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祈雨

 この時代の雨乞いがどんなものかは分からないが、光栄の首からジャラジャラと音がしている勾玉まがたまの装飾品を見て勝算を得る。


「準備ができ次第祈雨(きう)に移る。遥晃、覚えておけよ。俺に楯突いた事を後悔させてやる。2度と都の地を踏めぬと思え」


 光栄は陰陽寮を出ていった。


「遥晃、何を企んでいる。私には祈雨の術は備わっていない。やれと言われても無理な話だぞ」


「任せてください。私に算段がございます」


 心配する保憲を宥める。術など存在しないと説明していた筈なんだが、何を不安に思っているのだろうか。


 天文生が見ている前で術が無いとは言えず、そのまま仕事に戻った。





 *  *  *


 貴族の使っている軽粉はらやは、水銀を燃やした白粉おしろいだ。これは伊勢から産出するらしい。

 そして、光栄が首にぶら下げていた勾玉はガラス性の物だった。


 材料は揃っているのだから、温度計が作れるはずだ。

 温度計を2つ用意出来れば、湿度を計ることが出来る。


 小学校に備わっていた百葉箱には、2つの温度計が入っている。そのままぶら下げている乾球と、水に入れた湿球。この温度差で湿度を計ることが出来る。温度差が少ないほど湿度が高くなる仕組みだ。


 これを作れば、雨の降りやすい日を推測できる。無闇に雨乞いをするより、精度は高まるはずだ。





 兼家に相談する。精密な物は作れないだろうが、形になればいい。近くのガラス職人に作ってもらえるよう依頼する。


「遥晃様、この国にはガラスを細工できる者はいませんよ」


「え?」


 耳を疑う。


「ガラスも蝋燭と同じく、唐との交易が無くなると廃れてしまいましたよ。いにしえには技術者もいましたが、継承もなく廃しました。遥晃様は甦らせることは出来ないのですか?」


 じゃあ、光栄が付けていたのは骨董品? この時代にはガラス職人がいない? あれ? 大きい事を言ってしまったけど、もしかして頓挫しちゃった……?





 いやいや、湿度を計るだけなら他に方法があるはずだ。何か……。


 ……うぅ、思い付かない。


「兼家様。空気中には湿度と言うものがございまして、それを計る装置を作りたいと思っていたのです」


 駄目元で聞いてみた。空気中に見えない水分があると理解してもらえるのだろうか。

 この時代にそんな概念は無いだろう。もう闇雲に火を焚いて祈るしか無いのか。


「もしかして乾湿の気を計るのですか?」


 ん? 話が通じた?


劉安りゅうあん淮南子えなんじですね。小事より大事を知る。一欠けの肉を舐め、鍋の味を知り、炭と羽を懸け、乾湿の気を知る……」


「あ、そ、その所を詳しくお願い致します!」





 淮南子。塞翁が馬とかの故事が載っている中国の書物だ。

 その一節に乾湿の気を知るとある。


 紀元前にまとめられたこの本には、天秤に湿気を吸う炭と吸わない羽を置くことで空気中の湿度を計れると記されているらしい。


 湿気を吸うものと吸わないもの……。


「兼家様、お陰で閃きました。お願いがあるのですが、蝋燭と綿を致けますか」


「あ、はい」


「ありがとうございます」


 兼家に用意してもらい、家に帰って早速工作に取り掛かった。




 *  *  *


「父ちゃん、そのヤジロベー何?」


 試行錯誤を繰り返し、天秤が出来上がった。


「これは空気中の湿度を計る器械だよ」


 蝋で覆った木炭と、綿でくるんだ木炭を乗せた天秤を作った。


 湯気のたつ鍋の近くでかざす。

 しばらくすると綿の方が沈んで傾いた。

 綿も木炭も水気を吸うが、蝋は水を弾く。これで湿度の高い日を把握できるはずだ。


 ――俺はこの時大事なことをうっかり失念していたのだが、


「面白いね! 父ちゃん!」


 ――慕ってくる吉平と父を蔑む光栄を重ねて、彼を改心させることだけしか頭になかった。




 *  *  *


 畑の一角に建てた百葉箱で、毎朝湿度をチェックしていた。

 しばらく天秤に反応は無かったが。


「あ、傾いてる!」


 数日すると反応があった。空にも薄く雲がかかっている。


 急いで陰陽寮へ向かった。




 寮内には保憲しかいなかった。早速雨乞いの催促をする。


「保憲様、本日儀を執り行いましょう!」


「あ、あぁ。遥晃か。今日か? お主も光栄と同じ何かが見えているのか?」


 ……あ、そうか。保憲の沈んだ顔を見て悟る。


「既に準備は進んでおる。今日は光栄が祈雨の儀を行う」


 光栄に先を越されてしまった。





 建礼門けんれいもん承明門しょうめいもんを抜け、内裏に入る。


 広い庭に出て、正面には紫宸殿ししんでんそびえていた。

 桜と梅が植えられている。大舎人を遣い、準備が進められていた。


 光栄も時期を見れば雨乞いをしようとするだろう。

 久々に曇りの日になったんだ。やらない訳がない。





「乾いた都に恵みの雨を滴らせむと、あまねく神に祈雨を願い、儀を奉らん」


 赤い着物と紫の袴を纏った光栄が高らかに宣言する。

 都の人間が雨を願う中、およそ俺一人だけが降らないことを祈っていた。


本来の祈雨は暦術で日取りを決めて行うものなのですが、今回はこのような形にさせてください。

いずれ都合のいい展開が思い付けば差し換える事も視野に入れています。

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