物語の終演
「何を言っておる。いきなりふざけたことを」
平静を装い、忠行が言い返してくる。俺の言葉に驚いたであろう保憲は何かを言いたそうにしたが首を横に振り沈黙を保った。
「もっと前から説明をするべきでしょうか。忠行様は藤原家の分裂を画策しておられました。位の優劣を煽り、争いを起こそうとしていましたね」
「なっ、何を……」
「しかし、師輔様は誘いに乗らなかった。そこであなたはまず師輔様のご子息の三兄弟に矛先を向けた」
忠行の言葉を遮り言葉を続けると、諦めたようにこちらの話しを聞くようになる。
「其々に異なることを吹き込んでいたのでしょう。師輔様には兼家様を重用すること、伊尹様には弟達を持ち上げること、兼通様には皆を主導すること、兼家様には兄弟を支えて控えること」
互いに言われた事の確認を取れないように、忠行の指示であることを漏らさないようにさせる。
そうすることで皆の間に少しずつ溝を作っていった。
「互いに疑心暗鬼を抱くようになった所で、保憲様を使い兄弟の不信を決定的な物にするつもりでしたね」
保憲は忠行に見限られていた。術を継承されず、息子の光栄に手をかけていたはずなのに兼通の家に遣わされている。
これは当時の口の軽かった性格を利用する物だったのだろう。
「事故を装い兼通様が兼家様に呪いをかけていることを漏らそうと言う魂胆があった。それで2人の確執が深まると共に犯罪を犯した息子を理由に師輔様を糾弾させるつもりだったのでしょう」
「もういい」
呆れたように忠行が吐き捨てる。
「いきなり何を言い出すかと思えば貴様の妄想を垂れ流しているだけではないか。兼家様が位を下げられて落胆するのも分かるが狂言はその辺でやめておけ。保憲、お前も早く戻らぬか」
「師輔様は毒殺されました」
「なっ!」
家に戻ろうとする忠行にそう告げる。忠行はぴたりと足を止め、保憲は俺に呼応するように感嘆を漏らす。
「三兄弟の確執を煽るどころか藤原氏が結束してしまったことに焦ったのでしょう。忠行様は強行策に出た……」
「ばっ、馬鹿馬鹿しい! 何故それで私のせいにされなければならぬのだ!」
「人を殺しているからですよ」
嵯峨天皇の時代、今から140年前にこの国は死刑を廃止した。
それより今に至るまで、重罪人であっても最高刑は流罪で済まされている。
怨霊を畏怖するこの時代だからだろう。人をその手で殺めれば必ず呪いが頭を過る。
貴族達は揚げ足を取って遠方に流すことはしても人を殺すような真似は出来ない。
もしできたとして、占いや迷信を信じる高明の様な人間なら師輔の影に怯える筈だ。
「師輔様が亡くなったことにより利を得た方達は怨霊に怯える事はございませんでした。そもそもそういった事ができる上に近くにいることができた方は忠行様、あなたしかいないのですよ」
「何を! 師輔の死で実頼は利を得ておるではないか! 何故私を疑う!」
焦りが出てきたのだろう。常に会話の主導権をこちらが握っていた。もう忠行に逃れる術はない。
「実頼様は利を逸しております。九条からの温情を下回ることは時期に気付くでしょう」
「ふ、藤原を貶めると言うなら高明こそ」
「高明様は師輔様の後ろ楯により昇進が叶いました。大納言である現状で後ろ楯を自ら消すような真似をする方ではございません」
「くっ、じょ……」
「浄蔵様は九条に厚く奉公を受けておりました。毒殺を教唆していただいたのもあの方です。そもそも……」
もはや自分の言葉に気付いていないのだろう。過ちを指摘する。
「都随一の術師である忠行様が今の一度も怨霊に罪を着せないのはどう言うことなのでしょう」
「あぐっ……! それは貴様が」
「こちらを妄言と言い伏せるのならその一言で事足りた筈です。即ち核心を突かれ狼狽えている証拠」
「ち、違う! 私は……ど、どけ! そこをどけ保憲!」
「なりません父上。まだ遥晃様の言葉は済んでおりません」
「な、何?」
「忠行様、保憲様には予てより私が術の指導を施しておりました」
「なっ……」
交互に顔を見やる忠行に止めを刺す。
「私と保憲様は通じております。もはや忠行様に退路は無いのですよ」
「私は、わた……」
「今までの事に加え、お帝に広平親王を皇太子に推している人間が誰なのか、その裏を取ればすぐに明るみに出ます」
「な、なぜそこまで……」
「藤原氏を政界から消さんとする忠行様の陰謀は既に把握されました。どうかお認めになってください」
「くっ、ぐううう」
忠行は低く唸り、跪いた。
彼の計画はギリギリの所で阻止できたのだろう。
ほっと胸を撫で下ろした。




