デビューしました。
月日は百代の過客というけれど、あっという間にデビュタントとなる日がやって参りました。
「(こう、ドレスだけで見るとめっちゃ清楚な感じで素敵だったけど、私が着ると何だか……)」
「エロいですよね」
うっ、そんなズバリと言わなくても……そうなのだ。デビュタントの着るドレスは、白と相場が決まっている。勿論、お父様も白いドレスを作って下さったのだが、ただの白じゃない。銀糸で細かい刺繍が施され、光沢のあるビーズやパールを縫い付け、これでもかとキラキラしている。
出来上がったドレスを見て、まるで雪の結晶のように静謐な美しさを感じたのだが、何故だか私が着ると清楚とか静謐とかいった単語が全て吹き飛んで、粉々になってしまった。
似合わない、という訳ではない。正直、とても似合っていると思うし、私自身、こんな綺麗なドレスを着られて嬉しい。買ってくれたお父様にも感謝している。
のだが!何だろうな。雪の女王というか、……そう、『王女』ではなく、『女王』。
私は、女王なのですっ!首を刎ねておしまいぃっ!
つまり、何が言いたいかっていうと、若々しさとか初々しさが全くないってこと。やはり、前世から数える精神年齢がおばちゃんだからなのか、それとも、いつの間にか部分的に成長している胸とおしりのせいなのか。
まあ、今日、これからデビューなので、泣き言を言ってもしょうがない。もう女王で押し通すか。どうせ、今後は社交界に出る必要もないのだから。
「おおっ!これは、素晴らしい女王様だね!」
「(……お父様、『女王』なんて、そんな、私なんて、ただの小娘ですから!)」
「いやいや、この美しさ!この貫禄!どこからどうみても、誰もが平伏す女王様だよ!」
謙遜したのに、より一層強調されてしまった。お父様、少しは女性心理を学べっ!後ろでタラとクシュナが噴き出したのが聞こえた。くそうっ!もうヤケだっ!
「(では、参りましょうぞ!)」
「女王様、光栄でございます」
恭しく腕を差し出すお父様に掴まり、王宮へと向かったのであった。
初めて訪れる王宮は、それはもうゴージャスの一言に尽きる。小高い丘の上にグルーっと石で作られた城壁が巡り、その奥に白い石で出来た3階建ての巨大な建物が王宮だった。所々、インドとかロシアにあるような玉ねぎ頭の建物がある。ゲームの中では、祈りの塔とか神聖な場所の天井が丸くて、天界の絵が描かれていたので、そういった建物なのだろう。
二次元で見るより三次元の方が迫力あるなぁ。なんて、馬車の中から呑気に眺めていたけれど、一歩足を踏み入れたら、そのあまりの荘厳さに声も出なかった。いや、声は元々出ないけど、そうではなく、前世も今世も、煌びやかな場所とは縁がなかったからね。
勿論、公爵家は静謐な美しさ、侯爵家も煌びやかな華やかさがある。だが、王宮はそのどちらも兼ね備えていて、何というか、王国の歴史が、人々の想いや願いが詰まっている気がして圧倒される。
「(お、お父様。え、と……)」
「女王様、こんなのはただの入れ物です。何にも悪さをしませんよ。これまで、どんな状況にあっても生き延びてきた女王様は、誰にも屈しない強さがあります。その強さに、私も公爵も感服し、平伏しております。我らは、女王様の忠実な僕でございます。どんな些細なご要望でも叶えますので、いつでもご用命下さい。直ちに、はせ参じましょうぞ」
真面目な顔で、お道化て喋るお父様は、私を勇気づけてくれているのだと分かって、力が湧いてきた。そうだ。たかがデビュー戦の小娘がチャンピオンになれる筈もない。粗相があっても問題ないと励ましてくれているのだ。おっしゃっ!
