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私、乙女ゲームのモブですから、好きに生きていいですよね?!  作者: 春香奏多
A面 ~ルーファリスの災難~
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怒られました。

「ルー様っ!余計なパフォーマンスなしで大人しく!と、あ・れ・ほ・ど、口を酸っぱくして言いましたよねっ?!この耳はお飾りですかっ?!」

「(痛いっ、痛いっ!)」


 只今、タラより耳を引っ張られながら、絶賛お仕置きされ中です。クシュナ、助けて下さい~。目で訴えれば優しいクシュナが、タラの指を耳から外してくれた。


「ルー様に大人しくしていろと言った所で、今更、無理な相談よ」

「裏切者っ!クシュナだって、大人しくしろって言ったじゃん!」

「言っただけよ。言わなければ職務怠慢、いえ、ルー様をけしかけたとお叱りを受けますからね」


 クシュナの方が一枚上手だな、と2人のやり取りを眺めていたら、思わぬ矛先がこちらへ向いてきた。


「「そもそも、ルー様が大人しくしていないからいけないんですっ!私たちの苦労も分かって下さいっ!」」


 おう、ユニゾンで。


「(でも、ゴーハルバク侯爵様の手の内を探るなら、無邪気な娘のていで近づいた方が探り易いでしょ?!)」

「……それは、誰からお聞きになられたのですか?」


 あ、クシュナの目が恐い。


「(誰からも聞いてないけど、でも、今更、私が侯爵家の養女になるからには、侯爵家のスパイをしろってことでしょ?!もう、ピンときちゃったんだから!)」


 政略結婚のための養子縁組という話は伏せておいた。まだ何も言われてないし、私が知っていると知られれば公爵家だって動きにくいだろうから。


「それは、私たちに課せられた仕事なの!ルー様は今まで通り、お嬢様として暮らしていれば良いのっ!」

「(えー?!でも、今までだって、お嬢様として暮らしてなんてなかったよね?!)」


 思い返してみても、私は『お嬢様』の暮らしとは無縁だった。基本的には、イラジャール様の遊び相手だったけど、それ以外は、聖歌隊の様子を見に行ったり、孤児院設立であちこち動き回っていた。時々、聖歌隊の可愛い子たちを狙う悪漢が現れたりして、ちょっとした大捕り物をしたこともある。


 あ、そうそう!私が公爵家へ引き取られた後、自警団の人たちや町の人たち、聖歌隊のファンになってくれた人たち、みんなが頑張ってくれたおかげで孤児院が建てられたのだ。聖歌隊の子供たちは勿論、養家で辛い思いをしていた子供たちも入れることになった。中には、養い子に過酷な労働を強いていた養父が手軽な労働力を手放したがらず、引き取るのにかなり苦労したケースもあった。それを、助けてくれたのが自警団の人たちと公爵家の護衛の方たちだった。


 公爵様に至っては、多額の寄付までして頂いて、本当に感謝カンゲキ雨霰あめあられなのである。


 ぼんやりと昔に思いを馳せていると、クシュナのため息が聞こえた。


「タラ、もう諦めましょう。放置しておくと、とんでもないことを引き起こす『お嬢様』だから、それなら目の届くところにいてもらった方が良いもの」

「……そういえば、クシュナ。ワザとルー様のドレスを子供ドレスにしたでしょ?!」

「勿論よ。子供ドレスの方が、未成年と主張できるし、ルー様が身に着けると色気が倍増するでしょ?エロ侯爵を落とすには最適なドレスだもの」


 やっぱりな。クシュナが用意したドレスは、シフォンという柔らかい素材で出来ているだけあって、胸の形がくっきりとしている。それでもまあ、首から下のデコルテは服の下に隠れていて、それが妄想を掻き立てられるというか、余計にエロいと感じるのだろう。


