推理
季節は巡り、秋になる。荘園の稲は実り、湿地だった一帯は金色の絨毯が広がっている。
休みを利用して、弥平次達を連れ収穫の手伝いに向かった。
「遥晃!」
こちらに気付くや否や勇吉が駆け寄ってくる。ここの人達は食事と衛生面に気を使ったお陰ですっかり血色も良くなった。
都には飢饉の影響がまだ残っているが、これからは自分達で収穫したもので食を賄えるようになる。
灌漑整備も進んでいるから、ちょっとの日照りでは負けないくらいの田んぼになった。
もう彼らが貧民として扱われる事は無くなると思うが、貴族に指摘された事が未だに尾を引いている。
兼家は恒常的に足を引っ張り合っているからとりとめも無いことだと言っているが、大きな引っ掛かりを感じる。
荘園については問題視されなかったのに、貴族は貧民と接したことを槍玉に挙げてきた。対応を誤れば九条流が失脚するかも知れない状況だったのだ。
庶民に噂が広まった気配も無かったし、誰かが意図して貶めて来ているのは想像に難くない。
しかし、内部を知っているのは右大臣藤原師輔の家系なのだ。
密告者がいるとしたら、俺が捕まり荘園の会議をした人間だけだ。
最初は兼通が暴走して話が大きくなってしまったとも思った。けど、荘園に反対した事と、道に作った畑を注意してきただけで貴族に話してはいない。
彼はただ兼家憎さにこちらを批判してきているだけだ。兼通は犯人ではない。
兼通と兼家の確執は、兼家が対立を表明したことにより溝が大きくなり始めている。
貴族に糾弾された件は、兼通には荘園のせいで九条流が危険にさらされたと兼家を憎むように仕向け、兼家には兼通が暴走して九条流の危機に陥ったと思わせたかったとも取れる。
道秦を兼通に紹介したのは伊尹だった。
伊尹が2人の不仲を刺激しているとも取れる。兼通を説得させる手腕もあるから、貴族に非難されても解決する術を持っていたから問題視しなかったと考えると辻褄が合ってしまう。
しかし、都や兼家の評価は高い。弟思いの兄さんだと言っていた。
俺の荘園を許可するだけの判断力もあるし、俺を中納言に推すだけの包容力もある。
いや、これが兼通を刺激する挑発だとしたら……。
……駄目だ。考えれば考えるほど嵌まって行っている気がする。
まだ決断できるほどの情報が集まっていない。
伊尹の意図すら分からないのだ。
もしかしたら都の外で噂にあった道秦を単に紹介しただけかもしれない。
道秦がチョンボを続けているだけで伊尹は関係ないかもしれない。
伊尹のお節介が悪い方向へ向かっているだけなのか。
伊尹が兼家達を掻き回そうと画策しているのか。
先ずは情報を集めないといけない。
* * *
「沙耶!」
「花様!」
思案に没頭しながら稲刈りをしていると2人の弾んだ声が上がる。
「お久しぶりです! どうしてこちらに!」
「それは私も聞きたいわよ。田坂の方はどうしたの?」
「なんだ? 2人は見知っているのか?」
2人の会話に弥平次が入っていく。声だけ聞けば3人の女子会だ。
「都を出た後、一時田坂に居たことがあるのです。その時に沙耶と知り合いました」
「花様、田坂の男が冬に都を襲い、私達は取り残されてしまったのです。昨年は飢饉でどうしようもなかったので。それを遥晃様が許していただき、こうして仕事を頂いているのです」
「まぁ……。私も兼み、兼家様に仕える事になったのよ。以前はこちらに勤めていたの。懐かしいわ」
和気藹々《わきあいあい》と稲刈りは進んでいく。以前沙耶に、村に術師が常駐していたことを聞いた。
きっと道秦だったのだろう。
これは好都合だ。伊尹の事で手をこまねいていたが、案外早く行動に移せるかもしれない。
* * *
刈り取った米は吊るして干し、纏められる。
紆余曲折はあったが、30町の田んぼ全てで収穫ができた。
豊作だ。これで飢饉で続いた食料不安も和らぐだろう。
収穫は30万束を越える。1万束を用意して伊尹の屋敷に向かった。
「伊尹様のお陰で無事収穫まで漕ぎ着けました。少ないですが、1万束を献上致します」
「一時はどうなるかと思ったが、よくやってくれたぞ遥晃。これで兼家も咎められることは無いだろう」
荘園を始めるときから兼家を気遣っていたんだ。面会を果たしても不穏な様子もない。
伊尹が何か企んでいるなんて杞憂だと思いたい。
「貧民だった彼らも仕事に意欲を出してくれました。今後は色々なものを作って行けるかもしれません」
「流石は遥晃だな。お前には期待しているぞ」
「有りがたきお言葉にございます」
決断は下せないが、伊尹から悪意を読み取れない。
兼家の危機で敏感になってしまってるのかもしれないが、先ずは伊尹の無実を証明しよう。




