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謁見

 

 占いの評判は少しずつだが広まっていった。


 左大臣実頼はいまだ近づくことはできていないが、師尹も顔を見せるようになる。


 それでも事件の核心に迫れている気がしない。寧ろ彼等は事件と関わりが無いんじゃないかという直感だけが大きくなっていく。


「遥晃、もう無理をするな。顔色が悪くなっているぞ」


「いえ、この程度、何も問題ありませんよ」


 占いを終え一息つくと、保憲に心配される。俺は占いの他にも天文得業生として天体の観察を行っていた。

 週に2回だから問題ないと思っていたが、顔に疲れが見えているらしい。


 それでも、犯人の手がかりを見つけなければならない。憔悴しきっている兼家の為にも早く解決しなければ。


 頭はぼんやりとしているが、休むことよりも真相の解明を渇望していた。





「吉備津遥晃に用がある」


 夕刻、書類の整理をしていると蔵人くろうどが訪ねてきた。天皇の秘書で、以前まで伊尹が勤めていた役職だ。


「はい、私ですがいかが致しましたか」


「着いてきて貰おう。お帝がお呼びだ」


 陰陽寮の中が一瞬ざわりと騒ぐ。天皇が呼んでる? 考える余裕もない。蔵人に連れられ内裏へ向かった。





 保憲と雨乞いをした庭を進み、紫宸殿に上げられる。藤原家が皆で植えた橘は実を付け、色づき始めていた。


 広間の中平伏していると、すだれに遮られた一段高い上座で衣擦れの音がする。


「ご苦労。すまぬが下がってもらえるか」


「はっ」


 共にいた蔵人が部屋を出て二人きりになった、らしい。

 暫く静寂が訪れた。


「急な呼びつけだが、聞きたいことがあってな。陰陽寮に属してよりお前の噂は予々(かねがね)耳に届いておる」


「……」


 嫌な予感がした。先に目星を付けていた実頼や高明に犯行の臭いを感じ取れなかった。

 藤原家を混沌とさせて利をこうむる人間。

 その考えでいくと目の前にいる天皇も容疑者の1人に上がることに気付いた。


「吉備津遥晃、朕の思い違いではないと考えているが、陰陽助おんみょうのすけ加茂保憲の執った祈雨はお前の術だったのではないか?」


「はっ? あっ……」


 言葉に詰まる。見透かされていた?


「2年前か? 天変を予知したと聞いた時からお前の事は気にかけておってな。兼家の始めた荘園も、そこに立てられておるろうそくもお前が噛んでおるのだろう?」


 何が目的なのだろうか。ここに来て犯行を自供するのか。こちらの動きは全て見られていた。

 二人になったということは、それはつまり……


 体に力が入る。


「お前の陰なる働き、礼を言う」


「……はっ?」


 言葉が上擦る。筋肉が弛緩した。


「朕には及ばなかった民草への慈悲に感謝する。師輔のいた頃は藤原をもまとめあげていただろう。都の邪気も消えていると聞いた。現状、また藤原がいがみ合ってるのが気がかりだかな」


 かちり。


 天皇の言葉に高明に感じていた引っ掛かりか外れる。


「兼家達は惜しいが、もしやお前なら今ひとたび憂いを消せるのではと期待しておる」


 頭の中で解れていった理が1本の線に紡がれていく。

 高明は事件を起こせない。いや、彼等全てだ。

 もし、実行に移せたとしてもそれはすぐ表れる。変化が見られないのだ。彼らは犯人ではない。


「話が長くなったな。用と言うのはお前に占いを命じたくてな。今、憲平のりひらを皇太子に置いているのだが、長子の広平ひろひらに移譲すべきとの声が上がっておる。決断を下す前にお前の話を聞きたいのだ」


 皇太子の憲平は兼家の姉、安子が嫁ぎ子供も設けている。

 話に上がった広平は外戚に付いていた藤原が亡くなり力を失った為、後継争いに敗れたと聞いていた。


 広平が皇太子になれば天皇家に現職の藤原の血が無くなってしまう。この話を提案しているのも犯人の仕業だろう。


 犯人の目的は九条流だけではない。藤原氏全てを消し去るつもりなのだ。





 保憲……。こいつの存在をすっかり排除していた。もっと早々に犯人に辿り着けたじゃないか。


 全てが繋がる。そして、九条の復活の足掛かりも見つける。


「お帝。私などをこのように評価して頂き、感謝のしようがございません。ご依頼された占いは追ってお知らせ致します。お帝のお言葉を頂き、感無量にございます」


 皇太子をこのまま維持できれば九条はまだ助かる。

 黒幕を押さえて兼家を助ける。

 闇雲に足掻いていたことに一縷の望みを見付け、俺の体は歓喜に震えた。




 *  *  *


 謁見を終え、陰陽寮に戻ると保憲に心配される。問題が無かったことを告げ、兼家の屋敷に向かった。心労でやつれている兼家を早く安心させたい。


「遥晃様! いいところに!」


 屋敷の前で弥平次に会う。その取り乱しように胸騒ぎを感じた。


「お酒を召していた兼家様の容態が急変しました! お力を! 兼家様をお助けください!」


 兼家、暗殺。

 鈍い言葉が脳裏を過る。弥平次に連れられ中へ急いだ。





「……」


 兼家が広間でもがき、下人たちが目を潤ませうちひしがれている。

 その周りには大量の酒瓶が転がっていた。

 ただの飲みすぎだ。ため息が漏れる。


「兼家様を縁側に運びます。数人手伝いをお願いします。あと、飲み水を用意してください」


 兼家を抱え、縁の外に顔を出させる。

 持ってきてもらった水を無理矢理飲ませ、喉の奥に指を突っ込むと勢いよく胃の中身を吐き出した。


「グボボボボボ」


 胃の洗浄を何度か繰り返した後、水を飲ませ口をゆすぎ、服を替えさせ床に寝かせた。





「ぐうう……」


 頭痛にうなされているのだろうか。頭を時折抱え、顔を歪ませている。


「直に良くなると思います。寝ている間も嘔吐する事がありますので気管に入らないよう注視してください」


 一通りの処置を終え、席を立とうとする。


「遥晃……様」


 兼家が目を覚まし、涙を浮かべこちらを見ていた。


「申し訳、ございません。かかる重圧に耐えきれず、酒に逃げてしまいました……」


 今の境遇によほど不安だったのだろう。凛としていた兼家が捨てられた犬のように怯えている。


「兼家様、ご安心ください。策は見つかりました。必ず兼家様をお救い致します」


「しかし……」


「ご安心ください」


 弱りきっている兼家に強く応える。


「あぁ……あり、がとうございます。遥晃様のお言葉に気が楽になった気がします」


「兼家様がお困りの時はお助けすると約束いたしました。私が必ず解決致しますので気をお休め下さい」


「遥晃様……うっ、うぅ……」


 兼家はひとしきり涙を溢した後、寝息を立て始めた。

 失敗は許されない。犯人の思惑を打ち砕いて兼家を、藤原家を守ってみせる。





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