 うまいチョイスだなと私も感じた。女を前面に押し出せば、あっというまに侯爵に手を付けられてしまうだろう。勿論、公爵家の方が格上だから簡単にはいかないが、手を付けたと周知すれば、男やもめの侯爵様へ嫁がざるを得なくなる。


 なので、あくまでも養女。


 未成年の娘として受け入れさせれば、表立って手を出すことは憚られるし、侯爵家の内情を調べるのも容易くなる。とりあえず、出だしは良好。あとは、仕上げを御覧じろ~ってか。


 結果から言うと、私たちの作戦は成功した。成功すぎるくらいに。




「ルー。どこだい?」

「(あ、ここ、ここ!お父様)」


 庭の花壇にシャベルを入れた所で名前を呼ばれた。距離があるから、読唇術は難しいだろうと判断して、手を振ってぴょんぴょん飛び跳ねた。うむ、我ながらアザとい。


「何をしているんだい?うん?」

「(向日葵の種を撒いてるのっ!可愛い黄色のお花が一杯咲くわ!)」


 種が美味いからという本音は黙っておく。お嬢様のイメージが崩れるから。それよりも、用件は何だ?


「リッテン夫人が来たのだ。そろそろデビュタントのドレスを作らねば、間に合わなくなってしまうよ」


 リッテン夫人は、今、王都で大流行の服飾デザイナーだ。私は、『つるし』のドレスでも構わなかったが、公爵家がバックについている侯爵家令嬢のデビュタントが既製品という訳にはいかないらしい。


 だが、今は春。社交界デビューは秋なのに、そうか、間に合わなくなるのか。


「(ありがとう、お父様)」


 侯爵様のがっしりした腕に手をかけ、一緒に歩きだす。後ろから、レースで作ったビーチパラソルのような日傘が付いてくる。だって、デビュタントの令嬢が日焼けしたら困るから。たかだか1時間ぐらい、外で種まきしたって日焼けしないと抗議したのだが、誰も聞き入れては貰えなかった。


 侯爵家へ来てから半年が経とうとしているが、懐柔作戦は大分進んでいる。何しろ、お父様は、私のデビュタントのドレスを侯爵家で作る!と公爵様に宣言。公爵様と侯爵家、どちらの家で出すのか争奪戦を繰り広げたのだ。


 私が侯爵家へ来る以前、侯爵様は私との養子縁組を渋っていて、それでもまあ、公爵家との繋がりを考え、公爵様が衣装から何から私に関する費用の一切合切を出すという約束の元、養女を引き受けたらしい。それを、突然、デビュタントのドレスを侯爵家で出すと言ったので、周囲の誰をも唖然とさせた。


 最も、デビュタントのドレスだけではない。普段着のドレスも侯爵様から贈られることもあるし、他国の珍しいお菓子なども取り寄せて貰ったことがある。多分、侯爵様のポケットマネーで。


 しかも、最近では私の意見を取り入れ、髪形もさっぱりし、まあ、人によっては『髪が寂しくなった』とか『おでこが広がった』という意見もあるが、清潔感は増したと思う。整髪料も柑橘系の爽やかな香りに変えたし、実はダイエットも進行中で、タラたちの情報によれば、密かに社交界で人気が上昇しているという。


 そうまで慕われると絆されちゃうよね。それに、タラたちとこっそり調べてみたけど、根っからの極悪人ではないみたい。他人の弱みを握って、色々画策しちゃう腹黒なところはあるけれど、邪魔な人間を暗殺したり、人身売買で一儲けということはしていなかった。


 領地の経営も、可も不可もない様子。自分が贅沢したくて重税を課すとか、領民の美しい女性を召し上げ、げへへへと涎を垂らしている様子もない。王妃様の国の商会と取引があったから、もしかしたら公爵家暗殺未遂の黒幕なのかなと思ったけど、全然違った。


 それでもまあ、輸出入を禁じられている国と取引のある商会を通じて、ご禁制の品を手に入れたりした。勿論、違法だったので質の悪い商会とは縁を切るようお願いしたら、あっさり手を引いてくれた。


