智謀1
「道秦、お主に九字の極意を授ける」
――俺は保憲を使い、道秦に術を教える。
――と、言っても。
「唐より伝えられし強力な術式だ。刮目せよ。臨兵闘者皆陣列在前!」
――陰陽師や忍者物の話でよく見ていた意味の分からない掛け声なのだが。
「おお……流石は保憲様。術を使った途端気が昂っているのが分かります」
「お主に授ける。使い道を誤るなよ」
――道秦は大変気に入ったらしい。雨乞いを成功させた保憲から授かった術だ。喜ばないはずはない。
* * *
「兼通様、お待ち下さい!」
「何だと言うのだ保憲。いいから袖を離せ」
兼通の屋敷の門前で2人の悶着が見える。保憲も中々の役者だ。違和感もなく役に成りきっている。
頃合いを見計らって2人の元へと近付いていく。
「それ以上進んでは危険です。禍々しい気を感じるのです」
「む、そうなのか? では道秦を使い……」
「私ですら気を感じるだけで出所を把握できないのです。道秦では……、あ! 遥晃! 良いところへ」
「これは兼通様に保憲様」
「お前、何故こんなところにいる」
兼通が睨んでくる。
「この辺りに強い邪気を感じたので解呪をしようと思っていたのですよ」
「何? お前にも感じるのか?」
弱気な声で聞いてきた。
「兼通様、こいつは最近陰陽寮に配属された者なのですが私をも凌ぐ法力の持ち主。こいつに力を協して貰いましょう」
「遥晃! 貴様の言った通り炒り豆を敷いているのだぞ! どうなっているのだ」
兼通は焦りだし、目が泳いでいる。
俺は軽く聞き流し、術を唱える振りをした。
「これは何者かの策でしょう。門前に強い気を感じます。申し訳ございませんが鍬を用意していただけますか?」
鍬を持ってきてもらい、目印に置いていた石の周りを掘り起こす。
土の中から「呪」と書かれた紙で蓋をされた壺が出てきた。
「ひっ」
兼通がひきつった声を出す。俺はまた術をかける振りをして紙を剥がした。
「これで呪は解けました。兼通様、もし気付かずにこの壺を跨いでいたら命を取られていましたよ」
「そ、そうなのか……遥晃、よくやった」
「流石は遥晃だ。私にも見つけられなかった根源を見事探しだした。兼通様の命を救ってくれたことに礼を言う」
「いえ、まだです」
「むっ?」
「この呪を施した者を見つけ出さねばいずれ同じ事が起こるでしょう。今回は何とか対処できましたが、次回も凌げるとは……」
「頼む遥晃! 何とかしてくれ!」
懇願してくる兼通に笑いを堪えながら、蓋にしていた紙で飛行機を折る。
屋敷に向けて飛ばすとふらふらと飛んでいった。
「何故屋敷に飛んだのだ……まさか」
「ええ。これを仕組んだ者は屋敷の中にいます」
「臨兵闘者皆陣列在前! きえーっ! あ、保憲様! これは素晴らしい術ですな。むっ、貴様遥晃! なぜここに!」
道秦の部屋に行くと恥ずかしげもなく術の練習をしていた。
息子の自慰に遭遇した母親の気持ちが分かってしまう。
「お主だな。兼通様の命を奪わんとする曲者は」
気を取り直して道秦に言葉を投げる。袖からこっそりと紙を取り出した。
「な、何を言い出すのだ。俺はなぜ貴様がここにいるかと問うておるのだ」
「問答無用! これが何よりの証拠!」
机の上から取り出した様に持っていた紙を見せつける。そこには藤原兼通の名前があり、周りを様々な模様で囲っていた物だった。
「な……、き、貴様。どう言うことだ」
兼通の怒りの矛先は完全に道秦に向けられている。
「えっ? はっ?」
何も分からない道秦は目をキョロキョロとさせながら状況を把握しようとしている。
兼通は刀を用意させ、道秦に斬りかかろうとした。
「お待ち下さい兼通様!」
すんでのところで刃が止まる。
「邪魔をするな遥晃!」
「いえ。この者、自分の体にも呪を施しています。切れば相手も死に引き摺り込まれてしまいます。こいつの命、私が預からせていただきます」
「うっ。くそっ、何とかしろ! 俺の命を狙ってきた男だ。生かしておくことも気に食わん。早く屋敷から追い出せ!」
道秦は状況も分からぬまま引きずり出され、屋敷の外に放り出された。道秦と兼通を引き剥がすことに成功した。
「貴様、もしや謀ったな」
土埃にまみれた道秦が見上げながら俺に言ってくる。
「ああ。すまなんだ」
「何の恨みがあってこのような真似を!」
いや、恨み辛みは山ほどあるんだけど、それは今回のでチャラにしてやるよ。
「とにかく、これで兼通様の元にはお前は戻れなくなった訳だ。でも、兼家様の所で匿ってやる。衣食を賄うから少し辛抱してくれないか?」
「なに?」
「ちゃんと事が済めばまた兼通様の元へ戻してやるから」
「遥晃、お前何か企んでいるのか?」
「世直し」
金と食べ物で渋々だが道秦に納得させた。何をするでも無いだろうが、いらん横槍が入って台無しになるといかない。
行動の読めない道秦を泳がしているといけないと思い、軟禁する事に決めた。
それにしてもあの兼通の焦り様。この時代の人は呪いを持ち出せば簡単に騙せてしまう。
「ぶふっ、はははは」
笑いが漏れた。これは使えるな。今後も何かあったら利用させてもらおう。
訝しがる道秦を連れて兼家の屋敷に戻った。




