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一等国の冷徹妻と三等国の憐憫夫  作者: 崎ちよ
第3章 温かな冬
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第7話「別に……甘いものが好きなわけではない」

 虎州(フーシュ)の冬は厳しい。

 零下十数度の世界。

 金属の物体に素手で触ると、たちまち皮膚が固着する。それを離そうとすれば皮ごと剥がれる始末だ。

 冬の準備に手間取る覚悟をしていたが、思いのほかうまくいった。だからこうして安穏とした冬を迎えることができていた。

 ソルが積極的に動いて、虎族(コゾク)との信頼関係を深めたからだ。

 感情がない――ように見える――彼女の行動がコゾクの住民にはわかりやすかったのかもしれない。

 裏表がない。

 それだけでも信頼を獲得する要因だった。

 彼女は積極的に町に出ていく日課を続けていた。

 静かの海マーレ・トランクイリタティスとは違う文化を見て、楽しんでいるようにも思えた。

 月代たちオーワの人間とはまた違うコゾクの生き方、考え方。

 不思議なことに、ソルは彼らとのコミュニケーションもしっかりとれているようだった。

 ソルは街を歩いているだけではない。

 病人を見つけてその原因がウイルスや菌による場合は精霊(ナノマシン)を使って治癒をした。

 医者が少ないフーシュ。いつのまにかなくてはならない存在になっていた。

 特に子供の病気に対する治療が信頼を獲得する絶好の機会になった。

 子供の病気の大半が病原菌への感染だ。

 それを簡単に治療していくうちに、その奇跡の術に関わる噂が一気に拡がっていった。

 子供には母親たちがいる。

 彼女たちを味方につければ虎賊(フーゼ)予備軍の夫や息子たちを押さえることができた。

 それでも中には彼女を狙う者もいる。

 フーゼにかぶれた反抗的な年が、功名心だけで彼女を刃物で襲ったことがある。

 彼女はちょうど子供の治療中だった。

 少年の凶刃は彼女の腕に吸い込まれるように突き刺さり、赤い血が流れた。

 声も挙げることなく冷静に対応していた。

 その刃物の先には治療中の子供がいたため、避ければ子供への被害が予想された。

 彼女は一瞬にして判断し、子供の安全を優先した。

 その結果、彼女は腕にその刃を受ける選択をしていた。

 だが、それで十分だった。

 少年はソルから反撃される前に意識を失っていたからだ。

 コゾクの母親が大きな陶器の花瓶を振り回し、少年の頭に命中させ失神させた。

 彼女はコゾクの人々に守られる対象に変わっていた。

 ――どうして、そんな非効率的なことをしたんだ。

 後日、月代がその事件について興味深そうに聞いたが、彼女はそっけなく。

 ――しらない。

 と答えていた。

 あの場にいた母親や子供は、ソルの身に起こった不思議な現象をみて驚愕していた。

 ほんの数分で傷が元通りに戻っていたからだ。

 血に濡れた刃物を拾い、興味なさげに母親に渡していた。

 その後、何もなかったかように振舞うソル。

 そんな出来事があったため、鬼神(キシン)だとか、西洋の魔物だとか噂が広がっていった。

「鬼神様」

「……怒るぞ」

 月代が楽しそうにソルを見ている。

「感謝しているんだ」

 薪ストーブが真っ赤になるぐらいに熱している部屋。

 彼はいつも使ってる琺瑯(ホウロウ)のカップを手にしている。

 そこには生姜湯と甘酒を混ぜたものが入っていた。

「なんとか年も越すことができた」

 冬の間の食料、そして水の確保もうまくできた。

 本国からとても冬がこせるような予算はもらっていなかった。だが、自給自足とコゾクとの取引による収入でなんとかやりくりできそうだった。

 彼も軍隊の規律をもう一度引き締め「水一杯からも金を」を合言葉にして住民からの搾取をなくしていった。

 もちろん、この間に罪人となり本国に送還されたものもいる。

 ――守備隊長は味方を信頼しないおつもりか!

 そう憤慨した東雲大佐に罵られながらも、住民の訴えをしっかり聞いていた。

 東雲が部下を庇う気持ちはわからなくもなかったが、犯罪者は厳しく処断した。

「あなたの国がやれということを諦めてくれた、ありがとう」

 彼女も彼と同じで生姜甘酒を手にしている。

 だいぶこちらの食べ物にも慣れてきたようだ。

 最近は味付けに注文をつけるようになってた。

 ――もう少し塩は控えめがいい。

 ――醤油はもういい。

 など。

 このため、月代は貴重な砂糖を本国から多めに取り寄せていた。

 本人はけっして甘いものが欲しいとは言わないのだが。

 甘い飲み物をつくると嬉しそうな顔をする。

 それを見ていて楽しいから、彼はそうしていた。

 妻と子供達の写真が飾ってる棚の上。そこにある小さな小瓶の中身も空っぽになっていた。

「効率がいい方法をえらんだだけ」

 彼女は本心にないことを言った。

 少し眉をひそめて。

「うまくいかなかったら、本国から地獄の炎がふりそそぐだけだ」

 彼女はしれっと物騒なことを呟く。

 そして、月代が仕込んだ甘酒を飲んだ。

「あますぎる」

 そんな感想を言った。

「作り直そうか」

「いや、いい、貴重な食料だ」

 彼女はもう一度口をつける。

 月代は彼女の頬が緩むのを見て、少し笑った。

「本国から届いた」

 彼は麻の袋からソーダ色のビンを取り出す。

 中にはきれいな色をした金平糖。

「別に……甘いものが好きなわけではない」

 チラッと目をむけるソル。

「精霊を操るのに糖分が必要なんだろう?」

「そうだ」

 即答。

「この間まであなたがよく精霊を使っていたから……足りてないように見えた」

「そのとおりだ」

 即答。

「欲しい?」

「それは夫婦だからか」

「ああ、夫婦というものは贈り物をする」

「そうか」

 少し寂し気な顔をするソル。

「わたしの国では必ず対価を必要とする」

 遺伝子上の父は国家に献身する対価として、精霊の一部を彼女に譲った。

 彼女の国は婚姻をすることにより、彼の国に力を貸した。そして、ルナステンを得る約束だった。

「それは同じだ」

 彼はそう答える。

「対価もなしにものをおくるきみたちとはちがう」

 そういう光景を、よく街で見かけた。

 さっきのことは対価ではないことを彼女は期待していた。

「対価はある」

「……例えば……夫殿とわたしの間では」

「妻と夫という関係が対価になる」

 つまり。

 とソルは上目づかいで彼を見た。

「そうか、婚姻というものは、それ自体が取引」

 ソルは少し乾いた声で言った。

「そうだな、取引……かもしれない」

 ゆっくりと自分を納得させるように彼は首を縦に振った。

 そうだ、あくまでこれは政略結婚なのだ。

 彼女に指摘され、今さらそんなことを思い出す。

 何を期待しているというのだ。

 言い聞かせるように彼はそう思った。

「……ソル殿がそう捉えてるならそれでもいいが」

 うまく気持ちが伝えられない。

 月代はそんな不器用な自分が嫌になった。

 ごくりと暖かい生姜湯甘酒を飲む。

 今日はこんな甘いものではなく、熱燗を胃に突っ込みたい気分だった。

 酔えばもう少しうまいことがいえたかもしれない、と思ったからだ。

 だが彼は酔っていなかったし、今更酔ったとしても、もう時間は戻ってこない。

 ソルが立ち去った後のがらんとした椅子を見て、ため息をつくことしかできなかった。

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