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雨の1日

 今日は雨が降っていた。

 傘……は高級品だがみのと笠は自前で用意できている。農村出身の梨花さんお手製の雨具だ。

 優しさに包まれながら職場へ向かう。カッパに比べれば防水性は低いが、そこまで雨も強くないし問題はなかった。


 昨日と同じく掃除をしていると、思ったより人と会わない。


「今日は何か行事があるのか?」


「いや、何もないはずだけど。どうした?」


 掃除をしながら正宣に話しかける。


「いや、あまり人に会わない気がして」


「あぁ、雨の日は休む方は多いな」


 基本的に、貴族は年中無休らしい。仕事内容は議会と書類整理。朝の7時から11時の鐘がなる頃まで仕事をして帰る。4時間勤務だ。ギリシャ人もびっくり。


 で、決まった休みは無いが何かと理由をつけて休むことはあるらしい。

 一番多いのが仮病。次に多いのが暦の偽造だ。

 貴族はスケジュールを占いによって決めている。占いで悪い結果が出た日には物忌ものいみと言って自宅謹慎をするのだが、それを占い師に無理矢理作らせ休みを得ているらしい。


 あまりにも休みすぎるとおとがめがあるらしいが。


 自分達も前もって伝えておけば休みは貰える。ただ、生活が逼迫している状況では1日休むことすら死活問題になるし、布や鍬のボーナスもほぼ皆勤しないと貰うことができない。


 正宣のような貴族息子にはそんな困窮した状況は起こらないから適当に休んでいる。

 特に今日みたいな雨の日は決まって休みが多いらしい。


 貴族は緩い。優雅な生活を送っている。

 羨ましいけど祖先から続けてきた努力の結果なんだろう。他人の芝生を見てばかりじゃなく、まずは自分の家族を養う事を考えなくちゃいけない。


 明日は休みだから何か出来るか考えよう。




  *  *  *


「じゃあ行ってくる」


 遥晃様を見送る。


 雨の日は何もできないからいつも気分がどんよりしてたけど、今日はなぜかそんなことはなかった。


 遥晃様が記憶が無くなったと言った日から不思議なことが立て続けて起こっているからね。きっと。


「母ちゃん、今日のごはんもおいしかったね」


「ええ。父ちゃん何でも知ってるわね。すごいね」


「うん、すごいー」


 魚を使って汁物が美味しくなる。魚の塩気が減って柔らかくなる。


 取ってきたワラビに灰をかけたときはびっくりした。


「騙されたと思って食べてごらん」


 今日の朝食べたワラビは苦味が消えていた。


 怨霊に憑かれたんじゃないかとか思ったりもしたけど、そんなんじゃない。

 こんなに楽しい食卓なんて今まで経験したこと無かった。

 法力を間近で見てるみたい。


 掃除をして、夕飯の下ごしらえをする。


 ――あ、いけない。麦が足りないわ。遥晃様、雨の日はできるだけ出掛けないようにって言ってたけど、食事もしっかり摂らないといけないって言ってたし。


 ……うん、近くだしさっと行ってこよう。


「吉平、吉昌。母ちゃんちょっと買い物してくるからね。お留守番頼んだよ」


「えー! 俺もいくー!」


「ぼくもー!」


 ……どうしようかしら。






「じゃっぱじゃっぱじゃっぱ!」


「だっぱだっぱ!」


「こーら! あまり跳び跳ねないの。父ちゃん言ってたでしょ。からだ冷えちゃうから濡らさないようにしなさい」


「……はーい」


 結局連れてきちゃった。特に息子達は気を付けなきゃって言われてるから急いで済ませないと。


 麦を買って、小走りで家まで戻る。お米、少なくなってきたけど、やりくりしなきゃ。今は遥晃様、給料少ないけど何とかするって言ってくれてるし、それまで何とかかんばっ……あっ!


