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泰山府君2

「右京の邪気をこれで祓うと言ってきたのか?」


 またも捕らえ損ねた使いを睨み付け、兼通が問いただす。挽き割りにされた炒り大豆を掬い、握り潰した。


「はい。遥晃が言うには都にも怨念が広まって来ているので、兼通様の屋敷にも撒かれた方がいいとそちらを渡されました」


 どうにも胡散臭い。種を蒔こうとしていることを疑った途端にこのような行動を取っている。


「籠に入れられていたものをすべて細かく調べましたが、全て割られて火に当てられていました。そちらにご用意しているものと変わりがございません」


「今も1人監視に当たっているな?」


「はい。兼通様の仰られたよう、遥晃の動きは絶えず見ております。不審な動きがあればすぐ捕らえられるよう支度はしております」


「……分かった。引き続き見張っておれ」


 これで安心させてこちらが引けば種を蒔き始めるのだろう。

 地獄よりの使者なぞ世迷い言で騙しおって。


「それでは下がらせて頂きます」


「待て」


「はっ」


「……これを門前に撒いておけ。抜け道を作らぬよう気を付けろ。足りなければ申せ」


 使いに炒り大豆を渡す。しかし、兼通には懸念が拭えなかった。





 *  *  *


 どうやら仏教観と言うのは庶民にはあまり浸透していないようだった。

 というより期待していたリアクションを取ってもらえず、何度も説明しなきゃいけなかったことが恥ずかしい。


 それでも、この話がきっとじわじわ効いてくるはずだ。

 梨花さんの膝に顔を埋めて恥ずかしさに身悶えながらも、兼通を出し抜ける自信があった。




 拙い尾行を気にせず豆を撒いてまわる。

 撒いた後の畑も確認しているようだが、砕いた炒り豆しか見付けられないだろう。

 怨霊を畏れるこの時代の人間には掘り起こす勇気もあるまい。





 監視に気付いてすぐ、彼らの行動を勇吉に調べてもらい把握した。

 余りにも杜撰で笑いが出る。

 二人一組で俺の家を見張るだけ。それも、日が出ている間のみ。

 夜になると帰っていた。


 勇吉に頼み、荘園の人間を集めて夜中に豆を蒔く。

 やったのはそれだけだ。


 ただ、そのままだと生えてきた物を荒らされる事が考えられた。

 だから、芽の出るはずのない挽き割りの炒り豆を撒いて見せたのだ。





 *  *  *


 雨が降り数日すると、畝に規則正しく大豆の芽が出てきた。

 兼通の使いが畑の前に立ち、顔をしかめている。


「ど、どういう事だ。割った種だったはずだ。芽が出るなんて」


「怨霊が現世に未練を持っていたのでしょう。邪気を抑えようと撒いた豆に命を宿してしまったのかも知れません」


 驚いている使いに近付き、然り気無く囁く。君達、こういうオカルトが好きなんでしょう? 俺が術師と言う噂も後押しして畑に入り込めずにいる。


「この一帯に留まる怨霊は少々力が強いようです。死者が蘇り、都を襲う所でしたが何とかこの草に怨念を封じ込めることができました」


 大豆の芽に怨念がこもっていることにする。使いの者は顔を青くして転げるように逃げていった。





 眉唾なしょうもない作り話だったが、態度を見るに彼等は信じてくれたのだろう。これで伝言ゲームが始まるはずだ。より面白く、より誇張した話が広がっていく。

 呪われた作物、呪われた畑として都に認知されるだろう。


 そこまで行けば兼通もきっと手を付けれなくなるだろう。呪いや怨念を信じて、それに怯えるこの時代の人間なら近寄ることもできまい。


「遥晃様」


 一部始終を観ていた集金屋がおずおずと話しかけてくる。


「私どもは大豆を育てなければ生活が困窮するのですが、怨念の詰まった物がここにあるととても恐ろしく思います」

 

「豆には神聖な力が宿っています。私も術をかけているので枯らさない限り何ともありません。秋になれば豆が実ります。そこまで育てば怨念は浄化されますので問題は無いでしょう」


 話せば話すほどその気になってくる。聞いてくれる人達もこっちの話を信じてくれるし、妙な快感がある。

 種明かしはまだ出来ない。兼通に繋がる人間がいるかもしれないし、本当の事が広まってしまったら兼通にばれる可能性もあるからだ。





 *  *  *


 牛車に揺られ、右京へ向かう。

 案じた通り遥晃が触った所から芽が出ているらしい。術だろうが何だろうが遥晃が土を掘り起こし、草が出ていることを咎めなければいけない。


 折角兼家と繋がっているのだ。ここを追及して咎めなければいけない。

 怖じ気付いた者には任せることは出来ぬ。

 歩みの遅い牛に苛立ちが募った。




「おい、ここで何をしていた」


 車を停め、愚民共に問いただす。


「兼通様! このような所へわざわざご確認頂き誠にありがとうございます」


 いけしゃあしゃあと遥晃が言ってのける。目の前には起こされた土と、盛り上がった所から草の芽が出ているのが見える。





 どう見ても草を育てているようにしかとれないが、遥晃はつらつらと使いの言っていたものと同じ事を言っている。


「怨霊なぞ出鱈目だろうが。畑を起こす為に話を作っているのだろう?」


 何としてもこいつの魂胆を聞き出さねばならん。こいつが畑を始めたという証拠になるものなら何でもいいのだ。


「畏れ多くも申し上げます。兼通様にも浄霊のため炒豆を献上致しました。そちらは芽が出ていませんか」


  そうなのだ。屋敷の門前に炒り豆を敷き詰めたが、そちらは草は生えてきていない。炒り豆からは芽が出ないはずなのだ。


「ならば貴様が術をかけたのだろう!」


「はい。先程から申す通り、土中に籠った邪気を集めているのです」


 言われている事と、目の前で起こっている事は一致しているが、こいつに踊らされている気がして血が昇る。

 車を降り、畑にしか見えない一帯を荒らさんといきり立つ。

 こいつの目的は畑を起こす事で、それ以外にはあってはならないのだ。


「兼通様!」


 畑に入るところで声に止められる。振り返ると保憲だった。屋敷から付いてきたというのか。





「兼通様、恐れながらこの一帯に強い邪気を感じます。お降りにならず、車に戻られてください」


 なっ。

 こいつも遥晃と同じことを言っている。術師が2人して邪気を感じているというのか。


「特に、この掘り起こされた一帯。草の芽に禍々しい気を感じます。踏み込めば命を落とす所でした」


 その言葉に腹が冷える。

 保憲は遥晃に邪魔をされたとは言え、超子に呪いをかけている。


 こいつと、遥晃が……。


「は、早く車を出せ!」


 急ぎ飛び乗り屋敷に戻る。怒りに任せ降り立ってしまった。怨霊を連れては来てないか、四方に気を配らせ屋敷へ急いだ。



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