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和解

 強い雨が紫宸殿ししんでんの前庭に打ち付ける。人々は陰の術に恐怖し、雨宿りをしながら跪き必死に拝んでいる。


 術として見てもらえたなら、3日かけて小雨を降らせた光栄と当日に豪雨を降らせた保憲を見れば勝負は明白だ。


 保憲に一言かけようと寄っていくと、様子がおかしい。

 腕はだらりと下がり、糸の切れた操り人形のように体の力が抜けている。

 顔は天を向き、へらへらと笑っていた。


「えふふ、えふふ」


 変な声を出している。いかん。夕立の事は説明したはずだが周りの反応に自己暗示にかかったのかもしれん。

 術を使えないと言っていた保憲が天皇の前で雨乞いを成功させた。悦に入り保憲まで常軌を逸している。


「保憲様……」


 落ち着かせようと肩を揺すっていたところ、急に視界が白くなり世界が回り出す。





 あれ? 何をしていたっけ? あ、そうだ、保憲を。あれ? 保憲は?


 目の前の情報に頭が付いていかない。背中に痛みを感じ、地面に仰向けに倒れているのに気付く。

 激しく揺れて、耳の奥からキーンという甲高い音が響いている。


 地面が揺れ、雲が低く轟いている。あ、目の前で落雷があったのか。次第に恐怖が湧いてくる。庭の真ん中に突っ立ってると落ちてくるかもしれない。起き上がり、指示を出す。


「光栄様、立っていると危険ですので低く屈んで屋根のあるところまで走ってください!」


「ひうう!」


 恐怖にひきつった光栄は言われた通りにへこへこと歩いていく。


「保憲様、気を確かに! 私達も早く」


「ふひっ! はるありら! 天が怒っておる! たしゅ、助けて」


「大丈夫です! 夕立ですから直ぐに止みます。急ぎましょう」


 保憲を連れて歩く。その時、燃え上がっている梅の木が見えた。木に落ちたのか。少しずれていたらこっちが撃たれていた。





 なんとかたどり着き、雨が止むのを待つ。落雷がある度に衛兵たちは喉の奥から声を上げ、震えていた。

 暫くすると雨は止み、雲は消えて肌寒い空気が流れる。


 落ち着いた人達は蒼白な顔をしてこちらを見てきた。


 あ、まずい。確かに雨は降らせたけど、水神の怒りを買ったことになってる。落雷まで起きてしまったから危険人物と見られてしまうかもしれない。


 なんとか言い訳をしてはぐらかさないとまずい……

 承明門から庭に戻り、紫宸殿に向かって跪きながら言い訳を考える。


「は、ははは……あーっはっはっは!! 保憲! 凄まじい術だ! 面白き物を見せてもらった!」


 簾の奥から高笑いが聞こえる。天皇は皆が神の怒りに怯える中、一人喜んでいた。


「雨の気が減っている中、よく雨を呼び寄せた。法力を比べておったのだろう? お前の勝ちで誰も文句はあるまい」


 天皇は危険な術を咎めること無く、審判を下した。内裏の木を燃やしたことも不問となった。





「父上、度重なる無礼をお許しください」


 術に当てられた光栄はすっかり萎縮し、丸くなっていた。


「本物の術を見たのは初めてです。実は私のやった祈雨は……」


「光栄」


 術のネタばらしを始めようとした光栄を保憲が遮る。


「よい、光栄。お前も立派に雨を降らせたのだ。恥じることは無い」


 親の寛大さに触れ、光栄は弱々しく泣いた。きっとこれから2人の関係はよくなって行くだろう。


「しかし遥晃。お前の事を許した訳ではないからな」


 目を赤くした光栄がこちらを睨む。おいおい、今回の術は俺が……

 いや、ここで打ち明けるのも不粋だ。何か言いたそうな保憲を制し、言葉を受けとめ謝罪する。


 当初の目的は果たせたのだからそれでいい。保憲はこの日から術師になった。




 *  *  *


「光栄の非礼誠に申し訳ございません。このような術を授けて頂いたのに恩を仇で返すようで」


 帰り道、2人になったのを見計らい保憲が謝り始めた。


「いえ、光栄様が保憲様と和解できたのでそれだけで十分です。ところで保憲様」


 ふと思ったことを聞いてみる。


「道秦はずっと前から兼通様の所に仕えていたのですか?」


「道秦ですか? いえ、来たのはつい先日……え? 遥晃は道秦を知っているのか?」


 敬語なのかため口なのか。何故か保憲が混乱している。


「どのような時であっても言葉は砕いて下さい。花さんが兼家様の所へ来た時点で気付きました。最近とはその前後の話ですか?」


「え、ええ。申し訳……いや、すまない。その前の日だ」


「では、こちらに花さんをやったり蝋燭を作ったのは道秦?」


「ああ」


 こちらにばれるような思慮の浅い行動を取ったのは道秦だった。

 そして、最近保憲がよそよそしかったのは、道秦が術を俺にかけていると信じ、さらに俺が兼通に呪いをかけて藤原家を襲おうとしていたと考えてしまったせいらしい。話し合うことで保憲の誤解は解けた。


 人は、都合よく解釈できてしまうと簡単に信じてしまう。ちゃんと話し合い、意思の疎通をしていかなければならない。

 気を付けなければ。




 *  *  *


 花さんを送り込んで蝋燭を作ったりした愚策は、俺が気付いてないと思い込んだ道秦が暴走したせいらしい。


 そして、兼通は貴族に荘園の事を密告していない。


 兼通が後先考えず取った行動でないことが分かった。


 やはり、直感は正しかった。兼通がやっていないとなると、やはり誰かが裏で兄弟の不仲を引き出そうとしていることになる。


「遥晃、分かったぞ」


 道秦の事を知らない兼通がどうやって雇うことができたのか。そこにヒントがあるかも知れないと思った。


 兼通の使いか、兼通に道秦を雇うよう告げた人間がいる。

 そいつが不仲の2人を暴走させ、九条流を没落させようとする黒幕だろうと当たりを付けていた。


 しかし、保憲の口から出た名前はさらに俺を混乱させる。


「確かに道秦の事を告げた方がいた。伊尹様だ」


 伊尹? なぜそこでその名前が出てくる?

 兄弟喧嘩に渦巻く陰謀は、さらに謎を深めた。

章完結しました。お読みいただきありがとうございました

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