全部怨霊のせい
いかん、体がダルい。寒気もする。
前に危険地帯に行ってしまったからだろうか。
そうなると危険な伝染病の可能性もある。
中世の危険な伝染病は、天然痘、はしか、マラリア、インフルエンザ、肺結核、サルモネラ、チフス、ペスト、コレラ。
高熱を出しているわけでは無さそうだし、腹を下してる様子もない。鼻水、寒気、発熱、頭痛。
皮膚に発疹も無し。体をくまなく調べたが、異常と思える症状は見当たらなかった。
風邪であると期待しよう。
でも、家の人間に移すと不味い。
「梨花さん、熱が出たみたいだから離れて。あと、できれば乾いた風呂敷を持ってきて」
「え、ええ? は、はい!」
梨花さんは慌てながら言われた通りに風呂敷を持ってきた。マスク代わりに顔に当て、結びつける。口と鼻を塞ぐ。
動くことは出来るが、明後日から仕事だ。少しでも体を休ませて出来れば今日中に治したい。横になったまま指示を出す。
梨花さんはオロオロしている。
「梨花さんは吉平と吉昌を起こしてこの部屋に入れないようにして。あと2人の熱を計って。手のひらでおでこを触って自分のおでこと温かさを比べてみて」
「は、はい。……大丈夫です。変わらないみたい。遥晃様、怨霊に憑かれてしまったのですか? うっ、うぅ……」
「ちょ、怨霊とか大袈裟な。大丈夫。ただの『風邪』だよ。」
「かぜ?」
「あ? ああ、すぐに治る病だよ」
風邪ってなんて言うんだろう。てか怨霊とか大袈裟な。
「ほら、あんたたち、お父さんに言われたからね。ここに入ってきちゃいけないよ」
「んー、父ちゃんどうしたの?」
寝惚けてる吉平が呟いている。
「お父さん、病気になっちゃったから、一緒にいると伝染しちゃうから部屋に入らないようにしてな。約束だぞ」
「ん? うん。わかった」
聞き分けよく部屋を出ていった。
「わ、私は何をしたらいいですか?」
「取り敢えず二人の朝食の準備をしてあげて。そのあとちょっとお願いすることあるから」
「わかりました。ど、どうかご無事で」
いちいち大袈裟で笑ってしまう。
「はは……ありがとう」
1人布団の中で思案する。
漢方は伝来してると思うけど、多分庶民には回ってこないよな。
今日、明日休めばしっかり動けるだろうけど家族に伝染するかもしれない。子供2人はただの風邪でも危険だ。
この時代に有るもの、準備できるものを集めなきゃ。
「食べさせましたよ。お体は大丈夫ですか?」
2人の面倒を見終えた梨花さんが戻ってきた。
「そんな悪化するものじゃないから大丈夫だよ」
健気な所に萌えるが、無駄に心配させてることにちょっと申し訳なくなる。
「確認したいんだけど、薬ってやっぱり高いんだよね?」
「え、えぇ……でも大丈夫です! なんとか遣り繰りできるようにしますから……」
「いや、大丈夫。確認しただけだから。『カボチャ』って知ってる?」
「かぼちゃ?」
カボチャは、ない。
「『シナモン』、えーと、ニッキは?」
「ニッキは薬屋に置いてますよ! 何とか買って……」
「いや、高いんだね。大丈夫。聞いてるだけだから」
シナモンは高価……
「葛の木は生えてる?」
「え? 葛の木ならそこらに」
「生姜は?」
「生姜も生えてますよ」
「ニラは?」
「はい。あります」
「ニンニク」
「あります」
「柿」
「この時期ではあるかどうかわかりません」
「わかった。今お金はいくら残ってる?」
「5束と少しです」
お金は稲で換算する。1束で体感3キロ。約15キロの米(お金)が今家にある。
なんとかなるか?
「梨花さんにお願いしたいんだけど、葛の根っこと今聞いた生姜、ニラ、ニンニクを掘ってきて欲しい。柿は売ってたら買ってきて。ちょっと大変だけど2束くらい……」
「おーい、様子を見に来たぞー。記憶もどったかー?」
救世主正宣君がやって来た。
「なに? 病だと? それはいかん! すぐに祈祷を!」
「いや、祈祷とかそんなんじゃなくて今梨花さんにお願いしたんだけど、葛の……」
「記憶を無くしたって言ってるから薄々感じていたんだ! やはり怨霊に取り憑かれているんだよ!」
「いや、そうじゃなくて……」
「私も! 私もそう思ってたんです! 最近遥晃様、夜も元気が無くて! あの日から1度も無いんです!!」
ちょ! や、やめろ!