 つい先日、その悪徳商会が一網打尽に捕まり、ぎりぎり証拠隠滅を図った侯爵様は命拾いをしたので、一層、信頼されている。勿論、それも、こちらの手の内だったりする。クシュナとタラが、オヤジ転がし!と騒いでいたが、聞こえないふりだ。


「お嬢様の御髪おぐしには、深紅のドレスなど如何でしょうか?」


 リッテン夫人が、床一杯に広げた反物の中から、血のように紅い布を手に取った。個人的には好きな色だし、私の黒髪に映えるだろうけど、デビュタントは白またはアイボリーと相場が決まっている。私に似合わない白と!


「では、それで一着」

「(お父様?!)」

「良いではないか。デビュタントで着れずとも普段着にすればよい」


 いや、それでドレス作ったら普段着じゃもったいないよ。うん。今のところ、デビュタント以外の夜会に出る予定はないからね。めっと父上を窘めていると、ドアが勢いよく開けられた。


「父上っ!孫同然の小娘に入れあげているというのは、本当だったんですね!」


 あれ、父上?!ってことは、侯爵様の息子かな?ってことは、私の義兄になるんだろうけど、この怒りっぷりで「お義兄様」なんて呼んだら血管切れちゃいそうだね。


 お父様は、公爵様より年上で55歳になる。この間、盛大な誕生パーティをしたから間違いない。見た所、息子は30代ぐらい。父親同様、おでこが大分広くなってきている。あ、お父様は、もうおでこしかないから、あと20年くらいしたらお父様そっくりになるかな。


 でも、この人、お父様の誕生パーティには来てなかったな。呼ばなかったとか?……まさかね。でも、どこかで見覚えがある顔かも。


「なんだ?じっとこっちを見て。薄気味悪い奴だ。俺にも媚を売るつもりか?!」

「アニールッ!自分の妹に向かって何てことを言うんだ?!」

「はっ!妹ったって、公爵家から押し付けられた厄介者だろう!いいか、どれだけ父に取り入っても、財産はびた一文やらんからな!」


 大声で恫喝しながら、こちらへ向かってくるアニール様の態度を見ていると初対面なのかなぁって気もするけど、私の方は、どこかで見たことがある、ような気がする。どこで見たんだっけなぁ。割と、人の顔は覚えている方なんだけど。


「なに、ぼけっと突っ立っているんだ?!知能まで足りないのか、それとも悪魔に乗っ取られて何も話せないのかっ?!」

「アニールッ!!」


 突然の親子喧嘩が始まって、その原因は私だというのに、私はアニール様のいう通り、ぼうっと突っ立っていた。……いや、見かけはぼうっとしているかも知れないけれど、脳みそフル回転で過去の出来事を思い出し……あ、思い出した!


「(タラ!アニール様って聖歌隊の後援者になって下さった方だよ!)」

「ああ、本当ですね。孤児院設立の際にも公爵様に次いで多額の寄付を頂いた方です」


 タラは、私以上に優秀だ。聞けば何でも答えてくれる。取り合えず、怒鳴り合っている2人をどうしようか。外だったらバケツで水をかけて頭を冷やしたんだけど、室内だからシルク絨毯を濡らす訳にはいなかいし。……そうだ!!


