右近
「遥晃様、お慈悲をくださいまして誠にありがとうございます」
花さんが完全にこちらに戻って来た。兼通が犯人じゃなかったから必要無いかもしれないが、重要な情報源になる。
「道秦様は田坂の人達を問題にして荘園を訴えるつもりでした」
花さんには引き続き、変わらぬ素振りで兼通の所へ向かわせる。
保憲と共に内情を探って貰うようにする。2人を呼び、報告を受けた。
「そうですか。以前同じ事があったのですが、兼通様は乗り気なのですか?」
「はい、これを気に以前荘園に反対してたらしいことを主張するおつもりのご様子でした」
兼通は貴族が騒いだ事を知らされていないのだろうか。
「分かりました。この件は保憲様に動いて頂きます。帝がお許しになってる事ですので、何とかして兼通様を止めないとあの方の立場が悪くなってしまいます」
「遥晃様、兼家様をご推薦なさっているのならその方が都合が良いのでは無いですか?」
「未だ犯人が分からぬ状況で兼通様の立場を悪くすると良くない気がするのです。退っ引きならない事態になったときに兼通様がどう動かれるかも分からないので」
「そうですか。畏まりました」
「この件は兼通様をお引き留めなさる程度で十分です」
保憲に対処を求める。綺麗事を並べても、俺のやってることは道秦と一緒だ。裏で情報を集めて問題の答えを探そうとしている。
結局俺と道秦は同じ穴の狢と言うわけだ。
花さんに、兼通の使いが来る前に誰かが訪ねて来なかったか聞いてみた。
しかし、顔見知りでもない人間だ。誰が来たとかは分かるはずもない。確かに人は来たらしい。
それが誰なのかは不明だが、確かに黒幕はいる。
なぜ、ここまで権力を奪い合うのだろう。
上流貴族は殆どを藤原北家で占めている。
兄弟親戚で足を引っ張り合い、権力闘争に負けると落ちぶれてしまう。
もっと一族の繁栄を願ってもいいのではないか。
兼通に対して余裕が出たせいで、再び疑問が浮かび上がってきた。
* * *
「右近に再び梅を植え替えるらしいのだが、協賛を貰えるか?」
兼家の屋敷に久々に伊尹が訪ねてきた。落雷によって燃えてしまった梅の木――術のせいでは断じて無い――を新しく植えようとしているらしい。
「はい、構いませんよ」
伊尹が言うには、左大臣家の方は桜の木を推しているらしい。
こんな植樹1本でも争いの火種になると言うのが何とも言えない。
天皇の側に植えられた木が自分達の功績であることが重要だと思っている。
そんなの、今回の雷のような事で直ぐに無くなってしまうだろうに。
つくづく貴族との価値基準が分からなくなる。
しかし何の気無い一事業が、呆気なく事件の黒幕を炙り出した。
* * *
「あら、保憲様。ようこそいらっしゃいました。お久しぶりですね」
保憲が家に来る。家族と会うのは久しぶりだ。吉平は正宣の屋敷に出ているが、吉昌は学友との再会を喜んでいた。
「お久しぶりにございます。あの、遥晃様。ちょっと宜しいですか?」
「はい、何かありましたか?」
家族に離れてもらい、保憲の報告を受け取る。保憲は小声で告げてきた。
「兼通様に、右近の植樹に橘を勧めるよう話が来ました」
来た。九条流では梅の木を推している。明らかに内部分裂を狙ってきてる。
しかし、伊尹も梅の木派だ。これだと兼通1人が孤立してしまう。
それを狙っているのだろうか。
「……その話を持ってきた人は把握していますか?」
「はい……」
誰が仕組んだ物なのか。そこを突き止めれば魂胆も浮かび上がってくる。
「伊尹様です」
保憲の報は、真犯人を決定付けた。しかし、それは俺が一番聞きたくない名前だった。
* * *
「では、兼通様が橘を勧めていることに間違いは無いのですね」
「はい」
花さんにも確認を取る。保憲と花さんが結託している可能性も微塵だがある。しかし、それは殆ど俺の願望だろう。
伊尹が弟2人を引き裂こうとしている。それは決定事項と思った方がいい。
犯人は分かった。後は動機を探らないといけないが……。
「兼家様、植樹の決定はいつ頃行われるのでしょう」
「議を通す物ですからね。半月ほど要するのでは無いでしょうか。案が対立すれば更に延びる事も考えられますが」
リミットは半月以内と言うことか。2人と思っていた兄弟喧嘩は3人でやっていた事だった。
伊尹は荘園の内情も知っている。貴族に密告することも可能だろう。
もしかしたらそれも伊尹の仕業かもしれない。
しかし、それは九条流を巻き込む話だった。
……何かが裏で手を引いている?
* * *
「遥晃、待たせたな。分かったぞ」
正宣と会う。伊尹に誰かが繋がっていないか噂好きの正宣に探偵を頼んだ。
流石は歩く噂発信装置。見事黒幕を見つけ出してくれた。
全ての辻褄が合う。貴族に噂を流したのは伊尹だった。
そして、伊尹は三兄弟を分裂させようとしている。
貴族のやっていることは馬鹿らしい。政治をそっちのけで足の引っ張り合いばかりしている。
もう我慢できない。こんな人間関係、俺が全部ぶっ潰してやる。




