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解呪

 空いた時間を利用して右京にできた荘園に来た。

 私のいない間に都も変化を遂げている。兼家様と遥晃が説得し、私有地にしたらしい。

 そこにはかつて知り合った田坂の人達が住んでいた。


「沙耶、遊びに来たよ」


「花様!」


 沙耶と耶枝の住む家に行くと、快く歓迎された。

 ここに来たのには理由があった。沙耶と再会したことで、私の中にある使命が芽生えたからだ。





 遥晃に騙され、道秦様と都を出た。そして、そんな私達を匿ってくれたのが田坂の人達だった。

 道秦様は占いと術で田坂の村を豊かにしていった。


「都の人間達は自分勝手で浅ましい。都の汚さを見てきたからここの方達の心の清さに私まで浄化されていくようだ」


 道秦様はいかに都が住みにくいかを事有る毎に説いていた。

 私も道秦様と共にこの村で生活することで、都にいた頃の穢れが取れていく。都から離れることが、人間が人間らしく生きていくための必要な事だったはずだ。





 流浪の民だった私達は冬になる前に田坂を離れる。歩き歩いて芦屋まで向かった。そこでまたしばらくの足休めをした。


 日課である遥晃への呪詛を唱えていると兼通様の遣いが来て、道秦様は都へ戻ると仰った。





「沙耶は都へ来ることは苦しく無かったのかい?」


 あれほど嫌っていた都へ連れて来られるのは苦しかっただろう。

 見た目を明るく取り繕ってはいるが、あの純真を体で表していた沙耶が汚れていくのは見たくない。


 何とか沙耶だけでも私が救い出したいと思ったのだ。


 道秦様は生活のため、苦渋の選択をして都へ戻って来た。私も苦しいが、決断をした道秦様を困らせることはできない。都の穢れに染まっていくのを感じながらも、道秦様のお側にいれることで何とか我慢できる。


 しかし、沙耶は都から解き放たねばならない。そう思っていた。


「私達に選択の余地は無かったので断ることはできませんでした。最初は辛くなるだろうと思ってましたが、田坂にいた頃以上に満ち足りた暮らしをさせて頂いています。遥晃様が食べ物や住むところを与えて下さって不自由はありません」


 沙耶は嬉しそうに私を否定した。気付くと、沙耶は以前よりもふくよかで綺麗になった気がする。


「言われていたような汚い人は私の周りにはいませんでした。あの……、ここに来て新しい友達も出来たのです……」


 顔を赤らめてぽつりと呟く。沙耶は遥晃に騙されてるのだと分かった。


 低脳な術にかかっているのだ。道秦様に助けを求めなければ。早く彼女達の目を覚まさなければいけない。

 話も半分に家を飛び出した。





「道秦様、右京の荘園に田坂の村人たちが連れて来られていました」


 兼通様に使わせて頂いている一室で、道秦様に相談する。忙しい所に申し訳ないが、術を解いてもらうよう依頼する。


「皆、騙されてこちらに……」


「ほう、それは使えるかもしれんな。都を襲った愚民どもを匿ってると知れたら兼家達は立場が無くなるかもしれん」


 ……聞き違えたのだろうか。道秦様は田坂の人達を愚民と言ってのけた。


「貧民の死に損ないでも使えることもあるものだな。良き報を持ってきた。花、よくやったぞ」


「……」


 言葉を返せない。誉められている筈なのに、何故か今回は嬉しくなかった。




 *  *  *


 道秦様の仰った事は、私に妙な違和感を抱かせた。崇高な方だから私達を蔑んでいるのだろうか。

 そう結論付けようとしても、何故か沙耶を助けてくれるとは思えなかった。


「弥平次、遥晃様は何故田坂の人を都へ連れてきたの?」


 詰所で相談する。何か手掛かを見つけ、私が解決しなければならないと思った。


「田坂は去年の暮れに飢饉に見舞われたのは知っているな? それで男衆が都を攻撃してきたのだが、遥晃様は村民は許すべきだと説いて彼等を連れてこられたのだ。村に残ってた彼等は種籾で食い繋ぎ、何とか生き凌いでいたらしい。遥晃様が行かなければ全滅だっただろう」


 沙耶も弥平次も遥晃の名前を出してくる。分からない。奴は何も出来ない詐欺師な筈だ。あれ? でも田坂の人達に術をかけていて、術を使えて……。


 どういう事なの?


「遥晃様はどのような方でも救って下さる。田坂もそうだが、都の病も食い止めてくれた。私達も助けられているではないか。忘れたか? 超子様の呪いを解いたのをお前も見ていただろう」


 そうだ。超子様の櫛を探しだし、体に襲ってきた呪いも退けてたではないか。なぜ覚えていなかったのだろう。

 では、何を信じればいいのだろう。


 私の中で理が綻びを広げていった。




 *  *  *


「花」


 後日、兼家様に呼ばれる。兼家様の険しい雰囲気に危険を察知する。

 私が道秦様を信じれなくなったせいで呪が解けてしまったのかもしれない。私の魂胆に気付いたのかもしれない。





「ずっと気になっておったのだが、花は遥晃様を避けていないか?」


 それは、彼が私達を騙す極悪人で……。そう思ってた筈なのに、超子様の件を思い出すと何か違ってるような気がしてくる。兼家様はこちらの事は気付いていないようだ。私が遥晃と接しないようにしていたのが気になっただけらしい。


「田坂の人間と見知りのようだが、遥晃様の所業は見聞きしたのではないか?」


 理が崩れた後は、何が正しいのかが分からなくなっている。遥晃が都へ無理矢理連れてきたと信じていたのだが、本当に田坂の人達を救うためにしたことなのか?

 何も答えることができず、平伏していた。そんな私に構わず、兼家様はお言葉を続ける。


「花、お前も遥晃様に許されているのだぞ」


「え? あ、申し訳ございません!」


 思わず顔を上げてしまい、慌てて伏せる。私も許されている?


「よい、顔を上げろ」


 強く言われ、恐る恐る兼家様の顔を覗いた。


「花、お前が道秦と繋がり、兼通兄の所へ行っていることは気付いておる。それでも遥晃様はお前を許しているのだ」


 目が勝手に広がっていく。気付いて、泳がされていた?


「花は道秦を信じてしまっているが、元のお前は気立てのいい働き者だった。超子を危機に追いやった責もあったが、遥晃様は全てを不問にせよと私達を説得した。この屋敷の者は皆お前を許している」


 ぞろぞろと人が入ってくる。その中に沙耶の顔もあった。


「花様、私、このようなお屋敷に上げてもらったのは初めてです」


 遥晃が、沙耶を救ってくれた? 都の病を治してまわった? 崩れ落ちた理が砕けていく。今まで私がしていたものは何だったのだろうか。道秦様、教えてください……。


『貧民の死に損ないでも使えることもあるものだな』


 道秦様の言葉が蘇る。私は。私は何を信じていたのだろうか。


「花、遥晃様を信じてやってくれ」


「私は、私は……申し訳ございません!」


 皆が私を許してくれる。それに気付いた時、自分のおかしてきた事が思い出された。彼等を騙して来たことも皆は咎め立てをしない。皆の寛大さに当てられ、私はその場に泣き崩れた。




 *  *  *


 皆が花さんを囲み、慰めている。俺を持ち上げることばっかり言ってるし、輪の中に入りにくい。

 ちょっと過剰な演出だったかな。それでも、洗脳を解くにはより強い洗脳が必要だ。タイミングが難しい物だったけど、沙耶さんのお陰で上手く事が進んでくれた。


 花さんの洗脳は解けた。逆にこれからはこちらを信用してくれるだろう。

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