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一等国の冷徹妻と三等国の憐憫夫  作者: 崎ちよ
第1章 切なさの夏
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第2話「ところで夫殿」

 激しく炸裂する火薬の光と音。

 対峙したまま不思議な光景に目を奪われていたオーワ兵とフーゼたち。

 ハッと我に戻り誰かが引き金をひいた時、その音を合図に射撃の応酬が再開された。

「危ないから伏せろ!」

 月代がソルと名乗る女性を退避させようと泥まみれの手を伸ばす。

 だが、彼女はスッと腕を引いた。そして、銃声のする方向へ腕を伸ばしその手のひらを向けた。

 その瞬間、彼女の掲げた手を中心に凄まじい破裂音が弾ける。

 ボトボトと落ちる円錐形の鉛玉。

「野蛮……」

 ソルは地面に這いつくばる月代たちを見下ろした。

「野蛮な武器だ」

 フーゼの機関銃に目を向ける。

「夫殿、助けてやろう」

 ブツブツと呪文のようなものを唱えた。

「燃やせ」

 それからしばらくして機関銃手であるふたりの兵士が両手で喉を押さえるようにしてもがきだした。

 口をパクパクさせた数秒後、口や目から青白い炎が勢いよく噴き出す。そしてあっという間に全身が炎に包まれた。

 彼女は兵士から目を離すと月代に視線を戻した。

 無表情のまま。

 月代は目の前で起きた異様な光景に言葉がでない。

「そうか……」

 彼女は視線を戻した。

 次々と発火を始めるフーゼ達。

 次は自分の番かもしれないと恐怖に顔を歪めたフーゼたちはソルに向け弾丸を撃ち込む。だが、さっきと同様に鉛玉はボトボトと地面に落下した。

「やめろ……」

 喉の奥から振り絞るよう出すような声。

 月代は彼女の細い左腕を怒りに震えながらがっしりと掴んだ。

 彼は彼女をそのまま地面に引きずりこむ。

「あ……」

 地面に転がり、泥だらけになった彼女は不愉快な表情をした。

「なぜだ、助けたのに」

「あんな残虐な行為を許せるはずがないだろう」

「残虐?」

 予想していなかった彼の言葉にソルは首を傾げる。

「生きたまま焼き殺すなど、蛮族がやることだ」

 シュンシュンッ。

 風を切り裂く至近弾とともに、随伴していた副官が肩を押さえた。

 様子を見ようと上半身を少し起こした時に撃たれたようだ。

 苦しんでいる副官、彼の肋骨服に黒い染みが広がっていった。

「鉛玉で肉をえぐることと、焼くこと」

 地面に横たわったままソルはその光景を見ている。そして月代に目を向けた。

「あんな無粋な武器のほうがよっぽど野蛮だ」

 そんな彼女の言葉を無視して月代は電話の向うの山砲中隊長に命令を出していた。

 射撃準備を完了した山砲中隊は命令を受けてすぐに射撃を開始した。

 地面を揺るがす発射音が遠くで響く。

 七五ミリの砲弾が発射される音だ。

 数秒後三千メートルの距離を飛来した鉄の塊が地面に突き刺ささる。それは鋭利な刃物に化けて弾け飛びフーゼを襲った。

 砂埃に包まれる敵陣地。

 歩兵たちから歓声が上がった。

「右半回転、上下同じ、効力射」

 月代が短く射弾の修正を行い、機関銃陣地に落ちるように誘導する。

「着剣! 突撃準備!」

 月代がいつの間にか集まっている中隊長に指示をした。

「ラッパ(しゅ)! 僕の後ろについてこい!」

 彼は先頭をきって突撃を敢行するつもりだった。

 ラッパを手にした兵士は月代少将の迫力に緊張しながらその言葉にうなずく。

 いつでも『突撃の譜』が吹けるよう唇にマウスピースを付けた。

 もちろん東雲大佐は近くにいない。

 すでに見限っている月代はどうでもいい存在になっていたから気にもならなかったが。

 発射音が三つ遠くで鳴る。

 それからが連続して榴弾弾が敵陣地内で炸裂した。

『最終弾発射』 

 山砲中隊長から電話越しに報告を受ける。

 更に炸裂する榴弾。

 砂埃と硝煙の霧で視界が遮られる中、背を向けて逃げ出すフーゼが見えた。

 月代は立ち上がり刀を敵陣に向け突き出す。

 それと同時に「突撃に進め!」と叫び敵陣に駆け出した。

 ラッパ手は遅れまいと彼の背中を追いながら高らかに突撃の譜を演奏している。

 衛本も「突撃に進め!」と軍刀を抜き放ち、遅れまいと必死に駆け出す。

 その号令に触発され次々と兵士たちが立ち上がり喊声を上げて突進した。

 まばらに銃声が鳴ったが、すぐに沈黙。

 そんな光景を目を細めて見るソルは、ほんの少しだけ口を尖らせていた。

 こんな野蛮な人間たちと同盟を結んだ本国の本意がまったく理解できない。

 非効率的な風景をみると不満が出てくる性質だった。


 

