真犯人
収穫できた大豆をいくらか貰い、煮豆を作ってもらう。沸騰したお湯にくぐらせた藁を束ねて煮豆をくるみ、服の中に1日入れておいた。
臭いが出てくると捨てられるかもしれないので仕事は休ませてもらう。
保温しておいた豆はいい匂いを出していた。
「はるさーん……」
1日かけて発酵させた豆は物置に保管する。次の日の朝、物置から漏れてくる芳醇な香りに耐えきれなくなった梨花さんが恨めしそうに訴えてきた。
「ごめんごめん。今日中に処分するから置かせてください」
冷暗所に置いて熟成させれば完成だ。夕方には食べれるようになっているだろう。
一段落ついて安心し、仕事に向かった。
* * *
「失礼します」
「保憲様、どうぞいらっしゃいました。こちらへお掛けください」
仕事を終えると、話があるからと保憲を家へ呼び寄せた。保憲には食卓に着いていてもらい、俺は物置へ向かう。
昨日から置いてある藁の塊を集めていると吉平が顔を出し、小声で告げ口してくる。
「父さんが仕事に行ってる間、母さんちょっと怒ってたよ」
「はは……」
梨花さんはとにかく発酵臭がダメみたいだ。今回は急ぎだったからしょうがないが、今後は荘園に場所を借りて作ってもらおう。
「お待たせしました。こちら、新しく作った納豆と言うものです」
食卓に戻り、藁を解いて納豆を取り出した。
「ん? これが納豆、ですか? 私の知っているものとちょっと違うようですが」
「はるさん、それ糸引いてますよ……」
納豆を椀に移していると顰蹙を買う。
この時代にも納豆という名前の食べ物があるのか?
「父さん、失敗したんじゃないの?」
いや、多分大丈夫な筈だ。
漬けていた味噌の底に貯まっていた汁を少しかけ、かき混ぜる。納豆の粘り気が増す。
一口食べてみるが、大丈夫。ちゃんとした納豆だった。
「いえ、これでいいはずです。騙されたと思って食べてみてください」
訝しい顔をしながら保憲が一口食べる。
「ん? うん……変わった味がしますね」
「はるさん、糸が引いてて食べづらいです……」
納豆を作ることはできたが、あまり良い評価は貰えなかった。兎に角体にいいものだからと食べてもらう。
渋々ながら完食してもらった。確認が済んだ所で話の核心に移る。
「梨花さん、平昌。少し席を外して貰えるかな」
3人に家を出てもらう。食器を洗いに川へ向かってもらった。
「保憲様、5月に師輔様が亡くなりましたが」
皆の足音が聞こえなくなってから保憲に打ち明ける。
「あれはある者により殺された物です」
「な、なんですって!」
一際大きい声を出して保憲が驚く。
「すみません、お静かにお願い致します」
「あっ、申し訳ございません」
「犯人の目星は付いています。それで、保憲様に助力を頂きたく思い、本日はお呼びした次第なのです」
「えぇ……。それは大変な事ですが、私に何かできるのでしょうか……」
「はい。今から説明させていただきます……」
一通り説明を終えると手筈を整え家を出た。辺りは既に暗くなっている。
* * *
保憲に、屋敷に入って呼び出して貰う。狩衣を纏った普段着の忠行に出てきてもらった。
腰に目をやる。刀は置いてきている。
「どうした遥晃、こんな時間に訪ねてきて」
少し気分を害した声で聞いてくる。家に戻らせないよう保憲に門の前に陣取って貰った。
「忠行様、私がここに来た理由が分かりませんか?」
「はっ?」
「一連の事件、全て繋がりました。もうしらを切るのはやめましょう」
「……っ!」
「は、遥晃……まさか」
忠行の表情が僅かに動く。こちらの真意を悟った保憲が驚き目を見開いた。
「右大臣藤原師輔様に手をかけ、死に追いやった真犯人は加茂忠行様。あなたですね」
月明かりの中、風に揺れる木のざわめきと虫の鳴く声が大きくなる。
言い逃れはさせない。藤原を分断し、兼家を失意の底に落とした張本人。必ず罪を認めさせ、藤原家の凋落を食い止める。
込み上げてくる怒りを抑え、不穏な動きを取られないよう注視し、忠行と対峙した。