「(お父様、ありがとう。……では、参るとしましょうか!)」
「ははーっ!」
2人でクスクス笑いながら王宮の内部へ進むと、白いお仕着せを着た小姓が現れ、恭しく礼を取った。
「ゴーハルバク侯爵様とご令嬢のルーファリス様でございますね。こちらが控え室となります」
「(ありがとうございます。では、行って参ります!)」
「うむ。行っておいで」
声が出せない代わりに、淑女の礼をし、お父様に挨拶をした。
控え室というのは、デビュタントのご令嬢が入場の順番を待つ部屋である。王宮に着いた順ではなく、位の低い貴族から入場するのだ。パートナーは大抵、親類縁者や婚約者などデビュタントの令嬢より年齢が高いため、「家の子がデビューするので宜しくね」といった事前の挨拶が必要となる。
まあ、位の高い貴族ほど挨拶する相手が多いので後に回されるんだろうなぁと推察する。さっさと終わらせて帰りたい私としては、面倒なしきたり以外の何物でもないけれど。
「ゴーハルバク侯爵令嬢、ルーファリス様、入室でございます」
うわ、しかも控え室に入る時に名前が呼ばれるとは!無垢なご令嬢たちの視線が痛い。当然ながら、この中に知り合いはいない。学園にも通っていないし、お茶会等の交流もない。親同士の交流もない、とナイナイ尽くしだからね。
まあ、しょうがない。私が舞踏会場となる大広間に入場するのは最後の方だ。とりあえず時間があるから座っておこう。きょろきょろ辺りを見渡すと、壁際に長椅子が置かれている。誰も座っていないようなので遠慮なく座らせていただこうか。
私が歩き始めると、モーゼの十戒みたいに人波が割れる。避けられているのかと思うと落ち込むけど、さーっと人波が綺麗に避けていくのは訓練されたマスゲームみたいで、素直に感動した。
良いものを見せてもらいましたとばかり、笑顔を浮かべ、長椅子に座った。何故、長椅子なのかっていうと、ドレスが広がって幅をとるから。うん。これ、隣に人が座っても内緒話できない距離だよね。まあ、誰も私に話しかけるような猛者はいないようだけれど。
「お嬢様、お飲み物は如何でございますか?」
と思ったら、王宮の侍女さんが話しかけてきた。年配の、しっかりとした人のようだった。
「(ありがとうございます)」
声が出せないので、笑顔で目礼する。恐らく、侍女さんは私のことを聞き及んでいたのだろう。ゆっくりと、飲み物のチョイスを説明してくれた。ハーブティの所で、笑顔で頷くと分かってくれたようだった。
暫くして、差し出されたハーブティを飲むと、全身が温まっていくのを感じた。同時に、緊張していた体が解れていくようだった。ちょっと大げさかなと思ったけど、ふうっと深呼吸して、満面の笑みを浮かべてカップを返した。
言葉が使えなくなって初めて、気持ちを伝えるのに顔の表情って大事なんだなぁと気づかされる。怒りや悲しみのマイナス表現を大げさにするつもりはないけれど、感謝の意だけは伝えたいと思う。そうすると、どうしても笑顔や会釈になるんだよね。
ただ、表情を読まれないことが貴族の鉄則らしいので、私のようにコロコロ笑うのは珍しいのだろう。侍女さんは、一瞬、虚を突かれた後、直ぐに笑顔でカップを受け取ってくれた。
「あっ、あの、私にもハーブティを頂けませんか?」
いつの間にか近くに来ていた、初々しい感じのご令嬢が数人、私を見ながらハーブティを頼んで来た。いや、私がハーブティを淹れる訳ないし、と侍女さんを振り返ると、既にワゴンに向き直ってハーブティを淹れているようだった。
私って、やっぱり庶民顔なんだろうなぁ。こんな華々しいドレスを着ているのに間違えられるとは。それとも、養女のくせに生意気な!とか思われたんだろうか。
そんなことをつらつら考えながらも、長椅子から立ち、壁際へ向かった。だって、長椅子は、ちょうどご令嬢たちとワゴンの間に位置していて、私の広がったドレスが邪魔だもんね。うっかり踏まれたら嫌だし。
