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五行相剋

 保憲の機転のお陰で首の皮1枚残る。

 最早雨乞いを成功させなければ俺も、大見得を切った保憲でさえも立場が危うくなる。


 しかし、それは憂慮に終わった。光栄が起こした雨は、翌朝の天秤を大きく傾けていた。

 湿度は高く、朝から蒸し暑い。


 空には一点の曇りも無く、晴れ渡っている。夕立の条件に合致していた。





 この日を逃せば機会を失う。今日こそ雨乞いの適期だ。

 かといって、単に祈るのでは雨乞いのせいではないとばれてしまうだろう。

 夕立のメカニズムは知らなかろうが、経験則で身に付いているはずだ。

 ただの夕立ではなく、術による雨寄せと思わせなければならない。

 強い印象を与えるパフォーマンスが必要だ。






「保憲様、昨日の今日ですが早速取り掛かりましょう」


 陰陽寮にて保憲に催促する。


「あと、面白いことを思い付きました。陰陽道は陰陽五行。五行の力を強める五行相生は陽の作用ですよね?」


「あ、ああ」


 同じことをやったのでは詰まらない。もっと見る人の心を動かさなければ。


「では、私達は陰の作用で雨乞いをしましょう」


「何!」


 保憲が驚く。暫く悩んだが、渋々従ってくれた。





「こんな日にやるとは気でも触れたか?」


 光栄が横槍を入れてきた。こいつにも確認を取らなければいけないことがある。


「おはようございます光栄様。本日のこの天候は、既に光栄様の術は解けていると思って宜しいのですか」


「ああ、俺の気は消えている。それがどうした」


 言質を取る。


「あとな、お前らには法具は無いからな。勝手に用意しろよ。せいぜいもがいて苦しめ」


 昨日雨乞いを成功させた光栄は何処と無く余裕が見られた。


「な! 光栄、何を言っておる!」


「保憲様、構いません。私共で用意できるものでやりましょう」


 憤る保憲を宥め、準備を済ませて内裏へ向かう。

 打合せでも苦虫を噛み潰したような顔をしていた保憲だったが、それ以降は反論すること無く従ってくれた。




 *  *  *


「な、狩衣かりぎぬだと! その様な格好で入るとは不敬も甚だしい!」


 入内しようとすると門番に止められた。通常、儀式や参内には束帯を着る。これは現代で言う所の礼服に当たる。今俺たちが着ている狩衣は貴族のカジュアルな普段着と言ったところだ。


 引っ越しの際に兼家に貰ったお下がり。白地の絹に銀の刺繍が然り気無く彩りを添えている。

 庶民の俺からすれば豪華な着物なのだが、流石に内裏に入るのには場違いである。


「これより行う呪術は禍々しいものでな。天に陰陽師の仕業と悟られると厄災が向くかもしれないのだ。申し訳ないが、これで入内の許可を頂きたい」


「保憲様……」


 門番は保憲の言葉に顔を見合わせたあと、中へ向かい確認を取ってくれた。暫くすると許可を聞いた門番が訝しい顔をしながら戻ってきた。





「早速見せてもらえるとはな。保憲、お前のやり易いように執れ。遠慮はいらん」


 天皇から許可をもらう。光栄も一部始終を見に来た。助ける陰陽師は俺しかいない中、保憲は光栄と同じように宣言して雨乞いを始める。

 チラチラとこちらを向いてくるので頷いて進めるよう促す。


「では。陰陽の祈雨は陽の気を使い雨を呼び寄せますが、昨日の陰陽権助の術で陽気ようぎが弱っております」


 観念した保憲は、打ち合わせ通りこれからの手順を説明しながら動き出した。


「また、私の会得した術は地獄の使者、泰山府君を主君とし、陰気を操る事に特化しています」


 大規模な祭殿は作れない。それを逆に利用する。保憲は、持ってきた松明に火をつけた。


「より強く禍々しい術で、さらに遮る陽気が少なくなっているため祭具も小さく規模を抑えて発動します」


 空を見せてはいけない。術が発動するまでは空は晴れていることにしなければいけない。

 奇抜な服装をし、奇妙な術を駆使することで興味を引かせる。俺が見上げてしまうとつられて見る人間も出るかもしれないから、空は見ない。


「陰陽道における五行の印は互いを補完する相生の力を用いて霊力を引き出します」


 昨日まで燃えていた山のような灰を掘り、窪みを作る。


「しかし、五行はそれだけでは無く互いを殺す作用をも備えております。すなわち五行相剋ごぎょうそうこく





 一呼吸置いて俺に渡していた松明を受けとる。保憲は念じ術を唱える。


火剋金かこくごん


 火はその火力で金属を溶かす。

 松明を灰の窪みへ投げ入れた。


金剋木きんこくもく


 金属の斧や刃は木や植物を切ることができる。

 貴金属を投げ入れた。保憲は五行相剋の理を呪文として儀式を続ける。


木剋土もくこくど


 木の根は土を押し広げ、養分を吸い上げる。

 木の枝を放り投げた。


土剋水どこくすい


 土は水を吸い取る。また、水の流れを塞き止める。

 灰を掴み、窪みへ蒔く。


水剋火すいこくか


 水は火を消す。

 瓶に入った水をかけ、窪みを水で浸し松明の火を消した。

 濁った水の中で黒くなった松明の先からはぶすぶすと音が出て白い煙が立ち上る。


「な、なんだその祈雨は……」


 横で光栄が呟く。俺と保憲が即座に睨むと慌てて口を塞いだ。


 ガリガリガリ……


 静になったところで、保憲は術を敷いた所を中心にして一筆書で星を線引く。五芒星ごぼうせいの魔方陣を作り出した。


陽五行ようごぎょうの外なる五角では無く、陰五行いんごぎょうの内なる五芒ごぼうを作り出しました。降雨の霊力は既に高まっております」


 ドドウゥ……


「な、いつの間に!」


 低くうなった積乱雲に皆が気付く。雲は直ぐに太陽を隠し、辺りは急に暗くなった。


「最後に、清流に住まう水神の怒りを呼び水にします」


 川で捕ってきたふなを取り出し頭を潰す。魔方陣に放り投げ、高らかに叫んだ。


「冥府の使者よ! 今こそ雨を降らしその力を知らしめたまえ!」


 保憲の叫びに呼応するように急激に雨が降ってくる。衛兵たちは急いで屋根のあるところに向かい、光栄は呆然とこちらを眺めながら立ち尽くしていた。


 保憲の術が成功した。



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