームの世界に転生したってこと?!恐れ戦き、恐る恐る尋ねるが、そうではないらしい。まあ、何万人も死んじゃったら、それこそ地球のバランスが崩れるもんね。
「ゲームに関する記憶だけを全て取り除いたそうですよ。つまり、流行物でちょろっと手を出したレベルの人なら、ゲームの存在と自分がプレイした時間だけ失われ、普通の生活を送っているそうです」
「(じゃあ、どっぷりゲーム漬けだった人は?)」
「さあ……死んだか、廃人になったか、それとも、別の何かで欠けた部分を補って普通に暮らしているのか、その辺りは私たちには窺い知ることは出来ません。既に、違う世界の話ですから」
あっさりと話を進める王妃様に二の句が告げない。呆然とする私をよそに、イーシャ様が付け加える。
「反対に、この世界において、ちょっとゲームをやった程度の人は、断片しか記憶がないから、何の疑問も持たずに、普通の人として生活しているの。まあ、大多数の人たちは、そんな人達ばかりよ。でも、どっぷりはまったシルファーディアンほど、ゲームの記憶がそのまま残っているから、この世界での自我も強いの……ルーファリス様みたいにね」
そうだったのかーっ!なるほど、納得!
確かに、私の記憶は、全てがシルファード絡みだった。言葉や歴史、一般常識は言うに及ばず、乗馬やコスプレ、料理など、全てに『シルファード王国の』という冠が付いた。元いた世界のことは、名前や仕事など、個人情報を一切思い出せなかったのだから。
「さて、この際、この世界での貴族の上下関係は無視しましょう。ざっくばらんに情報交換と参りましょうか」
王妃様のニッコリ笑顔、とても美しくてコワいです。はい。
現実では、ここまで大規模なゲームって在りえないと思うので、ちょっと未来の話というか、小説の設定ってことでスルーしてください。宜しくお願いします。(;´∀`)