「もはや悠長なことは言ってられないな。大丈夫だ! うちで何とかする。準備するから待ってろ!」
「ちょっと待って! 怨霊とか大丈夫だから! 梨花さんに頼んだやつ、一緒に手伝って!」
なんだよ怨霊怨霊って。祈祷とか意味あるわけ無いだろ。
「葛? 生姜? それ何に使うんだ?」
「……」
えーと、カルトを信じている人にどう説明したらいいんだろう。この時代、病気のメカニズムも薬の原理も分かってない。細菌なんて見れないもの信じてもらえるかわからないし、いや、怨霊とか信じてるからいけるか?
駄目だろうな。生活の根底が怨霊なんだろう。全部怨霊のせい。出てこい! 僕の友達ってやつだ。
1から説明しても伝わらないだろう。
「……先祖代々伝わる魔除け」
こう言うしかなかった。
民間療法とか確立してないのだろうか。病気の原理は分からなくても、古代からの経験で病気に効くとか疲れないとか分かってると思ったんだけど。
庶民に伝わってないのか? 怨霊のせいにして効能とか気にせず祈祷とか占いで済まそうとしてるのか?
……なんだかなあ。考えていくと悪い方向に向かっていく。
未来で解明されていることもこの時代では謎のまま。
技術も伝来されてない。どこまでできるんだろう。何がこの時代にはあるんだろう。
覆らない位と揃わない道具、未開の文明。いや、多少は文明は進んでる。道具も希望もあるんだ。
それが庶民に回ってこないだけで。
なんか、こんなひーひー言いながら報われない生活を続ける意味あるのかな。
38にもなって無理なんて出来ないし、貴族に取り入ることも出来ない。再就職も出来ないし、家族みんなに風邪伝染してもうこの転生終わらせた方がいいのかな。
あの息子たちに……
………
………
何馬鹿な事考えてんだ! 死に物狂いでも生きなきゃいけないだろ! 梨花さん、吉平、吉昌を不幸にしちゃいけないだろ!
俺にかかってるんだろうが。ちょっと自分に都合が悪いからって投げ出すなよ。
病気になったからって弱音を吐くな!
絶対あの3人を幸せにしてやる! 成り上がってやる! どんな方法を使っても!
* * *
2人が帰ってきた。全部揃ってる。柿もあった。
「固くなってるが去年のがまだ残ってたからな」
正宣に2束渡した。
季節は春だと言っていたがまだ寒い。囲炉裏に火は点いていた。
生姜と葛根には解熱の、ニラとニンニクは殺菌の効果がある。それらの材料を洗い、小さく切る。干物もあったからそれで出汁を取った。
小さく切った葛根、生姜、ニラ、ニンニクを水を張った鍋に入れる。
「おい、この柿はどうするんだ?」
正宣から受け取り、かじった。
「食べる」
鍋の中が煮えてとろみが出てきた。火から離す。
覚ましてお椀に入れて飲んだ。ちゃんと味の付いた汁だ。とろみも久しぶりに楽しめる。口の中で泳がせて飲み込んだ。
「皆も、正宣も取り敢えず飲んだ方がいい。助かったよ。2束で足りたか?」
「いや、金の事は気にしなくていいけど、これが魔除け、になるのか?」
「この汁……おいしい……!」
「あぁ。これを飲めば体に憑いた魔を払うことができる。出来れば3日くらい飲んだ方がいい」
「お前、御祓も祈祷も本当にいいのかよ。これで魔を払えるなら、どこぞの祈祷師より力を持ってることに……」
「にいちゃん、これ、おいしいね!」
「あぁ。すごいおいしい! とうちゃん、おかわりしていい?」
「そんな大層な事じゃないよ。多分記憶は戻らないし。あぁ。もう一杯飲みな。でも残しておかなきゃいけないからな。次は夜だぞ」
「はーい」
「そんな、薬も使ってないんだぞ。そこらの草を使って魔除けなんて……」
「今言った草には力が宿ってるんだよ。軽い病気ならこれで予防できる」
正宣はすごい驚いていたけど、説明がうまくできなかった。今度ゆっくり教えよう。
* * *
「今日飲んだの、すごく美味しかったです! あんなにいいものを飲んで病気も治るんですか?」
布団で梨花さんが聞いてくる。離れて寝るべきなんだけど、布団が1つしかないから皆で風呂敷でマスクがわりにして寝てる。
「うん、普段のご飯も美味しくできるし病気にかかりにくくなるよ」
生姜もニラもその辺に自生していた。野草の知識を持ってるみたいだから汁物に味付けを出来るようになるかもしれない。
雨降ってなんとやら。今の自分でも何とか変えていけるかもって自信に繋がった。
まずは食を変えていこう。
「梨花さん……」
……
やっぱりしおしおのぷーでした。いや、今は風邪だし。治ったら! 明日になったら!
……次の日も駄目でした。
うわーん!
……はぁ。明日から仕事だ。寝よ。
一章 完。
御清覧ありがとうございました。
1週間ほど作者取材のため休載します。