 私は、部屋の真ん中に置かれていたグランドピアノの蓋を開けて、ベートーヴェン宜しく、ジャジャジャ、ジャーンと弾いた。そのまま『運命』を弾いちゃおう。ありゃりゃ、だいぶ忘れているけど、まあ良いか。この世界の人は知らないもんね。


 途中からは、色々ごちゃ混ぜで、最後は讃美歌の曲でしめた。やっぱり讃美歌って好きだよなぁ。もう歌えないけど。最後は、ちょっとしんみりと終わった。……と、聞き入っていたお父様たちが、割れんばかりの拍手をしてくれた。いやいや、素人芸ですから大袈裟ですって。


 ふと、気付くと、アニール様が盛大に眉を顰めて、こちらを見ていた。うわ、ごめんなさい。素人の拙い芸を披露しちゃって。あ、でも、そもそもは、お父様とアニール様の喧嘩を止めようとしたんだからね。喧嘩が止まっても弾き続けちゃったけどさ。そこはそれ、ご愛嬌ということで許して欲しい。


「君は、もしかして、聖歌隊にいた子供か?盲目の?」

「(うわ、そこ突っ込みますか?!……すみませんっ!!決して、騙そうとか、善意に付け込もうとした訳ではないんですっ!結果的に、騙して、善意につけこみましたがっ!!)」


 悪いことはするもんじゃない。ブーメランのように返ってくるって言ったのは誰だったか、至言です。私が冷や汗をかきながら説明したが、読唇術の分からないアニール様には通じなかったみたい。アニール様は、相変わらず怖い顔で近づいてきて、私の方へ手を伸ばした。


「何をなさるんですかっ!」


 タラが止めてくれたけれど、間に合わず、アニール様に肩から羽織っていたストールをはぎ取られた。春とはいえ、まだ肌寒いのと喉の傷跡を隠すためだったんだけど、ばっちりアニール様に見られてしまった。


「やっぱり……君は、目が見えたんだね」


 ストールを手に呟くアニール様は、私が詐欺を働いたことに気付いてしまったようです。警察に突き出されるのかなと項垂れていると、タラが庇ってくれた。


「ルーファリス様は、子供の頃、髪と瞳のせいで家を失い、広場で歌を歌って暮らしていました。子供が独りで生きていくのに色を隠したのは、生きるための知恵だったのです。アニール様は、それをお怒りですか?騙されたと?!」


 騙されたと言われて、体が竦んだ。他人から、それも近しいタラから言われると、自分の罪を一層重く感じられる。本当なら金品はすべてお返しした方が良いというか、お返しすべきだろうけれど、生憎、私には何もない。というか、今でも自分は公爵様や侯爵様に寄生して生きている。


 どうしよう?


 謝って済むことじゃないけど、今更、孤児院建設に使ったお金は返せないし、聖歌隊の頃に恵んでくれたお金だって、食べ物や着るものに使っちゃったし、返せるものは何もない。自分の駄目なところばかりグルグル浮かんできて、鼻がつんとしてきた。いかん!こんな時に泣いて誤魔化すなんて最低だよ。泣けば許して貰えると思ってるんだろうって思われちゃうよ。


 あとちょっとで鼻水が出る!もう駄目だ!と観念した時、アニール様がふっと笑った、ような気がした。顔を下げていたから見えなかったけど。


「弱ったな。責めるつもりはなかったんだ。ただ、ナトゥラン公爵が怪我を負った彼女を連れて行ってしまって、その後の消息がようとして知れないので心配していたんだよ。良かった、君が無事で」


 はっと顔を上げると、優しく微笑んでいるアニール様と目が合った。


「すまない。泣かせてしまったかな。ええと、さっきの暴言は許して欲しい。君だと分かっていたら、決して口にしない言葉だった」


 アニール様は、タラにストールを返しながら謝罪した。いいえ、こちらこそ!騙していたと訴えられても文句は言えない立場なのに、と気持ちを込めて首を振った。


「アニールは、昔のルーを知っているのか?」


 お父様が不満そうに口を挟んだ。


「ええ、我が妹は、とても澄んだ、綺麗な声で讃美歌を歌っていました。その姿は神々しく、天から遣わされた者のようだと評判でしたよ」


 妹、ってことは、私を受け入れてくれたってことで良いのかな?


 タラにストールを巻いてもらい、序にハンカチで鼻チーンした私を皆が微笑んで見ていて、うわ、子供かよ?!と赤面したのだった。


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