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転属

 花さんを送り込んで来たのは兼通だったのか?

 花さんの口振りから出た答えは更に俺の頭を悩ませた。


 いくらなんでも露骨過ぎる。

 明らかに不自然な花さんの再訪。そして、蝋燭を見せたあとに取ったこの行動。

 兼通を疑えと言って来てるような物じゃないか。

 まさか、本当に兼通が間抜けなのか?


 兼家憎さに家の事を考えられずに貴族に密告したと言うのか?


 もし、兼通がそこまで頭の回らないような男なら、早く潰さなければいけない。

 でも、これが他の人間の仕組んだものだとしたら、明らかに兼家と兼通の確執を煽っている。わざと花さんに兼通の名前を出させ、疑わせてるようにも取れる。


 迂闊に兼通と敵対すれば、相手の術中にはまっている。

 しかし、そんな者などいなくて、俺の思い過ごしなら早く対処しなくてはいけない。


 次に取るべき行動が分からない。

 分からなくなった。





「遥晃様」


 夕方になり、花さんの出ていった後に兼家と相談する。


「やはり、兼通兄の差し金だったのでしょうか。遥晃様の仰ったように、黒幕を炙り出せたのですが」


「いえ、すみません。更に分からなくなりました。兼通様のされた事とも思うのですが、まだ引っ掛かりが取れずにいるんです」


「花は如何致しましょう。魂胆も分かったし、こちらの内情を密告してるのなら早めに放逐すべきかと」


 情報が断片的にしか入ってこない。この状況で推測を断定してしまうと危険だ。

 人は、都合のいい解釈が出来ると信じ込んでしまう。

 兼通が頭の回らない人間だと仮定すると、全ての辻褄が合ってしまう。


「兼家様、兼通様は頭の回らない方でしょうか」


「うん? いえ、兄はそのような者では」


 聞き方が悪かったか?


「すみません。悪いように捉えないで下さい。頭の冴える人間なら、この様な真似はしないはずなのです」


 誰かに動かされている筈だ。直感にすがろう。


「花さんは引き続き雇ってあげて下さい。今まで通り、兼通様や道秦には気付かぬ素振りでお願い致します」


 情報が欲しい。もし、判断を誤ってて兼通が危害を加えてくるなら俺が守らなくては。





 *  *  *


 転機は 直ぐに訪れた。


「遥晃、お疲れ様。今日でここの仕事は終わりだ」


 えっ? クビ?

 まさか兼通が手を回して来たのか?


「お前に推薦が上がってな。明日から陰陽寮に配属だ。私もお前みたいな術師がここにいる事を不思議に思っていたんだが、やっと認めてもらえたな」


 えっ、えっ? 陰陽寮?


「やったな遥晃。ついに大舎人も卒業か」


正宣に祝福される。


「俺も秋に監物に移る事に決まった。お互い頑張ろう」


 知り得ぬ所で話が進んでいたらしい。大舎人達に見送られ、流されるままに陰陽寮へ挨拶に行く。

 こんな不自然な時期に転属になったが、都の決定だ。覆すことなどできない。いや、そうだ。あそこなら保憲がいる。同じ職場なら兼通の内情をさりげなく知ることができる。


 本当に道秦と兼通が繋がっているのか。誰かが兼通との確執を演出しているのか。

 急な転属だが、これは好機と捉えるべきだ。


 保憲と会うため、気を入れ替えて陰陽寮の門を叩く。




 *  *  *


「失礼します」


 片付けをしていると遥晃様が入ってきた。直ぐに兼通様の事を報せようと駆け寄ろうとするが、遥晃様が然り気無く手で制する。


 確かに、まだ陰陽師が多数残っている中で話せる物ではない。いきなりやり取りをすれば、私達の関係も知られてしまうかもしれない。

 はやる気持ちを抑えて、遥晃様と対面する。


「おぉ、よく来た、遥晃。君の噂は常々聞き及んでいるよ。私は陰陽助おんみょうのすけ加茂保憲かものやすのりだ」


「初めまして。大舎人に属していました吉備津遥晃と申します」


 偽りの自己紹介を演出する。


「つい先日、私が晴れて天文博士に上がることができてな。これも遥晃様のおか……ではなかった、天文得業生の席が一つ空いてな。私の方から陰陽頭おんみょうのかみに推薦させて貰ったのだよ」


 口を滑らせそうになる。遥晃様が軽く睨んできた。


「それは、格別のお心遣い誠に感謝致します」


「手続きは済ませておるから明日から励むように」


 そう締めくくった。





 遥晃様はあれこれと身の回りの事をしている。他の人間が帰るまでの時間を稼いでいるのだろう。

 私も物を出したり引っ込めたり、時間を潰す。


 しかし、頭の中には懸念が大きく膨らんでいた。


 芦川道秦。


 彼が兼通様の屋敷に来てから遥晃様の旗色が悪い。

 遥晃様は術など存在しないと言っていたが、道秦は術を駆使している。


 遥晃様の仰ったように、詐術なのか、否か。


 道秦は花と言う女に、疑われぬ呪を掛けたと言っていた。

 現に兼家様の屋敷に入り込み、遥晃様の蝋燭を盗み出し、妨害に成功している。


 術を見破る遥晃様と、術を操る道秦。

 どちらを信じればいいか分からずにいた。





「遥晃様」


 人の消えた陰陽寮でやっと話し掛ける事ができた。伝えたくて堪らない。聞きたくて、堪らない。


「保憲様。人の気配が無くなったとしても、その言い様はお止め下さい」


「あ、あぁ。すまぬ。遥晃……」


 遥晃様は知りつつ泳がせているのか。術にはまり泳がされているのか。


 唾を飲み込む。


「先日、花と言うものが兼家様の屋敷に向かわれたと思うが」


 遥晃様の顔に落胆が見えるが、気にせず続ける。


「あれは、兼通様の差し金です」


「そんな……。それは本当に……いや、兼通様の所へ向かわれている保憲様が仰るなら、それが真実なのですね……」


 ま、まさか。遥晃様は気付いていなかった……

 兼通様の魂胆を伝えなければ。


 ……しかし、疑惑が強まり言葉が続かない。


 遥晃様を凌ぐ道秦。その存在に戦慄を覚えてしまった。

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