瓢窃
疑念を抱かれる事無く、兼家様の元で雇われることになった。
屋敷の中は去年と変化が無いから仕事にも勝手が利く。
いや、1つだけ違うことがある。
あの憎き吉備津遥晃が兼家様の家に入り浸るようになっていた。
たまに来ては兼家様に無様な歌を晒している。
「花、今日もお前が鋤いておくれ」
「畏まりました、超子様」
超子様に髪の手入れを求められ、糠を塗っていく。
この屋敷の方にとって、私は厄介者だったに違いない。
超子様を賭けた勝負で、敵方に付いたのだから。それでも、道秦様の術のお陰で難なく入り込むことができた。
屋敷の人間には、遥晃が皆を説得して罪を消した事になっているらしい。
笑いが込み上げるが、努めて平静を装う。
父は冬にも病を患ったが、また道秦様のお力で助けて頂いた。2度も救ってくれたご恩は決して消えることはない。
『花。兼家様の屋敷でめぼしい情報を掴んでこい』
道秦様の仰せのままに私は動くつもりだ。超子様の髪をお櫛で解きながら、道秦様の術を思う。
「花、今晩は宿直を頼んでもいいか」
私に兼通様の息がかかっているとも知らず、易々と仕事を押し付けてくる。
快諾し、時刻を過ぎても屋敷に残った。
『もし兼家に不満のあるものがいれば、引き抜く。誰ぞいたら告げるように』
そう、言われていた。
夜勤をすれば、より会話が弾む。下人の心情を聞き出せるいい機会だ。
「あれ?」
燈台には点燈芯が無く、変わりに白い棒が立っていた。
「超子様、こちらはなんでしょうか」
「あぁ、花は知らなかったか。これは遥晃が作った蝋燭と言うものだ。先に毛が出ているであろう。そこに火を点けるのだ」
言われるままに火を点ける。油を燃やすよりも赤く、大きな炎が揺らめいている。
燃えているのに煙がでない。灯りがただそこに有るだけのような不思議な光に感じる。時折当たる熱には仄かに香が纏っている。
「これは、白い棒が溶けて油になっているのですか? それにしても明るい……」
「まこと面白いものを作りよるな、遥晃は。お陰で書を読めてしまうから寝るのが遅くなって困っておるのだ」
四隅に立てられた燈台に火を灯すと、部屋が見渡せるほど明るくなる。
「なんでも、古には唐より取り寄せていたそうだが、船の往来が無くなって消えてしまったらしい。遥晃が術を使いこの国でも作れるようにしたのだ」
「す、すごいですね。でも、これだと女性は顔を知られてしまいますね」
「これからは髪だけでなく顔の美容も気遣わねばならぬな」
超子様の屈託の無い笑顔が見える。
「これを都に売り、大路に巨大な蝋燭を立てれば、夜でも暗くならず治安が良くなると言っておったわ」
こちらの正体も知らず、超子様はつらつらと言葉を続ける。
「唐物に勝るとも劣らない物だからな。今、量産を進めておるが。売れば大金を稼いで貴族を出し抜く事ができるだろう。父様がこの国で立てる日もそう遠くない」
何も変わらないと思っていた屋敷は、知らぬ間に変貌を遂げようとしていた。
「お勤めご苦労。急な宿直すまなかったな。ゆっくり休め」
「はい。では罷らせて頂きます」
興奮して仮眠もとれなかったが、眠気は無かった。逸る気持ちに押されて兼通様の屋敷へ向かう。胸には超子様が眠られた後にくすねた蝋燭を抱いていた。
「これは、蝋燭……」
兼通様に直ぐ様報告する。祈祷を終え、支度をしていた所だったが、話を聞いてくれた。
兼家様の魂胆を知らせる。
「裏でそのような事を……」
「し、失礼します。支度がございますので、家に帰らせて頂きます」
隣で片付けをしていた保憲様が帰られた。
「して、製法は聞き出せたのか?」
「いえ、超子様は知らぬ様子でした。術と仰していましたが、遥晃が秘匿しているようです」
「いや、魂胆さえ分かればどうにでもなります。花、でかした」
道秦様に誉められる。胸がときめいた。
「して、どうするつもりだ?」
「やつが都に売るつもりなら、似た物を作り、先に売り付ければ良いのですよ。形さえ分かればいかようにもなります」
「そうか。道秦が言うのなら間違いは無いのだろう。できるか?」
「お任せください」
道秦様が不敵に笑う。こちらの勝ちが確定した瞬間だった。
* * *
ジジジ……
笹の葉にくるんだ塊が音をたてて燃えているのを、俺達は囲んで見つめていた。
「……」
「……」
俺も兼家も言葉が出ない。
「昨日宿直をさせて頂いた時に似たような物を見たと思い、家の中を探していたら蝋燭を見つけました。兼通様が都に配っている蝋燭と似ていたので持って来ました」
燻るように黒い煙をはいている。この臭いは松ヤニと、これは……糠? 松ヤニを糠で固めて、いる?
「兼通様が広めて回っておられたのですが、ご存知無かったですか?」
勝ち誇った様に微笑み、花さんが言葉を続ける。
蝋燭と呼んでいる塊は焦げて直ぐに消えた。
「遥晃様……」
兼家が心配そうに聞いてくる。
どうしたらいいか分からない。俺は頭を抱えた。




