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理想郷

 藤原家の構造改革が始まった。

 と言っても、やることなんて簡単な事だ。

 話し合い、意見を汲み取る。それだけで劇的に改善された。


 藤原家専用の目安箱も作る。落ちぶれた人や、遠縁の歌人等幅広く要望を聞くようにする。





「灌漑? ですか?」


 財については各個人の荘園の収入に委ねる事にした。

 しかし、少しでも発展できるよう技術を伝え、投資を惜しまない。


「はい。川から水が引けるように水路を掘っていきます。川沿いでしか育てられなかった米も広範囲で作付け出来るようになります」


「ふむ……」


 いかに税を搾り取るかしか考えて来なかった貴族には、耕作地を広げて収量を増やすということに理解が追い付かないのであろう。


 実験と称して作って見せ、数字を示して納得してもらうしかない。





 ただ、少しずつだが凝り固まっていた競争の概念が解れていっているのは感じられた。




 *  *  *


 大きな問題も起こらず年が明けた。この時代に来て2年弱。いつの間にか不惑の年を迎える。

 孔子曰く、四十にして惑わずだが、果たして迷いなく決断できるようになったのだろうか。


 新年早々、右大臣の屋敷に呼ばれる。今回は三兄弟は居なかった。


「お招き頂きありがとうございます」


「この度の働き、よくやった」


 右大臣の声は憂いを取り去ったような物だった。


「息子達の確執に手をこまねいていたのだが、それを解決せしめるとは。感謝してもしきれぬ」


 伊尹達が和解して一月。九条流は一層のまとまりを見せていた。


「権威とは勝ち取るものと思っておったが、相手の立場になることで解決することもあるのだな」


 手放しで褒められる。

 まだぎこちないが、藤原家でもいざこざは目立たなくなった。


「右大臣の技量のなせる事ですよ」


 師輔はこちらの意向を聞き入れると、藤原一族をまとめ上げ、的確に行動している。

 俺の理想を具現化出来ているのも、師輔を始めとした九条流の人間のお陰なのだろう。




 *  *  *


「ふわぁー、また馳走が並べられて……」


「皆さん、狭いですが適当に席についてください」


 荘園の人達で新年会を開く。田坂の人たちともろくに顔を合わせないまま仕事を任せていた。

 去年の慰労と、改めての紹介、そして今年の仕事の激励という名目で宴会をする。


 仕事ぶりを見ても、なりを見ても、もはや貧民とは呼べないほど立派になった。

 領民達は少しずつ自立していく。


「遥晃、これ……スンスン。もしかして酒が入ってるのか?」


 安則が瓶の口に鼻を近付け、聞いてくる。


「あぁ。祝いの席だから用意したけど、量が少ないから大事に飲んで下さい」


「本当かよ!」


 一斉に席に着く。貪るように瓶を凝視していた。




 浄蔵に話を聞いたら、寺でも酒造りをしていた事が分かった。

 この日のために造ってもらうように頼む。


 それでも、以前兼家から飲ませて貰った酒は、甘くドロリとしていた。

 きっと発酵が不十分なのだろう。


 麹でデンプンを糖に分解したあと、暫く密閉して保存してもらう。

 酵母は、好気下ではデンプンを分解し、嫌気下でアルコール発酵をする。

 アルコールを作る条件が足りないのかもしれないから、そこだけ指示を出した。




「えー、と。今日は……あれ?」


 皆が席に付いたことを確認して挨拶をしようとした。けど、皆がこちらに平伏してなんとも言えなくなる。


「あの、皆さん。辛気臭くなるのもどうかと思いますので……」


「遥晃様! 何から何まで有り難うございます!」


「おら、下人だった頃でもこんなもの食ったことねえべし」


「ならず者だった俺たちをここまでよくしてくれて、礼の言い様が無い」


 口々に感謝の意を述べられる。


「あはは、まず皆さん顔を上げてください。せっかくの宴会なので楽しみましょう。えぇと、何か気の抜ける話でもしますか」


 微動だにしない彼らに苦笑しつつ、言葉を続ける。


「私ですが、去年の秋に陰陽寮に配属になりましたが、その前の皆さんと初めて会った頃は大舎人でした」


 きょとんとした数人が顔を上げる。


「無位下級官です。今でも学生なので処遇は変わりませんが、言われるほど私には力は無いのです」


 今を生きることに精一杯だったのが、ひょんな事で兼家と知り合い、藤原家と右京を動かすまでになっている。


 皆が言うほどたいそれた事はしていないし、寧ろ荘園を切り開いたのは領民達だ。


「料理も悪くなるといけないので、食べましょう。体を起こしてください」


 お酒に口を付ける。以前ほどの甘さは無く、それなりに飲める仕上がりになっている。

 アルコールが染み渡る。


 保存食ばかりでつまみだけのような宴席だが、皆も少しずつ皿に手を伸ばしていった。





「私は遠い国よりこちらに来たのですが」


 ふと、前世の記憶を辿る。


「その国では庶民も娯楽を楽しめてました」


 余程の事が無ければ皆に仕事が与えられ、不自由の無い生活が送られる。


 つらつらと、元の世界の話を続けた。

 皆手を止め、話を聞いている。


 彼らの頭にはどのような世界が移っているのだろうか。

 この時代で、前世の世界にどれだけ近付けられるだろうか。

 この荘園を皆で理想郷に変えていきたい。いや、変えていける。庶民も不自由無く生きていける世界を作る。


 都を変えれる。藤原家の団結は俺に大きな自信を付けてくれた。

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