 小走りで急いでいたら石につまずいた。

 こけることは無かったけど大事な麦が少しこぼれてしまった。


「あーあ、もったいないー」


 吉平が拾おうとする。


「あ、ちょっと待って!」


『えーっと、『くうきちゅう』には『きん』がいて……あー! 何て言ったらいいんだろう。ここには目に見えない病気の元が漂ってるんだけど……』


 遥晃様はたまに分からない言葉を使うようになった。でも、不思議な法術を使えるようになってる。神様か仙人か乗り移ったのかもしれない。

 そんな遥晃様が言っていた。


『少しの病気の元だと人間が勝つから病気にはならないんだけど、土には人間が負けてしまうくらい強い病気の元がいるから食べ物を落としたら拾ってはいけないよ。それを食べちゃうと俺でも手に負えない病気になっちゃうから』――




「父ちゃんがね、落としたご飯は拾っちゃうと病気になるって。勿体ないけどこれは捨てて急いで帰りましょ」


「……うん、わかった!」


 もう一度麦を見る。大丈夫、そこまで落としてない。


 ……あっ!


 雨に濡れないようにしていた蓋を開けて愕然とする。


 ……これ、大麦……

 どうしよう……


 ご飯に混ぜると固くて美味しくなくなる……いつも気を付けてたのに……


 どうしてこんなおっちょこちょいなんだろう!


 新しく麦を買うお金がない。濡れてしまったし、こぼしてしまったから交換もできない。


 もう! 何でこんな……


 雨が強くなってくる。

 いけない。取り敢えず帰ろう。これはしょうがない。息子達を濡らしちゃいけないんだ。


 麦は諦めて急いで家に帰る。





 家に着いた。

 えっと、まずは台所に麦を置いて……


「かえってきたらてをあらうー」


「雨がふったらまきをふやすー」


「ふくをぬいでからだをふくー」


「かあちゃん、ぬのー!」


「あ、はい!」


 息子達の言葉に驚く。遥晃様に言われたことをしっかり守ってる。


 水に濡れたままだと体が冷えて病気が入ってくる。濡れたら服を脱いで体を拭いて、着替える。


 あと、生姜を細かく切って鍋にいれた。


『生姜は温めてお湯と一緒に飲むと体が暖まるから、雨に濡れたら直ぐに飲むように』


 言われた事を守る。遥晃様の分も用意しなきゃ。




「あったまりますぞー」


「ますぞー」


 火と生姜湯で体を温める。

 本当に体の中から温まる。まるで遥晃様に抱かれているみたい。


 遥晃様の法力に胸の鼓動が高鳴る。ああ――


「かあちゃん、かおあかいよ。だいじょうぶ?」


 あ、うっとりしてたところを吉平に呼び戻された。


 そうだ、大麦でも仕方ない。夕食の準備をしなきゃ。


 お湯を飲み終えると台所へ向かった。





「いやー! 雨強くなったなー! ただいまー!」


 いつもより早く遥晃様が帰ってきた。


「とうちゃん! ただいまー!」


「ただいまー!」


「あはは、待ってた人はおかえりっていうんだぞ」


「おかえりー」


「そうそう」


 うちでは最近変わった挨拶が流行っている。何でも「只今戻りました」「お帰りなさいませ」を短くしているらしい。息子達が真似をしている。


 料理の途中だったけど遥晃様に出来事を報告する。怒られる事もなく、逆に誉められた。


 そして夜も法力を見せつけられた。


 遥晃様は大麦を鉢で砕いてお粥に混ぜた。

 大麦の入ったお粥は固くて食べにくかったのに、お粥にしっかり溶け込んでいる。


 食べやすくなってた。


 思わず涙が溢れる。


 何度も謝る私に、


「じゃあ、俺のこと今度からはるさんって呼んでよ」


 と言ってきた。それがお仕置きだって。


「はる、さん……」


 口に出すと鼓動が高鳴る。顔が熱くなる。

 高まりが止まらない!


「はるさん」


 もう一度言ってみた。もじもじしてくる。ああ、これもはるさんの術なのか。


 恥ずかしくて目が合わせられなくなった。




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