負の遺産2
紫宸殿の開いた扉の奥で、赤く揺らめく灯りが見える。
消火は間に合うか……。
「保憲様、人を集めて火を消す手配をお願い致します。あと、蔵人をつかいお帝を避難させて下さい」
「わ、わかった」
「私は忠行様を止めてきます」
忠行を捕らえなければ妨害されるだろう。俺は煙を上げる紫宸殿へ向かう。
「な、なぜ忠行様が……」
「今は考えている余裕がございません。急ぎ動いて下さい」
内裏に火を点ける。その忠行の行動をどう取り繕えばいいか分からない。忠行は藤原では無く天皇を狙っている?
雑念を置いておいて前庭を駆けた。
「忠行様! なぜ火を点けられたのですか!」
紫宸殿の中へ入ると衛兵と忠行が対峙していた。
火は既に勢いを増している。消火も間に合わない。忠行の犯行も誤魔化しがきかない。
「皆さん、ここは私が対処致します。皆さんはお帝を安全な場所へ避難させて下さい」
「遥晃」
「じきに火が広がります。急いでください!」
無理矢理、衛兵を外へ出した。忠行と2人、炎の中向き合う。
「遥晃、貴様の作った蝋燭がこのような災害を生むのだ」
ケタケタと笑いながら忠行が蝋燭を振り回す。
逆の手には燭台を持ち、剣先をこちらへ向けている。
「この燈台も剣を付けた。貴様のしたことは災いを起こすのだ」
「ふざけないで下さい。なぜこのような真似をするのですか。忠行様なら藤原を意のままに操り権力を手中に収めれる筈です」
「そんなもの私はいらぬ。狂った輩を始末せねば我が恨みは晴らせぬのだ」
忠行は蝋燭を投げ捨て、燭台を両手に構え、こちらを威嚇する。
近付くことは出来ない。
「我が祖先の愛した藤原薬子はこの都の者達の祖先に殺された。我が家系は代々恨みを引き継いできたのだ。この都も、居座り続けてる悪鬼共も潰さねばならぬのだ」
「……くだらない」
「何!」
ため息が漏れる。
「その件は忠行様が受けた事ではございません。お帝達が手を下したわけでもございません。全て過去の話です」
忠行の言っていることは平安京に遷都した頃に起こった話だ。この時代で最後に死刑が執行された150年前の出来事。それを口実にして忠行は事件を起こしていたらしい。
「貴様にはわかるまい! 我が祖先の恨みは生半可な物では無いのだ!」
「それは当時の方に向けるべきで、今の人達には関係の無いことです。恨みをぶつけても、ただ恨みが広がっていくだけです。どれだけ経っても解決しません」
1000年後から来たから分かる。過去の話は只の歴史になるのだ。
それならば手を取り、共に歩む方がいい。因縁を付けた所で発展性など無いのだから。
「初手を防ぎ、最早忠行様が帝に危害を加える余地は無くなりました。それを降ろしてここを出ましょう。一時の気の迷いだったのです。忠行様のお力と私の説得があれば如何様にも誤魔化せます」
熱い風が頬を撫でる。早く出なければいけない。忠行は臨戦態勢を解かなかった。
「過去とは決別すべきです。ここを出てやり直しましょう。互いに利のある物を創って行けばよいではないですか」
忠行はしばし考えた後剣先を地面に付けた。最早抗うすべが無いことを悟ったようだった。
「よかった。急いでここを出ましょう。今からでもいくらでもやり直せます。……忠行様?」
忠行は剣先を引きずり、床に線を引いていく。
「貴様のせいで我が誅罰は遂行できぬのだろう。時に遥晃。貴様は藤原を再び纏め上げることを望んでおるのだろう?」
ガリガリと自身を中心として五芒星を作っていく。
「奴等を動かすことはできぬ。貴様の言葉に耳を傾けぬよう忠告しておる。九条無き今、藤原の争いは止められぬ。ふ、ふはははは」
高笑いを終えると忠行はぶつぶつと呪文を唱え始めた。
いけない。どこか達観している。刺し違えても止めないといけない気がした。
「忠行様! お止めください! 術などこの世には存在しません!」
急いで駆け寄る。忠行の言う通りだ。忠行がいなければ藤原を動かすことは難しい。
「貴様とは違う! 地獄の冥府よ! 我が身を贄とし、呪でこの世を覆いたまえ!」
「やめろー!」
忠行は剣先を自身の喉元へ向けると躊躇なく刺した。
戸惑いの無いその一突きは剣を根元まで飲み込み、貫通する。
首の後ろから血が吹き出る。
間に合わなかった。忠行は顔を歪ませ事切れる。
この都に忠行の呪いが残ってしまった