ちょうどよく空いた壁際に立ちながら、控え室をぐるっと見渡す。ここはデビューするご令嬢たちの控室で、ざっと30人ほどいるだろうか。みんなピンクやクリーム色、水色など色とりどりのカラフルな髪色で白いデビュタントのドレスが良く似合っている。
もちろん、黒髪は私だけだし、エロい体つきなのも私だけ……と思ったら、いました。反対側の壁に、真っ赤な髪でダイナマイトボディのお嬢様が!周囲に沢山の取り巻きを引き連れているようです。私と違って、見せびらかす気ばんばんのマーメイドドレスと胸の谷間が眩しいくらい。
私のドレスは、典型的なプリンセススタイル。ばっちり裾が広がっています。反対に、上はスタンドとよばれるタイプで、要はチャイナドレスの襟元みたいな感じ。でも、デコルテから上は繊細なバラの模様が編まれたレースなので、それほど堅苦しい印象はない。
そして、シルクのロンググローブを身に着けているのだが、グローブの端とデコルテを飾るレースがリボンで止められ、肌はまったく見せていません。それなのにエロいってどういうこと?!と笑っちゃうけど、一方のご令嬢は、めっちゃ露出している。
肩から胸の谷間もそうだけど、ロンググローブも薄手のサテン生地だから白い肌が透けて見える。メイクも髪に合わせた真っ赤な唇で色っぽい。気の強そうなアーモンド形のエメラルドグリーンの瞳も男の支配欲というか、嗜虐心をそそりそう。うーむ、私が男だったら即プロポーズしてるのに。
っていうか、さっきから視線がびしびし絡んでるよね?もしかして、私を睨んでるのかな?初対面な気がするけど、まあ、あれかな?黒髪の悪魔が乗り移って侯爵家をたぶらかして養女に納まったとか思われてる?
そうこうするうち、若いお嬢さん方は次々と名を呼ばれて控え室を出て行ってしまった。うわ、とうとう彼女と二人っきりだと思ったら、向こうのご令嬢がゆっくりと歩を進めてきた。
「ごきげんよう!私、サワーブ・ジャイダル公爵が二子、イーシャ・ジャイダルですわ」
そうそう!デビューする時、挨拶はどうしようかって悩んだんだよね。何しろ声が出せないし、いつもお父様が傍にいてくれるとも限らない。そこで、前世の知識を活用して名刺を作ることにしました!
イーシャ様は私より格上なので、腕に通していた小さなバッグから名刺を取り出し、膝を折って淑女の礼をした。バッグは、名刺専用でドレスと同じ生地、同じ刺繍で作って貰ったお揃いのものだったりする。名刺も、タラたちに相談して書いたもので、流麗な字で、私の名前と身分、それから、声が出せない旨を綴ってあった。周囲に、可愛らしいバラの花を散りばめて。我ながら上出来だと自画自賛。
手渡された名刺を読んだと思うのだが、イーシャ様は無言のままだ。上位の者が許さない限り、私は淑女の礼を続けたままで、顔を上げる事すら出来ない。まあ、デビュタント同士、しかも控え室の中だから、恐らく姿勢を戻しても問題ないと思われる……が、顔を上げたら話をしなくちゃならないから姿勢を崩さない。
沈黙が続く中、半ば、そっちが話しかけてきやがったのだから、そっちから話せよ!というヤサぐれた気分で膝を折ったままの姿勢を貫く。
「貴女、」
彼女が口を開いたちょうどその時、私の名が呼ばれ、控え室から出るよう促された。はい、時間切れ~っ!
「(お先に失礼いたします)」
膝を折ったまま、顔だけ上げてイーシャ様に挨拶を済ませ、そのまま踵を返して控え室を退出した。結局、イーシャ様が何の為に声をかけてきたのか分からずじまいだった。まあ、いいか。きっと嫌味を言いたかっただけだろう。うん。
と、考え、そのまま彼女のことは忘れてしまった。何故なら、忘れてしまうような衝撃が襲ったからなのである。