 十数名の死傷者を出したもののフーゼを追い払うことができた。だが遺棄された機関銃を調べるとそれがソコク製のものであることが判明し、深刻な問題になっていた。

 あの強大な国が本格的に南下するのが遠い未来ではないことがわったからだ。

 オーワの反対勢力に武器と弾薬を供与し、弱体化を図り出したのだ。

 装備品などはすぐにどこの国のものだとわかるものである。

 つまり、堂々と侵攻を始めたということになる。

 だが、虎州国境守備隊長である月代は別のことで困惑していた。 

 ソコクが何をしようがどうでもいいぐらいに。

『マーレ・トランクイリタティスの使者と婚姻し、共闘して虎州の要点を確保せよ』

 伝書鳩が運んでくれた命令書を見て、月代は本当に頭を抱えた。

 婚姻をせよ。

 まさかそんな命令を受けるとは思いもよらなかった。

 それに四十三になる月代からすればひとまわりどころか半分に満たない年齢にしか見えない若い女性だ。

 罪悪感さえある。

 ――きみの妻になるものだ。

 まさか本当のことだとは思わなかった。

 しかもマーレ・トランクイリタティスの軍人だという。

 異様な風体(ふうてい)(あやかし)達が作ったという噂の国だ。

 一〇〇年ほど前に北のソコクと南のジェンに挟まれている大陸北部の荒野に突如現れたという。

 何度か外敵の侵攻を受けるも、マーレ・トランクイリタティスの民は地獄の炎を操る術により一瞬にして敵の都市を熔かし追い払っていた。

 不可侵の国とも呼ばれている由縁である。

 そんな国がなぜオーワ帝国という東の端になる三等国と手を結ぶのか。

 月代は理解ができなかった。

 疑問はあったが、命令である。

 ソルと出会ったその夜に、ふたりは婚姻関係を結ぶことになった。

 もちろん形だけである。

 月代はもう二度と妻子を持つつもりはなかった。

 それでも一応大切な国の政策である。

 彼の宿舎にソルが住み込み、そして文書でマーレ・トランクイリタティスと同盟を結んだことと派遣されたその国の軍人と守備隊長が結婚したことを通知していた。

「これが夫と妻というものか」

 ソルは相変わらず無表情だ。

 ただ、黒一色の軍服でなく大陸東南部の『アオザイ』と呼ばれる民族衣装に似た白い服を着用しているため、全身白一色の彼女は何か人間離れした存在に見えた。

「……」

 どう答えたらいいかわからず、着物姿の月代は困った顔をした。

 すでに火が暮れ、闇と静けさに包まれたフーシュ。

 鉄製の薪ストーブを前にして二人はソファーに座っていた。

 夜は冷えるため、暖を取る必要があった。

「わたしもオーワのことはしらべている、夫婦というものがいっしょにくらすということぐらいは」

 彼は本当に不思議なことを言う娘だと思った。

「あなたの国は結婚というものがないような言い方だ」

「ああ、ない」

 ――ない。

 月代は口だけ動かして復唱し固まった。

 驚いているようだ。

「……子供は」

「遺伝子を配合するあいてがいたらこどもをつくる」

「そうか」

 彼はそれ以上は聞かない。

 なんでそんな当たり前のことを聞くんだろうという表情をされたからだ。

 家という概念がない民である。

 国全体で管理されている種族であった。

 そのため、ソルには苗字に当たるものがないのだ。 

「ところで夫殿」

「うん」

「交尾はどうすればよい」

 ブッ。

 月代は口にしていたお茶を噴き出した。

 その勢いで気管に入ったのだろう、激しく咽る。

「なにか変なことをいったか?」

 ほんの少し表情を曇らせるソル。

 こうしてみると彼女はけっして無表情ではないことがわかる。

 表情が著しく乏しいだけであった。

「覚悟はできている」

 彼女は相変わらず無表情なまま言った。

 月代は困った顔をする。

 どうやったらする必要がないことを理解してもらえるか。

 彼は必死に考えを巡らせていた。

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