夢占い
兼家の陣営についていた俺は九条流の凋落と共に力を失う。元々兼家ありきの発言力だった訳だが、ともかく藤原家の中に入りあれこれと指示を出せる状況では無くなった。
それでも、今の自分に出来ることで解決の糸口を見つけなければいけない。
犯人を特定し、九条が再び国政に携わる土壌を作らないといつまでも国は変わらない。
俺は最初に師輔の下人達の消息を追った。師輔がいなくなり屋敷に仕える者はいなくなったが、何としても見つけなければならない人物がいた。
貴族には本来、暗殺を防ぐために食事には毒味役がいるはずだ。
大舎人の時に天皇の食事を配膳していたが、受け取るのは毒味役の男だった。
変色しやすい銀の箸を使い、食べた後数刻待つ。異変がないことを確かめて初めて口にできるのだ。
数日経って効果が出るように微量の毒を盛り続けていたかもしれないが、もしかしたら毒味役が何かを知っている可能性があった。
しかし、それは徒労に終わる。
毒味役はいくら探しても師輔が死ぬ前後から消息が分からなくなっていた。
犯人と繋がっていたのかもしれない。毒にあてられ死んでしまったかもしれない。
どちらにせよ、収穫は無かった。
次に、というか、平行して行っていた事がある。
「おはようございます、高明様」
「あぁ。今日も頼むぞ遥晃」
登庁は7時までに来ればいいのだが、朝の暗いうちから出勤するようにした。
保憲に願い入れ、早くに来る貴族の占いを見れるよう取り計らってもらう。
「鳥になる夢ですか。それは高明様の飛躍を暗示しているものと思われます」
嫌がっていた夢占いだが、兼家を通じて貴族と接する機会を失った以上、情報を集めるにはこれしか残っていなかった。
「そうか。吉夢を見れるとは清々しいな」
「障壁の無い空を羽ばたく鳥になれたのです。前途が明るい事を暗示しているでしょう」
言ってることなんて適当だ。占いなど、当たると思ってもらえればどんなことでも信じてくれる。こちらの言葉を都合よく解釈してくれるし、外れたことも例外として記憶から消してくれる。
満足そうに微笑む高明の右腕から覗く、黄色く染められた麻紐を見て計画が進んでいることを悟る。
高明はこちらを信じている。然り気無くラッキーアイテムを提示したが、こちらの言葉を呑み、麻紐を腕に結うようになった。
少しずつ彼の心に侵食していく。良いことがあれば俺のお陰、悪いことがあれば信心が足りないと思わせ、俺の言葉に依存させていく。
そうすればきっと事細かに内情を教えてくれるようになるはずだ。
犯人として怪しいのは、伊尹を操っていた左大臣家の実頼、頼忠親子。昇進を望めなかった師輔の弟、師尹。そして、藤原家では無いもので最も位の高いこの男、源高明だ。
実頼、師尹は師輔の兄弟だが、最も権力を有していた師輔に殺意を持っていた可能性がある。
実頼に関しては、左大臣の地位にあるのに右大臣だった師輔を疎ましく思っていたかもしれない。頼忠の前例もある。
師尹は荘園で貧民が働いていたことを一番に非難していたらしい。兼家が言っていた。
高明は師輔の娘壻だが、藤原家が結束したことにより、自分の地位を危惧したのかもしれない。
互いに動機が考えられる。しかし同時に矛盾も孕んでいる。
藤原家の面子は無理に争いを引き起こさなくても利益を享受できたはずだ。
寧ろその方が後代になってもいがみ合わず、歌合わせでも権力を争わずに楽しめたことも理解したはず。
師輔の存在がその利益よりも邪魔になったとは考えにくい。
高明に関してもそうだ。彼は師輔の執り成しのお陰で大納言の地位を貰っている。
師輔の後ろ楯を自ら消すのは矛盾している。
争いを起こさせて混乱に乗じて地位を奪おうとしているとも考えられるが、引っ掛かりを感じる。
まだ何も見つかってはいないが、解決を早めたいと焦っている自分がいる。
「兼家様、お食事は召されましたでしょうか」
「おお、遥晃。何の心配があるか。すこぶる快活であるぞ」
兼家はショックを隠そうと元気な振りをしている。
その顔は笑ってはいるが、頬がこけ、目がくぼみ、血色が悪くなっている。
現状に相当堪えていることは歴然としていた。
犯人を野放しにしていれば荘園の領民たちにも危害が及ぶ。
手懸かりはまだ無い。まとまらない考えが頭を常に支配する。もどかしさに爪を噛むことしかできなかった。




